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五四 カン・イシク登場

「髄醒顕現『北護水霊玄武ほくごすいれい・シェンウー』」

 蘇護(そ・ご)の下半身が、脚を長く伸ばす亀へと変わっていく。

 玄武が全て水へ変わり、盛り上がる。そして津波のごとく轟々と唸って広がり、問答無用で皆を押し流す。水が引いていく。新たな玄武を形成していく。

 __馬鹿な……。

 談徳(タムドク)は拳から力を逸した。牟頭婁(モドゥ・ル)らも立ち尽くすしかなかった。

 体高、二四〇メートル。

 甲長、八〇〇メートル。

 総重量、八〇〇万トン。

 一キロを四四〇メートル超える体長。まさに、人の手に余る。天空を遮り大地を凹ます、途方もない大きさの玄武が、そこにいた。

 __どう戦えばよい……分からぬぞ!

 談徳は唇を噛みしめる。己が震えているのが分かる。

 __高句麗(コグリョ)を建国すると宣言しておいて……その大王(テワン)として立ち、天孫の傑士を率い、子々孫々と渇望せし覇業を成さんと決意しておきながら……おのれえっ! 情けない! 恥ずかしいではないか、私はなんと……無力なのだ。

 終わらせようと、蘇護が嗤った。

「真・亀甲渦潮(きっこうかちょう)大地獄車輪だいじごくしゃりん

勝速(スンソク)!」

 はっと、談徳は跳びすさっていく牟頭婁を振り返る。

「将軍なりませぬ、死んでしまう!」

 天変地異か。とてつもない巨体が、けたたましく回りながら襲いくる。

 人体のまま筋力を上げても、どうしようもない。談徳だけではない。一メートルの光線剣で斬ろうとも、一部の感覚を操ろうとも、五メートルの石で打とうとも、この常軌を逸した巨大さの前ではなんの意味も生み出せない。恍魅(ファン・メ)たちもなす術がなく、立ち尽くすしかない。

「しかし誰かが止めるしかない! もっと助走を付ければ……」

「いや危ない! それ以上に下がり遼東(ヨドン)城へ近付けば、そこを攻める他の敵に囲まれます。逃げながら術者を狙いましょう」

 狙うどころではないのは分かっている。

 __だが他に手がない、どうにもできぬ。それ以前に……。

 逃れられない。襲いくる敵が大きすぎる。皆、塵に等しい。

 突必(トル・ピル)の仇も討てない。

 __おのれ、おのれっ、おのれえっ!

「諦めるな!」



 はっと、談徳らは目を見開く。そして潤ませる。

 囲む敵を蹴散らし遼東城から馬を駆り、超魂状態にある戦士が駆け込んでくる。鞍上を跳び着地するや玄武を目がけ一気に跳躍し、談徳らの頭上を翔け抜けていく。

高句麗武鳳(コグリョムボン)

 そう唱え青藍(せいらん)に輝き、光で三足烏を(かたど)り、次の瞬間。

「髄醒顕現『天孫聖朝武魂チョンソン・ソンジョムホン』!」

 ごっと、青藍に爆ぜ激突した。

 高速回転する体長一キロ半の巨体が、一撃にして、うち止められ跳ねのけられた。

 青藍が舞い降りてくる。

 熱い。談徳はそれしか感じられない。

 ほとんどが人外の姿をとる髄醒状態にあって人型をとどめ、伝統ある青い薄片鎧を崩すことなく、肩当てを三つ重ねて超級武官たる武威を示し、兜に突き出る双角を大きく構え、純白の髭をなびかせながら、青藍に織るマントをはためかせ、青藍に塗る偃月刀を引っさげる。

 そして黒目を真紅へ染める。三足烏(サムジョゴ)が翼を振り残像を描くように、中心から黒く四枚を回らす紋を浮き出させる。中心を青藍色に溶かし、青藍色に縁取り、白目も青藍色に薄める。

 紅真虹覇力眼アカマニジはりょくがんである。

 開眼(かいげん)し、覇力を辺りの自然と同化させている。

大高句麗(テェコグリョ )大将軍(テジャングン)大武神(テムシン)姜以式(カン・イシク)である(ニダァ)!」

 齢八一。なぜ隠居しないのか。なぜまだ戦えるのか。

子々孫々(ジェジェソンソン)渇望せし偉大なる高句麗の覇業を、誇り高き民族の魂を、我らが夢をしっかりと受け継ぎ、血をにじませ精進する気高き天孫の傑士たち、我が息子たちは、この姜以式が護るのじゃ」

 談徳の頬を、熱いものが滴っていく。

 来てくれたのは、あまねく天下が拝する真の英雄、この上もない希望であった。

 総重量八〇〇万トン、体長一キロ四四〇メートル。

 玄武の巨体が四つ肢を出して着地し、地が震える。いたる所で土砂が崩れ、鳥は皆逃げ、将兵は這いつくばる。人体のまま突進し偃月刀を振り下ろすだけにして、高速回転するこれを打ち落とすという奇跡をやってのける老爺から、談徳(タムドク)は目が離せない。

 玄武が長大な尾を放り込む。

 老爺は青藍に輝き宙返り、かわして逆に踏み潰す。

 それを足場とし一気に跳躍、頭を打ち据え、のけぞらせていく。

 頭が水へ一変する。

 高さを利用し、膨大な量をもって勢い付き、落ちゆく老爺を強襲する。

 電光一閃。

 水流は真っ二つに切り裂かれ、老爺の左右へ散っていく。

 さらに脚を打って怯ませ、老爺は悠然として降り立った。

 高句麗(コグリョ)界〈三火烏(サムファヲ)〉筆頭にして倍達(ペダル)国最強の戦士。列強諸国の名だたる猛将智将から敬われ、高句麗界中から父のように慕われる大長老〈生ける護国神〉。

 大将軍《大武神》姜以式(カン・イシク)

「「大将軍(テジャングン)‼」」

 談徳は皆と揃い、声を潤ませひざまずく。

「我が息子たちよ、よう戦ったな。わしが来たからにはもう安心じゃ」

 傷や皺に埋まる顔で微笑み、姜以式は何度も頷きながら皆を見渡す。

「だが人体で《玄武》を討てると思うてか」

 蘇護(そ・ご)が玄武を進撃させる。踏み出すごとに地響きが盛り、談徳らの視界は黒々と埋め尽くされ、心臓が固まり思考が泣いて生存本能が逃げろと叫ぶ。

「大丈夫じゃ」

 あっと、談徳は見やる。姜以式の背を。

 正面から玄武へ向かい、姜以式は片脚を下げ両膝を曲げ、偃月刀を振りかぶる。

 談徳はたまらず、自分の五倍を超す歳月を生き抜き、戦い、戦い、戦い、高句麗民族を護り続けてきたこの遥かなる先人へ、すがっていた。

「喝!」

 天高く跳ぶ偃月刀一閃で、一騎討ちは決した。

 姜以式の覇術は神威を纏う強化種である。

 神話の時代から脈々と受け継がれ、母なる大地へ刻み込まれてきた高句麗民族の魂の叫びを、青藍に輝く大武神の霊力と成して心身へ宿し、衝撃として噴き出しながら戦う。

 そんな青藍の剣圧が炸裂し、巨体の頭をかち割り尾まで駆け抜けた。

 玄武が霧散していく。

 勝てぬと悟り、蘇護は唇を噛みしめ逃げていく。潜ませていた部下たちへ念話を繋ぎ、飛び出していっても無駄死にするだけだと唸り、撤収させる。姜以式は追わず、感極まる談徳らを促した。

遼東(ヨドン)城へ行こうぞ」



 この前日。

 義虎は暗くなっていく思考をどうにか回し、竜吉(りゅう・きつ)と向き合っていた。

 もう一切、戦えない。

 何度も何度も打ちのめされながら、刺し違えるようにして黒虎(こくこ)と白虎を倒した。適応値のまるで足らぬ雷の覇術を極限まで行使し続けた反動で、全身の臓腑が焼け焦げ神経が引き裂かれるように疼く。外からも、内からも、血を失いすぎている。

老師(ラオシー)を討ちたいなら、私を倒してからにするです」

 竜吉が涙をいっぱいに溜め、小さな両手を必死に広げている。

 __うぃー、よく言うわ、震えとるくせに。

「あっぱれ。その覚悟へ免じ交渉するを許す」

 竜吉に張った腕を緩めさせる。

「……何を、お望みです」

「全ての黄華軍を、遼東城を除く高句麗国境防衛線より撤退させよ。さすれば黒虎将軍は見逃そう。いかがす……」

「撤退するです! 今すぐ南宮適(なんきゅう・てき)さんたち説得するです、ばいばいです!」

 __行っちまった……先生が大好きなんだね。

 朦朧とする意識のなか、義虎は自分のかわいい教え子を思い出す。

 早く会いたい。妖美と打ち合い麗亜を励ましたい。

 色々話したい。戦術や雑学を授業し質問されたい。

 戯れ合いたい。ケーキを囲い暴れる碧を鎮めたい。

 __みど。

 だが義虎はいよいよ死へ瀕している。

 体が冷たくなっていくのが分かる。視界は霞み、頭蓋は熱く、呼吸は重い。あちこちで砕け潰れる骨肉が、えぐられ千切れる血道が好き放題にのたうち回る。

 思わずにはいられない。早く死んで楽になりたい。

 __黙れ。

 かっと、義虎は眼を見開く。

 __うぃー、とにかく休まねば、まずは隠れねば。

 最後の力を振りしぼり、暗い森の中へと飛んでいく。

 血の跡を辿り、敵が追ってくるかもしれない。しかし止血しようにも、どこからどれだけ滴っているかが分からない。もう、自分がまっすぐ進んでいるかが分からない。否、動いているかが分からない。

 __大将軍《猛虎》《建御雷(たけみかづち)》空柳義虎あーっ!

 それでも戦人は諦めない。

 確信している。古今東西この世には、自分よりも激烈な運命と闘い続けた者などいない。どこまで行こうとも、どれだけ勝とうとも、どんなに尽くそうとも、断じて救いなき修羅を生き抜いてきた者などいない。

挿絵(By みてみん)

 すなわち、自分よりも根性ある者などいない。

 __見せ付けてやる、人類最強の精神力を! ……うぃー。

 ふと思った。

 すぐ傍らに感じる死という魔物に、わずかに惑わされたのかもしれない。

 頭で強がっていようとも、心は弱っていたのかもしれない。

 捨てて久しい人の心が、蘇ったのかもしれない。

 初めてだった。

 __もうやだな……。

 洞窟を見付けた。亜空間袋を開けんと念じる。

「柳の……硝子(がらす)……細工は……観音(かんのん)開き 東へ……障子戸(しょうじど) 西へ……格子戸(こうしど) ()るし門……は北へと……(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる…… 見よ 甘露の……櫓門(やぐらもん)……はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ……ことほぐ……厨子(ずし)に……ことほ……がん」

 たどり着く。上手く念じられない。奥へ向かう。念じきれない。倒れ込む。やっと、やっと、やっと寝転がれたと、全身から力が抜け落ちていく。ようやく念が安定する。亜空間袋が開く。視力強化しどうにか中を確かめる。

 意識が途切れかける。

 歯を食いしばる。途切れれば止血できず、死ぬ。

 痛みや疲れを麻痺させる体騙錠(たいべんじょう)をかき出し、意識が消え入ると同時に飲み込む。

 効いた。起きた。どうにか動ける。

 血を即効で増やす造血錠(ぞうけつじょう)を掴み取り、噛み砕く。

 これらの副作用で暴走する心拍数を黙らす凝心錠(ぎょうしんじょう)、その副作用で暴走する全身のかゆみを黙らす尿皮錠(にょうひじょう)、その副作用で暴走する発汗と喉の渇きをなだめる水を、まとめて食らう。

 意識は長くもちそうにない。必死に気張る。

 包帯を引っ張り出し、止血に入る。

 目は暗がりに慣らしてあり、視力強化を踏ん張ることもできている。しかし片腕しか使えぬうえ、利き手ではない。繋ぎ止めるだけで精一杯の意識のもと、上手くできるはずがない。そもそも傷口を把握しきれない。

 最低限の措置だけ済ませ、眠りに落ちた。

 義虎は目を覚ます。悶絶する。

 __体騙錠が切れとる、されど幾ましにはなったか。

 入り口に日が差している。果たしてどれだけ経ったか。

 __どーでもいいわ。

 どうせ動けない。念話がくれば返事すればいい。もう、休ませてほしい。

 楽しいことだけ考えることにした。

 __もし穏やかに普通に暮らせたら……家族がおれば……。

 碧を妹にしよう。

 新居を建てよう。

 二人で暮らそう。

 全身が痛く息をするのも熱いなか、義虎は己を騙し続ける。

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