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三〇 七日宣言、完成

 じき日付も変わるという時分、碧は義虎を捕獲した。

「まだ六日目だよね」

「うぃー、さよう七日宣言にはオマケもあるよ?」

 百戦百勝の敵将を破滅へと追い込み、敵軍を完膚なきまでに敗走させた。わずか二日にして、広大な敵地を寡兵で征服し旧領回復も果たし、十九もの城を獲った。

 それでまだ終わらない。

 義虎はこの時間まで休みなしで飛び回り、最後の仕上げを仕組んできた。

「ん、具体的に何したんですか」

「民心掌握して、防戦整備して」

 城々を廻り、仲間たちを直接ねぎらい指示を出した。投降した兵卒や官吏の職と安全を保障し、彼らに協力させ食糧や税金の蔵を開き民へ施し、新たに国境となる北と西へ警戒網を手配せよと。そして。

「祝宴準備したよ?」

 ぞっと、碧はぎらつく義虎の眼にたじろいだ。

「見てな、明日の宴で義虎の処刑は取り消される」

 __これが、奴隷から這い上がった大将軍……どこまで頭いいんだよ。



「俺たちゃ海賊ぅ、自由の(とりこ)おーっ!」

 どら声を張り上げハサミを振り上げ、リーベルタースが熱唱する。

「虜?」

 苦笑いする麗亜をよそに、しぶきを上げて宴は突き進んでいく。

 五月五日。リーベルタース隊が落とした斜月(しゃげつ)城へ山賊と海賊が集まった。他全ての城には本国から丹毒斎(にどくさい)の派遣した文官や武官が向かい、監督の任を引き継ぐこととなっている。

「野郎ども歌わんかい、お宝はあるがぁ⁉」

「「お宝はあるがぁ、羅針盤がねえぞぉ‼」」

「ラム酒もあるから心配すんなぁ、バウスプリットが折れたぁ!」

「「え⁉」」

「クラーケンに燃やされぇ、たくなきゃ逃げろぉ! ばたんきゅう」

 地上バタフライして痙攣し、リーベルタースはいびきを響かせた。

 なお、バウスプリットとは船首から伸びマストを支える棒をいう。

 しぶき立つなか黒い薔薇が回る。

「やあ麗亜くん、ワニさんのお酌でお疲れかい」

「ちょ妖美くん、エビさんを酔わせすぎだよ!」

「一杯目なのだけどね。それよりも嗚呼、丸一日も美しい御身を見られず美しい声を聞けなかったんだ、身どもは不覚にもこの美しい佇まいへ陰りを生むほどに……苦しかったよ」

「……妖美くんてば」

 麗亜はもらい物の薔薇を増やしてしまった。

「うきゃきゃきゃ、この串焼きはもらった!」

「ぎゃー鯨ち(くじら )ゃん、このは憤怒しちゃうよ⁉」

 コビトキツネザルを追い回すこのはの足もとへ大牙顎が絶妙なタイミングで尻尾を突き出し、アイドルをワイルドに転倒させ会場を湧かす。あわわと立ち上がる麗亜は、横面をでかい胸部装甲に跳ねのけられる。

「ちょいと嬢ちゃん、絵に描いたみたいな初心(ウブ)かましてたとこ悪いけど」

「へ⁉ えと、ヴァハさんでしたっけ」

「そそ。でうちの船長ね、エビじゃなくてザリガニだから。起きてたら泣かれて前髪ハサミでちょんぎられてるよ」

「おぉー」

「あと、ちったぁ男を勉強しな」

「……へ⁉」

 などと荒くれ者たちが豪快に歌い踊り、飲み食いし、行ったり来たりする広場の入口へと、丹毒斎を伴い義虎が立った。来た甲斐があったとばかりに丹毒斎が嗤った。

「猛虎どのには、山賊と密通しておられたか」

「さようにござる」

「琥珀へ巣くう賊徒を討伐するは、領主であった貴殿の責務。それを野放しとするどころか秘密裏に通じ、あまつさえ国家を挙げた正当なる戦において野蛮なる罪人どもへすがるなど。これがただ職務怠慢および違法行為にとどまらず、神聖なる大和国の列強諸国へ向ける尊顔へ泥を塗る大逆無道な罪業であること、よもや心得ておられぬことはありますまいな」

 かっと、義虎は眼を見開く。

「無論。故に初めより」

 ふとそこを見た麗亜も妖美も、そして丹毒斎も硬直する。

 大将軍《猛虎》のすぐ後ろで碧は唸る。皆が思い思いに盛り上がる宴の場で、ここだけ温度がまるで違う。己を責める代官をも戦慄させる、底知れぬ戦人の大きさに呑まれていく。

 無感情に戦人は言った。

「利用するだけ利用し皆殺しとする所存」



「山くん、オカビショ、木村氏、ちょっとおいで」

 これが合図であった。

 彼らと碧、丹毒斎の一党を連れるや、義虎は身をひるがえす。その刹那、勝助、大牙顎、ガラハッドへ目配せする。かすかに頷かれる。城を出る。城外の茂みへ潜ませた城兵のもとへ行き、命じる。

「弓隊、鎧仗し矢へ火を付けよ」

「この兵たちはなんでござろう」

「これより城を火の海といたす」

 機械的に丹毒斎へ応える。

 なっと、今初めて義虎の計画を知った麗亜が叫びかけ、山忠に抑え込まれる。

「城内にて賊どもが飲み散らす酒、大量に運び込んでござれば、よい引火剤となりましょう。放て」

 義虎は見た。

 麗亜が止める暇なく弦音が響き、天に火の尾が奔る。

 地獄の業火が突き上がり、悲鳴と怒号が轟いてくる。

 櫓が焼け落ち、撃った兵たちの肝が抜け落ちていく。

 妖美はかすかに震えながら立ち尽くす。この男が血も涙もなき冷酷非道な狂戦士と蔑まれる由縁を見たと恐怖する丹毒斎らは、一様に、不随意に後ずさっていく。計画を知っていた碧ですら目を逸らしている。

 そして鬼の形相がある。

 麗亜が山忠の腕を振りほどき、疾駆し、襟首を掴み上げてくる。

 優しく導いてくれた、このはの笑顔が脳裏をよぎるのだろう。ともに戦った大牙顎やガラハッド、ともに楽しんだ鯨小僧やリーベルタース、ヴァハの顔がまじまじと浮かんでくるのだろう。

「お前はっ! 自分が何をしたのか、分かっているのか⁉ 仲間だろう⁉ お前を信じて、お前のために戦ってくれた優しい人たちを、よくも……」

 万力の腕をうち出し襟首ごと掴み上げる。

「貴様こそ何をほざく」

 地の底より響く声、命を吸い取る邪眼を浴びせる。

挿絵(By みてみん)

 麗亜が喘ぐ。

 丹毒斎も、取り巻きも兵たちもすくみ上がっている。

 思わず出てくる妖美を碧が止める。構わず教唆する。

「奴らは賊軍、我らは官軍、そこをはき違えるな。貴様は謀反の大罪へ加担し無実の家族まで首を晒されたいか」

 手を放す。麗亜は崩れ落ち、激しく咳き込み、苦しさと悔しさで充血する眼で、全身全霊で睨み上げてくる。

 意にも介さず丹毒斎を振り返る。

「他の賊にはよき見せしめとなりましょう。また黄華は(すばる)の地を失ったことで、大陸南へ出る海路を半分近く逸した、すなわち海外侵出および対外交易における拠点と経路を大きく制限されたとあらば、今後の対黄華戦略においてここは要の一つとなりましょう。以上、八岐大蛇(やまたのおろち)将軍へお伝え願いまする」

「……か、かしこまった」

 丹毒斎らが去っていく。城兵たちも隣の城へ移動させる。業火のせいだけではない息苦しさのなか、麗亜はなす術なくそれを見届けている。やがて完全に見えなくなった。

 そのとたん、義虎は麗亜の前へしゃがみ込んだ。

「みんな無事だよ」

「はあ⁉」

「勝さんから念話きたよ、逃げきったと……全ては芝居だったんだよ、朝廷をだまくらかし、義虎を罪人とさせず、山賊も海賊も逃がすための」

 最高機密だと前置きし、義虎は碧と山忠、妖美を集め、策の全貌を明かした。

 ぺたんと、麗亜が座り込んだ。

 宴の場に斜月城を選んだのは、脱出用の地下道を隠しもつからである。

 ガラハッドが白い盾で火矢を防ぐ間に、大牙顎らが皆をそこへ導いた。

 地下道を出れば、同行する勝助が幻で彼らの姿を隠し、逃がしていく。

 行き先は南海へ出る隠し港で、リーベルタースの海賊船を廻してある。

 丹毒斎へ通じる城兵には、焼け跡は残酷だからと城内を検め(あらため)させない。

 また戦で名乗らなかった海賊たちは、義虎の一党以外からは山賊の一部と認識されている。よって朝廷が、異国の賊徒をかくまっていた罪で義虎を裁く事態は起こりがたい。

 にっと、義虎は腕をかいた。

「君とオカビショと幹部以外の兄弟たちに黙っといてよかったわ、期待以上の反応してくれて誠にありがとーね?」

 もう麗亜はから笑いしかできないようだった。

「それでは空気を変えませう、うぃー、ケーキとやらの出番でしょ?」

「いや変えすぎでしょ⁉」



 ここに、ピクニックにはもってこいの丘がある。黄華国の地に特有の高々と切り立つ山々を背に、黄緑の丘へ運ばれた丸テーブルで、淡いピンクのテーブルかけがまどろんでいる。

「うぃー、よもや大将軍をパシリにするとは」

 近くの城下町で、大量の小麦粉と大量のバターと大量の卵と大量のミルクと大量の生クリームをかき集める任務を授かった義虎が、荷車を引いて凱旋した。

「とか言うわりに一番やる気満々だったべな」

「とは言え、美しいまでのドヤ顔をかましつつ小麦粉と米を間違えて購入しかけた時には、さすがの身どもも焦燥したよ」

 ともに任務を遂行した山忠と妖美の感想を聞き、出迎えた碧が全力を尽くして義虎を嘲笑した。

「うぃー、みどだって木村氏の足引っ張りまくっとるだけのくせに」

「ん、なぜに分かったし」

「料理は赤ちゃんレベルでしょ?」

「ごめんお願い碧を許して」

「三べん回って、わんと言いなさい」

「ぐるぐるぐる、わん」

「もっとカワイく」

「わーんトラがいじめる」

 とのやり取りに、碧を助手に調理を担う麗亜はもやもやした。

 __なんか悔しいじゃーん!

 義虎と碧の距離感は『みど』である。義虎と自分の距離感は『木村氏』である。

 __しかも木村って偽名なのに……。

 と、視界にピンクの薔薇を差し出された。

「さあ美しい麗亜くん。美しい身どもとともに美しいコンビネーションを披露し美しいケーキたちを築き上げ、この美しい日和に、美しい野で、美しい思い出を刻もうじゃないか」

「おぉー、黒いのしか持ってないと思ってた」

 ぷっと、麗亜はまたしても所持する薔薇を増やしてしまった。

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