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五六 天地人

 七〇〇年の昔、高句麗(コグリョ)民族を導いた《三足烏(サムジョゴ)高朱蒙(コ・チュモン)は、天地人という世界種を使い高句麗国をうち建てた。

 天地人。

 天の時、つまり気運、例えば好機。

 地の利、つまり地理、例えば地形。

 人の和、つまり信頼、例えば結束。

 高朱蒙はこれら全てを自在に呼び寄せ、創り変え、奪い去って戦った。

 圧倒的だった。

 群将(ぐんしょう)時代以前、まだ国家や軍隊といった政治体制など整わず、民族単位の集合体が無数に点在するのみであった古代において、天乱時代を彩る列強諸国にも等しい国土面積を生み出すことができたのは、高朱蒙、ただ一人であった。

 そんな始祖をもてばこそ、高句麗人は誇り高く、民族の精神を愛してやまない。

 彼の異名は三足烏(サムジョゴ)

 火烏(ファオ)ともいい、太陽に住む霊鳥にして、三本伸びる足はそれぞれ天地人を司るという。そして今へと続く高句麗民族の象徴となった。

 義虎の前へ現れた巫女は、額に三足烏の紋様を浮かべていた。

「高句麗の方にござるか」

「ええ。猛虎大将軍をお探し申しておりました」

 __うぃー、殺す気ならとっくにやっとるよね。

「三つお尋ねしたい」

 身を起こしつつ、義虎は眼をぎらつかせる。

 倍達(ペダル)国の巫女、巫堂(ムーダン)の装束を整え白い頭巾をかぶるその女人は、身分ある三〇代後半から四〇代半ばと見え、声音や佇まいは静かだが威厳を感じさせる。

 __朝廷か軍部に連なる要人か?

「まず、それがしをどうなされます」

 ふっと、巫堂が微笑んだ。

「治療させていただきたい。ご案じなさりますな、私も高句麗を護る者の端くれ。大切な客将を害しはしませぬ」

 じっと、義虎はぎらつき続ける。

「では、いかにして居場所を当てられました」

「ただ今、超魂状態にあります。運気を上げ、欲する事物と巡り合うことができるのです。私の覇術は……」

 すっと、巫堂が居住まいを正す。

「天地人」

「なっ……ご無礼つかまつりまする」

 __朱蒙(チュモン)に同じなど、あり得るか⁉

「山吹色の七芒星(ななぼうせい)は語る 花霞(はながすみ) 村雨(むらさめ) 胡蝶(こちょう) 空寂(くうじゃく) あばく 双角(そうかく)の油売り 三面の牛飼い 掘り出す六髯(ろくぜん)の戦車乗り 御空(みそら)に堂々並べて記せ」

 回る頭をマッハへ加速させる。

 __うぃー、偽りでしょう。天地人を授かったといえば《風神(プンシン)》の娘《烏巫堂(ウムーダン)》がおった、されど《閻魔》に粛清されとる。それから一〇年も経っとらん……生きる時代が一瞬でも被る者たちが同じ覇術をもって生まれるなど起こり得ぬ以上、四〇の人には時系列的にどだい無理な話。うぃー、雷には自然種のみならず武器へ纏う強化種に身体を変える強化種もある、よもや天地人にも複数種ある……いや、世界種しかなくない? うぃー、この義虎のように何らかの反則を行使し烏巫堂から覇術を譲られた、あるいは奪ったとか……んな訳あるかい、これは雷の自然種だからこそできる奇跡だよ?

 はっと、義虎は硬直する。

 __もし閻魔がしくじっとったら……。

 沸々と感じる。抑えずにはいられぬ興奮を。

 __実際には烏巫堂に逃げられながら、三神同盟にくすぶる火種を踏み消したと知らしめ政治的優位を勝ち得るため処刑成ったと豪語したなら……辻褄は合う。

 ぐっと、義虎は身を乗り出す。

「最後に、何故それがしを探されましょう」

「二日前、白頭(ペクトゥ)山および土流(トリュ)道の方角に、黄金色に輝き天地を揺るがす雷が見えました……瑞穂国(みずほのくに)の偉大なる英雄《雷神(いかづちのかみ)》大将軍が誇りし御業(みわざ)を、見紛うはずもござりませぬ。猛虎大将軍、かの猿虎(さるとら)合戦にてあなたが受け継いでおられたと知ってから、是非にもお逢いしたかったのです。雷神大将軍こそ……」

 義虎は唾を飲み込む。

 巫堂が眼を閉じ、そして開ける。

「我が父《風神(プンシン)大将軍(テジャングン)が信じた友なのですから」

 どっと、義虎は倒れ込む。

「大丈夫ですかっ」

 瞳が山吹色へ変色し、鋭利な七芒星を浮かび上がらせたところで、義虎は巫堂を凝視し看破する。使っているのは天地人の世界種であると確信した。

「……生きて」

 拳を握りしめずにはいられない。声を震わせずにいられるはずがない。息を忘れずになどいられようか。

「生きておられたのですね……《烏巫堂(ウムーダン)皇甫碧珠(ファンボ・ピョクス )将軍(ジャングン)

 ばっと、義虎は熱い眼を張り上げる。

「碧は生きておりまする」



 碧は複雑な気分で行軍していた。

 髄醒使い《朱雀》と戦い、勝った。

 圧倒的な力を前にして、くじけず飛んで、作戦を練り込み、全力で撃って勝利をもぎ取った。なんという達成感。戦人の血がたぎる。高揚する気もちを伝えたい。

 鍛えてくれた義虎に聴いてほしい。

 だが二日間ずっと行方が知れない。

 焼行道(やけぎょうどう)で戦ってのち、大和軍は軍船へ乗り三国海へ漕ぎ出した。そして高句麗(コグリョ)界の南端へ上陸し、二時間あまり経っている。

 __トラはまだ音沙汰ない。

 息絶えているかもしれない。

 __無問題(もーまんたい)、生きとる絶対、心配させんでよ……こんな時に、こいつは!

 馬脚を緩め、麗亜へ並ぶや背を叩く。

「いっ、ごめんなさい」

 __いきなりぶたれて、なんで謝る……。

 きっと、碧は睨む。

「いつまでさ、うじうじしとるん? 不必要に不安になるからやめて」

「ごめんなさい! えと、その、気にしないで……」

「気にすんなはこっちの台詞だ!」

 とっさに叫んでいた。

「何回も言っとるでしょ、髄醒使いおったら臆して当たり前、やみくもに突っ込んできても足引っ張って無駄死にして終わりじゃん、動けん方が正しいってば。そもそもわーの独断専行だし、麗亜よりずっと強い武官も一緒だったんだから、助けにくる必要がない」

 吐き捨てた。うつむく麗亜の顔は見えない。

「う、うん、ごめん、分かってる、んだけど……」

「うじうじする意味が分からん……ねえ、毎回やるつもりですか? これからどれだけ将軍級が出てくると? たまったもんじゃないわ、超魂使いがこんなだったら兵たちの士気が下がるし空気も悪くなる、自覚もってよ。もしわーに申し訳ないと思っとるなら勘違いもはなはだしいわ、わーが嫌なんは助けにこんかったことじゃない、じめじめ、じめじめされ続けることなんだよ、大将軍の生死が分からんって時に、もういい加減にしろよ!」

 声を荒げ、まくし立てていた。

 周りの視線が集まるのが分かる。麗亜は縮こまり、話せなくなっている。

 自分はこれほど激しく長々と喋れるのだと、生まれて初めて知った。

 __知るか。

 碧は歯を噛み鳴らし、麗亜から目を背ける。

 甘ったれるな、この程度のことで悩んでんじゃねえよと、怒鳴りたい。

 __こっちはどんだけの生き地獄を、闘い抜いてきたと思ってんだよ!

 ぎっと、碧は忌まわしき旅路を思い出す。

 __うじうじする暇なんかなかった……。

 飢え死にしないためなら何でもやった。誰が好き好んで危険を冒して盗んだり、自分より弱い者を殴り奪ったりなどするものか。見付かれば執拗に追われ、捕まれば容赦なく嬲られ、必死に盗ったものは残らず奪い返される。いったい何度、骨まで傷付けられ、皮を擦り剥かされたことか。それでもやるしかない。

 ひもじいのだから。

 逃げきるために、独学で鎧仗覇術を会得した。

 顔がよかったからか、十歳で強姦されかけた。

 殺した。

 そこから鎖鎌で脅すことを学び、戦うことを躊躇わなくなった。

 襲ってくる者はもちろん、しつこく追ってくる者、食料を分けることを拒む者へ斬りかかった。善悪など考えなかった。考えないことに罪悪感など抱かなかった。考えれば生き残れないと知っていた。

 負けて痛め付けられ、恥も外聞もなく逃げることの方がずっと多かった。

 その都度、反省した。こう直せば次は勝てるだろうと。そして実践した。

 我武者羅だった。

 __良心が痛むとか、自分が情けなくて落ち込むとか、そんな高尚なことにかまける余裕なんかまるでなかったんだよおっ!

「碧、ちと」

 振り向けば、勝助が馬を寄せてきた。

 __ん、咎める感じではないな……。

「猛虎が心配なのだろう。されば山忠とともに探りに行ってほしいのだな」

 ぱっと、碧は目を輝かせた。

「ほれ、物見(ものみ)は何度も出しておるが一人も帰ってこぬ、これは敵の警備網に捕まっておる可能性が高いのだな。されど超魂使いであるお主らなれば……」

無問題(もーまんたい)! 行ってくる」

「もし捕まれば、構わず素性を明かすのだな。人質となろうと猛虎が必ず」

 ぐっと、碧は頷き、早く来いと山忠を手招きし、勢いよく馬腹を蹴った。

 ふっと、天地人という言葉が浮かんだ。義虎から聞いた母の覇術である。

 __天の力なら、トラすぐ探せるかもな。

 過去を思い出し心が弱っているのだろうか。つい考えてしまう。

 __おっかあが、おれば……。

 碧は首を横へ振り、道を急いだ。



「来るぞ、囲え!」

 弾丸のごとく哪吒(なた)が突進してくる。談徳(タムドク)は槍を打ち込み、突き出される火尖槍(かせんそう)を受けきる。同時に恍魅(ファン・メ)が左から光線剣を薙ぎ、鍛極疾(タングッチル)が右から蹴り込み、阿石慨(ア・ソッケ)が後ろから殴りかかる。

 次の瞬間。

 恍魅は独りでに動く縄、縛妖索(ばくようさく)に縛られ放り投げられ、鍛極疾は液体を振動させる帯、混天綾(こんてんりょう)に打たれ吐血し倒れ、阿石慨は打ったものを破裂させる棒、降妖杵(こうようしょ)に受けられ石の腕を砕かれた。

おのれ(ネイノン)兄上(ヒョンニー)の仇!」

「おわっ、危ないじゃん」

 空を切り、巨大な牟頭婁(モドゥ・ル)のくり出す巨大な刺叉(さすまた)が炸裂し、地面がひび割れ砕け散る。

 だがかわされた。

「いいこと教えたげるね。キミのお兄ちゃん生きてるよ、ぴんぴんしてるよ?」

なんだと(ムォラ)、ならば仇を破り突入し助けるしかない!」

 哪吒は混天綾を大きく広げ、竜巻さながら振り回す。牟頭婁は巨体を踊らせかわしつつ、刹那、生じた隙間を寸分違えず、刺叉を奔らせる。

 ごっと、刺叉が砕け散る。

「隙間、わざと作ったんだもん! これで素手で戦うしかないね?」

 哪吒のかざした降妖杵が、巨大な質量と衝撃を触れるだけで封殺し、そして破壊した。にっと、哪吒は触れるだけで心臓のある位置へ切り傷を生み出す剣、斬妖剣(ざんようけん)を掲げてみせる。

「骨虎から聞いてるよね、この子の凄いとこ」

「我らが隙を作ります、将軍はそこへお決め下さい」

 ばっと、談徳は跳び上がる。

殿下(チョーナ)、どうぞ」

 槍では降妖杵に砕かれる。恍魅が召喚する光線剣を取り、青く変え斬りかかる。

 火輪が滑空し、炎を噴き付けてくる。

 鍛極疾(タングッチル)がばねと化す脚の復元力をもって突貫し、談徳を回収し炎をかわす。さらにばねと化す腕を伸ばし、火尖槍を掴み、復元力をもって急接近する。

 電光一閃、談徳は斬り付けた。

「馬鹿な……」

 光刃がかき消えた。

 ドヤ顔をかます哪吒が、砍妖刀(かんようとう)という刀を構えている。

「知んないの、将軍って言葉がどんだけ重いか……ちゃい!」

 混天綾が旋回し轟々と竜巻が爆ぜ、談徳も、牟頭婁も鍛極疾も、血を吐いて投げ出された。

 哪吒が嗤った。

「将軍が一人いたら武官が何人いようとこうなるの。で今、こっちの将軍十二人もいるよ、さて問題です。キミたちに勝機なんてあるでしょうか? はい雷帝さん」

「万に一つもありはせぬ」

 聞仲(ぶん・ちゅう)が嗤った。

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