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五八 哪吒ちゃん大暴れ!

 にまあ、と哪吒(なた)は偉ぶった。

「美少女将軍ナタの超カッコいいとこ見したげる、嬉しいでしょお!」

 転げ出してやった談徳(タムドク)らが、唇を噛みしめ見上げてくる。炎を噴き上げる槍、火尖槍(かせんそう)を掲げて回し、業火の吠える大車輪を生み出す。

 __ボクは強い……。

 哪吒は将軍となるべくして生まれた。

 父は大将軍だった。十四歳で初陣する頃には、八つ上の兄が将軍となった。五つ上の姉と競い合うようにして将軍を目指し、昨年には姉に先んじ、若干十七歳にして将軍へ昇格した。覇術、武勇、洞察、何を取っても他を隔絶する。

 初陣してから三年で将軍へ上がったという記録は、現人神(あらひとがみ)と謳われる《海神(わだつみ)》仙嶽雲海(せんがくうんかい)や《炎帝》崇愛鎧剣(すうあい・がいけん)へ並び、古今東西最速で昇進した《斉天大聖(せいてんたいせい)》孫悟空(そん・ごくう)へ次ぐものである。義虎は戦歴八年目まで一兵卒のままだった。

 __ボクは強いんだよ、でも。

 きっと、哪吒は唇を噛みしめる。

 __まだ父上にはぜんっぜん及ばない……なのに!

 義虎に勝ちかけた。

 __あり得ない!

 〈五龍神将〉であった父の李精(り・せい)は、当時まだ駆け出しの将軍にすぎず雷の覇術を一切使わなかった義虎と壮絶に戦い、討ち取られたという。

 義虎は李精より強いはずである。

 哪吒は李精より弱いはずである。

 __ボクが骨虎に勝ちかけるとか頭おかしいんだよ! そりゃ仇は取りたいし、ついつい挑んじゃったけど、もっと手も足も出ずにボコボコにボコられるはずなんだよ、じゃなきゃ……父上が負けるはずない。

 義虎とは何だ。

 談徳らへ八つ当たりするように、燃ゆる大車輪を放り投げる。

 __あいつ単純な肉弾接近戦しかできんから、ボクには相性よかった? ううん、そこじゃない。

「皆、私の周りへ! 源平(ウォンピョン)の鎧」

 談徳が大鎧(おおよろい)を纏い両手を広げる。牟頭婁(モドゥ・ル)が大きな指を差し出し、右手へ触れる。恍魅(ファン・メ)が左手を握り、振り返って鍛極疾(タングッチル)の手を掴む。鍛極疾は腕をばねへ変えて伸ばし、阿石慨(ア・ソッケ)が掴まるや、もとへ戻して引き寄せる。

 そこへ大車輪が直撃し、轟音が弾け火柱が爆ぜる。

 __準備不足だったんだ。

 轟々と燃え盛る戦場を見下ろしながら、哪吒は頬っぺたを膨らませた。

 __父上とか石猿とかに勝った時、いっつも何回か戦ってからキモいぐらい厳重に備えたみたいけど。ボクと戦うの初めてだし、急に決まりすぎて策を仕込む時間がなさすぎたのね。なら次に戦う時はヤバいかも。骨虎の真に恐いとこは武技でも智謀でもない、雷霆(らいてい)でもない……執念だ。

「おわっ、危ないじゃん」

 炎を突っきり、牟頭婁の拳が振り抜かれた。

 __うわぁ燃えてないのね。

 でんぐり返ししてかわしたところへ、城から李春晶(イ・チュンジョン)の放つ氷の結晶、趙璃玉(チョ・リオク)の放つ瓦、竹竹(チュク・チュク)の放つ竹、木校梅(モク・キョメ)の放つ梅の木がほとばしってきた。

 __へぇ結晶使い賢いね、あえて遅れて攻めて二段構えにするんだ。でぇも⁉

「三面八臂(さんめんはっぴ)は出し抜けないよ、ちゃい!」

 火尖槍を振り、竹を焼き落とす。

 梅がうごめき、分かれて迂回してくる。

 動きを追うのは第二の頭へ任せ、次々と飛んでくる瓦の前へ降妖杵(こうようしょ)を掲げ、衝撃を滅して砕いていく。

 その間も第三の頭で見張り、談徳らが炎から逃れ出るのを見逃さない。

 火輪(かりん)、綉毬(しゅうきゅう)、縛妖索(ばくようさく)を投げ、全方位を燃やして梅を焼き払い、棘を乱射し氷をことごとく割りながら、鍛極疾(タングッチル)のばねを縛り上げて引っ張り、火中へ連れ戻す。

「全員で戻るしかないでしょお」

 大車輪を受ける直前と変わらず、談徳たちは繋いだ手を離さない。

「太子(テジャ)の大鎧、元素攻撃を無効化するんだね、でその効果は間接的にでも触れてる全てに作用する。逆に言えば、ばね使いが炎くらっちゃわないためには離せない、でも他の子も離れちゃえば縛妖索に捕まっておんなじ目に遭っちゃうからやっぱし離せない、と。どぉだ正解でしょ?」

 牟頭婁が阿石慨(ア・ソッケ)へ触れ、談徳から離れる。

「網切(マンジョル)武官、私を投げてくれ」

 談徳が空いた右手に槍を現し、脇を締めて構えてくる。

 __降妖杵に受けられたら槍は砕ける。でも今は瓦を防ぎに出張ってる。砍妖刀(かんようとう)に受けられたらどうなるかは分かんない。光線剣が受けられた時は、光刃だけ消えて柄は残ってた。大鎧と同じで元素攻撃のみ消滅させるなら、槍で打つ物理攻撃は効くかもしんない。とか考えてる?

 鍛極疾がばねを振りかぶり、猛然と談徳、恍魅(ファン・メ)を投げ付けてくる。

 にっと、哪吒は嗤った。

「でも忘れちゃった? 大鎧状態でボクと打ち合っても力負けしたよね。押し勝つなら薄片鎧(はくへんがい)状態になんなきゃだけど、大鎧解除したらみんな仲良く炎の餌食。どぉだ、切ないでしょお!」

 斬った相手の心臓を裂く、斬妖剣(ざんようけん)を高く掲げる。

 にっと、談徳が嗤った。

「聖朝(ソンジョ)の鎧」

「なんですと⁉」

 談徳が白銀に輝いて大鎧を消し、高句麗(コグリョ)民族が誇る薄片鎧を装着する。恍魅から離れ両手で槍を握り、高めに高めた馬力を籠め、雄叫びもろとも打ち込んでくる。

 __誰も燃えない……うげっ。

 斬妖剣が、弾き飛ばされた。

 さらに恍魅に電光一閃、縛妖索を熔断された。

「今です将軍(チャングン)!」

 談徳が叫ぶ。四〇メートルの《馬頭(めず)》の拳が突っ込んでくる。

「決まるしかない!」

 ごっと、爆炎と爆音と爆風とが拡散する。

 とっさに引っ込めた拳を押さえ、牟頭婁が跳びすさる。談徳らも驚呼する。

「やー頭いいね、すっかり錯覚させられちゃったし、めっちゃ危なかったよ」

 お手玉のように煉瓦をもてあそびつつ、哪吒は進み出た。

「金磚(きんせん)だよ。一定以上の衝撃があれば爆発するの」

 哪吒は殴られる寸前に同じものを牟頭婁へ投げ付け、殴る速度を弱めつつ、爆風で自らを飛ばし逃れていた。

「城にいる《早衣監(チョイガム)》韓殊(ハン・ス)の加護のおかげで」

 唇を噛みしめる談徳らへドヤ顔をかます。

「業火、初めっから効いてなかったんでしょ。太子(テジャ)が大鎧になってご丁寧に手まで繋いで自分が炎を止めてます的に振る舞ったのは、薄片鎧にはなれないでしょってボクを油断させるため。でそれは、不意討ってすっごい危ない斬妖剣を排除して、唯一ボクを倒せる馬頭に殴らせてあげるため、だったんだねぇ。でさ」

 すっと、声を低める。

「一人ずっと出てこなけど、何してるのかな」

 __うん、顔色変わったね。

 哪吒は談徳らが討って出た時から、人数、挙動、覇術を観察していた。父を超え仇を討つため、義虎が考えそうなことは自分もできるよう努力してきた。故に最初から気付いていた。

 白舞夢(ペク・ムモン)が消えている。

「体、紙に変えてたからぁ、仮説としては……全身細かい紙にして戦場一帯にばら蒔いて! ボクらの列や陣に潜入して機密を探ってるかもってのが成り立つよね! 例えばほら、馬頭の愛する《牛頭(ごず)》がどこに捕まってんのかとかね。ならさ」

 __焦ってる焦ってる、図星だな。

「戦場一帯、火の海にして! あぶり出すしかないよねえ!」



 高速で回る、体長一四四〇メートル、体高二四〇メートル、重量八〇〇万トンにも達する玄武を一撃にして弾く神威を纏い、飆回(ひょうかい)させ、青藍に爆ぜて輝き、大将軍《大武神》姜以式(カン・イシク)は偃月刀を振り抜いた。

 ごっと、受け止められていた棍棒を砕き割る。

「ほほう、腕を砕かれて笑うか」

 大将軍《鎮国武成王(ちんこくぶせいおう)》黄飛虎(こう・ひこ)。

「強き敵に巡り合い昂るは、漢(おとこ)なれば当然であろう! ひっく」

 棍棒は彼の腕が変化したものだった。と、もう片方の腕が大きな斧と化し、風を裂いて襲いくる。

「よう言うた」

 青藍まばゆく偃月刀一閃、姜以式は薙ぎ払う。

 轟音が飛び散り衝撃が駆け抜けるなか、ちらと談徳(タムドク)らを見やる。哪吒が混天綾(こんてんりょう)を唸らせ竜巻を生み、皆が弾き飛ばされたところであった。

 __苦戦しておるか。いや、傑士たちを信じよう……ぬっ。

 黄飛虎の砕けた棍棒が伸びて大刀(だいとう)と化し、大上段から突っ込んでくる。

 __なるほど、砕かれようとも再生するのじゃな。

 横へ一歩、かわすと同時に斬撃をほとばしらせる。

 大斧に打ち落とされる。直後、下から鎌がえぐり込んでくる。

 __脚も変わるか、なれば他もよな。

 柄で払い軌道をずらし、そのまま回し大刀と大斧をまとめて弾くところへ、もう片方の獣脚が変形した、楕円形の鉄塊に大量のとげ(スパイク)が生える狼牙棒(ろうがぼう)と、長い尾が変形した、三六節の鉄塊が連なる多節鞭(たせつべん)と、大きな左翼が変形した、刃を鋸(のこぎり)状に尖らす鋸歯刀(きょしとう)と、大きな右翼が変形した、輪から五芒星のごとく尖刃を突き出す鳥亀圏(ちょうきけん)とが連続し、集中攻撃を畳みかけてくる。

「おもしろいのう」

 獅子奮迅、姜以式は嵐が吹き荒れるがごとく偃月刀を乱舞させ、青藍に輝き神威の咆哮を轟かす。

 だが打ち合うこと五〇合あまり、互いに手を止めさせられた。

「出でよ、豪雨でも消せない三昧真火(さんまいしんか)!」

 哪吒が天高く、火を噴き上げる火輪を投げ上げる。混天綾がくくり付けてある。

 __嫌な予感がするわい……。

 哪吒は覇力をたぎらせ、火を噴き上げる火尖槍(かせんそう)を突き出し、搭乗する、火を噴き上げる風火二輪(ふうかにりん)を奔らせ疾風と化し円を描き、大きく、激しく混天綾を振り回す。さらに金の輪、乾坤圏(けんこんけん)を投げ上げる。灼熱に焼かれ金が溶け、中に隠された油が延々と出続け、拡散する。

 赤々と、轟々と燃ゆる巨大な竜巻が湧き起こる。

「退却じゃ! 早衣監(チョイガム)の加護でも防ぎきれぬぞ!」

 姜以式は怒鳴るように叫び、談徳らを動かす。

「ええい、見境なきガキんちょめ。大武神よ、いったん切り上げようぞ」

 黄飛虎も身をひるがえし、後ろで見物する黄華国の将軍たちも下がっていく。

 業火はとどまるところを知らず猛り狂い、戦場一帯を地獄そのものたる火の海へと貶めていく。

「そこだ、ちゃい!」

 はっと、姜以式は振り返りる。哪吒が縛妖索(ばくようさく)を復活させ、投げ込んだ。

 捕らわれたのは、小さな紙きれだった。

 __舞夢(ムモン)の一部じゃな……助けねば。

「舞夢っ!」

 なっと、姜以式は歯ぎしりする。談徳が業火へ飛び込んでいく。

 談徳が舞夢を慕っているのは察していた。

 まだ少年である、血相を変え取り乱しても仕方がない。だが無謀が過ぎる。速さを上げる当世具足を出すのも忘れ、周りも見えていない。

 哪吒がこの機を逃すはずがない。

「黄華軍はこの紙きれと同じいの探しな、密偵だよ! そんでボクは……」

 どっと、哪吒が談徳へ突きかかっていく。同時に姜以式も炎へ突っ込む。

 __くっ、わずかに間に合わぬ……。

「かわされよ太子殿下(テジャジョョナー)!」

 それも間に合わない。姜以式の心臓は、止まりかけた。

 がっと、哪吒が弾き飛ばされた。

 談徳のもとへ駆け付けて庇い、姜以式は何が起こったかを悟った。笑った。

「さすが速いのう、猛虎大将軍」

 にっと、赤い翼を広げ振り返り、義虎が笑い返した。

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