四七 新世代も負けとらんのであーる
焼行道の戦いは折り返し地点を迎えた。
大和軍は力技をもって不意討たれた危機を脱した。ここからは攻勢へ転じる。
「物見たちの念話によれば、敵は三手のみなのだな。ここは心配いらぬ故、三人は三軍を見学しにいくとよいのだな」
「ん、やったーいい男」
「あとで美しい見聞録を語ってあげるよ」
「何かあったら、すぐ呼んで下さいね」
勝助に許可され、碧、妖美、麗亜は三方へ散っていった。
__ん、黄緑ツインテ発見。
碧は樹呪軍へやって来た。
__トラが注目しとるその力量、舐め回すように盗み見したげるぞ。
丘へ登り、衛兵に勝助の指示で待機しにきたと伝え、戦場を見下ろす。
敵である鄂崇禹軍は三〇〇〇いるが、前陣一〇〇〇は樹呪が放つ瘴気に呑まれ、重篤な疾患に悶え苦しみ戦うどころではない。残る二〇〇〇の本隊へ向け、樹呪軍一万二〇〇〇のうち半数が瘴気を迂回し攻め込んでいく。
二騎と一羽がその先頭を駆る。
艶めくリーゼントを前へ跳ね上げるゴリマッチョが、指輪を緑色に光らせる。
「我こそは! いずれ木の神《句句廼馳》を名乗りたい中級武官・嶺森樹拳なり! ちなみに将軍《土蜘蛛》が子にして将軍《禍津日》が弟なのであーる!」
__であーる?
十七歳らしいが、髭が濃く顎は四角い。
「超魂顕現『樹森拳宴』!」
樹拳がバナナの葉を腰へ連ねる半裸となり自慢の筋肉を見せびらかし、色とりどりの石や羽を巻いて装身具とする森の原住民のいでたちをとり、直径一メートルに及ぶ鉄球から柄を伸ばす大錘を掲げれば、次々と地面が破れ、硬く太い木の根が踊り出る。
身長二八センチのフクロウも、首輪を胡桃色に光らせる。
「我こそは! 若の腹心たる初級武官・白梟白苦無なり!」
__なんじゃ今の、名前?
そもそもアナホリフクロウである。
「超魂顕現『匠穴掘道』!」
おそらくカツラであろう、前へ巻き上げるリーゼントを誇らしげに揺らしつつ、胡桃色の白苦無が生身の鉤爪へ鋼鉄の鉤爪をはめ込み、掲げる。
そして碧のお目当ても、砂時計のペンダントを黄緑色に光らせる。
「おりょ~ さっきの雲~ 形変わった~ ニンニクかな~」
__あれが初級武官・叶みなみ……。
十歳未満と見まごう、垂れ目にネコ口のその少女、いきなり剣を振る。
「超魂顕現『時機尺陽』~」
先端にどんぐりの揺れる大きなピエロ帽子の二股と、黄緑の長い髪を耳上で縛るツインテールをそよがせ、ノースリーブとスカートから細い手足を出す魔法少女へ変身し、大きなのっぽの古時計を大事そうに抱えながら、掲げる剣の刀身を細切れに分割し、芯となるワイヤーで伸ばしていく。
__ん、蛇腹剣!
みなみが蛇腹剣で弧を描く先には、敵兵を率いる敵武官が三人いる。
一人が超魂顕現しようとする。みなみは笑い、剣の鞭が黄緑に光る。
「どんぐり燕~」
蛇腹剣は武官を貫いていた。
__ん⁉ 蛇腹剣いきなり加速した?
碧と同じく、敵将兵もあっけに取られる。
「筋肉・菩提樹であーる!」
ごっと、猛烈にそこへ巨大な根がねじ込まれ、そして群がり、轟音が爆ぜ砂煙が突き上がる。その場にいた三〇人あまりの将兵のうち、逃れ出たのは一人の女武官のみであった。
リーゼントを光らせ、樹拳は奮う。
「お見事! 強き者よ、名乗るであーる」
自身の足もとから伸ばす根へ乗り、宙を進みつつ大錘を振りかぶる
「〈四神〉の一柱にして《南伯侯》将軍へ仕える上級武官《朱雀》火霊ある」
__ある? であーる対ある……。
奇麗な眉目の間へ垂らす前髪、セミロングの黒髪をなびかせ、火霊は真っ向から樹拳へ跳ぶ。
「超魂顕現『南護朱雀』」
唐紅に覇玉が輝く。
翼開長、実に一〇〇メートル。悠然と翼を広げ首を伸ばし、長くたゆたう鶏冠や尾羽をたなびかせ、朱雀が天から舞い降り高くさえずる。
「おお……かぐわしき霊鳥であーる」
樹拳は大錘を叩き込む。朱雀は鉤爪を叩き込む。
がっと、空気が震動する。
__互角⁉ あのリーゼント馬鹿力すぎ!
朱雀が羽ばたく。炎が沸き上がり、根が焼け焦げる。
足場を失う樹拳へと、雀茶に綴った軽装の鎧に朱い漢服の裳とマントをはためかせ、火霊は薙刀をほとばしらす。
「どんぐり沼~」
火霊が黄緑の光に覆われる。いちじるしく動きが鈍る。
__ん、時だ! 黄緑ツインテ、時間の尺いじっとる。
火霊が遅くなる隙に樹拳は着地し、朱雀へ何本もの根を打ち込んでいく。焼かれて炭にされる前に物量で押しきり、放り投げる。
その間、アナホリフクロウの白苦無が大和兵を率い、黄華兵を突き崩していく。瞬時に穴を掘り進める覇術で敵前から消え、後ろから飛び出して斬り裂く。さらに兵を分け一部に穴を進ませ、挟み討つ。
そして樹拳が、緩慢に宙を跳ぶ火霊へ狙いを定める。
みなみの覇術は時間を操る世界種である。
碧が悟ったとおり、先ほどは、蛇腹剣が動く単位量あたりの時間を短縮させることで実質的にスピードを速め、今は火霊が動く時間を延長させてスピードを遅めている。加えて、世界種はふつう霧などで覆わなければ対象を影響下に置けないが、みなみは見ただけで対象を光らせ能力へ嵌める。
__回避不能じゃんか……。
しかし、義虎がみなみを名指しして警戒する真の由縁は別にある。
奴隷から這い上がった彼だからこそ畏れる、みなみの心力である。
__それ見たいんだから。朱雀とやら、ちゃんと引きずり出してよね。
「覚悟するであーる!」
矢のように、硬い根が火霊を襲う。
槍のように、厚い炎が根を燃やす。
烈風さながら朱雀を飛来させた火霊は、火炎を撃たせ樹拳へ反撃しつつ、鉤爪で自身を掴ませ天へ逃れる。
黄緑の光が消える。
「十五秒、といったところあるね」
火霊は数えていた。自身が光っていた時間を。
__うそだ巧すぎる……。
初見の刹那、それも命が危うい状況で、火霊はみなみの覇術に発動限界があると推理し、朱雀を制御しながら測定してみせた。
__最初に蛇腹剣が速まった時、もう考え始めたとったとしか……。
さらに、それだけではなかった。
「光らされぬには、視認されねばいいあるよ」
天高く朱雀が滑空する。
遠く離れた地上から、火霊の姿は見極められない。朱雀ならば見えるが、のろくできたとして、位置が高すぎて攻撃できない。
だが火霊は攻撃できる。朱雀が羽ばたき、火の雨を降らせる。
「筋肉・相合傘であーる!」
樹拳が根から枝葉を茂らせ、味方を守る。
「困ったのであーる。叶みなみよ、朱雀を妨げるであーる」
「めんご~ あんなおっきいの~ おれ操れないかんね~」
「なんとであーる……されば!」
木々が燃え上がり、黒煙が立ち上っていく。
じっと、碧は劣勢をひっくり返した火霊の将器を想う。
目の前で、立て続けに仲間を喪いながら、揺らがず沈着へ徹している。
__戦う覚悟が強い。これなら黄緑ツインテも魅せてくれそうじゃん。
「筋肉・御神木であーる!」
どっと、煙を突っきり、特大の根が朱雀まで突き上がっていく。燃ゆる巨大な翼をはたき付け、朱雀は根を歪ませる。だがすぐには焼け落ちない。
「いっけえーっ、若あっ!」
ばっと、根の先端に穴が開け、白苦無が飛び出す。
「お覚悟めされいであーる!」
そして樹拳が続いて跳び出す。朱雀の足に乗る火霊を見付けるや、大上段に大錘を振り上げ、根を踏みきって跳びかかる。空中戦である。
「考えたあるね、だがぬるい」
朱雀のもう片方の鉤爪が唸り、足場のない樹拳を突き落とす。
「どんぐり沼~」
ぐっと、碧は唾を飲み込んだ。
火霊が黄緑に光り、減速していた。
「成ったであーる。あっしは囮だったのであーる」
みなみが穴から現れた。白苦無の脚に掴まり、樹拳はリーゼントを光らせた。
樹拳は火霊のもとまで根を伸ばし、白苦無にその中へ穴の道を掘らせ、みなみを担いでよじ登った。そして、みなみを穴の中に待機させ、自分が跳ぶ方向をもって彼女に火霊の位置を知らせていた。
__ん、頭いいな。
それでも火霊は動じない。朱雀に自分を掴ませ離れようとする。
「どんぐり燕~」
「筋肉・手裏剣であーる!」
みなみが蛇腹剣と白苦無を光らせ、速めて攻めたてる。樹拳が根から伸ばした枝へ降り、葉を手裏剣にして飛ばす。朱雀が猛る。翼を燃やし、縦横無尽に薙ぎ払い、寄せ付けない。
「どんぐり沼~」
みなみは局所的に朱雀の動きを遅めていく。右の鉤爪、首、左の翼の付け根。だが決定的にはならない。白苦無に破壊力はなく、樹拳も空では思うように戦えない。
__十五秒間しのぐ気だ。
愚鈍化から解放されれば、火霊は地の利を活かして一挙に逆襲するだろう。
十秒が経った。樹拳が手を休め集中し、地上から根の群れを伸ばしていく。
十二秒が経った。首を動かすのも遅い火霊は、下から迫る根に気付かない。
__でもあと三秒で気付いてすぐ逃げるよ……。
「めんご~ さっき十五秒で黄緑消したんは~ 発動時間~ 誤認させるためなんだよね~」
はっと、碧は目を見開く。
十五秒が経ってなお光は消えない。
「唱え直す筋肉・菩提樹であーる!」
根の柱が朱雀を取り巻き、がんじがらめに縛り上げる。
「今度こそ、お覚悟めされいであーる!」
だっと、樹拳が枝を踏みきった。
「髄醒顕現『南護火霊朱雀』」
ごっと、樹拳も根も炎に呑み込まれた。碧も、みなみも白苦無も、目を疑った。
翼開長、実に三五〇メートル。轟々と燃ゆる霊鳥が、紅蓮の翼を大きく広げた。
談徳たちは遼東城へ急いでいた。
だが談徳は信頼する恍魅を心配していた。
彼は土流道へ残してきた義虎が戦いやすいよう、光線剣を出現させておく覇術を使い続けている。さらに、揺らさずに奈乃を運ぶため、斥力をかけ浮かばせる覇能も使い続けている。
案じるのはそこではない。
「奈乃! だめだ奈乃、気をしっかりもて!」
味方を庇い一斉掃射へ立ち塞がった奈乃の身には、複数の矢が突き立っていた。
必死になって止血しながら、恍魅は息の弱まっていく娘の手を握りしめ、励まし続けている。
「夫婦となるのだろう!」
幸せそうに、奈乃が微笑んでいる。
談徳は唇を噛みしめずにはいられなかった。