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七五 狂戦士二人

「将軍、と言ったか……逃がすな、射よ!」

 将軍に司令され離脱していく高句麗(コグリョ)界上級武官・黄明武(ファン・ミョンム)、中級武官・薛禹逸(ソル・ウイル)、初級武官・杜泰豆(トゥ・テドゥ)を狙い、開京(ケギョン)界上級武官・魏光龍(ウィ・グァンリョン)が矢を射かけさせる。

「超魂顕現『猛将火成(メンジャンファソン)』!」

 将軍に指名され残る初級武官・金火成(キム・ファソン)が立ち塞がる。

 五体を燃え上がらせながら五メートルまで巨大化し、剛腕を振り抜き、飛んでくる矢を余さず焼き落とす。

 光龍(クァンリョン)は騎兵を走らせ、迂回して追撃させる。

 振り向きもせず、将軍は大地を震わさんばかりに覇力を噴き上げ振り撒いて、馬をさお立たせ、いななかせ、兵を発汗させ、硬直させる。

 覇力威である。

「本官こそが将軍《大地神》姜義建(カン・ウィゴン)である」

 かっと、義建は眼を見開く。

「そなたたちを滅するは容易い。だが戦うつもりはない。兵を下げるのだ」

 じっと、光龍と見据え合う。

司空(サゴン)大将軍について話し合いたい」

 かっと、光龍が眼を見開く。

「話すことはない。いかなる理由があろうとも、武力に訴えた時点で人命を害する暴挙である。現に黄華軍に攻め入る隙と口実を与え、国境に住む民は無惨に落命しておると聞く。それを良しとし剣を振るうような輩に、むざむざ同胞を渡し敵総大将を逃がすとでも思うのか。光忠(クァンチュン)珠花(スファ)、皆を率い敵を追え!」

「超魂顕現『大地岩建(テヂアムゴン)』!」

 振り向きもせず、()兄妹が走り出すより早く、義建は中空に数知れぬ岩を生み出す。沸々と、轟々と、煌々と、焦茶色に覇玉を輝かす。

「貴官は誤解している。そして本官は確信した、我々は話し合わねばならぬ。故にとどまれ、大地の輪!」

 岩が落ちる。

「だがどこを狙って……そうか」

 羅光忠(ナ・グァンチュン)が勘付いた。降りしきる岩は轟音を響かせ土煙を突き上げ、光龍隊を囲い輪状に積み上がっていく。

「皆走れ、閉じ込められる前に抜けるべし、水色(ハヌルセク)!」

 斧を振りきり水を吹き出し、岩を押し流そうとする。

「バカたれ、とどまれと言われたろ」

 金火成(キム・ファソン)が踊り込んで炎上し、水を蒸発させ弱めていく。

「皆こっちだよ、来て!」

 別方向から抜けようと、羅珠花(ナ・スファ)が走り込み剣を二閃する。

白色(フィンセク)黒色(コムンセク)!」

 氷を吐き出し、岩を凍らせる。続いて(くろがね)を吐き出し、刃を巨大化させ叩き込む。だが岩壁を壊しきれない。

 振り向きもせず、直径一〇〇メートル、高さ三〇メートル、義建は岩の柵を築き上げ言った。

「突破できると思うか、覇力量で将軍を凌げはしない」

「突破できぬなら仕方ない、猛虎は《地夜叉》へ任す」

 光龍の覇玉が竜胆(りんどう)色に光り輝く。

「誤解しておると言ったな。誠か否か見せてもらおう。誠であれば望む通りに話し合おうではないか、しかし否であれば……どちらの精神力が先に尽きるか、戦うまでだ」

 ばっと、光龍隊が揃って下馬し座り込む。

「……身を守れ火成(ファソン)、大地の鎧!」

「超魂顕現『人間界開(インガンケケ)』」

 義建はプレートアーマーのように岩を纏うも、光龍が広げるのは竜胆色の霞、つまり世界種であった。霞は義建を呑み込み、光龍隊も呑み込み岩壁内へ充満し、開けた上部から滑り出し岩壁外まで侵食し、離脱していく黄明武(ファン・ミョンム)らをも呑み込んだ。

 そして光龍を含め、誰もが動かなくなった。



「ふと気になりました」

 どことも知れぬ浜辺で倒れながら、義虎は並んで倒れる骨羅道(ゴルラド)を見た。

「何故、開京(ケギョン)のために戦うのですか」

 しばし骨羅道は沈黙した。

「難しい。例えばどう答えればよい」

「うぃー、例えば《雲師(ウンサ)》大将軍なれば忠誠を尽くすためでしょうし《雨師(ウサ)》大将軍なれば野望を実らすためにござろう、されど《風伯(プンベク)》大将軍がどうかだけは分かりませぬ」

 __うぃー、知るかって突っぱねてもいいんに。

 骨羅道は考えている。

 __やはり隷属するに慣れすぎとる……誰が命じるかを問わず。

「そなたはどうなのだ」

 問い返され、いよいよ義虎は胸をかかされた。

「わしらを除けば、奴隷兵から大将軍まで上がった者をまるで知らぬ。ならばもし、そなたが答えられるとすれば、わしが答えるも容易くなるやもしれぬ」

「奴隷が戦うに理由はござるまい」

 にっと、義虎は即答した。

「と、かつては思っておりました」

 じっと、見詰められている。吐露すると決断した。

「これより語るは他言無用に願います」

「承知した」

 __うし、奴隷が約束すれば絶対信用できるからね?

「命ぜられるまま壊れきるまで死に物狂いで戦い続ける、見返りも休みも希望もありはしない、疑問はない。皆は違うが関係ない、己だけが忌み嫌われる穢れた穀潰し。我ら奴隷は鞭打たれ侮辱され怒鳴り倒され、こうとしか考えられぬよう擦りこまれてきました」

 すっと、空を見上げる。

「おかしいのだと、教えてくれた人々がいました」

 ふっと、地を見下ろす。

「さらには怒り、民が平和で自由な世をうち建てんと闘う人々も知っております。共闘するつもりです。とうに仕掛け始めております。されど志を同じくするが故ではない。酷虐しか知らぬ奴隷に高尚なる志など解することあたわない。そもそも勝ったとして、民が平和で自由な世など実現するとは思えない。ごく一部の聖人君子が正論を説き法律を整え縛ったところで、人間とは生まれながらに他人を妬み謀り虐げずにはおられぬもの、またさような大勢に順応せずには安寧のうちに生きられぬもの、これがたむろし織りなす人間社会がその核から改善するなどあり得ない。従って程度の差はあれ、永劫に恨みや争いが消えることはない。すなわち、奴隷は消えない」

 深く、骨羅道が頷いた。

「では何故、共闘するか」

「うぃー、血が騒ぐが故」

挿絵(By みてみん)

 鋭く、義虎はたぎる眼を光らせる。

挿絵(By みてみん)

「酷虐の徒を撲滅するのです。これほど面白き祭がありましょうや、いやない」

 まだ呼吸するのも苦しいことなど忘れ、義虎は告白する。

挿絵(By みてみん)

「下剋上にござる。圧倒的な戦力と権力をもって我らをいたぶり続ける政権を、弱かった我らがぶっ殺す。いたぶられ続け、極限を超え耐え忍び生き続け、戦って戦って戦って戦いまくって戦い続け、大いに強くなった武力を……大いに強くなった智力を……大いに強くなった心力を……満を持して顕現せし大将軍の力をもって、天下をひっくり返す。血沸き肉躍らぬ(おとこ)がおりましょうや、いやおってはならない」

挿絵(By みてみん)

「……仕掛け始めておると言ったな」

 頷き、指を折っていく。

「大和朝廷は(さか)しい。我らに旗挙げさせ反乱軍とならしめ、大義名分を得てから討伐せんとしております。故にこの《建御雷(たけみかづち)》へ《風の巫女》を送った。朝廷に滅されし《雷神(いかづちのかみ)》と《風神(プンシン)》の名を再来させ、決起す機運高まれりと奮起させる腹づもりにござろう……片、腹、痛いわ」

挿絵(By みてみん)

 折り終えた。

「建御雷、風の巫女、双方すでに名乗ってしまった。あまりに時期尚早。よって反朝廷勢力は焦り、同時に頭を冷やし挙兵するを思いとどまるでしょう……今は」

「今は」

「十二、さらなる火種がござる。ことごとく発火し得る時を稼ぐが肝要」

 必ず味方となるとは限らぬ骨羅道へ対し具体的に言うのは控えつつ、義虎は思い描いていく。

挿絵(By みてみん)

 まずは新星。

 討ち死にさせられた《氷神(こおりのかみ)夷傑信露(いけつしんろ)のひ孫・夷傑銀露(ぎんろ)

 討ち死にさせられた《火神(ほのかみ)炎火臆母(ほむらほおくも)の子・炎火きらら。

 討ち死にさせられた《犬神》犬泉八星の(いぬいずみやつぼし)孫・蒼泉咲(あおいずみさき)

 いずれも覇術学校に通っている。

 臆母は義虎の恩人にして、信露の子である《雪鬼(ゆきおに)》夷傑晩露(ばんろ)の弟子であった。また八星は晩露の親友であった。それから銀露ときららは幼馴染であり競い合って成長している。ただし咲は、朝廷に仕える《時の魔女》(かなえ)みなみの親友である。

 次いで密偵。

 おかま軍師として行政官をやっている《一言主(ひとことぬし)(かながしら)一一(かずにのまえ)

 帝都で給食のおばちゃんをやっている《羅刹(らせつ)飯田旨(めしだうま)倉餅(くらもち)

 朝廷の機密を探ってくれている。

 一一は朝廷に仕える《月詠(つくよみ)月宮晴清(つきみやはるきよ)に信頼されており、倉餅は銀露ときららが通う覇術学校に勤務している。さらに咲と倉餅は、義虎の愛する《雷神(いかづちのかみ)雷島片信(かみなりじまかたのぶ)の子である《皇神(すめらぎのかみ)山吹陽波(やまぶきひなみ)にとって、家族のような存在である。

 そして戦力。

 《海神(わだつみ)仙嶽雲海(せんがくうんかい)。信露の義兄弟にして生ける護国神、流刑地にいる。

 《九頭龍(くずりゅう)天龍義海(あまたつよしうみ)。雲海の弟子にして麗亜の師、八百万派を束ねる。

 《恐竜王》大襟巻音華(おおえりまきおとはな)大顎(おおあご)山賊団や自由(リベルテ)海賊団を束ね、国外にいる。

 《不動明王》入道寺炎月(にゅうどうじえんげつ)。義海の親友にして僧兵を束ね、獄中にいる。

 《雹王(ひょうおう)》夷傑鍛露(たんろ)。義海の腹心にして銀露の父、奥の手を隠している。

 《(ぬえ)薬畑慈新斎。くすりばたけじじんさい義虎を改造したダイオウイカ、秘策で参戦させる。

 《天照(あまてらす)》天龍卑弥呼(ひみこ)。大和国建国者、没し存在しないと思われている。

 かっと、義虎は眼を見開く。

「ことごとく発火させてやる」

 そして骨羅道へと向き直る。

挿絵(By みてみん)

「今までもこれからも義虎には戦と(はかりごと)のみに狂いて生きるより他に道はない、せっかくなれば大いに貫かんと興じ楽しむべきかと存じまするが……いかが思われますか、面白そうですか」

「面白いに決まっておる」

 骨羅道は迷わず答えた。戯れてもいない。

 __何故か。この義虎のみが理解し得る。

 心を捨てた、失った、壊されたなどと敬遠されつつも、骨羅道には、そう見えるようにならざるを得なかったという自覚がある。どれだけ大切なものをどれだけ奪われ続け、どれだけ残酷な仕打ちをどれだけ受け続け、どれだけ恐ろしい修羅場をどれだけ打破し続け、そう見えるまでになってしまったか。覚えていないだろう。否、真に心を潰されぬため、慟哭しながら忘れ去ってきただろう。

 義虎は確信している。

 __我らは合わせ鏡。

 どうして自分がこのような目に遭わねばならなかったか。

 思い出してはいけない。

 元凶を思い出そうと探れば、奪われた自由や権利、家族も思い出してしまう。思い出せば真に心が壊れてしまう。壊れれば自分を信じ、託し、生かしてくれた全ての人々の想いが無に帰してしまう。

 思い出せないため復讐心は生まれない。

 自由や権利を取り戻そうとも考えない。

 しかし、明瞭に覚えているものがある。

 己をいたぶるのが現政権であるということ。

 そして、積もりし癒えぬ傷が刻印するもの。

『いたぶられ続け、極限を超え耐え忍び生き続け、戦って戦って戦って戦いまくって戦い続け、大いに強くなった武力を……大いに強くなった知力を……大いに強くなった心力を……満を持して顕現せし大将軍の力をもって、天下をひっくり返す』

「やってみますか」

 ぐっと、義虎は起き上がり、まっすぐに見詰める。

 ぐっと、骨羅道が起き上がり、見詰め返してくる。

「やらせてほしい」

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