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三四 しぶとい。否、しつこい

「柳の硝子(がらす)細工は観音(かんのん)開き 東へ障子戸(しょうじど) 西へ格子戸(こうしど) ()るし門は北へと(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門(やぐらもん)はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ことほぐ厨子(ずし)にことほがん」

 立ち昇る噴煙がかすかに残る月明かりを隠し、どよめきが静寂へ移りゆくなか、義虎はかろうじて音となる声で囁いていた。ふっと、覇力感知し義虎の髄醒覇術が消えたのを察したのだろう、鋼城が息をついてきた。

「ようやく終わったな骸骨星人」

 __寝言は寝て言え刺青星人。

 びっと、飛雷剣(ひらいけん)()け抜ける。

 寸分違わず、操縦席の鋼城を狙い討つ。とっさに鋼城が、巨人の胸より龍の角を動かし盾とする。高周波ブレードをまとう円盤は切り進むも、さすがに鎧仗覇術で髄醒覇術の装甲と体積は貫けない。離脱し、迂回し、巨人の反撃をかいくぐりながら攻め口を探る。

 探らせ時間を稼ぐ間に、義虎は亜空間袋を開ける。

 劇薬を掴み取り、噛み砕く。痛みや疲れを麻痺させる体騙錠(たいべんじょう)、血を増やす造血錠(ぞうけつじょう)、これらの副作用により暴走する心拍数を黙らせる凝心錠(ぎょうしんじょう)である。

()けまくも(かしこ)建御雷(タケミカヅチ)大前(おおまえ)に空柳義虎(かしこ)み畏み(もう)さく

 ()メガ(いか)() ()(つづみ)二踊レヨ勾玉(まがたま) 八雲(やくも)掻キ分ケ八千代(やちよ)アレ」

 飛雷剣が砕かれ、消える。

「鎧仗顕現『虎雷(とらのいかづち)』」

 飛雷剣が現れ、ためらわず義虎はわし掴む。感電し激痛が奔り抜ける。離さない。己の身を高圧電流の回路とする。細胞の焼け焦げていく、嫌な臭いが立ちこめる。

 瞳を曇らせ、義虎は飛び出す。

 潰され、血の滴る左半身の筋肉に、それを動かす神経の電気信号はもはや届かない。ならば別の電流で直接動かすまでと、頼むから早く気絶し楽にさせてくれと叫び散らしたくなる痛みを自らかき抱き、離さない。

 戦場が、鋼城が戦慄する。

「しぶとい。否、しつこい……」

 __思い知れ。これが非才、奴隷の強みぞ。

 奴隷。

 それは人形。疑問はない。

 手柄も報いも奪われる。疑問はない。

 命ぜられるがまま壊れきるまでただ戦う。疑問はない。

 棒一本、脆弱なる独力で突っ込めと無条件に強要される先は、いついかなる時も最激戦地。列強諸国の神々が天を燃やし地を消し飛ばす、断じて侵してはならぬ神域ばかり。生き残るだけで奇跡の地獄である。

 負ければ鞭打たれる。

 稀に勝とうと、徴兵期間を無視され次なる死線へと投げ込まれる。それが延々、無味乾燥に連なるのみ。

 戦うことと、息をすることは同義。人の心など、とうに壊れた。

 負け、負け、負け。

 狂い、狂い、狂い。

 殺し、殺し、殺し。

 非才の奴隷は修羅の大将軍へと這い上がり、今も息とともに血を吐き出しながら鋼の雨へと突き進む。


挿絵(By みてみん)


 碧は、風へ乗せて運ぶ麗亜へ目をやった。

 泣いている。

 猿虎合戦で義虎が別行動をとった二日間、碧は麗亜の話をたくさん聴いた。

 暖かい家族。

 楽しい学校生活。

 憧れる師匠との熱い訓練。

 一家団欒でケーキ作りに熱中したこと。

 学級代表に選ばれ学友の統率に汗を流したこと。

 甘酸っぱい思春期のやり取りに頬を桃色へ染めたこと。

 大和国の歴史と伝統を学び、それを担う戦士として立派に歩むことへ感動と誇りを抱き、心を奮わせていること。

 __泣くな。猛虎を理解しろとか……麗亜に言えるか!

 なんで、あそこまでして戦うのかな。悪鬼そのものたる義虎を目の当たりとし、彼女は潤んでそう漏らした。必死になって答えを出そうとしている。

 叶えたい夢があるからか。

 遂げねばならぬ久遠(くおん)の志があるからか。

 大和国やその民へ尽くして返したい恩があるからか。

 __そういう次元じゃない。

 碧には正答が分かっている。

 __非才な奴隷だからだよ。

 義虎は叛逆を成し遂げるため、貪欲に、強くなり続けんと戦い続ける。

 もちろん、どれだけ強くなろうと、一人の力で成し得るものではない。

 それでも自分が主役でありたい。理屈ではない。大将軍の本能だろう。

 いついかなる時もそれは変わらない。

 しかし、そもそも義虎は武才に乏しく、生粋の武士でもなんでもない。本来ならば、思うように戦を動かし誰よりも目立ちたいという本能になど、目覚めるはずがなかった。

 だが便所で酷使される雑巾のように戦わされた。

 えぐられ、引きちぎられ、むしり取られ続けた。

 死ぬなと願われ、死んで楽になどなれなかった。

 そのために人の心を忘れ去るほど、か細い体へ幼い頃から削り込まれてきた怨讐コンプレッは根強い。それはもはや血肉と同化し切り離せない。すでに義虎という化物は、狂い死ぬように戦うことしかできなくなっている。

 __麗亜こそ心配だ。

 うすうすは麗亜も勘付いているだろう。

 そして事あるごとに解決しようと努めている。

 しかし解決するには途方もない根気と熱意を要する。

 まずは答えの候補をことごとく排除し、正答一つへ辿り着かねばならない。辿り着けなければ、義虎の旗下にいる限りこの難題に苦しみ続ける。そして理解できないと義虎へ対立し、隊の不和を招き大事な戦を破綻させれば、責任の糾弾は激しく義虎を貫くだろう。

 __二人は人の両極端だから……。

 平和、高潔、信頼、仁愛、希望。そこに麗亜は浸かってきた。

 戦争、卑劣、不信、憎悪、絶望。そこに義虎は浸かってきた。

 __仕方ないかもだけど。

 麗亜を見詰める。

 泣いていても、解決すると決意しているように見える。

 __応援するけど……え……わーはどうしたいんだろ。 

 碧は義虎に近い人種である。盗み、騙し、殺してきた。

 だが誰かに甘えたかった。安息を望んでいた。笑顔の日々に恋焦がれていた。

 故によく分かる。

 幼い日に解放の渇望すら喪失した義虎は、己の幸せなど考えない。

 確かに、なんでも楽しそうに対等に話してくれる。甘えても邪険にせず応えてくれる。励まし、援け、助けながら、連れて見させ考えさせ戦わせ経験させて、育ててくれる。認めてくれる。そして大和朝廷から護ると約束してくれた。

 本心から、かわいがってくれるのが分かる。

 それでも義虎の本質は、非才な奴隷である。

 それを自由意志で選んだと己を騙している。

 よって、本気を出し尽くす戦闘や謀略へ陶酔すれば、厳しくも優しい師としての目覚めも陰る。護ると約束した時に見せた笑みには、まさに(いくさ)(はかりごと)の鬼としての狂喜があった。人生の全てを余さず費やしてきた戦人という生き方を貫徹し、密偵(スパイ)を逆用し暗躍し、三神同盟を復活させ大和朝廷をうち滅ぼすという展望へと捧ぐ、自動的な熱情があった。

 そう己を教唆し洗脳し呪縛している。

 __そんな人をわーは……一緒に闘って叶えて……ええい。

「麗亜、集中して。兵糧焼くん成功せんと、トラも休めんよ」

「……うん」



 視界が開ける。狙う敵の兵糧部隊がいる。

「超魂顕現『空色彗星(そらいろほうきぼし)』!」

「超魂顕現『流星電母(リュシン・ディンムー)』!」

 ごっと、神剣を振りかぶる麗亜の前へ、檸檬(レモン)色の電撃が飛んできた。

「きえーっ!」

 がっと、空色と黄色が激突し、轟音が爆ぜる。麗亜がそのまま撃ち出す剣圧が、閃光をまき散らす電撃を相殺した、と見えた次の瞬間。

「一つ目・疾風(はやて)の舞」

 がっと、碧色と黄色が激突し、轟音が爆ぜる。同じ電撃が左からも飛んできた。鋭く碧が反応し、風圧をぶつけ弾き上げた。碧たちは地面へ降り立ち、電撃の出どころを睨む。

 敵兵が分かれ、二つのシニヨンに檸檬色のチーパオという乙女が進み出てきた。

「未来の蚩尤の花嫁、中級武官《閃光娘娘(せんこうにゃんにゃん)趙美美(チャオ・メイメイ)! あたしの愛する鋼城には、あんたらの狙いなんてお見通しなんだから!」

「ん、娘娘(にゃんにゃん)やら美美(メイメイ)やら耳が回るぅ」

「どーやって耳回すんだよロリっ子め、そんなんじゃ鋼城にモテないよ!」

「ん、しかし猛虎みたいなロリコンもおるよ」

「さすがは鋼城に捨てられた男、おぞましっ」

「ん、奇遇だね同意見だ」

 どこからツッコめばいいのだろう、とおたおたになる麗亜の横で、碧は美美とのおぞましい舌戦を引き延ばす間に、状況分析を終わらせた。

娘娘(にゃんにゃん)の覇術、流星錘(りゅうせいすい)に電撃まとわす強化種かな」

 と囁くと、麗亜に驚愕された。

「あれ自然種じゃなかったの⁉」

「ん、そっちかい」

「とにかくロリっ子、奇襲は失敗だよ。全兵突撃だ!」

「兵は吾輩が。攻撃力あるお主らで武官をやるのだな」

 美美の号令一下、兵糧部隊が雄叫びを上げ向かってくる。麗亜が太刀を構え直すが、碧は勝助と頷き合い、彼に前へ出てもらう。

「超魂顕現『藤霞幻誘ふじかすみ・まぼろしのいざない』」

 藤の花房が夜闇へ藤色の霞を広げ、勝助がおもむろに藤模様の扇を開く。

 兵たちが同士討ちを始める。

「な、ちょっ、やめ、敵は前、ぬわっ⁉」

 とっさに美美は跳びすさり、碧の疾風をかわす。

「後ろから大和兵が突っ込んできた幻影でも見とるんでしょ、何も耳に入らんよ。麗亜いくぞ、でも敵武官は娘娘(にゃんにゃん)だけじゃない、覇力配分しなね」

「え、あ、うん。きえーっ!」

 碧が碧色の疾風を連射し、麗亜が空色の剣圧を猛進させる。

 そこへ流星錘、すなわち両端に鉄球をつけた縄を操る美美が、鉄球の全面へあふれる高圧電流で直径五メートルという黄色の電撃を生み、それを二つ、鞭のように唸らせ叩き付ける。

 __ん、だが二対一だし。

 碧色とぶつかる黄色に、空色が加勢し押しのける。

 __わーには自然種の手数があるし。

 次なる碧色が黄色をかいくぐり、美美を跳びすさらせる。

 __麗亜のは一発一発が重いし。押しきれるか。

 空色を迎え討つ黄色が碧色に妨害され、空色に吹き飛ばされる。

「超魂顕現『功夫熊猫(ゴンフー・ションマオ)』!」

 さっと、碧は身を投げ出す。拳へ朱い珊瑚珠(さんごしゅ)色を纏う何者かに、それまで立っていた地面が砕かれる。

「ん、パンダさん!」

「そうさ。蚩尤の側近、初級武官・盛熊雄(ション・ションション)さ!」

「マジメに名乗らんかい」

「真面目に名乗ったさ!」

 美美へ援軍に来たパンダの獣人がカンフー服をはためかせていた。

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