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三八 みどと二人旅

 ぶっと、碧は息をついた。

 __もぉ重たい。国家の上層部がやり合うことは……。

「さらに義虎は見抜いとるよ?」

「ん、まだあるんかい、もぉや」

「うぃー、駄々こねても聴かす」

 大和朝廷は義虎へ命じた。黄華国とも、開京(ケギョン)界とも戦えと。

「開京とも⁉ 正気だべか」

 碧は高句麗(コグリョ)界と開京界が対立しているなら当然ではないのかと首を傾げた。

「うぃー、大和は開京と同盟しとるんだよ? されど開京が高句麗(こうくり)を滅ぼして強大な倍達(ペダル)国を完全に手中とするは面白くないのでしょう。高句麗が勝ってば、(たす)けた返礼として領土を割譲させるだろうし」

 開京界が勝てば、こう言って盟を強めるだろう。

「高句麗を援けたは黄華より倍達の土地を守るためであり、猛虎が開京と戦ったならそれは彼奴(きゃつ)の命令違反、軍令へのっとり打ち首とする」

 そして、いずれが勝とうと倍達国が疲弊した機を逸さず、こう動くだろう。

「征服だー」

「ううぇー」

 ううぇーとは言ったが、碧は理解できる。

 確かに朝廷は狡猾と言える。大和国が美徳とする武士道精神、礼節を重んじ清廉潔白へ努める信条からはかけ離れている。しかし、綺麗ごとで人間社会を処することの大いに難しきもまた事実である。

 __民が強固で厳粛な世を堅守するためね。

「ん、偽装工作(カモフラージュ)の解説して! せんと拗ねる」

「うぃー、拗ねてみせてくれたら解説するわ」

「そっぽ向こ。ふん!」



 義虎が赤い陣羽織を着ず飛びもせず、黒ずくめの直垂(ひたたれ)姿で皆と同じように(かさ)をかぶり乗馬していたのは、暑いからではなく、こっそり失踪したいからであった。

「誰がどこで見張っとるか分からんからね、絶対に気取られてはならぬ」

 六日。琥珀里(こはくのさと)を出て四日目となり、瑪瑙里(めのうのさと)を抜け水晶里(すいしょうのさと)へ入っている。義虎は皆をとある宿へ導いた。

「このはちゃん⁉」

「れあちゃん、お久! ガラちゃんもおるよ?」

 麗亜の手を取り一行を迎えたのは、大顎(おおあご)山賊団のゾウ耳少女、このはであった。部屋へ入り戸を固く閉め、自由(リベルテ)海賊団の少年騎士、ガラハッドが猿虎合戦(さるとらがっせん)で別れてからのことを語った。

「我々は今、クメコールにて《恐竜王》さまの庇護下にあります」

 クメコール国は、大和国と同盟を結ぶ南国である。

 また恐竜王は、大和国が誇った伝説の女傑である。

「エリマキトカゲの婆さんだよ?」

 義虎には人脈がある。にんまりする彼は、勝助へ解説を押し付けた。

 大将軍《恐竜王》大襟巻音華(おおえりまきおとはな)

 身長三〇センチの爬虫類。

 純粋なる武士であることを誇り、終わらない派閥争いを忌み退役したが、危うい戦場へ現れては将兵を救い自己満足していく神出鬼没な隠者として、今も戦い続けている。普段どこにいるのかを知る者は、ごく一部の例外を除き存在しない。

「その例外が、てっちゃん様だべ」

「うぃー、音華ばあさん等々がそこに住み付けたんは義虎のおかげなんだよ、クメコール救国の英雄たる義虎は現地で慕われまくっとるもんね? さらに大和とクメコールはもともと黄華の昴に隔てられ海路から迂回するしかなかったんに義虎が昴を征服してくれたことで陸路が繋がり密行しやすくなった」

 義虎のにやけが激化し、勝助が咳払いした。

「そういう仲なので、山賊と海賊の保護から二人の派遣まで手を回してもらったのだな、吾輩が念話して。交換条件として上質なミルクセーキを強要されたのだな。さて」

「言っちゃうよ、虎ちゃんの計画を」

 このはが耳をばたつかせた。

 ガラハッドは義虎役。このはは碧役。かねてより義虎が企てていたとある密会を成すべく、これより姿を消す二人の影武者を務めるため、二週間前にクメコール国を発っていた。

「ん、わーも?」

 かっと、義虎は眼を見開き、深々と頷いた。

 七日、早朝。

天満月(あまみつつき)(さく)か問おう (とき)がはしゃげば霧襖(きりぶすま) 筆は足らぬぞ四三七一 (じょう)もて黙らし ()ゆらば囲え ()ますに動かず(しるべ)()かん」

 このはの覇能、覇力感知する敵をジャミングする〈感知妨害〉が広がった。

超魂(ちょうごん)顕現『藤霞幻誘ふじかすみ・まぼろしのいざない』」

 そうしてから義虎と碧は勝助に幻術をかけてもらい、顔や服をガラハッドとこのはのものに変え、宿代を払い先に出立した。このはたちは一時間ほど経ってから、用意してきた義虎たちと同じ着物に着替え、笠をかぶって出発した。



 実はこれから会って届けるミルクセーキを購入し、碧に抹茶ミルクをねだられ紙幣を消耗し、自分の煎茶は最も安いもので辛抱し、義虎は三つのひょうたん全てを担がされ町はずれまで歩いてきた。幻を消していいかと念話がきたので快諾した。

「二人旅だね!」

 藁で編んだ眼帯姿を現すそばから、碧が長い睫毛を上げ釣り目いっぱいに瞳を広げ、あどけない甘えた声へ変貌し、じゃれる小動物を真似て袖を引っ張ってくる。

「兄妹に見えとるかな? トラが童顔だから年齢差縮まるもんね!」

「ね、実際は十三歳も違うんに」

「童顔のとこは肯定するんかい」

「童顔は女装に役立つんだよ?」

「ん、なんじゃと」

「戦術に決まっとるでしょう、色好みの敵に気に入らせて寝首かくんだよ?」

「引いてないだけ感謝しなさい。ごめんなさい睨まないで下さい碧を許して」

 と言いつつ抹茶ミルクのひょうたんを確保するや、あっかんべーしてくる。

「うぃー、ちび」

 にまぁ、と拗ねるふりして暴れてくる碧をかわしながら、義虎は決意を新たする。

 __この子は義虎が護りきる。

 別行動に碧を伴う目的は、そのための地固めを成すことである。

「流罪の《海神(わだつみ)》に逢いに乗り込むんだから、そして時代が沸々として待望する海、雷、風の〈三神(さんじん)同盟〉をついに再誕させるんだから、ちゃんと、めっちゃんこ緊張しなね?」

「ん、した」

挿絵(By みてみん)

「うぃー、えらい」

「えっへん。かわいそうな(わらべ)を見る目付きやめて」

 __うぃー、カワイイじゃない、かわいいだね。崇拝や萌えにはあらず。恋にもあらず。廃れて乾いた地に生きる兄がただ一人の妹を想うように愛おしいんだね、戦と謀の鬼よ。

 森を進みながら、義虎は先生らしく振る舞った。

「まずは《海神》と《恐竜王》と《猛虎》そして《天照(あまてらす)》が一堂に会し、大和朝廷の思惑をおもんぱかりつつ、高句麗民族に飽くなき勇気と希望を恵む名《風神》の血を引く、みどの存在をうち出すべきか否かを決断する。そのうえで《早衣(チョイ)仙》も来られるので再び会合し、高句麗にて具体的にどう立ち回るかも決定する、という寸法ね?」

 生ける護国神、大将軍《海神》仙嶽雲海(せんがくうんかい)

 最強の爬虫類、大将軍《恐竜王》大襟巻音華(おおえりまきおとはな)

 戦と謀の鬼人、大将軍《猛虎》空柳義虎。

 霊化せし始祖、大将軍《天照》天龍卑弥呼(あまたつひみこ)

 のちに大和国〈四天王〉として立ち、あまねく天下と歴史へ武威を刻む、珠玉の英傑たちである。

挿絵(By みてみん)

 彼らへ碧を引き合わせる。護るために。

 __うぃー、生きとってよかった。

 ただ生き延びるのではなく、かわいい教え子を強大な敵から護りつつ、積年の宿願である大和朝廷への叛逆をもともに生きる。なんと楽しく、やり甲斐のある生き方が見付かったことだろう。

「ん、なんで、なんで」

 碧に掴まれたのが袖ではなく手であったが、離させなくてもいい気すらした。

「なんで高句麗(コグリョ)高句麗(こうくり)って言ったり、風神(プンシン)風神(ふうじん)って言ったり、早衣仙(チョイソン)早衣仙(チョイせん)って言ったりするん?」

「各々己が民族の精神を重んじるからかな?」

 などと喋っていると、小川に道を遮られた。

「うぃー、橋流されとるじゃん、鷲王(わしおう)さま職務怠慢?」

 水晶里を治める鷲王こと《鳳凰(ほうおう)棘帯鷲朧(いばらおびわしおぼろ)は、義虎のもと上官である。高天原(たかまがはら)派の大幹部でありながら、民や兵へよく施す慈悲深い名将でもある。

「さぼりとか、トラにだけは言われたくないと思う」

「義虎が琥珀を廃らせたんは石猿に勝つためですぅ」

 ですぅ、のところですでに飛び石を伝い、義虎は対岸へ降りたち手招きした。

「や!」

 ぶおんぶおん碧が首を振っている。

「ほんとは跳べるくせに、甘えん坊か」

「ちびだもん」

「都合いいな」

「ねえ来て、来ぃてぇ!」

 碧がたんたん振って跳びはねている。

「されど義虎は屈さぬ。甘やかさんよ、とっとと跳びな」

「んーっ」

 べっと、碧は顔ごと舌を突き出すや、ちょこんと居座りを決め込んでみせた。

 __実力を行使する。

 ごっと、風を切って飛来し真正面へ仁王立ち、両の袖をわし掴み、立つまで引っ張り上げてやった。きゃっきゃきゃっきゃ、はしゃがれた。童心へ帰らされてしまう。

 __うぃー、生きとってよかった。

 またへたり込んでくる。泣き笑いされながら強引に渡らせた。

 __有徳の鷲王さま。よくぞ橋の改修工事を遅らせたもうた、このご恩は必ずやお返し申し上げる。大和人(やまとびと)の夜明けを、大和で至上たる名誉を、あなた様に……。

「さて急ぐよ?」

鎧仗(がいじょう)顕現『碧鎌(あおいしのかま)』」

 鎧仗覇術を使う間、術者の身体能力は向上する。義虎の八倍へ達する覇術適応値をもつ碧ともなれば、幅跳びをくり返すようにし高速で走ることも難しくない。隠密行動のため馬を借りることはできないが、これなら飛んでいく義虎へ追随し、休みながらでも一日で里一つを横断できる。

 八日、深夜。珊瑚里(さんごのさと)

 森を抜け、谷を渡り、山を越え、雷神と風神の力をそれぞれ継いで新たな時代を担う戦人たちは、海神が囚われる離れ小島、豊玉島(とよたまじま)の見える崖まで辿り着いた。

「うぃー、日付の変わるを待たず出陣するよ」

 義虎は道中で財布を空にして得た背もたれ付きの椅子を立て、背と背を合わせ縄で自分へくくり付け、碧に椅子へ座るよう言った。

「ん、そんな面倒いことせんでも、トラがわー抱えて飛べばいいじゃん」

「うぃー? 義虎がセクハラで鉄格子の向こう側に行ってしまうじゃん」

「わー本人が気にせんくても?」

「うぃー。社会は恐ろしいよ?」

 義虎は海の空へと飛びたった。

 __うぃー、生きとってよかった。

 よくぞがんばったと、自分を讃えずにはいられない。血と汗にまみれ、刃と力にまみれ、戦と謀にまみれ、壊れきるまで猛り狂い続けるしかない地獄を畜生と化し耐え抜いてきたのは、全てこう生きるためであったと断じられる。

「ん、ん、聞いとる?」

「うぃー? ごめん涅槃(ねはん)に至っとった」

「こんな猛スピードで飛ばしながら頭お花畑とか、やだ降りる、事故るう」

 碧がごんごん頭をぶつけてくる。

「で。真夜中でも見張りおるでしょ、このまま島に突っ込んで無問題(もーまんたい)?」

「見付からんように徐々に高度を上げとるよ、そして島の直上まで行ったら急降下して潜入するから備えなね、はい始め」

「え」

 言葉通りに実践し、二人は豊玉島の森へ忍び込んだ。

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