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七八 《建御雷》対《地夜叉》

「とんどる! とんどる! とんどる!」

「うむ、どうじゃ、すごかろう雷さまは」

 天乱七七年、四月八日。瑞穂国(みずほのくに)の青空の下。

 奴隷だった鉄はこの日、六歳の誕生日プレゼントをもらった。

 これをやってほしいと、たった一度だけわがままを言ったことがある。だが怖いかもしれないからと、六歳になるまで待たされていた。辛抱するのは慣れている。しかも痛くもなく、ひもじくもなく、心傷付くこともない。心ときめかせながら待ちきってみせた。

 鉄は雷島片信(かみなりじまかたのぶ)に後ろから抱えられ、空を飛んでいた。

「うぃー、かみなりさま、だいすき」

 抱っこしてもらえるだけで嬉しい。

 強く優しく気高い片信がしてくれるなら、なお嬉しい。

 してくれながら憧れていた空を飛べるのだから、もう嬉しくて仕方がない。

「じぶんでも、とびたい!」

「うむ、飛べればよいのう」

 眼下に雄々しく立山連峰が広がっていた。

「よいか、我らは立山さまに護られておる」

 片信は言っていた。

 東西南に三〇〇〇メートル級の峰々を連ねる立山は、台風が来てもはね返し、地震が来れば吸収してくれる。そして北へ開ける湾へ向け雪解け水を注ぎ、幾つもの川を流して豊かな田園地帯を生み出してくれる。古来より霊山と名高く、人々はそびえる峰々を地獄、極楽、現世になぞらえ、立山曼荼羅(まんだら)として信仰する。

「えらいね、たてやまさま」

「うむ、さようにして護られればこそ……」

 はっと、鉄は笑いやんだ。片信の声が震えていた。

「たとえ国を滅ぼされ、散り散りとなろうとも……」

 かっと、片信は眼を見開いた。

「瑞穂が精神は生き続けようぞ」



「瑞穂が精神は生き続けようぞ」

 かっと、義虎は眼を見開いた。

 片信の言葉だとは言っていない。だが立山剱岳(イプサン・ゴムアク)らは目を見開いている。

 片信の覇術を見せてやる。そう決心する。

「柳の硝子(がらす)細工は観音(かんのん)開き 東へ障子戸(しょうじど) 西へ格子戸(こうしど) ()るし門は北へと(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門(やぐらもん)はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ことほぐ厨子(ずし)にことほがん」

 念じつつ挑発する。

「びびるな、さぼるな、盗人(ぬすっと)どもが。違うと申すか、されば証を見せよ、攻めてこい。偉大なる我が御仏が愛し、偉大なる立山連峰が護る、偉大なる瑞穂が誇りし短甲を借用する君らが! 果たして借用するに値する猛者たるかを、いざ見せてみせい!」

 剱岳(コムアク)は固まっている。真武(チン・ム)は憤る兵と進み出てくる。

「よかろう! とくと見て悔やむがよい。特攻隊形!」

 ばっと、義虎を囲む兵たちが腰を落とし槍を構える。

(つぶて)に潰れよ」

「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 ごっと、義虎は全身全霊を賭し、一心不乱になって隙間を転げ出る。串刺しにされかけた。円周上に並んだ槍兵が、中心点にいる義虎へ向け、一斉に、一瞬にして飛び込んできた。標的を中心にして強大な引力を発生させるかのごとく、周囲を吸引させ圧殺する技であった。

 髄醒覇術を発動し、瞬発力を上げるという判断がわずかでも遅れていれば、全方位より蜂の巣にされていた。

「逃がすな!」

「超魂顕現『鉄刃戦紅くろがねやいば・いくさのくれない』」

 髄醒覇術を解除し、表面積を減らすという判断がわずかでも遅れていれば、背を討たれ蜂の巣にされていた。

 偃月刀一閃、寝返りを打って槍衾(やりぶすま)を打ち崩す。

 真武は、吸引させる技から義虎が逃れきると察するや、すぐさま技を解いて兵たちを止め、彼らが衝突し貫き合うのを回避した。そして大勢が密集し接近している機を逃さず、転げ出たばかりで体勢の整わない義虎を狙わせた。

 義虎は立ち上がり、迫りくる兵と斬り結ぶ。

 斬り勝てない。太刀さばきが凡人に等しい。

 __うぃー、叶(かなえ)みなみのどんぐり沼みたい。

 動きを緩慢にさせる技も継続されている。義虎のように、速力を上げる覇術をかけ効果を相殺し続けるなどして対抗できねば、どうぞ斬って下さいとふざけている人にされてしまう。

 __しかも髄醒は使えん。

 浅手を増やしつつ義虎は斬り合い続ける。

 __使って分かったよ、確かに瞬間的には速くなる、されどでっかい翼にしっ尾もあって体重も増しとれば、押さえ付ける力がより効いて動き続けれんくなって捕まるでしょう。鎧仗だと緩慢にしてくる力に抗えんし……強がってはみたものの、相性いと(わろ)しが過ぎる……うし、きた!

 念じ終わり、亜空間袋が開く。

 覇力甲を凝結し偃月刀一閃、まとめて兵を薙ぎ払う。真武らが身構える。

 亜空間へ手を突っ込み、黄金色の覇術を使うのに欠かせぬ劇薬、発作と引き換えにして貧弱な覇術適応値を無理やりに上げる適騙錠(てきべんじょう)を掴み取り、かぶり付く。

「超魂顕現『立山地獄(たてやまのつちひとや)』!」

 ごっと、義虎のいる地面が数知れず鋭く隆起し、土埃を突き上げながら、瞬く間に巨大にして堅牢なる針山と化しそびえ立っていた。

 剱岳(コムアク)であった。

 紅葉色に輝く覇玉を兜に頂き、紅葉色に塗る短甲の下へ白い結袈裟(ゆいげさ)を纏い袖を広げ、紅葉色に染める丸い房飾り、梵天(ぼんてん)を胸に左右二つずつ、背に二つ連ねて垂らし、威風堂々として立っている。

「笑止」

 すっと、だが義虎はそう切り捨て、山肌の横手へ現れる。かわしていた。

 そっと、腕を掲げ、掌を広げ、山へ触れる。剱岳は黙し、見据えている。

 ぐっと、愛しき片信を想い出す。

『我らは立山さまに護られておる』

「義虎は立山さまに護られておる瑞穂が民なり、立山さまに害されるなど断じてあり得ぬ」

 ざっと、右手の人差し指で下を指す、降魔(ごうま)印を取り奏上する。

()けまくも(かしこ)建御雷神(タケミカヅチのかみ)大前(おほまへ)(かしこ)み恐みも(まを)さく

 石上(いそのかみ)古き国風(くにぶり)(ためし)(まにま)追儺(ついな)(のり)仕へ(たてまつ)らむと ()まはり清まはる(さま)を (たい)らけく(やす)らけく聞食(きこしめ)して

 ()ギガ(いか)() 枝葉(よろず)(あめ)色染メ 稲光数多(あまた) (たなごころ)()()()ケヨ

 かくの(ごと)く申し追儺(ついな)せよと依奉(よさしまつ)り (うと)(あら)()諸々(もろもろ)邪鬼共(じゃきども)神祓(かむはら)ひに(はら)はせ(たま)ひて 大神等(おおかみたち)敷座(しきま)す里の同胞(はらから)を守り(さきわ)(たま)へと (かしこ)み恐みも(まを)す」

 かっと、義虎は眼を見開く。

「超魂顕現『猛虎雷轟たけるとら・いかづちのとどろき』」

 閃光が爆ぜ、義虎が歩み出る。

「我こそは! 英雄《雷神(いかづちのかみ)》が御業を継ぐ《建御雷(たけみかづち)》空柳義虎なり!」

「嗚呼……」

 剱岳が揺らめく。

 黄金色の、猛虎をかたどる重厚な鎧兜に、ひるがえる赤マント。

 兜へたなびく柳飾りに、首当て、肩当て、脚当てを綴る赤糸縅。

 円状に背へ連ねて立て、渦巻く三つの勾玉を描く、八つの太鼓。

 赤々と覇力甲を固め、目立って刃を反らす、赤塗り柄の偃月刀。

 黄金色に眩く奔り、折れ、弾け、枝分かれしまた合わさる雷光。

「閣下……」

 剱岳が合掌する。

 骨羅道(ゴルラド)が厳粛に拍手する。

 遮るように、真武が前進しながら怒喝する。

「己を棚に上げよくも人を盗人呼ばわりできたものだ、そなたこそ違うと言うなら見せてみよ……我らが民族の友の! 古より連綿と受け継がれし絆の、希望たる雷を! 畏れ多くも盗用するに値す……」

「ご託はいい、きな」

 義虎は黄金色に輝きながら腕を掲げ、太鼓の一つを鳴らし、胸の前で手を叩く。

八卦(はっけ)・開ノ陣……雷剛(らいごう)

「塵へ滅せよ」

 無敗伝説を誇った《斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そん・ごくう)をも一撃にして、一瞬にして殴り負かし遥かへ突き飛ばしてみせた柱状の雷が、轟々とほとばしり真武へ届く、という手前で霧散する。

 真武の、元素攻撃を電子レベルまで収縮させる技である。

「八卦・生ノ陣……堕嗚呼羅煮(だああらしゃ)

 はっと、剱岳が呑んだばかりの息を吐く。義虎がいない。

 全身へ雷電を纏い電光石火、真武の後ろへ義虎は跳び込む。偃月刀を叩き込む。

「血に潰れよ」

 振り向きもせず止められた。

 痛む。

 肘や膝が砕けたかもしれない。突如として問答無用に体を丸めさせられ、腕と脚が激突し合い偃月刀も取り落とした。動けない。動かせぬ四肢を胴へ喰い込まされ、骨と鎧が削り合う。

 真武の、相手の体を中心へ向け収縮させる技である。

 真武が振り向き刺突しにくる。だが義虎はすでに、近付けられ空いた両手を運用し、右手の、立てた二本の指を左手で握っていた。

「八卦・()ノ陣……懺悔之肖像(ざんげのしょうぞう)

 槍が弾け飛び地面へ刺さる。焦げて黒ずんでいる。

 無数の高圧電流を撃った。黄金色に眩く輝かせ、変幻自在に飛び交い炸裂させ、炸裂させ、炸裂させ真武を火花と黒煙もろとも、執拗に突き飛ばす。

 びっと、剱岳が悟った。

「なんたる戦闘慣れけよ」

 剱岳は片信の戦い方を見て知っていた。

 八種の技それぞれに対応する太鼓があり、一つ使うたび一つ打つ必要がある。

「印は無かったか゚やけど」

 今、義虎は初めに雷剛を撃った。かわされるでも逸らされるでも防がれるでもなく、押し負かされるでもなく、消滅させられるとは思っていなかっただろう。だが一瞬たりとも意に介さず、光と音により一瞬だけ動きを隠すために撃ったのだと、一瞬にして使用目的を切り替えた。その一瞬で、太鼓は二つ打ちつつ、左の掌へ、右の拳を叩き込むだけにして突っ込んだ。これは、陰の気を司る真武には止められるだろうと想定しながら、堕嗚呼羅煮の印だけを結び時間短縮して確実に接近し、最短で本命たる懺悔之肖像を発動し反撃するための組み立てであった。

「ごばっ」

 喀血しながらも、義虎は懺悔之肖像を穿ち続ける。

 陰の技がことごとく解け自由になる。穿ち続ける。

 痛みをこらえ偃月刀を拾い構えつつ、穿ち続ける。

「うぃー、耐えるね」

 手応えからして、真武が覇力甲で全身を守っているのが分かる。だが間に合ってはいなかった、少なくとも初撃は直撃し、朦朧としているだろう。だが穿つ手を緩めない。

 骨羅道が頷いた。

「まさに狂戦士(バーサーカー)よ」

 ごっと、赤い覇術を噴き上げ、黄金色の堕嗚呼羅煮も重ね突っ込む。

「黙に屈せよ」

 止められた。

 にわかに力が抜けた。音速へ迫って飛んだため、近付くだけ近付いてしまった。黒煙を突っきり槍を打ち込まれ、かろうじて柄を掲げるも打ち負け、つんのめる。そこを装甲車そのものたる下半身で蹴散らしにこられる。

 もういい、やられて楽になろうか。そう思いかけた。

 ぎっと、気張って逃れる。

「うぃー、今度はいかなる気を?」

「心を抑える技だ。闘気を奪った」

 ぷっと、鼻で笑った。真武が警戒し、剣岳が訝しむ。骨羅道は頷いている。義虎には、自分こそが天下一だと信じて疑わぬものが一つだけある。

「愚か。この義虎から執念を奪えるとでも思うたか」

 ばっと、偃月刀を振り上げる。懺悔之肖像を集わせ纏わせ、煌々と光り輝かす。

 ぐっと、剣岳が見惚れるなか、いよいよ追い込まれた真武は奥の手を解禁した。

「死へ臥せ」

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