三五 碧は戦人
パンダの熊雄がカンフーで攻めたててくる。碧はかわしていくが、その拳や蹴りに、強烈な破壊力が宿っているのを感じる。
「よそ見しちゃメぇだよ、ロリっ子!」
背後から美美の放る電撃がくる。正面からくる正拳とで挟まれる。
「碧ちゃん⁉」
「無問題、二つ目・旋風の舞」
風速三〇メートルの旋風の渦で自身を囲い、電撃も熊雄も巻き上げる。
「パンダの覇術、たぶん体術の強化種で遠距離技はない。空中に投げ出すから、麗亜そこ狙って」
「任せて、きえーっ!」
ごっと、麗亜渾身の剣圧がほとばしり、旋風から弾き出された直後で体勢の整わない熊雄を呑み込んだ。かに見えた。
「アチョー!」
珊瑚珠色が奔る。
ばっと、剣圧に筒状の穴が開く。熊雄が拳を突き出して放つ、衝撃波である。
ちっと、舌打ちと同時に碧は疾風を撃つが、美美が電撃を放りそれをほふる。
どっと、その間に着地を済ませる熊雄と、もう一つの電撃が突っ込んでくる。
ぐっと、碧は旋風を盾とし、覇力を集中する。
がっと、盾もろとも、碧も麗亜も突き飛ばされ、きりもみしながら、硬い地面へ打ち据えられる。骨肉と内蔵を突き上げる、鋭い衝撃が駆け抜ける。続いて、じわり、じわりと鈍い辛苦に蝕まれいく。
__こん、なに、痛いんだ。
苦痛に歪む碧の瞼に浮かぶのは、義虎の戦う姿であった。
__こんなんを、あんなに喰らって、それでも戦い続けるとか……。
かっと、碧は眼を見開いた。
「負けとれん」
耳鳴りが浸食してくる。頭もくらんでくる。四肢に力が入らない。血が出ているかは分からない。どこを打ち付けたのかも判然としない。
そこへ怒濤の勢いで、電撃と拳法が襲来する。
「三つ目・山颪の舞」
ごっと、真正面から迎撃し、覇力を振りしぼり、力いっぱい押し返す。
「み、どりちゃん……すご、い……」
「パンダの覇術、気の強化種だと思う、から身体強化と遠距離砲、両方くるよ……しっかり、しなよ麗亜。大将軍《猛虎》の戦果、奪って初手柄にするんは今だよ」
すっと、碧は麗亜へ手を差し出した。
__うぃー、まだか。
もう、義虎は長く意識を保てない。
硬く重く大きい鋼に打たれ続け、雷で皮膚も細胞も焼き続け、沸騰する血も崩壊する体も無視し続け、それでも全力で飛び回ってきた義虎には、もはや最後の一撃分の力しか残っていない。
__それを決めれるか否かは君にかかっとる。
「みど」
ふっと、凛々しい少女の瞳を想う。
義虎は朗報がくるのを待っている。
勝助の幻術にかかった敵兵たちは、兵糧を守る役目を果たせない。あとは麗亜を導く碧が、美美と熊雄を兵糧から引き離してくれればいい。それが成れば勝助が念話し知らせ、義虎が動く。
がら空きの兵糧へ音速の馬力をもって突っ込み、回収不能なまでにぶちまければ、戦勝を決め付けることができる。
碧ならやってくれると信じている。
その時、そびえる鋼の巨人より鋼城が声を張り上げた。
「老陳よ! 全軍で兵糧部隊のもとへ雪崩れ込み、敵奇襲部隊を討ち平らげよ!」
「御意、全兵突撃じゃ!」
「山くんオカビショ! 敵が背を向けたぞ奇襲部隊とで挟み討てい、出陣じゃあ!」
「超魂顕現『巌山殴亀』!」
碧らを連れてきてから妖美とともに待機していた山忠が、ようやく出番と張りきり疾駆する。義虎と鋼城の一騎討ちの横を突っきるや、鋼城の奥で反転していく敵兵を目がけ、巨大な岩亀の威容で猛然と踊り込む。
「超魂顕現『大地動陣』!」
土器色の霧が広がり、岩亀の巨体がもんどりうって転倒する。
アリジゴクの巣のように、その足もとで地面に穴が広がっていく。
鋼城の片腕たる初老のしぶい甲冑武人の覇術、地形を操る世界種である。
「岩亀はこの黄華国〈十絶陣〉の一人、上級武官《地烈陣》陳玄祭が止めてしんぜよう、兵たちよその間に、主君のご意志を成し遂げるのじゃ!」
「超魂顕現『闇夜奈落』」
だが陳玄祭へ応える前に、兵たちは一寸先も見えぬ闇に呑まれた。
沸き上がる雄叫びが消失し、山忠たちが振り向けば、何かがいる。
月明かりを返し夜に黒光りする鎧から、片肌脱いだ漢服がなびく。
悠々と、妖美が戦場へ歩み出る。
じっと、鋼城が妖美を見詰める。
__うぃー、鋭意演出するねえ?
「美しいでしょう」
ざっと、妖美は疾駆する。鋼城が降らす歯車の雨を華麗にかわしていく。
陳玄祭が地面を盛り上げ、岩亀の頭突きを防ぎながら兵を励ます。
「もともと夜じゃ、闇などただの煙幕じゃ臆するな、閃光娘娘らが戦う音の方角を目指すのじゃ!」
「美しい鼓舞だ。しかれども」
兵たちの反応はない。ざわつく声すら聞こえない。
地面を波打たせ、岩亀を後退させる陳玄祭が訝しむところへ、妖美が降り立つ。
「この闇が煙幕にすぎぬなら、あの恐ろしい猛虎大将軍が身どもを天才と呼びはしないさ」
がっと、妖美が金剛力の偃月刀を打ち込む。
火花が爆ぜ、三股の矛、叉で受けた陳玄祭が押しのけられる。
「闇の内外に隔てられれば、互いの光、音、香は遮られる。そして」
「「ぐわあっ‼」」
陳玄祭が振り向けば、何か大きな力に吹き飛ばされたのか、兵たちが闇の外まで転げ出ていた。その数、実に一〇〇〇。誰もが全身を強く打ち、立ち上がれない。
山忠も唖然とした。陳玄祭は困惑を振りきり、叉と地面で妖美を攻める。
攻めきれない。
「嗚呼、なんと美しい、身ども……」
宙返りして動く地面を離れ、離れたと思えば疾風怒濤、妖美は偃月刀を打ち込んでいく。その動きは速く、力強い。だが義虎のように荒々しくはなく、皆に等しく優雅に映る。
__うぃー、超魂と関係なく戦ってこれ……うぃー!
ぱっと、鋼をかわしつつ義虎は眼を輝かせた。
__みど信じとったよ最高だよ!
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
勝助からの念話がきた。今この時、敵の命綱たる兵糧は、無防備である。
「斬る」
ごっと、義虎は烈風を巻いて目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら飛び出した。
「大将軍《猛虎》の戦果、奪って初手柄にするんは今だよ」
すっと、碧は麗亜へ手を差し出した。
ぐっと、麗亜がその手を握りしめた。
碧色の風を纏う巫女、空色の刃を握る剣士、二人の少女が堂々並び立つ。
「がんばってるとこ悪いけどロリっ子たちや。鋼城に見初められたこのあたしが、初心者に負ける軟弱者なわけないじゃんね!」
電撃が飛んでくる。麗亜が剣圧で弾く。電撃は弾かれた軌道を逆用し、遠心力を得て再来する、同時に反対側の電撃も奔る。旋風で押し流しつつ、痛みをこらえて碧は作戦を練る。
「どっちかに狙い、しぼってこ」
《閃光娘娘》趙美美。格闘パンダの盛熊雄。碧たちは、この二人を兵糧から引き離すだけでいい。あとは義虎が決めてくれる。決めさせれば二人の手柄となる。
「ちなみに美美は片想いさ、アチョー!」
「ばらすな、女の敵パンダ!」
旋風が切れかけたとたん、飛び込んでくる熊雄が、碧へ正拳を叩き込む。横から麗亜が、刀身へまとったままの剣圧を打ち込み、相殺する。すかさず碧は、残りの旋風を塊にしてぶつけ、熊雄を突き飛ばす。
敵を見すえたまま麗亜が言う。
「狙うのは、パンダさんにしよ。動き速いから」
「おけ、麗亜が主攻ね、わーが娘娘抑えるから」
高圧電流の弾ける流星錘が二つ合わさり突っ込んでくる。その横腹へ、碧は一点集中で疾風をぶつけ、軌道を逸らし、熊雄への道を開く。瞬間、麗亜が神剣を振り下ろす。
「きえーっ!」
裂帛の猿叫、空色、激しく霊気をまき散らし、神太刀・天之尾羽張の噴く剣圧が突き進む。熊雄が繰り出す拳の衝撃波へと、まっすぐ、真正面から、炸裂する。
「えあああっ!」
叫びと轟きが辺りをつんざき、神太刀が押し勝った。
熊雄を助けんと、美美が流星錘の進路をそちらへ変える。碧が疾風を連射し妨害する。間一髪で熊雄が剣圧をかわし、駆け込んでくる。
「きえっ! きえっ! きえーっ!」
「アチョ! アチョ! アチョー!」
麗亜が小刻みに剣圧を撃ち、熊雄が拳や蹴りで打ち落とす。大規模な剣圧と衝撃波の激突も互角に終わる。
どっと、碧色の疾風がほとばしる。
熊雄が吹き飛ばされる。碧は疾風を撃つ掌を美美へと向け直す。美美が流星錘を手もとへ戻し、身構える。
どっと、碧は熊雄へと疾風を放つ。
麗亜も短い剣圧を三連射する。体勢の整わぬまま、熊雄は無理に疾風をかわし、どうにか拳で一つ目の剣圧をはね上げるも、二つ目は払いきれずに弾き倒される。
そこへ三つ目。
美美が助けの流星錘を飛ばす。
それを碧の疾風が吹き飛ばす。
届く空色が熊雄を突き飛ばす。
熊雄は合わせた両腕へ気を集中させ盾を作り、剣圧の斬撃は防ぎきった。しかし衝撃はまともに喰らい、遠くまで転げ出された。
「今だ標的変更、三つ・山颪の舞」
「うん、きええーっ!」
ごっと、碧色が空色を包み込む。加速させ、威力を高め、怒濤の咆哮を轟かす。
碧と麗亜、二人の少女の合体技は真っ向から電撃の矛を粉砕し、電撃の盾ごと美美を遥かへ放り出す。
待ってましたと、勝助が義虎へ念話を送る。
待ちわびたぞと、義虎が最後の髄醒覇術を解き放つ。
刹那。大将軍《猛虎》が音速まで加速し飛来、右に偃月刀、左に飛雷剣、マッハの衝撃を纏う二刀流で強襲し、兵糧の山を爆砕した。