七四 五龍神将へ挑め!
「我こそは! 大将軍《猛虎》が信ずる一番弟子にして、将軍《烏巫堂》が誇る娘、すなわち高句麗の英雄《風神》の血と覇術を受け継ぎし大和国兵士《風の巫女》鳥居碧なり!」
碧は名乗った。
__ん、すごい気もちい……。
誰もが動かなかった。喋らなかった。
名乗る。
それは一騎討ちや忠道と並ぶ、大和武士の誉れである。義虎がしょっちゅう名乗るのを聴き、羨ましく思っていた。だが名乗るには、戦場にあって名乗るに値する大きな名を築き上げねばならない。
しかし義虎はむしろ名乗れと言った。
__だって単なる初名乗りじゃない。
談徳ら高句麗将兵も、敵大将軍である黄飛虎も、硬直していた。
初陣して以来ともに戦ってきた麗亜も、妖美も、驚愕していた。
「宿命の血統、ついに名乗りましたね」
母である碧珠は三足烏の姿で涙ぐんでいた。その姿は碧が名乗るに値する由縁、すなわち祖父である《風神》のそれに等しい。
かつて、天下へ号令した英傑たち〈三大神〉がいた。
大和国大将軍《海神》仙嶽雲海。
瑞穂国大将軍《雷神》雷島片信。
倍達国大将軍《風神》皇甫崇徳。
民が平和で自由な世を志し、三国で手を取り合い〈三神同盟〉を発足させるも、民が強固で厳粛な世を志す、大和国の〈高天原派〉などに謀殺されていった。
つい先日まで、崇徳の娘である碧珠も処刑されたと思われていた。
「その私が再び世へ出て間もなく、孫も生きていたと知れ渡る……天下は再び、民が平和で自由な世を到来させるという希望を抱くことができるでしょう。そして」
《海神》雲海は存命である。
《雷神》片信が誇った雷はそのまま義虎へ託された。
《風神》崇徳が誇った風は碧がもって生まれていた。
「三神同盟は復活するでしょう」
かつて崇徳とともに〈三火烏〉として戦った大将軍《大武神》姜以式も、碧が名乗るのを聴いていた。
「崇徳よ、見ておるか」
姜以式はしわを連ねる目頭を熱くしていた。
「わしらが幾星霜と戦い、闘い続けてきたは無駄ではなかったぞ。わしらが紡いできた縄はいよいよ太く硬く重く、どれだけ傷付こうとも断じて揺らぎはせぬ。奮えるではないか! されば縄を編み始めし者として、目指す頂まで伸ばしきり、運ぶを導き、届かし縛り付け道とせずにはおられぬわ! むははは、つくづく気が合うのう、三火烏も三大神も揃って往生際の悪い爺たちよ。そなたの姿は娘の中にある、そして力は孫の中にある。さあ頂を掴むまでともに、誇らしき縄の担ぎ手たちを導かん!」
「いいねえ、昂るぞ!」
碧は見上げる。黄飛虎が拍手し響かせてくる。
「だが三大神の風を継いだと言えど、あくまでうら若き美少女よ、かの熟練たる傑物が魅せた天地開闢がごとき御業には遠く及ぶまい。ならばこの〈五龍神将〉へ堂々挑み、その高みへ近付いてみせい!」
翼を畳み黄飛虎が突撃してくる。
「弾幕を張りましょう、きえっ!」
麗亜が走り出て剣圧を連射し、談徳も応じて覇力噴を連撃する。まっすぐ来る黄飛虎の軌道をずらし接近を遅らせ、碧が覇力を溜める時を稼ごうとしている。
稼げない。無人の野を行くように粉砕し、流星のごとく突っ込んでくる。
「無問題」
二人を振り向かせ碧は笑う。覇力は名乗りながら高めてきた。
否、自然と高まってきた。
「三つ目・山颪の舞」
どっと、碧色に光り輝く風力の塊を打ち落とし、黄飛虎を路上へ叩き付ける。
「四つ目・鎌鼬の舞」
間、髪を入れず狙い、烈風の刃をほとばしらす。跳び置きざま、真っ向から打ち砕かれる。その踏ん張りから踏み切り突進してくる。心地よく熱く汗を滴らせ、碧は残る覇力を結集させる。
「二つ目・旋風の舞」
ごっと、碧色に光り輝く風力の渦を唸り轟かせ、黄飛虎を天空へ突き上げる。
全長五〇メートルに及ぶ三足烏、母の待ち受ける天空へ。
「一の段・天巫神風」
ばっと、実に翼開長一〇〇メートル、巨大なる両翼が振り下ろされ、強大なる風圧がぶつかり合い、轟々と叫び、幾重にも逆巻き、プラズマでも爆ぜるかというエネルギーをはたき出し、黄飛虎へ喰らい付く。
碧の撃つ、碧色に咆哮する旋風はそこへ炸裂し、碧珠の撃つ、深碧に咆哮する神風へがっと融合し、遮二無二、情け容赦なく怒鳴り散らすがごとく荒れ狂い、駆け回り、猛り立ちますますもって暴れに暴れる。
「いいねえ、満ち足りた!」
ぼっと、風がことごとく弾け飛ぶ。
碧は、母や皆と揃って呆然とした。
さながら大輪の薔薇が花開くように、七弁の鉄板がうち広がっていた。
「母娘の合体技とは、熱い。熱いぜ」
黄飛虎が四肢、両翼、尻尾を巨大な盾へ変えていた。
「しっかし天地人、元素攻撃もできるのだな。あり得ぬばかりの強運をもって羽ばたけば、暴風の生ずる条件も満たされるといった具合だろう、どうだ当たったか⁉ さあて天地人を探る目的は果たした、巫女の美少女が云々とかいう弩デカいおまけも付いてきたことだしな、記憶の鮮やかなるうちに知らせに戻るとするわ!」
碧はほっとした。はっと、唇を噛みしめた。
そして大将軍が高らかに笑った。
「皆々よ褒めてつかわす、よくぞこの五龍神将《鎮国武成王》へ相対しながらも臆さず向かってきた、再戦するを楽しみにしておるぞ!」
黄飛虎が飛び去っていく。皆が覇術を解いていく。
「……わーも楽しみにしとるから」
絞り出した声音は響かなかった。
麗亜に肩をさすられ、微笑まれた。ぺたんと座られ、苦笑いして倣った。
碧は起き上がった。
「ん、いつまでも感傷なんざに浸っとれんよ、もっかい念話して」
朝日を背い、目下の成すべきことへ集中する。麗亜も固く頷く。
「紐付けよ こきりこの閑古鳥 東河を諾い 西都を鳴らす 南冥をたゆたい 北陸を運ぶ 時よ空よこれ欄間と知るがいい」
義虎が生存していると信じ幾度となく試したが、いっこうに反応はない。
だが少女たちは諦めない。
「……反応した!」
はっと、碧は麗亜を凝視する。頷かれる。
「生きてたよ……敵の大将軍と一緒ぉ⁉ 助けてくれたぁ⁉ 調略するぅ⁉」
「ん、付近の多勢に捜索されとるでしょ、無問題なん?」
「かろうじて動けるまでには回復したって……敵方に仲間がいるぅ⁉」
碧は目玉を白黒させた。
義虎はいつも、倒れても倍返しして起きてくる。
__いったいどこまで戦国慣れしとるんじゃい。
念話し終え、麗亜が微笑んできた。
「大将軍ね、開口一番に訊いてきたよ。碧ちゃんが名乗る場面はきたかって。きたって答えたら、かっこよかった? がんばっとった? 一緒にがんばれた? だって。五龍神将に立ち向かったの、すっごい褒めてくれたよ」
碧は口角が上がったのを感じた。
「ん、傷一つ付けれんかったけどね」
「それも言ったらね、傷一つでも付けれとったら義虎は劣等感にさいなまれて殺虫剤を浴びた虫のごとくのたうち回って憤死しとった、だって……でも大将軍てほんと顔広いよね、その開京界にいる味方と接触するのも、七つの楽しみの一つなんだって………あと接触してからね、大和軍が消息不明になったのも探ってくるんだって」
「ん、どんだけ動くんだろね」
二人は以上を姜以式だけに報告した。義虎の指示である。
姜以式は頷き、昨夜、関弥城より念話が届いたと話した。
「《大地神》姜義建が側近武官のみを率い捜しに出たそうじゃ。関弥城主《天夜叉》が制止するを振りきってじゃと……《猛虎》《風伯》両大将軍はおそらく開京深くへ落ちておるでのう」
「ん、なら大地神将軍も危うい」
碧が呟き、麗亜が姜以式へ訴えた。
「その、お孫さんですよね……猛虎大将軍は味方がいるから大丈夫なんです、もちろん周りから捜しに来るほとんどが敵ですけど、その誰よりも最短最速で接触できるよう念話して誘導するそうです。だから急いで大地神将軍に、お戻り下さいって念話しましょう」
だが姜以式は言いきった。
「大地神を育てたはこの大武神。案ずるに及ばぬ」
そして眼を閉じて加えた。
「孫が救わんとしておるは猛虎大将軍のみならず……風伯もじゃしな」
はっと、碧たちは奮えてきた。義虎も同じことを成そうとしている。
「ん、そんなことできる?」
骨羅道は義虎を助けたが、思惑あってのことかもしれない。
そして大将軍は軍の要である。国家の威信である。
裏切らせられるのか。
だが断固とした正義漢と謳われる義建はともかく、身をもって奴隷兵へ精通する義虎には、勝算があるのかもしれない。
__でも調略できんくても、開京の仲間に接触できんくても、大和軍の消息解明できんくても……生還してくれればそれでいいから!
碧は師を信じると決め、麗亜と頷き合った。
夜通し馬を飛ばした甲斐あって、義建は義虎と骨羅道が沈んだ海域へたどり着き、延々と続く岸辺を調べ上げることができた。
__しかし痕跡一つ見当たらぬ……。
老練なる上級武官・黄明武に進言された。
「明るくなりしばらく経ちます、身を隠し練り直しましょう」
「うむ、そこの森へ入ろう」
馬首を返したが遅かった。
開京兵が現れ、取り囲まれた。
__ほう、気配をまるで感じさせぬとは、相当な精兵たちと見える。
背中合わせになる義建らの前へ、開京将が進み出てきた。
「上級武官《仁王》魏光龍である。他に二人の武官もおる、命が惜しくば投降せよ」
黄明武が睨み据える。
「投降すべきはそなたらじゃ若造、こちらは武官が五人おる」
「全員か。だが何人いようとこの仁王には関係ない。構え!」
__構っておる暇はない。
光龍の号令一下、兵たちが弓をつがえ引きしぼり、兄妹武官が駆け入ってくる。
「超魂顕現『七色斧鉞』!」
「超魂顕現『七色刀剣』!」
「「橙色‼」」
中級武官・羅光忠の振りかぶる斧が、初級武官・羅珠花の振りかぶる剣が、炎を噴いて燃え上がり、轟々と唸り打ち込まれる。
「鎧仗顕現『大地』!」
がっと、鉄鎚一閃、義建はまとめて弾き飛ばした。
「こうしておる間にも他の敵が両大将軍を捜し出すやもしれぬのだ。明武どの、禹逸と泰豆は先を急げ、ここの敵は火成と本官で制圧する、行くぞ!」
「「はい、将軍‼」」