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七七 沙朝は碧を暗殺する

 __お腹すいた。

沙朝(さあさ)よ、聞こえるか)

 大和国の小柄な将軍《浄玻璃(じょうはり)》武道沙朝は、父より密命を受け単身で黄華国へ潜入していた。ちなみに料理はできない。さて受信した念話は、底知れぬ恐れと(おそ)れをもって大和国を統べる《閻魔(えんま)富陸毅臣(とみおかたけおみ)からであった。

(どしたの、一人娘が恋しくなったの)

 棒読みして応えてみる。

(常に恋しいが、別件だ)

 棒読みして応えられる。

(事を急げ。猛虎が動いた、鳥居碧に《風の巫女》と名乗らせおった)

(かしこま。例の捕らえたら、その足で遼東(ヨドン)城まで転移すればいい?)

(そういたせ。期待しておるぞ)

(とろふわ卵チーズ)

 しばし沈黙された。

(あい分かった。特製たこ焼きをこしらえ待つとしよう)

(うん)

 馬腹を蹴り、都城を目指し速度を上げる。

 いつもは、幼げな顔に似合わぬ傷を頬へ残し、所々はねたショートヘアをなびかせ、袖のない青い直垂(ひたたれ)の裾をくくり、古傷の消えぬか細い手足をさらしつつ、赤い将軍羽織を外さない。だが今は、大きくも虚ろな目を除けば、平時と異なる格好をしている。

 黄華軍の伝令に扮している。

 __隠密やらせたら、お鉄にも追随するから。

 沙朝は義虎をお鉄と呼び、さーさと呼ばれた。

 高め合った技能は活きている。

 あらかじめ黄華軍の伝達経路へ潜伏し、本物の伝令を捕らえ装束と通行証を奪取した。それらをもって都へ入り、いか焼きを買って食し、監獄へ忍び込む。それから獄卒を捕らえ装束と鍵を奪取する。そして朝廷に命じられ一人ずつ尋問することになったと偽り、標的を連れ出してから捕らえる。

 __公孫驁広(こうそん・ごうこう)、だったね。

 離れた空間を瞬時に繋ぎ合わせる覇術を使う。

 猿虎合戦へ出た初級武官である。義虎が孫悟空(そん・ごくう)へ謀反の濡れ衣を着せたことで、取り調べのため、彼を含めた悟空の部下はことごとく捕らわれ幽閉されている。

 いずれも、戦を監視していた《八岐大蛇(やまたのおろち)山蛇陰滑やまくちなわかげなめりが毅臣へよこした、確かな情報であった。

 その驁広を脅し覇術を使わせ、遼東城へ空間転移する。

 それから高句麗(コグリョ)兵を捕らえ装束を奪取する。そして明るいうちに真の標的を捜し出しておき、不味いだろうが兵糧にありついてから、多くが寝静まった夜分に忍び寄り。

 暗殺する。

 __鳥居碧、だったね……。

 気は退ける。まだ十四歳の少女である。義虎も大事にしているだろう。

 何より、父母はいなくなったと苦しみ続けた碧に、己を重ねてしまう。

 沙朝は将軍である。

 碧は一兵卒である。

 __勝っちゃうよ。

 沙朝は上級武官を三人まとめて瞬殺したことがある。鎧仗覇術すら使わず、三つの超魂覇術を掻いくぐり肉薄し、手刀を奔らせ気道を砕き、振り下ろされる薙刀を回し取りつつ腎臓を斬り裂き、固める拳へ御空(みそら)色に陽炎(かげろう)のゆらめく覇力甲を凝縮して打ち抜き心臓を止めた。

 沙朝の覇術は鏡を用いる召喚種である。

 超魂覇術にして、かつて義虎を完膚なきまでに完敗させた将軍を完封し、討ち取った。髄醒覇術ともなれば、常勝を誇っていた五人の将軍をまとめて翻弄し、ことごとく討ち取ったほどである。

 毅臣は将軍十人でかかっても倒せないと謳われる。

 その子であると知れ渡った今では、あの父にしてあの娘ありとあまねく海内(かいだい)一帯より畏怖されつつ、毅臣へ意見できる三人のうちの一人となっている。

 しかし義虎と一騎討ちして勝てるかは分からない。

 __板挟み、板挟み、板挟み……もう逃げたいよ。

挿絵(By みてみん)

 後輩の《月詠(つくよみ)月宮晴清(つきみやはるきよ)が言っていた。義虎と会ったが、碧とそうとう親しそうにしていたと。風神雷神の(えにし)があり境遇も類似し、特別な存在なのだろう。

 その幸せを奪わねばならない。

 __碧ちゃんは、強いと思う。

〈覇術看破〉という覇能がある。

 相手の使う覇術を凝視し、何を操る何種であるかを正確に分析する。分析できねば攻略法が分からず危機へ瀕する場合は多く、戦において大いに有用と言え、万能治癒などと同じく稀少な覇能である。

 瑪瑙里(めのうのさと)を治める陰滑(かげなめり)が有している。

 碧がその地の覇術学校へ通いながら超魂覇術を覚えた際、学校から何気なく知らされた陰滑ははっと思い当たり、急行して覇術看破し、滅ぼしたはずの《風神(プンシン)皇甫崇徳(ファンボ・スンドク)の血が紡がれていると悟った。悟るやいなや毅臣へ報告し、抹殺してよいかと問うた。

 __人生、ぶち壊されて……。

 毅臣は否、利用すると答えた。

 風神雷神の伝説を継ぐ碧と義虎を利用し、政敵である八百万(やおよろず)派を滅さんとして、(はかりごと)を企てた。

 碧を戦場実習生に選び、義虎を教官へ任じた。そして、これを警戒する義虎が忍び込んで調べるであろう戸籍や書類などから、碧に関する情報を抹消させた。そうすれば義虎は訝しみ、独自に碧が崇徳の孫であることを突き止めると同時に、毅臣ら高天原(たかまがはら)派もその事実を見抜いていると、つまり碧の命を狙っていると察するだろうと考えた。

 さらに義虎ならば、高天原派がわざわざ二人を合流させた裏に、八百万派を気運高まれりと奮起させ、決起させて滅ぼさんとする思惑があると勘ぐり、八百万派へ碧の正体を隠蔽しようと努めるだろうと考えた。

 だが隠蔽しきれないと考えた。

 __試練ばっかきて……。

 紅家(べにや)麗亜がいる。

 毅臣は麗亜が八百万派へ密告すると考えた。

 教官が義虎に決まってから、八百万派の領袖(りょうしゅう)である《九頭龍》天龍義海(あまたつよしうみ)の治める真珠里(しんじゅのさと)に、戦場実習生の候補が現れた。毅臣はすぐさま密かに沙朝を派遣し、義海との関連を探らせた。

 案の定、麗亜は義海の計らいで戸籍を偽造し姓を偽っていた。よって、義海は(きた)るべき旗挙げの日へ備え義虎に興味をもち、麗亜を密偵にして視察させ勘定していると考えた。

 折よく、義虎は猿虎合戦で追い詰められ、十年にわたり守り続けた秘密である《雷神(いかづちのかみ)雷島片信(かみなりじまかたのぶ)との(えにし)を公表してくれた。そして、碧は風を操る覇術を使わなければ満足に戦えない。

 風神雷神が再臨するのは明白となった。

 毅臣は、義虎は麗亜が間者であることも察知するだろうが、奴隷根性の沁み付いた彼は、朝廷から育てろと命じられた新兵である彼女を害せず、念話でこれらを報告されるのを阻止できないと考えた。

 __でも乗り越えてきたんだから。

 沙朝は毅臣に聴いて碧の半生を知った。

 戦った際に万が一にも足もとをすくわれぬよう、碧がどれだけの胆力を秘めているかを、母を騙し討たれ村を焼き払われた時期までを逆算して推測し、教え込まれた。

『そなたも負けず劣らず苦心してきた』

 冗談を言わぬ毅臣が、沙朝へ断じた。

『故に成し得るはずだ』

 __うん。好敵手と思って成し遂げる。寝てたら起こすから、どっか転移して……一騎討ちしようね。

 計画通りにいけば暗殺は成功するだろう。その後がどうなるかを想う。

 __お鉄、泣いちゃうかな。

 正直もう、泣かせたくない。

 __計画、狂わんかな……。



 ぐっと、義虎は痛みをこらえ偃月刀を押し込んでいく。

 今は飛べない。跳んで飛びかかり、装甲車と化した下半身だけで高さ二メートルを超える真武(チン・ム)の腰部を踏み付け、踏ん張りながら連続して打ち込んでいく。真武が歯を食いしばってくる。

「地へ伏せえっ!」

 岩でも叩き付けられたかのごとく、義虎は見えない力に突き落とされる。

 とっさに着地するやいなや槍を打ち込まれ、受け止めるも押し込まれる。

 左腕の力を抜き、押しきらせつつ右前方へ逃れ出て、鋭く、斬り上げる。

 柄を戻され防がれる。押し込む。

 その鬼気迫る眼光を、真武のすぐ後ろへ立って見据える(おとこ)がいた。

 頬に十字の古傷を刻む。瞳は鋭く吊り上がり、眉は逆立ち彫りは深く、整う髭は長くそよぐ。肩は広く張り、胸は厚く盛り、腰は固く引き締まり、そびえるように騎馬して太く重い腕を構えていた。

 だが落涙していた。

 戦いつつも突破口を見出さんと観察していた義虎は、見逃さなかった。

 __うぃー、真武以上に『瑞穂国(みずほのくに)』に過剰反応しとるね、しかも……。

 真武が脚部のキャタピラを回し唸らせ、土を削り上げ押し返してくる。

 __ただ者ではないでしょう?

 ばっと、いなして跳び、漢へ打ちかかる。

「名乗られよ」

 轟音を弾かせ火花を振り撒き、偃月刀と大薙刀(おおなぎなた)を交差し、鍔ぜり合い見据え合う。真武は振り向いたまま静止している。ふっと、漢が口を開いた。

「上級武官・立山剱岳(イプサン・ゴムアク)

 __うぃー、倍達(ペダル)にそんな苗字なくない?

 義虎は考えた。語呂も悪い、どう綴るか。

 それを万国共通語である大和国や黄華国、そして瑞穂里(みずほのさと)の言語をもって発音すれば、どう読むか。

 ぐっと、剱岳(コムアク)が押し込んでくる。重い。踏ん張る脚の矢傷がこらえきれずに流血し、ずきずきと痛む。己とでは馬力が違う、と身構える間もなく振り抜いて押しきられ、よろめくところを叩っ斬られ、間一髪で受けた柄をへし折られながら突き飛ばされ、飛ばされるところを叩っ斬られ、地面へ打ち付けられ鎧をかち割られながら転げ出され、止まれぬところを叩っ斬られる。

 がっと、我武者羅になって叩っ斬り、相殺する。伏せりながら跳び上がるように上体を起こし、振り込まれるに先んじ後ろへ踏みきって離れ、見据え直す。

 頬をかく。

 __立山剱岳(たてやまのつるぎだけ)、とか?

 都合よく考えすぎだと苦笑するも、奮えてしまう。

 立山(たてやま)

 それは義虎が《雷神(いかづちのかみ)雷島片信(かみなりじまかたのぶ)に保護され暮らした大地を見守る連峰であり、剱岳(つるぎだけ)とは、立山連峰の中でも最も険しい名峰である。

 ちなみに瑞穂里では、片信のような長い姓でもない限り、姓名の間に『の』を入れて読む。

 そして、独立国であった時代に採用されていた甲冑こそが、短甲である。なお片信はこれを改造し、鉄肩鎧(てっけんがい)なるものを纏いマントを合わせていた。

 __うぃー、マジいんたれすてぃんぐ。

 じっと、短甲を纏う剱岳(コムアク)真武(チン・ム)軍を眺め回す。

 七つの楽しみ。

 その一つが、瑞穂国と関係ありと思しき真武へ接触することであった。

 こうして誰にも邪魔されずに邂逅し、加えて剱岳というさらなる良品をも発見した。想像だにしていなかったこの好機、絶対に逃してなるものか。堅固に義虎は決意した。

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