表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/134

三七 巨大な戦と謀の気配

 大和国(やまとのくに)琥珀里(こはくのさと)霊台(れいだい)城に設けられた練兵場。

「きえーっ!」

 ミディアムヘアをそよがせ、軽い鎧を鳴らす少女が刀を振り下ろし、空色に輝く剣圧をほとばしらせる。それは眩く、厚く、速く、見守る兵たちを思わず立ち上がらせる。

 偃月刀(えんげつとう)一閃。

 剣圧はあっさり両断され、うそぉ、と少女は肩を落とす。

 両断した赤い鎧武者がにやつき、赤い陣羽織をなびかせ赤い偃月刀を担ぐ。

「うぃー、才能は素質かける努力だよ」

「挑み続けよう麗亜(れいあ)くん。美しい身どもが美しい陽動をかける。好機と見れば、美しい御身の美しき剣圧を美しく撃ち込んでくれたまえ」

 紫の着物を肩肌脱ぎ、重い鎧を見せる偉丈夫が回り、妖艶なる舞踏のごとく偃月刀の残像を描く。それでいて刃鳴りは鋭く重く、一刀、また一刀と斬りかかり、受け流す赤い侍の腕を震わせていく。

妖美(ようび)くん美しい……きえーっへっ⁉」

 麗亜は撃ち出した剣圧を踏み潰された。

 妖美をあしらっていたはずの赤い侍が飛来し、偃月刀で叩っ斬っていた。

「うぃー、タピオカの起源はどこの国にある?」

「はい? って卑怯ですよ!」

 麗亜は首筋に偃月刀を突き付けられていた。赤い侍は高笑いしふんぞり返り、斬り込んでくる妖美をかわす。直後、互いに偃月刀を振り下ろし十文字に鍔ぜり合う。

「原料から察するに、美しいワトリキ国ではないかな」

「やるね、熱帯雨林に適応した非接触部族だね、では」

 赤い侍は刃へ籠める力を抜き、逆から打ち上げ妖美を押しのけ、斬り上げ突き出し叩き込み、火花を弾かせ前へ前へと畳みかけていく。

「大高原に黄金の仏塔そびえる理想郷があるとかの国は?」

「美しいシャンバラ国さ」

「うぃー、やりおる、されば天地人を司る三足烏(さんそくがらす)を祖とし……」

 がっと、尖刃がぶつかり合う。

「どこよりも民族愛の深きは?」

 直後、赤い侍はかき消え金属音を轟かせ、寸前で受けた妖美を離れた麗亜のもとまで吹き飛ばす。脚をさばき、死角へ回り打ち込んでいた。麗亜らがざわめいた。

「うぃー、されど反応できるとは美しい」

「もちろんさ。ところで(みどり)くんは稽古をおさぼりするのかい」

「待っとったのだ、座禅して。大将軍《猛虎》空柳義虎(そらやなぎよしとら)と一騎討ちするもん」

 にっと、義虎は赤い陣羽織をはためかせる。

 ポニーアップの髪をたなびかせ、碧色の合羽(かっぱ)をひるがえし、碧は鎖鎌(くさりがま)をびゅうびゅう舞わせ鎧を軋ませ立ち上がる。

 二人の眼が光り合う。

 鎖から繋がる鎌が唸りを上げ、義虎へ飛んでいく。

 義虎は思う。碧ら教え子は着実に腕を上げている。

 碧は弾かれる前から鎖の逆側、分銅も鋭く奔らす。

 鋼城(はがねじろ)と戦った〈三星台(さんせいだい)の戦い〉から二ヶ月あまり、琥珀里(こはくのさと)では国境線を越えてくる数百の敵部隊との小競り合いが絶えず、義虎たちは交代で出陣し転戦していた。その間、義虎は教え子たちの鍛錬へ付き合う以外で覇術を使わないという謎の誓いを立て、徒手空拳のみで戦ってきた。しかし新兵たちは真面目に実戦経験を積んでいる。

 碧は義虎が分銅をはたく間に接近し、手もとへ戻す鎌で斬り付ける。

 皆がどよめいた。

 一閃し、義虎が碧を打ちのけるのは瞬きほどの一瞬であった。その一瞬で、偃月刀には分銅へ連なる鎖が巻き付いていた。武器の拘束。自分の刃を保持しながらこれを成せば、常人相手であれば勝利は目前となる。

 だが義虎は足で鎖を引き上げ、斬り込む碧をはね上げた。

「ん、すんごい技で一蹴されたぁ」

「されても動じんね、イケメンだ」

 碧は垂直の親指と人差し指を顎へ当て、全力で歪んだドヤ顔をかました。

「なははは、さて今日はお出かけするよ?」



 天乱九七年、八月二日。

 義虎は碧たちを連れ、琥珀里(こはくのさと)(すばる)地方を統括する菩提(ぼだい)城へ赴いた。

「うぃー、月の王子」

 自分の後任として到着した琥珀里の新たな領主へ笑いかける。

 将軍《月詠(つくよみ)月宮晴清(つきみやはるきよ)

 波打つ茶髪を首横へまとめ、袖口やくるぶしを紐でくくる古風な衣を纏う、鼻の高い中性的な若者である。少年の日々には、義虎や女将軍《浄玻璃(じょうはり)武道沙朝(ぶどうさあさ)とともに、熟練の将軍《鳳凰(ほうおう)棘帯鷲朧(いばらおびわしおぼろ)の旗下で死線をくぐった。

「お久しぶりです。かの《斉天大聖(せいてんたいせい)》や《蚩尤(しゆう)》からの大殊勲、誠におめでとうございます」

「かたじけなっ、うぃー!」

「あらやだわ。どうして逃げるの、トラ義ちゃあん」

 義虎は見なくても分かる。碧たちがドン引きしている。

 上級武官《一言主(ひとことぬし)(かながしら)一一(かずにのまえ)

 羽扇をあおぎマフラーをなびかす、まではいい。いったいぜんたい、なぜ着流しの色にショッキング・ピンクを選び、くるくる巻き毛にセットした頭にお姫さま(プリンセス)用カチューシャをいただき、もみあげを目立たせ、割れた(あご)へ至る髭を剃り残し、口紅と付け睫毛で厚化粧しなければ気が済まないのか。そしてなぜ、抱きつく以外を挨拶の手段に採用してくれないのか。

「おかま軍師!」

「なあに、求婚かしら?」

「義虎は確信しとる、変態に羞恥心はないと。つまり頭お花畑ですか?」

「いやねえ、それじゃ狭いわ。お花畑は、あたしたちの周り全てよおっ」

 がっと、一一が( かずにのまえ )義虎の手を捕まえ、揉みしだいた。

 さっと、義虎の眼は一一の眼と鋭利な光を交えた。

 ぱっと、義虎は回し蹴りをくらわせ一一を捨てた。

「さて月の王子、君も異国駐屯お疲れさまでした、いい時に任期満了なって帰ってこれたね。そちら方面へ散らした間者から聞く限り、いよいよ南北問題が一触即発らしいでしょ……倍達(ペダル)では」

 後ろにいる碧が身震いしたのが分かる。

「はい、黄華(おうが)がこの機へ乗じ大々的に攻め入ろうと狙っています」

 倍達国(ペダルこく)

 大和国(やまとのくに)の北に広大な領土を有するこの軍事大国には、かつて、大和国の《海神(わだつみ)仙嶽雲海(せんがくうんかい)、そして瑞穂国(みずほのくに)の《雷神(いかづちのかみ)雷島片信(かみなりじまかたのぶ)との三神(さんじん)同盟を大切にした、英雄《風神(プンシン)皇甫崇徳(ファンボ・スンドク)がいた。

 碧の祖父である。

 大和朝廷に粛清されたという碧の母、皇甫碧珠(ファンボ・ピョクス)の父である。

「実は朝廷より(てつ)先輩へ、新たな客将として倍達へ出陣するようお達しが」

 __来たあーっ!

 はっと、碧が目を見開いたのが分かる。一一(かずにのまえ)が妖美に一目惚れし追い回しているが、どうでもいい。戦国の歴史、そして風神雷神の運命がうねる予感に、がりがり胸をかかずにはいられない。

 __おかま軍師より密書をもらい月の王子が呼び戻されると知った時点でこうなると見抜いとったよ従って備えとるよおっ羯諦(ぎゃてい) 波羅羯諦(はらぎゃてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい) 菩提薩婆訶(ぼじそわか) 般若心経(はんにゃしんぎょう)

「かしこまった。山くん新兵、帰って準備しな?」

 義虎は勝助、晴清、一一を伴い軍議へ向かった。

 八月三日。六人は馬を駆り、霊台城を出立した。

 義虎は手綱を放置して経典を開き、般若心経を完全詠唱してから語った。

高句麗(こうくり)が動く」

「危険運転だ、警軍に売り飛ばすよ、ごめんなさい睨まないで下さい碧を許して」

 大和国では八百万(やおよろず)派と高天原(たかまがはら)派が争っている。

 倍達(ペダル)国でも二つの勢力がしのぎを削っている。

 北西部に興った高句麗(コグリョ)界。

 南東部で隆盛する開京(ケギョン)界。

 これらは大和国にみる思想を違えた派閥としてではなく、民族、文化を異とし対立していた。この日、たび重なる迫害にしびれを切らした高句麗界がついに蜂起し、高句麗界へ接する黄華国は、開京界を支援する名目で出征する支度へ入った。

「対して我々は高句麗(こうくり)を守り独立させるべく援軍へ向かう」

 碧たちが苦労して唾を飲み込むのが分かる。

 両界はそれぞれ宰相〈大模達(テモダル)〉を輩出し、彼らを含め大将軍も三人ずつ抱える。これに横槍を入れる黄華軍を率いる大将軍も三人いる。あまたの髄醒覇術がぶつかり合い、大地は火の海と化すだろう。

「うぃー、お楽しみが七つもあるよ?」

「ところで。なんでトラ騎馬しとる?」

 いつもなら、義虎は自分だけ搭乗せず皆の前を飛んで移動する。荷も少ない。

「ん、わー秀才すぎて悟ってしまった。その歳でおんまさん好きなったからだ」

偽装工作(カモフラージュ)だよ? 義虎の愛馬は別におるしね」

「……いちいち何か企んで動くよね」

 碧にジト目を発射された。払い落とし手招きし声を潜め、昨日の軍議の模様を伝えた。



 軍議の間へ向かう途中、義虎は(かわや)へ行くと言い一人になった。一一(かずにのまえ)から新たに受け取った密書を開き、薄く笑った。手を握られたふりをして、互いに掌へ隠していた情報と代金を交換していた。

 それから軍議の間へ入ったが、そのとたん武者震いに全身が焼けた。

 __仙人がおる。

 長く、色を捨てた髪と髭を垂らし、深く、連ねた皺の中に座す薄墨(うすずみ)色の(まなこ)には、静かに熱を焚いている。着物は濡羽(ぬれば)色で暗がりに溶け込みながら、百戦錬磨の義虎をも呑み込まんばかりの存在をのしかけてくる。

 待っていたのは、晴清(はるきよ)が朝廷にすら極秘に連れてきた賓客、高句麗界〈三火烏(サムファヲ)〉の一柱であった。

大高句麗(テェコグリョ) 大将軍(テジャングン)早衣仙(チョイソン)淵太祚(ヨン・テジョ)です(イムニダ)

大大和国(だいやまとこく) 大将軍《(だいしょうぐん)猛虎》空柳義虎にござる」

 義虎は毅然として言っていた。不思議と自分の存在も確かなものに思えてきた。

 __うぃー、しかし援軍を請いにいらしたんでしょうが〈民族古語〉のみで挨拶されるとか、みごとに威厳と決意をお示しなさる。

 晴清が義虎を上座へ着かせ、淵太祚(ヨン・テジョ)床几(しょうぎ)へ腰かけた。

高句麗(コグリョ)は独立を目指し申す」

 淵太祚の瞳が義虎を捉えた。

「貴殿にとって、これへ参陣なさるは後々のため利ありて損なしと心得るが、いかに」

 表情一つ変えないが、義虎は驚いていた。

 __よもや見抜かれたか。

 ここには晴清もいる。信用できるが、彼が属するのは高天原派である。

 __義虎には戦う理由がある。抑えようにも抑えきれぬ……我欲だよ。

 大和朝廷を滅ぼしたい。

 愛する母や《雷神(いかづちのかみ)片信(かたのぶ)は『死ぬな』と言った。

 __絶対服従する。それでも抑えぬ。何をされてきたと思っておる。

 成し遂げるためには味方がいる。

 故に一一(かずにのまえ)という密偵(スパイ)と繋がり、私兵となる大顎(おおあご)山賊団や自由(リベルテ)海賊団と親しくし、そして流刑地にいる〈三大神(みつのおおかみ)〉の一柱(ひとはしら)海神(わだつみ)雲海(うんかい)と接触してきた。

 これを暴かれては困る。

「うぃー、利とは」

「かつて貴殿は黄華国大将軍《托塔李天王(たくとうりてんのう)李靖(り・せい)を討ち取られた」

 建前で話進めてくれるか、と叫びかけた。

 __では魅せていただこう熟達の舌鋒を。

「こたび黄華軍を率いるは、李天王とは無二の戦友であった大将軍《雷帝(らいてい)聞仲。(ぶん・ちゅう)その旗下には李天王の忘れ形見たる将軍《毘沙門天(びしゃもんてん)李哪吒(り・なた)らがいる。また開京(ケギョン)軍を率いるは、今なお貴国の《閻魔(えんま)》大将軍と同盟し、かつては貴殿がお慕いなさる《雷神(いかづちのかみ)》大将軍、そして我らが友《風神(プンシン)》大将軍を討ち取りし、大将軍《雨師(ウサ)劉炉祟(ユ・ロスー)。この戦、己が命を狙う猛者たちをよく知り、よく備える好機となりましょう。さらには」

 淵太祚が瞳を加熱した。

「よき友を増やし、よき師に学ぶ機会でもある」

 ぐっと、義虎は生涯の戦友となる名を聴いた。

 高談徳(コ・タムドク)

「高句麗王室の末裔であらせられる」

「その名をもって士気と民心を固め、こと成った暁には大王(テワン)へ即位なさるか」

「いかにも。歳若くも、その意気と信念は天を貫き地を覆わんばかり、御自ら軍の先頭を駆け敵をほふる武力と胆力をも兼ね備えておいでだ。世代の近き猛虎大将軍とこれからの大和には、味方としたき御仁かと」

 にっと、義虎は頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★ 書籍化! Amazonに並んでいます 「第一章」  「第二章」★   ★ 公式HPできました! 『狂え虹色 戦国志』★   ★ YouTubeあります! 「大将軍のえのき」チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ