五三 高句麗の意地
「超魂顕現『天孫列鎧』!」
気高き高句麗王室の血を引く中級武官・高談徳が、白銀に輝く薄片鎧を纏う。
「超魂顕現『光剣精鋭』!」
精悍なる上級武官《光剣士》恍魅が複数の光線剣を生み出し、味方へ取らす。
「超魂顕現『生命感操』!」
少女ながら誰よりも談徳を知る初級武官・淵傑多が、感覚を操る霞を広げる。
「超魂顕現『猛将石慨』!」
マンドリルの初級武官・阿石慨が体を石へ変え、五メートルへと巨大化する。
「超魂顕現『跳躍野人』!」
若き初級武官・突必が大いに高める脚力を踏ん張り、恍魅を抱え跳び上がる。
「超魂顕現『神市加護』」
将軍《早衣監》韓殊が霞を広め、全軍へ物理攻撃を弾く力を授ける。
将軍《馬頭》牟頭婁が鬼たる速力を解放、一瞬で玄武を殴り付ける。
将軍《玄武》蘇護は髭をしごく。
「教えよう、格が違うということを」
初老の風格が唸り、紫に塗る明光鎧に片肌脱いだ黒い漢服がはためく。
超魂覇術にして体高三〇メートル、甲長一〇〇メートル、体長一八〇メートル、総重量四〇万トンという岩山のごとき大亀が踏み出し、四〇メートルある牟頭婁を押し込んでいく。
__倒す。高句麗を建てるため、これを倒し進むのだ!
「聖朝の鎧」
どっと、談徳はその頭頂へ跳び上がる。青い光線剣を振りかぶり、万丈たる気を吐き、蘇護を斬り付ける。かわされる。畳みかける。だが相手は後ろへ手を組んだまま、悠々とかわしていく。
びっと、右から黄色く、左から青く、光刃がほとばしる。恍魅と突必も跳び乗っていた。かわされる。間、髪を入れず、三方から挟み攻めたてる。攻めきれない。
__くっ、経験値が違うか……。
黒い大きな袖がひるがえり、談徳は突必もろとも視界を断たれる。
談徳は青ざめた。恍魅が自分を庇い、蘇護の突き出す槍を受けた。
「だがなぜ刺さらぬ」
「私の覇術だ」
青く、光線剣がひらめく。速い。韓殊である。かわしきれず、蘇護は槍を掲げて防ぐ。柄を熔断され身を逸らすところへ、突必が斬りかかっていく。蘇護はかわして腕を捕らえ、韓殊へ向けて背負い投げつつ、光線剣を奪い、朱く変えるや談徳、恍魅、韓殊と斬り結ぶ。
韓殊の覇術は加護を授ける世界種である。
攻撃力は一切ない。しかし無双たる防御力を誇る。恍魅が自軍へ光線剣を与えるように、韓殊は、神話の時代に倍達民族を創始し導いたという、桓雄の加護を与え自軍を守る。
超魂覇術では打つ、突く、斬るといった物理攻撃を衝撃ごと遮断する。
髄醒覇術をもって守れば、加えて寒熱、質量、毒素、引力、幻惑、呪詛、時空といったあらゆる状態異常を寄せ付けず、敵の世界種に囲われようと支配させない。密度や速度に関わらず、気体や液体が来れば避けて通らせ、固体が来れば触れると同時に止めてしまう。
「で、だからどうしたね」
朱く、蘇護が韓殊の青い一閃を弾きのけながら脚をさばき、恍魅が転ばされる。談徳は斬り込む。回って蘇護はやり過ごし、ぐっと、空いた拳を握りしめてくる。
ごっと、殴られ吹き飛ばされる。
__痛い⁉ 馬鹿な、加護を受け……まずい!
疾風怒濤、蘇護が迫り光刃を突き出してくる。
「殿下あーっ! ぐうっ!」
「……そんな……必うっ!」
突必、討ち死に。
敬愛する主君を守って貫かれた。苦しみつつも微笑んで逝った。
ぎっと、冷たくなっていく忠臣を抱きしめ、談徳はうち震える。
恍魅が崩れ落ち、韓殊が目を見開く。
「驚くな。覇術がぶつかれば覇力の大きい方が押し勝つであろう、ならば」
蘇護が髭をしごく。
「早衣監を超える覇力で攻めれば、効くのだよ」
朱い光刃が構えられる。韓殊が叫び青く斬りかかる。
__強い……だがそれでも勝たねばならぬ。
談徳は恍魅を助け起こし、斬り込んでいく。
下でも、談徳らを頭へ乗せて戦う玄武に、高句麗将たちが苦戦していた。
玄武は重量級の戦い方をする。
馬頭となった牟頭婁が機敏に動き、前後左右から殴る。全て受けきられる。
石人となった阿石慨が腹の下へ回り、連続で殴り上げる。のしかかられる。
誰かが休めば玄武の一部が弾ける奔流へ変わり、轟々と押し流される。さらに尾は蛇頭であり、独立して動く。
しなる蛇頭をかわしながら、淵傑多は唸る。
牟頭婁らが殴る場所の痛覚を鋭敏化させているが、玄武はまるで反応しない。同じことをして、白虎には効果てきめんだった。
「装甲が厚すぎるんだ」
ならばと、淵傑多は亀と蛇、双方の視覚を曇らせる。
しかし硬い玄武は攻めを受けきってから狙ってくる。
懸念すべきは他にもある。
「超魂顕現『弾断結界』」
「な、なんだ、何かが体を通り抜けて……」
「閉じ込められ……え、加護の霞がない⁉」
「おい見ろ、霞だけ遠ざけられていくぞ!」
「まずい無防備だ、橋忠産隊、構えよ、敵は兵糧を狙って……」
「超魂顕現『朱火矢輪』!」
「「ぐわあああっ‼」」
蘇護の腹心たる上級武官・呂岳が高句麗軍の兵糧のもとへ結界を発生させ、武官のいない範囲で、兵糧部隊を覆い尽くすまで拡大させた。拡大させながら韓殊の霞を押しのけた。何をすり抜け、何を弾きのけるか、呂岳が指定できる。
そして仲間の中級武官・朱天麟が兵を率いて結界へ踏み入り、無数の火矢を生み出し掃射した。
「助けるぞ、続け!」
武官・網切鍛極疾が四肢をばねへ変え、兵を率いて拳を構え跳びかかるも、結界に弾かれ放り出される。
他の武官はことごとく敵の武官に阻まれている。
「怯むな、早衣の気概を見せよ!」
兵長・橋忠産は懸命に刀を振り、飛んでくる火矢を防ぎながら斬り結ぶ。だが味方は次々と撃たれて倒れ、焼かれて苦しみ、刺されて果てていく。
橋忠産も腕を射られ、脇腹を斬られぐらつく。
「周兆隊、結界使いを仕留めるぞ!」
兵長・周兆が駆け付け、呂岳を討って結界を消さんと決死の覚悟で斬り込むも、倍近い兵力に遮られ、さらに新たな結界が広がり戦場一帯で加護を奪われる。
鍛極疾は全身で一つの大きなばねと化し、最大出力をもって突っ込むも、新たな結界を作り弾丸にして放つ呂岳に撃ち落とされる。
「沙汰涼隊、攻撃せよ!」
兵長・沙汰涼も手負いをおして駆け入り、周兆隊と挟み込み呂岳隊へぶつかっていく。遮二無二、当たるを幸い斬り進むも、高速でほとばしる弾丸に腹を穿たれる。
その隙に、周兆が血だるまとなって呂岳へ迫る。
「名高き早衣の覚悟、見せてもらった」
呂岳が結界を張り突き出し、周兆が弾き倒される。
呂岳が宝剣を構え跳び込み、周兆が刺し通される。
呂岳が反撃を捉え組み伏せ、周兆が斬り壊される。
「……大高句麗、万歳えーっ!」
同志の散りゆくを感じ、淵傑多は唇を噛みしめる。
そして蘇護に髭をしごかれる。
「もう遊びは終えようか。亀甲渦潮・地獄車輪」
玄武の頭が、尾が、脚が水と化す。談徳らは足場を失い、落ちて甲羅周りへ広がる池へ沈む。牟頭婁が拾いにいく間に、蘇護は甲羅を踏み台に地面へ着地し、覇力を噴き上げる。
甲羅が回り始める。
「離れて下さい、急いで!」
淵傑多は声をからして叫ぶ。ぐんぐん回転速度が増していく。
巻き込まれ、牟頭婁は弾かれ絶叫する。
「威力が加護を超えて……将軍、しっかり!」
「かような大質量でかような高速回転、物理法則へ文句を言うしかない!」
削られる寸前で牟頭婁が仲間を救い脱出し、淵傑多のもとへ降ろした。
「おいおい、どうした。高句麗に早衣あり、髪を刈り上げ俗世を捨て、ただ護国に生き護国に死するのみ。などと仰々しく謳われながら、一方的に焼かれるだけか。嗚呼つまらぬ、つまらぬぞ」
兵糧をめぐる攻防戦。
鎧仗覇術しかない早衣たちへ、自然種の超魂覇術により無尽蔵に宙から出現する火矢を撃ち込みながら、朱天麟が悠々とのけぞってくる。
「黙れえっ!」
早衣を束ねる橋忠産が、血を吹きながら睨み上げる。
早衣たちは絶え間なく射られ、焼かれ、刺され倒れていく。
それでも痛みをこらえ立ち上がり、立ち向かって無惨に朱と化していく。誰一人として逃げ出さない。うろたえもしない。
「早衣を、高句麗を嗤うことは許さぬ」
腕を射抜かれ燃やされ、脇腹を裂かれ朱を滴らせながら、橋忠産は先頭へ立って敵を斬り伏せ続ける。
朱天麟は嗤い、心臓を目がけ火矢を奔らす。
少年の早衣が飛び出した。盾となり、苦悶し、こと切れた。
「おいおい、ないだろう。子供を身代わりにし逃げるなどと」
「嗤うなと言った」
橋忠産が振り返る。油瓶を、手に持っている。
「おいおい、自ら焼死するつもりか。この絶望的な状況では気持ちも分からぬではないが、隊長を預かり兵糧を守らねばならぬ身でありながら、信じがたき無責任よな」
「愚かな。さすがは蛮族の末端よな」
だっと、橋忠産は敵将を目がけ疾駆する。
「朱天麟と言ったか。その程度の発想しかできぬとは、仰々しき名にまるで釣り合ってはおらぬ。誇り高く、忠に揺らがぬ大高句麗の戦士が固める覚悟と信念など、永劫に理解できはすまい!」
勘付き、朱天麟はうろたえた。
ばっと、橋忠産は頭から油をかぶる。ごっと、腕を焼く炎が瞬時に全身へと燃え広がる。どっと、絶叫しながら跳び込んで、しがみ付いた。
断末魔がこだまする。
朱天麟、討ち死に。
引きはがそうと斬り付けるも、兵長の遺志を遂げんと炎上し、玉砕する早衣たちに押さえ込まれ、部下たちも同様に抑え込まれ、最後の力を振りしぼり舌を噛みきった。
橋忠産、武官へ勝利し早衣の士魂を堅守した。
談徳は兵糧部隊から念話を受けた。もち堪えられると。
__忠産どの、周兆どの、早衣の方々。よくぞ……我らとてっ。
きっと、咳き込みながら見やる。
「水の浮力を利用して……来ますぞ」
硬い。広い。重い。
そんな巨体が凄まじい勢いで回り突っ込んでくる。
__まともに喰らえば、形も残さず壊される……。
「やむを得ぬ、私が髄醒する。部下が立派に務めを果たした、遅れは取らぬ」
「いや、そのためにも戦力は温存しておかねば。敵はいかなる戦力を隠しておるか知れませぬ、今はすでに髄醒しておる、わしがやるしかない!」
韓殊を止めるが早いか、牟頭婁が巨体で宙返りして後ろへ遠ざかり、覇力を噴き上げる。両腕を張り、肩幅より広げ地面を突く。右膝を立て、左脚を下げ伸ばし、腰を上げ、静止する。立ち昇る覇力が花緑青に燃え上がり、拳へ、一点へと凝縮されていく。
「勝速!」
轟々と回る、巨大な玄武が談徳らへ迫る。目と鼻の先へ迫る。
轟音と衝撃が爆ぜ、玄武がひっくり返った。破片が飛び散る。
__さすがです、将軍。
馬頭が駆け入り殴り伏せ、回転を殺し甲羅を砕いていた。
ぐっと、談徳は熱い拳を握りしめた。
牟頭婁の奥の手である。衝突する際、瞬間的な速力で上回れば、互いが被るはずの衝撃をまとめて相手のみに与えることができる。
「で、だからどうしたね」
蘇護が髭をしごき、覇力が噴火する。
「髄醒顕現『北護水霊玄武』」