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六〇 竜虎の罠

 __強いな。

 黄華(おうが)軍本陣。総大将・聞仲(ぶん・ちゅう)は戦う敵将・義虎を見据えていた。

 __認めよう。腹をくくるとするか。

五行侯(ごぎょうこう)は猛虎と相性が悪いようですな」

 大軍師・姜子牙(きょう・しが)が並んできた。

「速いうえに飛ぶ、さらに異名に違わぬ凶暴性をもち合わせる。生身をさらす召喚獣や状態異常を狙う攻めでは、あらゆる方向から雷さながらに斬り込みては離れをくり返し、制限なく回避でき、本能へ託し身を削りてでも突貫してくる猛虎を討つは、難しいでしょう」

 姜子牙が〈四神〉崇黒虎(すう・こくこ)蘇護(そ・ご)を振り返る。

「斬り込まれようとも無効化でき、重く硬く物理的に攻めるが欠かせぬかと」

「だが将軍を五人も送りさらに加えるなど、大帝国の戦史にあってはならぬ」

 聞仲は眼を閉じた。

「そなたの息子らを信じよ。こと西伯侯(せいはくこう)には任せられる」

 __二秒、猛虎を封じればよい。さすれば五悪陣(ごあくじん)は始まる。

 __うぃー、素直に引き下がってくんだね、偉い偉い……。

 義虎は東伯侯(とうはくこう)姜桓楚(きょう・かんそ)から引っ込めた偃月刀をぶら下げた。

 __とでも言うと思ったか?

 赤い鱗で固める尾を放り込み、青い麒麟、聳孤(しょうこ)が突き上げてくる角を打ち払う。同時に、退散したはずの姜桓楚が聳孤に轟々と唸る風を纏わせ、呑み込んでくる。

「ようやった、機は熟したぞ」

 将軍《西伯侯》姫昌(き・しょう)

 娘の姫叔明(き・しゅくめい)を、土流(トリュ)道の戦いで喪った。斬ったのは義虎である。

「分かっておる。ここは戦場、生温いことは言えぬ。それでも……大事な娘を殺され黙っておるような、血の通わぬ人間などおらぬのじゃ」

 激しい風の渦は鋭い刃を生む。踏ん張りの効かない空中で揉みに揉まれながら、義虎は見えぬ刃に刻まれていく。そこへ姫昌が流し込む強烈な燥気が混ざり込み、急激に水分を奪われていく。

 __うぃー、傷が入口となったか、体内への侵攻も速い……。

 喉が張り付き、皮が引きつり、目が痛む。

 __だからどうした?

 どっと、猛虎は飛び出す。逆巻く風向へ抗わず加速し、一気に天へ突き抜ける。

「そこを狙い討ってくるとか、常識じゃん芸がないよ?」

 びっと、強靭なる翼をさばき急反転、蹄を打ち込んでくる白い麒麟、索冥(さくめい)の喉を斬り裂く。尾を伸ばして血を噴く首を掴み、身を引き戻して姫昌のまたがる背面へ飛び込み、偃月刀一閃、受けに出される矛をはね飛ばす。猛然と赤く咆哮をたぎらせ、ねじ込む鉄拳、姫昌を地面へ叩き落とす。

 ごっと、赤き彗星と化し追撃する。

 姫昌を守らんと、姜桓楚が暴風を集め立ち塞がってくる。

 ばっと、一瞬で迂回し姜桓楚を斬り捨て、彼を踏み台にし角度を戻し、姫昌へ突っ込む。

 朱い麒麟、炎駒(えんく)が高熱を纏い突っ込んでくる。

 がっと、掻いくぐって姫昌を叩っ斬る、が間一髪でかわされ地面を砕く。

「のう、猛虎大将軍よ」

 義虎は目を上げ、そして身構える。

 その隙に鄂崇禹(がく・すうう)が姜桓楚へ駆け付け、傷を焼いて止血し始めた。

 __うぃー、大将軍《太公望(たいこうぼう)姜子牙(きょう・しが)か……。

 進み出てくる姜子牙が、羽扇を扇ぎ微笑んだ。

「貴殿の愛する部下と弟子が、黄華の罠に落ちたそうじゃ。どうじゃ」

 義虎は唸らずにはいられなかった。

「取引せぬか」



「超魂(ちょうごん)顕現『毒蝕覇換(どくじょくはかん)』」

「超魂顕現『悪道導現(あくどうどうげん)』」

 哪吒(なた)が張り合う姉、李木吒(り・もくた)へ仕える上級武官がいる。韓毒竜(かん・どくりゅう)薛悪虎(せつ・あくこ)、組んで罠を仕掛けては隊であろうと将であろうと絡め取り、斬りかかって仕留める女忍者たちである。

「ん、ぴえん状態なんだけど」

 義虎が遼東(ヨドン)城へ現れるしばし前、彼を探し先行していた(みどり)山忠(やまただ)は、彼女らの罠にかかり苦しんでいた。

「ぴえん? ってなんだべ?」

「ん、しくった泣きたい的な」

「しくった? はなんだべ?」

「ん、そんくらい分かりなさいよ、鼻たれデイダラボッチ」

「おいこら粗相していい上官は、てっちゃん様だけだべよ」

 てっちゃん様イコール義虎である。どういう扱いされてんだよと、自分も同様に扱っているのを棚に上げ冷笑しつつ、碧は状況を分析する。

 おかしい。

 半刻ほど前。黄華軍が敷く警備網へ近付いてきたため、覇力感知を巡らせ警戒しながら、山忠ともども鎧仗(がいじょう)覇術を使い武装して馬を駆り、連なる岩場をひた走っていた。

 碧は悪寒を感じ始めた。

 にわかに馬が倒れ、落ちて手首を痛めた。

 馬を調べたが原因不明で起き上がらず、やむなく置き去りにし、山忠の後ろへ乗って進んだ。

 徐々に頭が重くなり、関節も痛みだした。熱が出たかと思った。

 だが山忠も同じであった。

 にわかに馬が狂いだし、振り落とされた。今度は足をひねった。山忠も落ち腰を打ち据えた。馬は走り去ってしまった。

 体調が悪いとはいえ、互いにあり得ない失態であった。

 休んでも、互いに不調は酷くなるばかり。

 敵の覇術を疑い、覇力を強め感知を気張った。見えないが、一キロと離れないところに二人見付けた。しかし頭痛に暴れ回られ、感知が途切れた。ごくわずかだが楽になった気がした。

 山忠は碧ほど辛そうではない。体格や年齢が違うからではないかと考え聞いてみたが、そもそも症状が軽かった。

「ん、呪ってくる世界種かな」

「だとすりゃあ、覇術領域めっちゃんこ広いべな」

 世界種における覇術領域、つまり覇術が作用する効果範囲には、覇玉と同じ色の霧や霞が立ち込める。しかし覇術領域を広げれば広げるほどに、効果が薄まるのに比例し霧や霞も薄まっていき、敵に察知されにくくなる。

「霧とか全然見えんのにこうも効くって、接近したらマジで動けんくなるよ」

「だども、おいどんと碧どんで何が違うかが分かりゃあ、攻略する鍵になりそうだべな……っておい来とるべよ!」

 しまった、感知していなかったと、碧は鎖鎌を握りしめる。

 山忠は地面へ手を当て、振動を探っていた。確かに、どんどん症状が悪化してくる。すなわち、敵が近付いてきている。

 __こんな状態で、まともに戦えるわけ……。

 見えた。二騎、斬り込んでくる。

 いよいよ考えるだけで頭が締め上げられてくる。目も霞む。身を起こしているだけで、叫び散らしたくなるほどに辛い。

 __それでも、戦わんと。こんなとこで……。

 ぐっと、碧は汗だくになりながら立ち上がる。

 __くたばって、たまるかあっ!

「一人ずつ集中して狙ってくべよ、まずは来る順に。中距離攻撃、頼むべ!」

 相手は馬上、高所の利をもつ。山忠に摘まみ上げられ、そばにある大岩へ乗っけられた。逆に利を取った。

「我こそは! 大和国(やまとのくに)大将軍《猛虎》が弟子、鳥居(とりい)碧なり!」

「我こそは! 大和国大将軍《猛虎》が腹心、中級武官《山男(やまおとこ)嶺森(みねもり)山忠なり!」

 敵が迫る。痛いと、のたうち回りたい衝動へ、腹の底へ満身の力を籠めて抗い、眼を見開き神経を研ぎ澄ませ、焦点を集中させる。

「今だべ!」

「おうっ!」

 どっと、碧は鎖鎌を投げ込んだ。



 麗亜(れいあ)は沈んでいた。

 行軍する大和軍に渦巻く喧騒に囚われながら、力なく馬の行くに任せ揺さぶられながら、張り裂けるように胸が疼き続ける。

 恐くて、友達を助けに向かえなかった。自分が情けない。

 守られて、励まされてばかりであった。自分が情けない。

 募り募って、落ち込みすぎて叱られた。自分が情けない。

 __何もかも上手くいかない! なんでボクこんなに、ダメなんだろ……。

「初めから上手くいく人などいないさ」

 肩をさすられた。妖美が馬を並べていた。

「上手くいかなくとも、切り替えて諦めずに立ち向かってこそ、美しいと思うよ」

 注がれる眼差しはただ優しく、声音は包み込むようだった。

 __妖美くん……。

 不思議だった。これだけで、すさんだ心が温められていくように感じられる。

 碧が命をかけて《朱雀》火霊(か・れい)を敗走させてからも、自分だけ怯え、離れた山中で隠れるようにうずくまっていた情けなさと罪悪感にさいなまれ、泣きはらしながら動けないでいた。

 妖美が探しに来てくれた。

 嬉しかった。それ以上に恥ずかしかった。

 だが妖美はそっと頭を撫で、もう大丈夫と気遣いながら、手を握って立たせてくれた。

 どっと、大きな胸へ飛び込んでしまいたかった。

 火霊を追う樹拳(じゅけん)も来て、逃げる者を見なかったかと問われたが、ろくに答えられず、妖美にほとんど対応させてしまった。ますますいたたまれなかったが、妖美は肩を支えゆっくり歩き、碧へどう謝るか考え、帰ってからも寄り添ってくれた。

 __妖美くんっ!

 ぽっと、麗亜は頬を赤らめた。

 すっと、妖美が天を見上げた。

「立ち向かって、それを積み重ねて人は強くなる……強くなれる」

 麗亜は聴き入っていた。言い聴かせるようだった。

 妖美が視線を戻し微笑んできた。

「碧くんも同じさ、生きるか死ぬかの瀬戸際を生き抜き続けた経験がある、だからよく似た戦場でも、ひるまず気負わず立ち回れる。そうした経験の少ない麗亜くんにいきなり同じように立ち回られたら、碧くんの方が立つ瀬をなくしてしまうよ」

「……うん、ありがと」

「麗亜くんは優しい。正義感も強い。それは間違いなく美しい」

 麗亜はどきっとしてしまった。

「碧くんも義虎大将軍たちも、甘いとは言っても否定はしないだろう? お互いを清く思いやらずに信頼など築けない、築けなければ仲間など生まれない、生まれなければ軍も機能せず戦にも勝てないからさ。軍も戦も他でもない、人間のなすものだからね」

 __結局、戦うため……。

 だが頷くしかない。

 これから援けに行く高句麗(コグリョ)界が、開京(ケギョン)界の支配する倍達(ペダル)国から独立せんと切望するのも、そして麗亜が忠義を尽くし情熱を燃やす八百万(やおよろず)派が、高天原(たかまがはら)派の支配する大和国(やまとのくに)を変革せんと熱望するのも、全て、慈愛を欠き正道へ背く支配に苦しめられるが故である。

 個人の感情など遥かに超越し、世界を脈動させる問題である。

 __仕方ない、んだよね。目的が戦うためでも、認めてくれるのなら……。

 と、妖美に頬へ触れられた。

 __え、ちょっ、うそぉ!

「身どもはどうでもいいな。麗亜くんは美しい心をもっている、それこそが美しいのだから」

 どきどきしてきた。

「まあ甘いと言うのも優しさじゃないかな。ここは戦場、そうでなくとも乱世だからね。悔しいけど、ただ優しく正しいだけでは生き残れない。緩急を付けて生き残ってほしいと願ってのことだと思うよ」

「仲間を大事に想うなら、助けるためにも切り替えて闘うのだな」

 はっと、妖美と振り向けば、顔を曇らせる勝助(かつすけ)がいた。

「山忠と碧が危ういのだな」

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