六二 ボクはボクの誓った通りに闘う!
碧と山忠が危ういと聞き、麗亜は青ざめた。
__助けなきゃ……でもボクにできる⁉
「ちょうど猛虎とも連絡が取れたのだな。合わせて鳳凰将軍と話し合ってくる故、何かあれば知らせるのだな」
勝助が妖美と頷き合い、鷲朧の陣へ去っていく。
呼び止め、自分が急行すると言わなければならないと思う。言わなければ、またしても仲間を救いに行けない腑抜けだと思われてしまう。あるいは、碧に怒鳴られたからと拗ねて見て見ぬふりをする、馬鹿者とさえ思われかねない。
__言わなきゃ……言うんだ、ちょっと、何やって、言ってよ、早く言って……言えよおっ!
勝助が見えなくなった。言えなかった。
__やっぱり……ボク弱虫なんだ。ここにいる資格なんて……。
「まだ諦めるには早くないかな」
はっと、隣に立つ妖美を見上げた。
「先日のことがあったんだ、すぐに決断できなくとも仕方がないさ。たとえ行っても、何もできないかもしれないしね……だが美しい、美しくないはそこではない。最終的にでも構わない、結果が伴わなくても構わないから」
ふっと、妖美が微笑みかけてきた。
「助けに行ったかどうか。ではないかな」
__妖美くん……いつもいつも、本当にありがとう。
「身どもは行くよ。一緒に行くかい」
「うん行く。もう迷わないから。今度こそ、仲間を助ける!」
__そして大将軍も救って民が平和で自由な世を築くんだ!
打てば響くように馬腹を蹴ろうすると、妖美に待たされた。
「まずは勝助さんに報告して、この軍を統制しに戻ってもらいたまえ。それまでは身どもが軍を預かりながら、最速で急行する術を考える。差し当たっての問題は、今から行って間に合うかどうかだからね」
「あ、そだよね、じゃあ念話して呼ぶまで待っててね」
__おぉー、さすが妖美くん冷静だ。一歳しか違わないのに……ボクまだ、学ばなきゃなことばっかだな。
麗亜は鷲朧の陣へ疾駆した。
もう何も感じない。
もう何も喋らない。
もう何も考えない。
__タタカエ、タタカエタタカエ、タタカエタタカエタタカエタタカ……。
惨く崩れる体を拷問し、黒を失い赤々と傷む眼を半開きに、碧は突っ込む。
「なんなのだお前は、狂っておるのか!」
薛悪虎が剣を打ち込んでくる。遮二無二かいくぐる。骨が軋む。肉がのたうつ。血が染み渡り続ける。
__エタタカエタタカエタ……。
斬り付ける。腕をかすめる。薙ぎ払われる。しゃがんでかわす。
__タカエタタ……。
鈍い音を連打し骨肉が自壊していく。
鋭い朱を放射し血道が断絶していく。
__タタカエ。
風を巻き、猛然と跳び、肩を裂き返す。
「くっ、いい加減に、くたばれえっ!」
戻る剣を叩き込まれ受ける鎌を砕き割られ吹き飛ばされ、硬く角ばり待ち受ける大岩へ全身を強打し、粉々に崩落する鎧もろとも、膝が落ちる。
倒れ伏していた。
「碧どん! 起きるべよ! 起きるべよおぉーっ!」
弱りながら焦る山忠を韓毒竜が嬲り倒す。薛悪虎が近付いてくる。
もう何も見えない。
もう何も動かない。
もう何も祈れない。
__ごめん、麗亜。謝りたかった……ごめん、鉋さま。約束守れんかった……ごめん、山さん、勝さん……ごめん、三代目……ごめん、おっとう。死んでまで、生かしてもらったんに……ごめん、おっかあ。
刃がぎらつき、振り上げられた。
__ごめん、トラ……。
「きええぇーっ!」
ごっと、空色逆巻く剣圧がほとばしり、とっさに剣で受ける薛悪虎を遥かへ突き飛ばした。ぼやけゆく意識のなか、碧は感じた。
ざっと、自分を背へ庇って立つ少女。
「こんなになるまで……ごめん! ごめん、遅くなって、ごめんっ!」
__ん、そんなに謝らんで、いいんだよ……。
「でも、もう安心して。碧ちゃんはボクが守る」
山忠が歓喜し韓毒竜が舌打ちする先で、妖美、フクロウらとともに現れ、麗亜が太刀を構えていた。
少しばかり前、小休止する大和軍。
麗亜は大将である鷲朧の陣幕へ駆け付け、取り次いでもらうや通された。様々なフクロウが止まり、様々な鳥人が控える中心に、ハクトウワシの鳥人である鷲朧が鎮座していた。
「話は勝助どのより聞いた。救いに行くなら助太刀しよう」
「えっ、よろしいのですか」
鷲朧は頷き、碧へ感謝していると言った。
「我が主、嶺森一族の若君であられる樹拳どのとともに戦い、欠かせぬ働きをし勝利へ導いてくれた。この恩義へ報いぬとあらば武士の名折れ。よって我が軍師と特攻隊長を遣わそう」
「「任せなさいよ」」
対照的な二羽のフクロウが右翼を掲げ敬礼する。
いずれも中級武官だと、鷲朧が簡単に紹介する。
豆梟ざボ点。
大梟樺太郎。
嶺森一族へ仕える〈梟軍団〉という部族がいる。ざボ点は身長十四センチという雌の若いサボテンフクロウであり、梟軍団では最も小さいながら頭脳を担う。樺太郎は身長八四センチという梟軍団で最も大きなカラフトフクロウにして、若いが最上位の腕っぷしを誇る。
「私めがワープさせてあげるよ」
ざボ点の覇術は未来へ飛ぶ世界種である。
現状が変わらず続けば確実に起こり得る未来を設定し、一瞬にして発現させる。
「まず麗亜ちゃん妖美くんに、一直線上で危厳道へ至るよう馬を走らせてもらう訳よ。次いで私めが超魂して、今走ってる二人の時空間と、未来で目的地へ到着した二人の時空間とを置換する訳よ。するとあら不思議、瞬間移動でどんぴしゃお仲間に抱擁できるという訳よ」
ぐっと、麗亜は口もとを震わせた。
それは、口には出さなかった勝助も同じであった。
「誠にかたじけない、よし麗亜よ行くのだな! 妖美も行かせる故、ざボ点どのには合流し次第、超魂をお願いするのだな。それから敵の覇術なのだが、山忠と念話し情報を得ておる故、走りながら聴くのだな」
麗亜は強く頷き、陣幕を飛び出し馬へうちまたがる。
「超魂顕現『空色彗星』!」
ばっと、空色のマントを翻し、空色に輝く霊気を纏わす神剣・天之尾羽張を引っさげ、フクロウたちを先導するように駆け出した。
野道をひた走るなか妖美が追い付き、ざボ点が若草色に覇玉を光らせた。
「超魂顕現『未来開扉』!」
一瞬であった。ガラスの割れるような音がして野道の空間が砕け、次の瞬間には山道へ変わっていた。そして目の前には、伏せった碧を斬り付ける敵がいた。
かっと、麗亜は眼を見開き、裂帛の猿叫を響かせた。
うっと、麗亜は倒れ込みたくなる。
金属棒で執拗に殴打されるように頭が痛む。関節が痛む、腹が痛む、呼吸するだけで胸が痛む。
__碧ちゃん、こんな状態でずっと……。
ざボ点も喘いで落下し樺太郎に掴まれ、慌てて覇術を解いた。
「麗亜くんも解きたまえ。思った通り、使う覇力へ比例し症状が出るようだ」
山忠から得た情報を吟味し、妖美はすでに竜虎の罠のからくりを看破していた。
韓毒竜の覇術は毒に侵す世界種である。
覇術であろうと覇能であろうと、たとえ覇力感知にかからぬほどの微量でも相手が覇力を使いさえすれば、使った分を毒へ変換して発症させる。だが逆に、覇力を使いさえしなければ影響を及ぼせない。
現に妖美と樺太郎に症状はない。
どっと、烈火と化して妖美が飛び出し鉄拳をくり出し、韓毒竜を追い払い山忠を助け出す。
「甘いわ、竜虎の罠は私が一人で成す代物ではない」
「甘いよ、周囲や基礎へ注意し動けば対処できるさ」
妖美が眼を光らせる。
薛悪虎の覇術は悪運を授ける世界種である。
相手が乗っている馬に不調を起こす、体を硬直させ着地をしくじらせる、障害のある所へ吹き飛ばせるようになるというように、本来ならば起こり得ぬ不運を強制できる。
妖美は着地する先に陥没があるのを見定め、回って軌道を変える。
そこへ韓毒竜が剣を取り躍りかかる。着地するや妖美は身をかがめいなしつつ、掌底を突き出し手首を打ち、剣を落とさせ掴み取る。
「どうだい、丸腰でこの美しい……こら麗亜くん」
「だいじょぶ、まだいける」
滝に打たれるように汗を滴り落としながら、麗亜は頑として超魂覇術を解除せず、踏ん張り奮い大上段、天之尾羽張を振りかぶる。
__碧ちゃん、絶対に守るからね!
「きえーっ!」
空色眩く剣圧を撃ち出す。
韓毒竜にかわされ、薛悪虎に斬りかかられる。
がっと、刀と剣がぶつかり合い、火花が散る。
だが全身を蝕む激痛に意識は蹂躙されている。
力任せに押しきられ、突き飛ばされる先で待つ大岩に衝突しかける。
「ったく見てらんねーってのよ」
樺太郎に受け止められる。と思えば電光石火、カラフトフクロウは獰猛に薛悪虎へ襲いかかり、鋭利な鉤爪を閃かせ打ち込んでいく。機敏に切り替えし縦横無尽に突っ込み、剣を相手取りながら押している。
「ひゃっほい! 鳥相手なんざ慣れてねえだろうよ」
「きえーっ!」
必死になって、麗亜は剣圧を叩き込む。
「きえーっ! もぉなんで……」
だが手が塞がっているはずの薛悪虎にも韓毒竜にも、いとも容易くかわされてしまう。
「おいおい、的は小っせえしよく動くんだ、んな大技ばっかじゃ当たんねえよ」
「まずいね、いつもなら小技を連射するさ、重篤のあまり思考が麻痺している」
「きえ……」
「ん、麗亜」
はっと、麗亜は振り返り、駆け付けた。
「碧ちゃん、碧ちゃん、碧ちゃん!」
今にも頭が割れてしまう。嘔吐したい、絶叫したい、気絶したい。もうやめてくれと、体が悶絶し訴えてくる。
__どうでもいい!
「もう、安心して。ボクが守るから」
「もう、十分だよ、休んで、お願い」
ぐっと、麗亜は焼けるように胸が熱くなった。症状ではない。心地よい。
「ありがと。でも、だいじょぶ」
かっと、麗亜は眼を見開いた。
「やらせて。ボクはボクの誓った通りに闘う!」




