六四 五悪玉の刑
「超魂顕現『玉五光石』!」
突如として五色に光る大岩が降り、麗亜が渾身で撃つ剣圧を押し潰した。
「ちくしょう防ぎやがった!」
樺太郎が空中を蹴り付け、麗亜は凝固する。
「新手だよ。しかもこの空間にいても覇術使えるみたいよ」
碧の止血を終えたざボ点が唸り、麗亜は唇を噛みしめる。
静かに、妖美が歩み出る。
「麗亜くん、大丈夫だよ。剣圧が弱かったのではない、むしろ上から封じなければ防げないほどに強かったのさ。だが……もう無理をしてはいけない。あとは身どもたちに任せたまえ」
「……うん、ありがと。お願い」
ひとまず麗亜は覇術を解いた。
頭痛も息苦しさも収まっていく。碧と違い外傷はない。少し休めばまた戦える。機会さえあれば助太刀に入ろうと、碧を守って寄り添いながら、近付いてくる蹄の音へ集中する。
「《毘沙門天》李哪吒将軍の部下、中級武官・鄧嬋玉です」
「ちゃいちゃい哪吒ちゃんの舎弟、初級武官・竜鬚虎だぞ」
髪を結い上げ明光鎧を固め赤梔子色のマントをひるがえす女将と、作業着である襦の前を合わせズボン状の褲をはくタツノオトシゴの魚人が、現れた。
「ん、ちゃいちゃい哪吒ちゃん? の舎弟?」
「おぉー、碧ちゃん、今どーでもよくない?」
「さて、私の覇術は登録した味方には効かぬ」
韓毒竜が振り返り、鄧嬋玉が進み出る。
「敬愛する我が君が、猛虎を恨んでいます。よって個人的にも戦略的にも、猛虎の仲間であるあなた方を捕え人質とする意義は大きい。さあ、超魂使い四人を相手にあなた方は鎧仗すら使い難くある、おとなしく降伏なさってはいかがです」
「降伏なんかするもんか!」
きっと、麗亜は一喝した。
にっと、碧も妖美も大きく頷いた。
すっと、鄧嬋玉が手をかざすや、五色の大岩が黄、青、白、赤、黒という五つの岩へ分かれ弾け飛び、五方向より突っ込んでくる。
黄が打ち落とされる。
「刮目したまえ」
皆が目を見張った。妖美が拳を振り抜いていた。
続いて跳び、青を払い白へぶつけ、まとめて放り捨てる。着地せず黒を踏み台にし、跳躍する勢いで地面へめり込ませつつ、まっすぐ赤へ猛進し、指を鳴らし殴り付け粉砕する。
「ん、なアホな」
「高速で飛び交う岩を、鎧仗すら使わずに……」
「あり得ぬ、一兵卒にできる芸当ではないぞ!」
上級武官である韓毒竜も薛悪虎も、唖然としている。
「碧ちゃん、妖美くんがやったのって、大将軍がやってた……」
碧に頷かれ、麗亜は唾を呑み込んだ。
猿虎合戦で、素手で武装軍隊を蹴散らした義虎が言っていた。
『馬鹿力は、本来は気体状の覇力を固体レベルにまで圧縮する高等戦技〈覇力甲〉を打撃とともに打ち出しとるってカラクリだ、上級武官であろうと使いこなせる者は稀有ね』
「妖美くん……」
「麗亜くん、安心したまえ。美しい身どもが、美しい戦技をもって、美しいまでに守り抜いてあげるよ」
妖美が美しいまつ毛をかき上げた。
と、タツノオトシゴが腹を抱えて笑ってきた。
「超魂顕現『颰鬚群石』!」
竜鬚虎が玉蜀黍色のマントをひるがえし明光鎧を光らせ、天を指してくる。
「覇力甲を使えるとは恐れ入った、だあが。それじゃあ嬋玉ちゃんの単発重量攻撃は防げても、おいらの連発広範攻撃は防ぎきれんのさね」
無数の石が現れ降ってきて、麗亜はとっさに目を閉じた。
赤き翼を雄々しく広げ、義虎は獣脚を踏みしめ偃月刀を握りしめる。
東西南北中央で、天を突かんばかりに五色の麒麟がさお立ってくる。
将軍を五人、まとめて相手取る。
__うぃー、自殺行為に近いね?
先ほどまでは優勢だった。だが敵は初見で遅れを取っただけであり、まだ実力を隠している。その証拠に、怒濤のごとく攻められるも寸前であろうと対応し、一人も討ち取られてはいない。増援が送られる気配もない。
五方の麒麟が五色に輝く。
__麒麟は自ら生み出す害悪で治癒してくみたいし。
姜以式は黄飛虎に、談徳らは哪吒に捉まり援けにこられない。また敵には大軍師である姜子牙、崇黒虎ら将軍三人、そして総大将たる聞仲が控えており、遼東城にいる韓殊らはこれらを警戒せねばならず援けにこられない。さらに鷲朧ら大和軍も、乙支文徳ら他の高句麗軍も遠く離れ、援けにこられない。
五色の害悪が迫りくる。
__とにかく捕まるな。
腕をかき頭をかき、義虎は静かに長く息を吐く。
__五行侯の使うは結局いずれも状態異常にかける特殊攻撃、すなわち物理攻撃やら元素攻撃やらにある、喰らえば致命傷とかはない。されば、捕まって麒麟に潰されることさえ避ければ負けはせぬ。あわよくば誰か討ち取りたいが……時を稼ぐ以上の無茶はすまい、今はね?
どっと、翼をうち下ろす。
「斬る」
直上、待ち受ける黄色い麒麟の喉笛を、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら一瞬で斬り裂き突破する。
だが麒麟の巻き上げる超高濃度の湿気は止まず、竜巻さながら突き上げてくる。滑空しやり過ごすも、湿気だけではない。
青い聳孤が巻き上げる風気が奔る。前を塞がれる。
白い索冥が巻き上げる燥気が奔る。宙返りしてかわす。
朱い炎駒が巻き上げる熱気が奔る。掻いくぐり向かっていく。
黒い甪端が巻き上げる冷気が奔る。翼を畳み馳せ違い、術者である虎の獣人、崇侯虎へ斬りかかる。
「若造が、返り討ちにしてくれるわ!」
崇侯虎も突っ込み、大斧を叩き込んでくる。
がっと、轟音が振動と火花を伴い拡散する。
そこへ湿気と燥気が押し寄せ、義虎は退く。
相反する害悪が崇侯虎を直撃し爆ぜるなか振り向けば、上を熱気に塞がれ、下を風気に阻まれ、右から青い聳孤に襲われ、左から白い索冥に狙われている。
__うぃー、後ろだけ空いとる……罠だよね?
戦って、戦って、戦って研ぎ澄ませた本能で瞬時に見抜き、索冥の喉を裂き横を突き抜ける。
術者である姫昌に衝突した。
「姜桓楚どのが言われた通り、こちらへ来たのう」
「うぃー、そりゃあ突破するなら害悪と麒麟、どっちも動かしとって余裕の少ない方を選ぶでしょうよ、されど」
うっと、姫昌が胃液を吐き出す。
「そう読まれることを読めぬとでも思うたか?」
赤い鱗で固まる尾の鞭を打ち込み、義虎は姫昌を崩して抜き去ろうとした。
ぐっと、しかし尾が満身の力を尽くし抱え込まれる。
「逃がさぬぞ。絶対に……娘の仇じゃあっ!」
「でかした! 離すなよ姫昌どの、今行く!」
「一秒……」
鄧九公が叫び、鄂崇禹が数え、姜桓楚もろとも向かってくる。同時に、竜巻状に唸っていたそれぞれの害悪が収縮していく。
__何かある。
偃月刀一閃、捕まるものかと姫昌を斬り捨てにいく。
がっと、巨獣が振り込む角に弾かれる。姫昌が索冥を戻らせていた。
「超魂顕現『鉄刃戦紅』」
姿を鎧武者へ変える。尾が消え拘束を逃れる。
「二秒!」
遅かった。
寸前のところで反り返り、至近距離へ迫った鄧九公が投げ付けてくる湿気の塊をかわしたが、それが膨張し呑み込まれた。一瞬にして朦朧とした。効力が、先ほど喰らった際の比ではなかった。
膨張したと言えど、義虎一人を包む程度の規模である。
__まずい、急ぎこの空間を逃れねば。
「五行侯奥義・五悪玉。竜巻のごとく広げ五悪陣を構成せし害悪を、砲丸のごとくにまで凝縮し喰らわせたのだ。並の心身なれば即死する」
鄧九公が義虎の頭へ向け湿気を凝縮させる。
__おの、れ……。
脳が麻痺させられた。
そして絶叫させられた。
自分がどうなったのか、何をしていたのか、何者なのかも分からない。だが身を焼き焦がされ、斬り刻まれる激痛だけは克明に神経を蹂躙してくる。さらに気道が干上がり、塵や埃をおびただしく吸着し肺へ重度の炎症を起こし、呼吸もできなくなる。
五悪玉。
鄂崇禹に右腕へ熱気を凝縮されていた。
姜桓楚に左腕へ風気を凝縮されていた。
姫昌に喉へ燥気を凝縮され、声すら奪われた。
「終わりだ若造。さんざん大口叩いてこのざまとはな、恥を知れ!」
崇侯虎が飛来する。荒々しくうねり唸らせ、湿気と燥気を受け流していた冷気を一気に凝縮し、胸を目がけ叩き込まれる。
「よし、心臓を凍結した! これで……」
姫昌が拳を握りしめ、鄧九公が深く頷く。
「〈五悪玉の刑〉は成った」
「「猛虎大将軍ーっ‼」」
談徳、恍魅、牟頭婁、そして姜以式らが目を血走らせ、義虎を救わんと駆け込んでいく。鄧九公がほくそ笑む。
「五悪陣を再展開するぞ。飛んで火に入る夏の虫よ」
姫昌が出て、談徳や恍魅を燥気の大渦に捕食する。
巨体を踊らせ突っ切る牟頭婁には、横から姜桓楚が暴風を纏う青い聳孤の巨体を突っ込ませる。弾いたところへ姫昌が白い索冥を突進させ、かわされるも鄂崇禹が朱い炎駒を突撃させ突き飛ばし、麒麟三頭で挟み足止めする。
ばっと、姜以式が高く跳び、偃月刀を振りかぶる先で、義虎はのたうつ。
右腕が灰燼と帰す。
左腕がちぎれ飛ぶ。
思考することもできない。
呼吸することもできない。
朱黒い煙の荒れ狂うなか、なす術なく命の灯は凍て付いていく。
「猛虎大将軍よ諦めるな! 武士を死なせはせぬぞおっ!」
ごっと、偃月刀一閃、姜以式が神威を飛ばす。いまだ将軍四人に囲まれる義虎を解放すべく撃ち出される、夜を昼へ変えんばかりに青藍に光輝し咆哮する剣圧は、麗亜が放つそれとは次元が違う。
「死なすんだよ!」
怒鳴り散らし、崇侯虎が立ちはだかる。
強大な重い冷気を咆哮させ、巨大な黒い甪端を爆走させ、神威を纏う剣圧へ激突させる。
「「うぉおおおーっ‼」」
姜以式、崇侯虎、力と力がぶつかり合う。
「大将軍、後ろです!」
麒麟三頭と戦う牟頭婁が叫び、姜以式は振り向くが早いか偃月刀を振り抜く。
視界を埋める、黄飛虎の放り込む大錘。
轟々と燃ゆる、哪吒の突き込む火尖槍。
豪傑二将が唸らす猛攻を打ち払うのに姜以式の力が逸れ、崇侯虎が止める剣圧は霧散していく。姜以式が降り立ち、向き直る。
義虎は力尽きようとしていた。