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三九 白頭山の戦い

 天乱九七年、九月十七日、朝日が眩く白い。

 倍達(ペダル)国の高句麗(コグリョ)界と黄華(おうが)国へまたがる名峰、白頭(ペクトゥ)山に連なる尾根。

 三本の脚を伸ばす霊鳥、三足烏(サムジョゴ)を描く青い旗をおし立てる高句麗軍と、李の字を書く黄色い旗をなびかせる黄華軍が入り乱れ、剣戟と雄風の音を噴き上げ、激しく斬り合っている。

超魂(ちょうごん)顕現『蓮火宝貝(れんかパオペイ)』!」

 ポニーテールをなびかす小柄な少女が大きな眼を見開き、太極図を縫う蜜柑(みかん)色のチーパオに蓮華の腰布を重ね、燃えながら宙を走る二つの車輪、風火二輪(ふうかにりん)に両の素足を立て、火を噴く槍、火尖槍(かせんそう)をかまえ呼ばわる。

「黄華国将軍《毘沙門天(びしゃもんてん)李哪吒(り・なた)いくよ、ちゃい!」

 ばっと、哪吒が風火二輪を飛ばし斬り込めば、落雷のごとき大音声が轟く。

大高句麗(テェゴグリョ)太子( テジャ)高談徳(コ・タムドク)、天孫の地を侵す全て害悪を退けん!」

 どっと、談徳(タムドク)が少年とは思えぬ屈強な鎧姿を踊らせ、いかつい顔をさらに険しく鋭い眼を見開き、疾駆する。

「超魂顕現『天孫列鎧(チョンソンヨルゲ)』!」

 覇玉を(からす)濡羽(ぬれば)色に輝かす。

 兜に突き出た双角が目立つ高句麗軍の鎧、薄片鎧(はくへんがい)は、青色の四角い小札板(こざねいた)を繋ぎ合わせて作られる。武官のものは脚当てがくるぶしまで下がり、肩当てを二重とする。

 談徳は中級武官である。さらに全軍の士気を高める血統と存在を示すため、小札板を銀色としている。超魂状態でもこの軍装は変わらない。

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 だが筋力が跳ね上がる。

 ひと跳びで、上空から来る哪吒の目前へ迫るや、鋼鉄の槍で打ち落とす。

 黄華兵は驚愕し、高句麗兵は歓喜する。

 __いたた、太子(テジャ)の覇術って怪力だっけ?

 火尖槍で受けた哪吒は、吹き飛ばされつつも風火二輪を急停止させ、尾根へ衝突するのを回避した。そこへ、着地と同時に突進する談徳の、烈風のごとき刺突が飛び込んでくる。

「ちゃい!」

 体を丸め宙返り、哪吒はかわすそばから火尖槍を振りぬく。

 巨大な炎が唸り、談徳は振り向き、地面を盛り上げながら踏みとどまる。

源平(ウォンピョン)の鎧」

 ごっと、業火が談徳を呑み込んだ。

 ざっと、談徳が哪吒へ斬り込んだ。

 がっと、哪吒が談徳を押し込んだ。

 __あら、腕力さっきよりは弱い。でも不思議、まるで燃えてないのね。

「衣装が大鎧(おおよろい)に変わったのと関係おあり?」

 哪吒は火尖槍から左手を離し、胸の太極図を叩く。

「ちゃい!」

 とっさに談徳が盾とした槍は、哪吒の手へ現れた乾坤圏(けんこんけん)に殴られていた。投げれば敵を追いかけ頭を砕く鋼の輪である。

 哪吒は乾坤圏を投げ上げ、火尖槍を握り直し、談徳を炎上させる。

 __やっぱ燃えてない。でも隕石なみの衝撃までは防げるかな?

 火中へ乾坤圏が突っ込んでいく。

 談徳は身を投げ出してかわし、砕ける岩場を離れ炎から脱するも、乾坤圏は追いすがる。

武人(ムイン)の鎧」

 __おわっ、また変わった。

 談徳が、兜の鍬形(くわがた)飾りや大きな板状の肩当て、表面に編み込む紺糸(こんいと)(おどし)を特徴とする大鎧を消し、皮革に裏打ちされ四肢を包む肩当てや脚当て、表面に綴られた金色の鱗を特徴とする魚鱗甲(ぎょりんこう)を身に纏う。

 その頭を、乾坤圏が直撃する。

 甲高い音が響き、輪が粉々に砕け散る。

「はいっ⁉ いや逆でしょ、ちょっもう、どんな覇術?」

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 談徳は再び薄片鎧を纏い、たちどころに距離を詰め、突きかかる。突き返す哪吒は、力負けして放り投げられる。が、打てば響くように体勢を立て直し、一気に天高く舞い上がる。

「分かっちゃった、鎧によって効果が違うのね」

 にっと、火尖槍を回し円を描く。

「でも鎧一つにつき効果一つだけ………将軍に勝てるわけないじゃん。ちゃい!」

 天を焦がす、炎の大車輪が轟音を振りまく。その中心から哪吒は宙返りして大きく下がり、突風と化す突貫の用意へ入る。

「屈さぬぞ」

ぎっと、睨み上げる談徳が唸るように吐き出す。

「高句麗国は夢だ。我らは虐げられ侵されるために生まれてきたのではない、尊厳を取り戻さねばならぬ。記憶にない昔日より、途絶えることなく脈々と民族の血に受け継がれる、大高句麗(テェゴグリョ)の魂を結実させるのだ。建国するのだ。成し遂げるまでは決して諦めぬ!」

「諦めないと増え続けるよ犠牲が、まずキミ……」

「超魂顕現『鉄刃戦紅くろがねやいば・いくさのくれない』」

 哪吒が弾け飛んだ。

 大車輪が消失していく。両軍がざわめくなか、訝しむ談徳の前へ、哪吒を打った赤塗りの偃月刀をひっさげ、赤糸縅(あかいとおどし)当世具足(とうせいぐそく)に赤い陣羽織をはためかせる武者が降り立った。

「一騎討ちへ横槍を入れし無礼、ひらにご容赦を。おそれながら、談徳太子(テジャ)にあらせられるか」

「いかにも。大和の方とお見受けするが、貴殿は」

 談徳の威厳ある声を受け、赤い武者は片膝付いて頭を下げた。

「大和国大将軍《猛虎》空柳義虎にござる」



 両軍が対峙し二日目となる。

 哪吒(なた)は初日、高句麗軍を率いる将軍《牛頭(ごず)牟頭勇(モドゥ・ユン)を負かし、捕らえた。

 だが副将を務める談徳(タムドク)は、味方に髄醒(ずいせい)使いがおらずとも徹底抗戦すべきと断じ、仲間を鼓舞し、大将を引き継いだ。

 __うぃー、あっぱれよ。

 すっと、義虎は談徳に手を取られ、立たされた。大きく、力強い手だった。

 __いい漢(ナイスガイ)……ほんとに木村氏と同じ十七歳か?

 談徳の真剣な眼差しが頷いた。

「ありがたい、こうも早く来て下さるとは。《早衣仙(チョイソン)大将軍(テジャングン)や《月詠(つくよみ)》将軍から話は聞いておりますぞ」

「はっ、されど戦況はかんばしくござらぬ。《大武神(だいぶじん)》大将軍より軍令を預り飛んでまいり申した。ここはこの猛虎へお任せになり、太子殿下(テジャヂョナ)には急ぎ全軍をもって遼東(ヨドン)城へ入られたし、とのこと」

 義虎は兵法家の眼を光らせた。

「哪吒ら三軍は囮にござった」

 黄華軍は五〇〇〇ずつ三手に分かれ、ここ白頭(ペクトゥ)山、その南にある玄菟(ヒョンド)城、その南西にある蓋牟(ケモ)城を攻撃した。これを受け、高句麗軍も三〇〇〇ずつ兵を分け各所を守りに向かったが、その分、防衛戦の要である遼東城の守備は手薄となっていた。

「敵三万五〇〇〇、遼東城へ大挙してござる」

「城に残る兵力の七倍です、急がねば。だが貴殿はお一人だ、我らがここを離れれば……」

 ふっと、義虎は笑った。

「ご案じめさるな。それがしは大将軍《猛虎》にござる」

「キミが猛虎か! 父上と兄上の仇だあーっ、ちゃい!」

「斬る」

 飛ばした哪吒が戻ってきて、怨嗟に燃ゆる業火を轟々と巻き上げ撃ち込んでくる。

髄醒(ずいせい)顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 哪吒が弾け飛ぶ。

 談徳も両兵も目を見張った。義虎の斬り込みが速い。

 硬い鱗を敷き詰める翼を盾にし、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら音速へ迫る風圧を纏い業火を突っきり斬撃し、間一髪で刃を防ぐ哪吒をまたしても遠く突き飛ばす。残った炎は地上へ達さず消えていくが、そこに義虎の姿はない。

「おわっ」

 飛ばされる哪吒の、飛ばされる先に猛虎はすでにいる。

 偃月刀が閃く。

 体勢の整わぬまま哪吒は受け、違う角度へまた飛ばされる。またも猛虎は先回りし、斬り付け、尾根へ叩き付ける。堅固な岩肌がひび割れ、崩れ落ち、砂ぼこりが舞い上がる。

 息を呑む談徳のもとへ、義虎が舞い降りてきた。

「今のうちに行かれませ。ここの敵は退けまするが、しばし時を要しますれば」

「……かたじけない。必ずやまたお会いましょう」

 ぐっと、二人の戦人は頷き合い、そして別れた。

「カチンとくるやつ」

 砂ぼこりの幕を切り裂いて、ほぼ無傷の哪吒が降りたった。

 彼女は尾根へ叩き付けられる瞬間、ぶつかる背中へ覇力を集め、凝り固まらせて盾としていた。覇力甲(はりょくこう)である。

「うぃー、こっちの台詞ね?」

 __見た目子供の分際で鬼むずい覇力甲を義虎級に使いこなすか、しかも。

 義虎はわざわざ瞳を白め、視力強化を尽くし哪吒を見やった。

 __もてるでしょ?

「敵を逃がすな、全軍で追い討って!」

 __されど甘ちゃんに変わりはなし。

 疾風怒濤、猛虎は刃をかまえ紅き彗星と化し、走る黄華兵の横腹へ突っ込み猪突猛進、弾き上げ、斬り貫き、薙ぎ払っていく。獅子奮迅、突き抜けたと思えば取って返し、当たるを幸い縦横無尽に一太刀、一太刀へ音速の破壊力を猛らせる。遮二無二、誰よりも熾烈に、痛烈に、熱烈に叩き上げた修羅の野生を無我夢中に暴発させる。

 数知れぬ断末魔が尾根へこだまし、恐怖が噴火し蔓延し、もはや黄華兵はことごとく進めない。

 ぎっと、哪吒が歯を噛みしめる。

 じっと、麓から振り返る談徳が目頭を熱くする。

 かっと、戦人は眼を見開く。

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは七年のうちに十一人もの将軍、そしてうぬらが主・毘沙門(びしゃもん)の父たる大将軍《托塔李天王(たくとうりてんのう)》をも討ち取りし豪傑にして、人を捨て戦と(はかりごと)その一点へ猛り狂いし大和国大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」

 __うぃー、気もちいぜ。

 渾身の大音声が霊山へ轟き渡っていく。

 義虎は碧を連れ〈三大神(みつのおおかみ)〉の《海神(わだつみ)》らを訪ねたあと、策を練り、部下のもとへ戻り、それから高句麗界へ発つ大和軍へ合流して激励し、出陣式を待たずに単身先行して策を仕込んできた。

 一月あまりをかけて。

 しかし発動するまでまだ日がある。

 そして本日未明、高句麗界へ到着し《大武神》姜以式(カン・イシク)へ逢った。高句麗民族が誇る〈三火烏(サムファヲ)〉の一柱にして民心の拠り所たる大長老、倍達(ペダル)国最高の大戦士へ、大見得をきってきた。

 一人で白頭(ペクトゥ)山を守り抜くと。

 姜以式は信じて託してくれた。談徳もそうだった。

 __お任せを、完全無欠にやりきってやるよ?



毘沙門(びしゃもん)

「おわっ、ボケなすめ《毘沙門天》って呼んでよ」

 義虎はかまわず翼を広げ、哪吒(なた)が向かってくる空へまっすぐ繰り出していく。

 がっと、義虎の振り込む偃月刀(えんげつとう)、哪吒の突き出す火尖槍(かせんそう)が火花を散らせ、十文字にぶつかり合う。

「勝てぬと悟ったでしょ退()き陣しな」

「黙らっしゃい、一騎討ちにするもん」

 ぎっと、少女が睨んでくる。

「ボクね、ずっとずうっと、この日がくるのを待ってたんだよ……すっごい逢いたかったよ骨虎! もぉ離さないよ、べったべたに付き合ってもらうかんね!」

「うぃー、もっと言い方あるでしょ、されど」

 __覇気は十二分。そうとも、かような戦をこそ欲っするんだよ、己を憎み躍起になり立ち向かってくる復讐者を真っ向から撃砕してやってこそ武名ますます轟き畏れられ、練磨せし己が強さも再認識できるというものぞ!

 かっと、義虎は眼を見開く。

「求められて嫌な(おとこ)はおらんよ」

「よく言った! よぉし、ついに仇を討つよ!」

 将軍たちは弾き合い、激しく斬り結ぶ。

天化(てんか)嬋玉(せんぎょく)鬚虎(しゅこ)、三方向から太子(テジャ)を追い討って!」

 哪吒へ応え配下たちが兵を動かす。中央は大将軍《鎮国武成王(ちんこくぶせいおう)黄飛虎(こう・ひこ)の長男、上級武官・黄天化(こう・てんか)が、左翼は将軍《中伯侯(ちゅうはくこう)鄧九公(とう・きゅうこう)の娘、中級武官・鄧嬋玉(とう・せんぎょく)が、右翼はタツノオトシゴの魚人、初級武官・竜鬚虎(りゅう・しゅこ)が率いる。

 ばっと、義虎は羽ばたく。

 __とっとと哪吒つぶして葬りにいかんとね?

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