三三 狂戦士、五色の合体変形ロボへ挑む
義虎は巨大なアームがくり出す槍や斧をいなし、長い柄に幅広い刀や剣を構えるような大刀や陌刀を掻いくぐり、かく乱し、覇力で固める偃月刀を唸らせ弾きつつ、迅雷風烈、接近せんと飛び回る。
だが寄って集って叩き潰しにこられて逃れ。
それを読む斧に炸裂され地面へ叩き込まれ。
そこを強襲する薙刀の欧撃に甲冑を砕かれ。
どっと、吹っ飛びながら宙返りし、偃月刀を地面へ突き刺し踏みとどまる。
__やりおる。なら一個ずつガラクタと化してやるよ?
ぺっと、口へ溜まる血を吐き捨てるやいなや、猛虎はアームの弱点、関節を狙い飛びかかる。アーム一本につき関節は三つあり、可動域に制限はない。だが動かすものが重い分、そこへかかる負担は大きい。
轟々と回る竜巻のごとく、九つの巨大な凶刃が襲いくる。
「鎧仗顕現『鉄刃』」
減速し空ぶらせる。
土煙が噴き上がる。
鋼城の視界が塞がる機を逸さず、懐へ跳び込み斬りかかる。蛇のように刃が波打つ蛇矛、刺叉が反転し迫ってくる。飛んで蛇矛を誘い、刺叉を持つアームへぶつけ弾き合わせる。
偃月刀一閃。
大刀をいなし、それを握る手首の関節の、他より細いわずかな部位を、両断する。さらに踏み込み、陌刀をかわし、その肘の関節も切り落とし、ついに鋼城を斬り付ける。
防がれる。剛力の鈀を振り込まれた。
同時に轟然と怒鳴るアームの鈀に肉薄され、離れざるを得なくなる。
「おまんの狙いなど丸見えぞ骸骨星人!」
そこを堅固にして巨大なる槍、斧、戟、錘、鏟に畳みかけられる。
爆音が轟き、地面がかち割れ、砂ぼこりが空を隠した。
__うぃー、やっぱ相性悪すぎる。
右腕、左脚、左肩、右脇腹、そして頭をかすめられ鋭く鈍く痛むなか、なお猛虎は煙を突き抜け疾駆する。
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
「髄醒顕現『鋼芸華開玉鋼』!」
日が沈みかけている。
「これトラが勝てるわけなくない……」
午前に妖美の報せを受けてから休まず馬を駆り、ようやく猛虎と蚩尤の戦場へたどり着いた碧は、麗亜ともども目を疑った。
光沢ある鋼の怪物が様々な鋼の兵器を唸らせている。
九本ある鋼の剛腕が巨大な鋼の尖刃を唸らせている。
五機ある鋼の巨獣が獰猛な鋼の爪牙を唸らせている。
ピンクの龍。赤い暴君竜。黄色い獅子。青い甲虫。緑の蛸。
「ん、たこ?」
鋼城は超魂状態から髄醒状態となることで、緋色の鉄を錫色へと錬成し、より強固で鋭利な鋼の武装を創り上げる。
体と鎧を融合させ鋼と化し、獣の脚に大木たる腕、角と尾を突き出す勇壮なる姿をとり、アームだけで全長三〇メートルと超魂状態時の三倍にも巨大化させたスペシャル機動九腕仗、巨大な獣型メカを造り出すスペシャル五色超合金をはじめ、多種多様にして大質量を誇る凶刃を滑空させ展開させ突進させ、ちっぽけな身一つの義虎を追いたてる。
「どうする気なのさ!」
義虎は機を見て髄醒覇術で斬り込み、攻めきれぬと悟るや超魂状態へ戻って離れ、覇力や体力を温存しながら相手の隙や消耗を誘っている。だが、いかんせん攻めの手数も規模も威力も、蚩尤とは蟻と象ほどに隔絶されている。
「掛けまくも畏き建御雷の大前に空柳義虎畏み畏み申さく
初メガ厳ツ霊 八ツ鼓二踊レヨ勾玉 八雲掻キ分ケ八千代アレ」
故に使った。
「鎧仗顕現『虎雷』」
それは鎧仗覇術といえども使わずにいた、偉人に託されし宝である。
上腕や胴をそれぞれ大きな鉄板一枚で覆う、黄金色の〈鉄肩鎧〉を完全武装し、赤きマントをひるがえす。そして、薄い太鼓に三つ渦巻く勾玉を描き、等間隔に八つ並べて直径二メートルの円形に繋ぐ、謎の武器を掴み投げ上げる。
「うぃー、どぉだ〈飛雷剣〉だよ?」
「「飛雷剣⁉」」
全体へ電光を帯び、その電子を高速移動させ全体を疾く回し、飛来する投擲兵器となしながら外縁へ高振動粒子を形成し、高周波ブレードを生む。物理的な刃はない。しかし極高温を発する疑似的な刃をもって、鋼であろうと触れた瞬間に切断する。
ばっと、巨大なアームの巨大な鈀が義虎を襲う。
すっと、飛雷剣がほとばしる。鈀の柄が切れる。
どっと、鈀が落ち地が揺れ、アームも折られる。
なお義虎は速力の超魂覇術を解いておらず、偃月刀も残して併用している。
飛雷剣を舞わせ、己も偃月刀を振るい舞い、手数を倍にし斬り込んでいく。
「ん、でも動きが鈍い!」
碧は気付いた。すでに義虎は重傷である。
当然だと思った。今ようやく使った飛雷剣を除けば、単体での機動力の他、義虎には何もない。決定打がない。ぎりぎりまで接近して斬り付ける、それ以外の攻撃手段がない。子供が一人で無数の巨人へ歯向かうがごとき、無謀な戦いである。覇力も体力も、血も、もはや意識を保つだけで精一杯の量しか残っていないだろう。
だが義虎は止まらない。
そして鋼城もこの闘志を認め、ここに奥の手を魅せる。
「スペシャル五色合体・超合金・蚩尤王!」
五機の巨獣が変形する。
ピンクの龍。頭部は外れ、蛇体はブロック状に折り畳まれ、巨人の左脚となる。
緑の蛸。左側の肢は外れ、右側と接合し、巨人の右脚となる。頭部は巨人の腰部となる。
赤い暴君竜。尻尾は外れ、後肢は反転し、巨人の両肩へとなる。残りは巨人の左腕となる。
青い甲虫。頭部を反転し、巨人の拳となる。残りは巨人の右腕となる。
黄色い獅子。前肢を反転し、龍の頭部を接合し、自身の兜とし、巨人の胸部となる。後肢を反転し、足を反転し、接合し、巨人の頭部となる。九股の髭や刺青に至るまで、鋼城の顔を忠実に再現する。そして。
五色の巨人へ合体した。
「うぃー、まさしく精神年齢三歳児の発想たるギミックだね?」
「なんと愚かな! そこは九歳児と言ってもらおう骸骨星人!」
「顔もプロポーションも、五機の頭部が上半身に集っとるんもカッコイイよ、百歩譲って、足の裏が顔になるんも我慢するよ擁護もするよ、いやされど、顔が元々真っ二つとかさすがに市場に出せれんわ、しかも色の配置キモいし、あと九に固執しすぎ」
「……おんどりゃあ! スペシャル怒ったぞ骸骨星人んっ!」
「おーよしよし、泣くな精神年齢三歳児?」
「だから九歳児にしろっつってんじゃろ、このスペシャル骸骨星人めえっ!」
「え褒めとんか゚?」
「うのぁあーっ!」
と、あんぐり開口していた碧は、いきなり勝助に戦略を説かれた。
「なんで、あそこまでして戦うのかな」
静かに、長い沈黙を裂いた麗亜の声は、潤んでいた。
碧は目の上が重くなった。
__みんなそうなんだよ、でかいこと、したい人は。
でかい任務を託された今、碧はすっきりと理解した。
碧は超魂覇術の風を応用し、自分と麗亜、勝助を巻き上げて飛び、鋼城軍の奥にいる兵糧部隊へ回り込みに向かっている。義虎が鋼城と戦い時間を稼ぐうちに、高速移動し敵に感知されるより先に奇襲し、兵糧を潰し撤退を迫る。
__わーが戦を決する!
勝助が念話で聴いた、義虎の策である。
戦う師へ目を向ける。木々が茂る迂回路からも、鋭く月明かりをはね返す、地上一〇〇メートルに達する鋼の巨体がよく見える。
どっと、角の拳に空気がもだえ、牙の拳に地上がえぐれる。
ごっと、熱戦の風圧が拡散し、絶えることなく地震が猛る。
がっと、重々しい鋼鉄の馬力が炸裂、蚊の義虎を天へ放る。
あっと、麗亜が叫ぶ。
くっと、碧は唇を噛みしめる。岩で卵を殴り潰すに等しき一撃である。致命傷とならない方がおかしい。殻が割れ中身がこぼれるように、義虎の鎧は砕け、朱く、痛いものを噴き出している。
だが義虎は止まらない。
碧は胸の奥が熱くなる。
空、遠く暗く見えないが、地上へまで轟いてくる気炎万丈、正真正銘の大将軍たる鬼気迫る覇力の昂ぶりを、はっきりと感じる。
かっと、義虎は眼を見開いた。
黄金色の鎧が朱黒く変わり果て、砕け落ちていく。
鋼鉄の巨人に殴り付けられた左半身が、醜く歪む。
血が悶絶し、骨が悶絶し、肉が悶絶し休養を請う。
__うせろ。
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
ぐっと、義虎は見えぬ左目より紅蓮の暁光をかき出し、燃えたぎる覇力を、研ぎ澄ます尖刃その一点へと集中させる。
刃を赤く。
覇力甲は、固めれば固めるほどに色づく。
赤く波打つ覇力、それは身も心も捨てた狂戦士《猛虎》の激烈なる戦歴の総決算。才気にも、体躯にも、身分にも、周りに憐れみを生むほどに突き放されし己を怒鳴り付け、殴り伏せ、灼き焦がし、血だるまと化そうと手を休めずに無理やりすり込み続けてきた、誰にも真似できぬ、鬼神たる奔りの結晶である。
__これで天才、貴人の弱みを切り裂く。
齢わずか十から続く最前線叩き上げの将器はだてではない。
鋼鉄の巨人が巻き起こす、天変地異のごとき破壊力の大渦へ抗いながら、義虎は巨大ロボの弱点を探り当てていた。
右脚の付け根、龍とタコの接合部。
凄まじいまでの体積を高密度で満たす巨体の重量には、まさに想像を絶するものがある。そんなものを激しく動かす以上、可動部の関節へかかる負荷もまた凄まじい。そして、別個の構造物が結合している右脚のジョイントは、強度も規模も他へ劣る。
大将軍の眼はその軋みを見落とさない。
「斬る」
ばっと、赤い翼を大きく張って振り抜いて、超加速、最大戦速、マッハで猛虎は突貫する。視認されない距離から一瞬にして、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら赤い刃を炸裂させ、脚の付け根をへし折った。
戦場がどよめいた。
重たい巨体を反らせ、巨大ロボが崩れていく。右手を地へ付き、大きく揺らす。
ロボの頭部にある操縦席で、鋼城はほとばしる赤い光に気が付いていた。迎撃する拳を動かしていた。動かしただけだった。
猛虎はそれほど速かった。
だが直後、再び戦場がどよめいた。
暴君竜の牙、巨人の左腕が小さな義虎を打ちのめし、地面をかち割り埋め込んでいた。