四六 病に色に水晶に
『将軍たちには援けなどいらんのだな』
遠くからでも碧たちは感じた。勝助の言う通りであった。
「わらわの魔眼が疼きおるわ……おっと今日の仮面に目玉はなかったのう」
襲撃された隊列を束ね踏みとどまらせた、背の高い二十歳が陣頭へ出る。
「超魂顕現『死神呪陵』」
白い覇玉を首へ揺らめかせ、白い無表情に目だけ全て黒い仮面を装着し、白い包帯を巻いた手足を黒い傷んだマントとフードで覆い、身の丈一〇メートルへ及ぶ、自身と同じ格好をした骸骨の死神を後ろへ従え、白い刃のぎらつく大鎌を引っさげ歩む。
「我こそは! 大和国将軍《禍津日》嶺森樹呪なり!」
「超魂顕現『熱悪炎駒』!」
対するは、奇襲する黄華軍を率い黄土色の明光鎧を着込む、老練なる朱マント。
将軍《南伯侯》鄂崇禹。
体高一〇メートルある朱い麒麟、炎駒を現す。熱い息吹を吐き広めさせ、大和兵を苦しめる。兵たちが武器を構え跳びかかれば、高熱を纏い疾駆させ、蹴散らして樹呪を狙う。
「わらわへ届くと思うてか」
熱波は樹呪へ届かず消えていく。
「黙示録の魔導書にのっとり、小便も凍る瘴気を纏いし死神を召喚した」
死神が大鎌を振りかぶり、向かってくる炎駒を斬り付ける。鄂崇禹は炎駒を跳び上がらせ、死神の頭上を越えて着地させる。
どっと、泡を吹いて炎駒が倒れる。
「な、何が起きた」
「暗黒の聖母に祝福されたのじゃ、重い病に苦しんでおるわ」
その声は鄂崇禹の後ろから聞こえた。同時に大鎌がほとばしる。
戟を掲げ鄂崇禹は柄で柄を止めるが、湾曲する鎌の刃は横に長い。目を刺されかけ、首を反らせた一瞬の隙に、脇腹を蹴り込まれる。
骨が軋み、吹き飛ばされる。
「老練もしょせん、タンパク質の塊よのう」
白い亡霊仮面が横を向き、指を開いて滑らせ目を隠す。
「神聖なる大和を冒涜せしそなたは、罪深き邪気に溺れる咎人よ。敬虔なる乙女の霊気に当たれば、煉獄に煮えたつ業火と感じるであろう」
「何を訳の分からぬことを!」
鄂崇禹は炎駒の体内を熱しに熱し、病源菌を殺そうとする。
周りの地面を黒々と焦がし、朱々と焼けながら巨獣は起き上がる。
蹴散らされた大和兵も、それを襲いに来ていた黄華兵も、一様に退散する。
ふっと、樹呪は嗤う。
「罪過を悔いぬ堕天せし魂を、刈り取られるがよい」
ぼっと、炎駒がかき消えた。
白く光る、死神の大鎌が下から入り、首を刈り上げていた。
鄂崇禹は愕然とする。樹呪といい死神といい、動きが目で追えなかった。
「案ずるな、猛虎のごとくに速くはない。視線誘導を応用したにすぎぬ」
「……どういうことだ」
樹呪は左手で右脇を抱え、右手で右目を隠す。
「まだ知り足らぬとは、七つの大罪、強欲じゃな。呪うぞ」
死神が飛来する。白い瘴気が満ちる。黄華兵が絶叫する。
発病していた。
えぐられるように腹が痛み、息も絶え絶えとなる高熱を発し、少しも動けないほどの関節痛と嫌悪感にさいなまれ、頭が万力に挟まれたように締め付けられ、血が上ってきて肺へ溢れかえる。
怯えながらも、大和兵たちは安堵した。樹呪の戦技で危機は去ると。
別の隊列が奇襲されたのはその時だった。
「えっ、ちょ、まだ敵がいるの⁉」
「ん、遠いよ、落ち着きな」
ぺちん、と麗亜の頭を押さえながら、碧は喧騒が沸く後方へ目を凝らした。
まだ待機せよと司令してから、山忠は勝助と顔を見合わせ苦く笑った。
「モヒカン極道のとこだべな」
「たしか、美しい戦い方をする御仁だったね」
妖美が、この美しい身どものように、などと付け足す前に、勝助は扇を叩いた。
「酷いチートなのだな」
大和軍の後列で、鼻ちょうちんが割れた。
「ったくよお、人が気持ちよく日向ぼっこしてんのによお」
追い散らされる兵たちのなか、のっそりと馬車から起き上がる巨漢がいる。
「超魂顕現『彩色名掌』」
薔薇色の覇玉を首飾りに灯し、薔薇色に染めたモヒカン刈りや長髭にグラサンを煌めかせ、薔薇糸縅に固める鎧から孔雀青に染まる袖や袴をそよがせ、詰襟の下を鎖で繋いだ黒い学ランを羽織りなびかせながら、竹を鍛えた柄に五本の枝を残した槍、筅槍を担ぎ立つ。
「我こそは! 大和国将軍《孔雀明王》彩扇煌丸なり!」
「超魂顕現『風悪聳孤』!」
対するは、奇襲する黄華軍を率い黄土色の明光鎧を着込む、精悍なる青マント。
将軍《東伯侯》姜桓楚。
体高一〇メートルある青い麒麟、聳孤を現す。鋭い息吹を吐き広めさせ、大和兵を苦しめる。兵たちが武器を構え跳びかかれば、暴風を纏い疾駆させ、蹴散らして煌丸を狙う。
「俺さまに届くわきゃねえだろぉがよ」
暴風が届くその瞬間、煌丸は詠った。
「白はやむ」
風がやむ。
「青も止まりて」
聳孤も止まる。
「逆走す」
聳孤は身をひるがえし、黄華兵へ向け突進する。
姜桓楚は慌てて聳孤や風を操ろうとするが、動かせない。
突如として裏切った巨獣に踏み荒らされ、兵たちは絶叫しながら逃げ惑う。
「おのれ、何をした!」
「野暮だぜ、あんちゃん」
姜桓楚が怒号すれば、ちっちっち、と煌丸は人差し指を立てて振る。
「コツ探してよ、そん中で趣深ぁく立ち回ってこその戦いだろぉがよ」
くっと、姜桓楚は考える。
煌丸の覇術に色が関係することは知っている。聳孤は青く、纏う風は白かった。
それらが煌丸の詠った通りに動いた。
「どうよ、絶望したか」
煌丸のグラサンが煌めく。姜桓楚の覇術が解け、聳孤が消える。
「……撤退する! 一度下がって対策を練るぞ」
「茶は止まり」
退却していた黄華兵たちが、一斉に立ち止まる。姜桓楚は青ざめる。彼ら全員、甲冑を茶色く揃えている。
「向き合い永遠に」
体が勝手に動く、自由が利かないんだ。
そう声に出し、訴えることもできない。
兵たちは二人ずつ向き合わされていく。
「殺め合う」
「やめろぉーっ!」
阿鼻叫喚こだます同士討ちのなか、姜桓楚が煌丸を目指し疾走する。
「鎧仗顕現『風剣』!」
「おいおい、青くも白くも茶色くもねえのかよ……しゃーねーな」
煌丸は馬車から降り立ち、立つやいなや砲弾のように飛び出す。黄土色の甲冑を着込み海老色のマントとなった姜桓楚は、左右双剣を構えている。そこへ、弾丸のごとき筅槍が炸裂する。
どっと、姜桓楚が転げ出された。
怯えながらも、大和兵たちは安堵した。煌丸の戦技で危機は去ると。
別の隊列が奇襲されたのはその時だった。
「ん、三点攻撃……」
碧は遠く前方を見据える。
「厳戒態勢! ここまでくりゃあ、まだまだ潜んどるかもしんねえべ!」
「四軍目がおればここが狙われるのだな、各方面へ物見を散らすのだな」
山忠が叫び、勝助が動く。
大和軍は四軍から成る。鷲朧軍が先頭を行き、樹呪軍、義虎軍、煌丸軍と続く。新たな敵が鷲朧軍へ押し寄せた今、義虎軍を除く全軍が戦っている。
麗亜が身震いした。
「緊迫してきたね、鷲朧将軍も大丈夫かな……」
震える小さな肩を、妖美はさすった。
「身どもは師に学んだよ。武士《鳳凰》は美しいと」
妖美が尊ぶ戦人は、前線にあって各軍の状況を把握し指示を出し終え、言った。
「ここは、わしが出る」
将兵に敬われ、万民に慕われ、朝廷に頼まれる気高き重臣。義虎のかつての上官にして、実質的な大和軍総大将を担う歴戦の雄。頭や嘴、下腿や鉤爪、尾羽は鷲であり、胴と上腿は人であり、腕の側面から翼が広がるハクトウワシの鳥人。
「超魂顕現『水晶鎧鷲』」
弁柄色の覇玉を眩く、水晶の数珠に繋ぎ首から吊るし、頭を白い水晶、ミルキークォーツへ変え結晶させ、纏う鎧や着物ごと、屈強なる体を弁柄色の水晶、スモーキークォーツへ変え結晶させて大きく翼を広げ、長い柄の先へ三日月の刃を植える月牙鏟を足へ携え飛ぶ。
「我こそは! 大和国将軍《鳳凰》棘帯鷲朧なり!」
「超魂顕現『寒悪甪端』!」
対するは、奇襲する黄華軍を率い黄土色の明光鎧を着込む、大柄なる黒マント。
将軍《北伯侯》崇侯虎。
体高一〇メートルある黒い麒麟、甪端を現す。寒い息吹を吐き広めさせ、大和兵を苦しめる。兵たちが武器を構え跳びかかれば、冷気を纏い疾駆させ、蹴散らして鷲朧を狙う。
「わしへは届かぬ」
水晶の体は冷えを感じない。鷲朧は冷気を突っきり、甪端へ迫る。
「紫水晶・御稜威に群ら咲かん」
スモーキークォーツの羽が色づきアメジストと化し、甪端を打つ。
ごっと、勢い付いた巨体が弾かれ、続く一打に突き飛ばされる。
甪端は立て直すやいなや跳びかかるも、横へ回り打ち伏せられ、いななく。
崇侯虎が目を見開く。
彼は虎の獣人であり、義虎と一騎討ちしている《白虎》崇黒虎の兄に当たる。弟と違い気性は荒いが、この奇襲を統括する大将を任されている。
「何にやられておるか!」
「重みにござる。大和において、紫は神秘や気品を司らば」
鷲朧は天を舞い、翼を構え急降下する。
崇侯虎は甪端を走らせ、かわして竿だたせる。
その蹄をアメジストで払い、鋭く、鷲朧は月牙鏟を突き出す。
がっと、崇侯虎が跳んで大斧で受け止め、空気が震動する。
直後に打ち込まれるアメジストをいなし甪端の背へ降り、崇侯虎は兵へ命じる。
「鳳凰はわしが抑える、その間に敵陣を攻め取れ」
「紅水晶・桜吹雪よ盛り舞わん」
ばっと、鷲朧が舞い上がり、紫の羽を薄桃色に染め、ローズクォーツと化す。
そして羽ばたき羽を散らせ、桜吹雪が舞うように、水晶の驟雨をうち降らす。
黄華兵は絶叫し隊列を乱し、鷲朧が鍛えた大和兵が斬り込んで、次々と倒す。
「ええい役立たずどもが! ならば」
崇侯虎は甪端の身を極度に冷やし、辺りを白めながら跳び上がらせる。
今の甪端へ触れれば凍り付く。崇侯虎は鷲朧を動けなくするつもりである。
疾風迅雷、鷲朧は突貫する。
「黄水晶・稲交接と閃き奔らん」
血が爆ぜた。
崇侯虎が吹き飛ばされ、甪端が消え、地上では鷲朧が崇侯虎を組み敷いていた。
その羽は黄色く、鋭利なシトリンへ変わっている。
鷲朧は凍るより速く甪端の首を裂き、そのまま背に乗る崇侯虎を斬り付け、斧で防がれつつも地上まで突き落とし、さらに間、髪を入れず追撃していた。
奮えながら、大和兵たちは歓喜した。鷲朧がいれば危機など生じぬと。
時同じくして樹呪は告げた。
「この場所は焼行道という。そなたら〈五行侯〉にとり聖書に約束されし煉獄の門じゃ。さあ、その禁じられし扉を開いてしんぜよう」