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五二 四神を倒せ!

 雷電の猛虎。

 金属の白虎。

 体長二五〇メートルという巨獣がぶつかり合う一騎討ちが、ここに動いた。

 ぶっと、大量の血を吐き出し、義虎が崩れ込む。ぼっと、猛虎が霧散する。

 白虎の爪が空を切り、義虎へ襲いかかる。

 高句麗(コグリョ)界に走る土流(トリュ)道。すでに意識の朦朧とする空柳義虎(そらやなぎよしとら)が挑むのは、巨大な白き虎を使う虎将である。

 黄華国〈四神〉へ連なる一柱。

 将軍《白虎》崇黒虎(すう・こくこ)

 その、獰猛なる白虎の爪が轟々と唸り、空から地までを一掃し、大爆発もろとも山道を崩落させた。

「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 がっと、鉄が激突し辺りをつんざく。

 反射的に大斧を打ち込んだ黒虎が受け止めるのは、赤い偃月刀である。赤い翼を雄々しく広げ、赤い彗星と化しほとばしり、赤い義虎が朱くなって斬り込んでいた。

「白虎の一撃、またも受け流したか……ぬっ」

 __うぃー、気付いた? あんな大質量でもって広範囲を爆砕する豪速球、悶絶しながら受け流しきれる訳ないでしょ? と言いたいがもはや声も出ぬか……。

 もう、義虎はほとんど目が見えない。

 焼けるように体が熱い。頭が回らない。息ができない。

 ただ、大将軍まで這い上がらせし本能へ身をゆだねる。

 馳せ違い。切り替えし。斬り付ける。

 弾かれる。次を薙ぐ。前へ。

 打つ。打つ。打つ。

 今しがた白虎の爪を放り込まれた。首の皮一枚、命だけでも繋ぐため、すでに使い物にならない利き腕を衝突面に選んだ。想像を絶する痛みが意識を蹂躙するに先んじ、それを支点に体をさばき、逃れ、無理やりに闘気と覇力を噴き上げ己を騙し、今、こうして猛り狂う。

 猛るしかない。

 否、猛りたい。

 断固不可侵たる一騎討ちここに至り、猛り狂わずになどいられない。

 がっと、偃月刀が砕け散る。

 振るった軌道が押し戻される。相手がとどめを振りかぶる。

 がっと、戻ってくる柄へ噛み付く。左手、歯、二点で持つ。

 __決める。きメル。キメル。キメル、キメルキメルキメ。

 がっと、義虎は黒虎の喉を打ち抜いた。



「四つ目・鎌鼬(かまいたち)の舞」

 碧は義虎に教わり励んだ修練を思い出す。

『みどの技さ、打撃しかないから斬撃もあればいいね? 風と言えば鎌鼬』

 碧色に唸る風を束ね、平たく凝縮していく。

『うぃー、密度もっと上げよ? 刃を目指せ』

『ん、むーずーいー』

『気合いで踏ん張れ』

『あーばーうーとー』

『頭ではなく体で覚えるよ、実戦にて反射するがごとく出せねば意味なし』

 義虎もそうなるため、気の遠くなるような反復を重ね強くなったという。

『才能は素質かける努力だよ? たとえ先天的な素質が一〇〇あろうと後天的な努力が(ゼロ)なら才能は零、されど素質が一しかなくとも努力が一〇〇なら才能も一〇〇、どっちが強い?』

 __大将軍って位階が証明しとるもん、説得力ありすぎるってぇ。

 烈風を薄く、鋭く研ぎ澄ませゆく。

 碧色は濃く、深く光り輝いてゆく。

 __いける、斬り裂け!

 風の刃、鎌鼬を奔らす。振り向く巨鳥の額へ命中、血と悲鳴が弾ける。

 __朱雀でかすぎるから決定打にはならんけど……。

「一つ目・疾風(はやて)の舞」

 風の槌を撃ち追撃し、巨鳥に顔をのけぞらす。

 __注意こっちに向かすには足りるでしょ。

 大和国に走る焼行道(やけぎょうどう)鳥居碧(とりいみどり)(かなえ)みなみ、嶺森樹拳(みねもりじゅけん)からなる〈緑な三人組〉が挑むのは、巨大な朱き鳥を使う女傑である。

 黄華国〈四神〉へ連なる一柱。

 上級武官《朱雀》火霊(か・れい)

「それで私を倒せるとは思ってないあるよね、だが何を企もうと」

 ごっと、翼開長三五〇メートル、天を覆わんばかりの朱雀が、炎上する。

「まとめて片せばいいだけある」

 業火が爆ぜる。広い、そして速い。

「やばっ」

「だいじょぶ~ 行って~」

 烈火に呑まれる寸前で、碧は同乗するみなみが鋭敏化させる風の船、啊呀風(あなじ)を飛ばし遠くへ逃れる。だが戦場は完全に炎の海に沈んでいる。

「わ~ じゅーけん無事かな~ 念話してみるね~」

「ん、まとめて片すって、隠れとるリーゼントまっちょも含めて……」

「でしょね~」

 碧は眉をしかめた。樹拳は必殺に足る一撃を確実に当て火霊を倒すため、先ほど白苦無(しろくない)が掘った穴へ隠れ、朱雀が碧たちを追い隙を見せるのを待っていた。樹拳がやられれば勝機はない。

 と、みなみに頬っぺたを突っつかれた。

「無事だった~ 根っこにくるまって~ 耐えとるとよ~」

 と、応える間もなく燃ゆる巨大な翼が襲いくる。

 啊呀風(あなじ)を飛ばし、碧は逃げながら向き直る。

「四つ目・鎌鼬の舞」

 風の刃を奔らす。燃ゆる鉤爪に弾かれる。

「三つ目・山颪(やまおろし)の舞」

 風の山を放り投げる。燃ゆる羽ばたきに蹴散らされる。

「筋肉・御神木(ごしんぼく)であーる!」

 どっと、巨大な矛と化す大樹の根が伸び、朱雀の背後へ進撃する。

 機は熟した、そう樹拳が撃ち込んだ。ぐっと、碧は唾を飲み込む。

「そうくると、思っていたあるよ」

 はっと、碧は見やる。高らかに吠えながら、朱雀は山颪を払う軌道と勢いを活かし振り返る。灼熱と風圧の逆巻き荒れ狂う、大質量の翼を叩き込む。太く硬い根の矛が、へし折れる。

 __う……くそ……くそおっ!

「そうくると~ 思ってたよ~ どんぐり沼~」

 はっと、碧は見やる。朱雀の頭部が黄緑に光る。火霊がこちらを振り向く。

「何をしたあるか」

「えとね~ 内緒~」

 碧は目をしばたいた。朱雀の全身が愚鈍化している。だが、みなみはつい先ほどまで、脚の付け根などを部分的に愚鈍化させるのが限界であった。現に今も、光らせ制御下に置いているのは頭のみである。

 __どうなっとる? ん、今はそれよか……。

「千載一遇たるこの好機、逸さず決めるが武士道であーる!」

 太く硬い根の矛が、火霊を突き上げた。

 なっと、碧は目を見開いた。勝った。

 折られた根の裂け目から、新たな根が突き出している。砕かれても再生し続ける大樹、それが樹拳の奥義であった。

 碧の作戦を看破し、決めにきた樹拳の大技を砕いたものと安堵し、さらにみなみの隠し玉に驚かされ隙を生じた火霊には、これをかわすことはできなかった。

 __ん、巧すぎじゃん緑黄緑……んっ。

「四つ目・鎌鼬の舞」

 碧は風の刃を奔らせ、落ちゆく火霊をさらに攻める。討ち取ろうというのではない。気付いた。火霊が最後の意識を振りしぼり、消えゆく朱雀に樹拳を貫かせんとしていた。だが碧に残された覇力で撃てる攻撃力では朱雀の巨体を止められない。術者を狙うべきと思った。

 本能で察した。

 正解であった。

 薙刀を盾にし防ぐ衝撃で火霊は覇術を切らし、朱雀はかき消えた。

 ぽっと、みなみに頭をよしよしされた。

「ないす~ みど最高~ じゅーけん追い討って~」

「任すであーる! 風の巫女よ、すばらしかったであーるぞ、緑な三人組、万歳、万歳、万々歳であーる!」

 地面へ転がり落ちよろめきながら逃げていく火霊と、猛追していく樹拳を見送りつつ、碧はぽかんとしていた。覇術を解き、ともに降り立つみなみに笑いかけられ、不覚にも眼を潤ませてしまった。

 __わー、やったよ。どうだ、トラ!



 __勝った……。

 白虎が消えていく。義虎は冷めていく。

 黒虎が落ちていく。義虎も落ちていく。

 一瞬であった。勝負は決した。義虎は腕と首へ満身の力を結集し、黒虎が大斧を振り下ろすより速く柄の尻を突き出し、気道を打ち据えた。

 ここに、将軍・崇黒虎は意識を剥がされた。

「超魂顕現『東護青龍(とうご・チンロン)』!」

 はっと、義虎は身構えんとする、だができない。

 体長二五〇メートルにも達する、青龍が翔ける。漢服を整えた獣人へ戻っていく黒虎をすくい上げ、赤々とするままの義虎から引き離し、停止する。

 __もう戦えんよ……。

 逃げるしかない。青龍はどう動くか。必死に目を凝らす。

 薄っすらと見える。青龍の額へ立ち、必死に腕を広げ、大好きな師を小さな背へ庇うのは、巨大な青き龍を使う少女である。

 黄華国〈四神〉へ連なる一柱。

 上級武官《青龍》竜吉(りゅう・きつ)

老師(ラオシー)を討ちたいなら、私を倒してからにするです」

 __うぃー、よく言うわ、震えとるくせに。

 朦朧とする意識のなか、義虎は自分にもいる愛弟子を思い出していた。



 九月十八日。

 高句麗独立を目指す高談徳(コ・タムドク)は、仲間たちを率いて馬をひた走らせ、ついに黄華軍を防ぐ要となる遼東(ヨドン)城へ迫っていた。

 道中、将軍《馬頭(めず)牟頭婁(モドゥ・ル)、将軍《早衣監(チョイガム)韓殊(ハン・ス)の軍とも合流し、兵糧や物資を調達している。夜営し、皆を食べさせ休ませた。しかし自身はほとんど寝られなかった。

 奈乃(ネ・ネ)、討ち死に。

 武官・恍魅(ファン・メ)は愛する(ひと)を喪った。いつも毅然として先頭へ立ち皆を導く武人が、かすれた声で二人にしてくれと漏らし、骸を抱いて暗闇へと消えていった。

 談徳は想い出す。

『ならぬ! 夫婦(めおと)になるのだろう。お願いだ、置いていかないでくれ……奈乃っ』

『……ちゅ、して』

 ぐっと、恍魅は涙をこらえ、震える細い首を支え、娘の願いを叶えた。

 大好きな人の腕に抱かれ、娘は静かに逝った。男は娘を離さなかった。

 どれくらいそうしていたか、恍魅は皆の前から去った。談徳は牟頭婁に言われた。恍魅が行ったのは、談徳らだけでも気持ちを切り替え英気を養わせるためだろう、無下にしてはいけないと。

 明朝、恍魅は戻ってきた。

『散っていった仲間たちは遼東城で弔いましょう』

 談徳は深く頷き、出立の号令をかけ馬腹を蹴った。

 やがて山道が平野へ変わり、延々と連なりそびえる城壁が見えてきた。

太子殿下(テジャヂョナ)、遼東城です」

 恍魅に断じてもらい、談徳が大きく頷いた、その時。

「超魂顕現『北護玄武(ほくご・シェンウー)』」

 玄に覇玉が輝く。

 にわかに視界が黒く埋まる。電撃に打ち抜かれるように、命の危機を感じ取る。

「危ない、散開せよ!」

 談徳は叫び、横へ馬を駆る。皆も倣う。間に合わない。

 さながら隕石、広大な塊が降ってくる。もう潰される。

「髄醒顕現『馬頭鬼空大力マドゥグィゴンデリョク』!」

 牟頭婁が鬼と化す。馬頭(ばとう)を下げ両腕を突き上げ、塊を受け止める。

「ぐおっ、なんと重い……逸らすしかない!」

 突如、塊が水へ変貌する。

「「なにぃっ⁉」」

 津波か。そんな水圧が平野を潰す。超魂覇術を発動する暇もなく、牟頭婁を含め皆がてんでばらばらに押し流される。談徳は懸命に声を張る。

「いったん鎧仗を(がいじょう)を解け、鎧の重みで沈んでしまう!」

「待ちわびたぞ、飛んで水に入る冬の虫よ」

 はっと、談徳は振り返り、歯ぎしりする。

 談徳のそばへ水が集まり盛り上がり、黒く、厚く、重く、広大なる塊を形作っていく。太い四つ肢、長い首と尾、山のような甲羅。その頭頂へ仁王立ちするのは、巨大な黒き亀を使う雄豪である。

 黄華国〈四神〉へ連なる一柱。

 将軍《玄武》蘇護(そ・ご)

「わしこそ〈四神〉最強である。これを越えねば、遼東城へは入れぬぞ」

 どっと、黄華軍が飛び出してきた。 

 高句麗軍が合流するなら、黄華軍もまた同じである。

 山道の両脇に潜んでいたその数、蘇護軍、姫昌軍、黒虎軍を合わせ一万五〇〇〇に上る。八〇〇〇いる高句麗軍は浮足立つが、鋭く将軍たちが司令する。

「臆するな、隊列を組むしかない!」

早衣(チョイ)は兵糧を守れ、玄武は我らで叩く!」

 ふっと、談徳は息を整え眼光をたぎらす。

行くぞ(カジャ)!」

「「はい、太子殿下(イェー、テジャジョナ)‼」」

 牟頭婁軍が咆哮し、黄華軍へ打ちかかる。韓殊の束ねる、髪を刈った山岳修行者たちが兵糧や負傷兵を守りに布陣する。そして談徳は恍魅らと並び討って出た。

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