二八 驚天動地の電撃戦
こっと、義虎は偃月刀を担ぎ腕をかき、八戒という得物に舌なめずりする。
「超魂顕現『緑柱豚石』!」
「超魂顕現『沈流沙河』!」
「ん、今なんか……鬨はある 筆を上げよ 花霞 村雨 胡蝶 空寂 仗もて響かし 超ゆらば匂え 醒ますに震えて標を描かん」
勘ぐる碧をよそに、全身をアクアマリンへ変え巨大化し、九歯の鈀を叩き込む。すっと、義虎は前進してかわし白刃一閃、脚を砕く。
「……やっぱ悟空の兄貴でなきゃ、反応すらできないねえ。でもだ」
「ん、下だ義虎!」
碧が叫ぶより速く義虎は飛び上がる。一拍でも遅れていれば、液状化し床へ浸み込み、囮役の八戒と戦わせ不意討たんと迫っていた、琥玉城にいるはずの悟浄に斬られていた。
「うぃー、もう動けるんけ君?」
「しくじったか。だが機会は一度ではないわ」
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
どっと、碧色の暴風を噴き出し、碧が悟浄をぶちまける。
「ん、液体の時なら風で飛ばせる。散らばったら実体化むずいでしょ」
「うぃー、巧い聡い強い!」
敵も味方も思わず手を止め注目する。
今この場で最も壮大なる覇術を誇るのは紛れもなく、碧である。
そんな風力を正確に操り、液状化して見にくい悟浄へ当てた。鎖鎌を唸らす城郭戦のただ中に、彼の覇力を感知したればこそである。そもそも開戦早々に梯子を登りきっていた。
「鳥居氏、破戒僧は任すよ?」
「鳥居氏って言うからやだ」
「鳥居?」
「鳥居碧って昨日は言った」
「うぃー、碧」
四方八方へ風を撃ちながら、碧はにまついた。義虎は飛び去り、八戒の相手は手柄欲しさに群がる山賊や海賊たちへ押し付け、梯子を登る味方を妨害する敵を妨害しまくる。
しながら、ほくそ笑む。
もちろん、彼らの首を餌にして味方をけしかけ、次からばんから城へ入らせるだけでは、敵に籠城するのを諦めさせ、奥地にある別の城へと逃げさせ、そしてそこを包囲し同じことをくり返すには至らない。
くり返し続けなければ世紀の大侵略は成立しない。
故に今こそ最高に気もちのいい戦略を起動させる。
七手目の策である。
「我こそは! 大和国大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」
「やはり猛虎大将軍だ……」
「ついにご帰還された……」
「ともに再び戦えるぞ……」
「我が愛する友たちよ! 我が誇らしき侍たちよ! 我が分身たる虎たちよ! 長く待たせた許せ、よくぞ敵へ降る屈辱を耐え忍び生き抜いてくれた、全ては今この時のためぞ! さあ誰ぞ、約束通り戻りし皆の大将軍は⁉」
「「猛虎‼ 猛虎‼ 猛虎‼」」
「友よ! 苦しゅうない見せてやれ猛り狂え、侵略者を駆逐し我らの城を取り戻すぞ、いざ猛虎へ続け詠わん、我ら勝つ!」
「「我ら勝つ‼」」
「大和魂いま燃えたぎれ!」
「「大和魂いま燃えたぎれ‼」」
「灼熱猛虎となりて進まん!」
「「灼熱猛虎となりて進まん‼」」
「全軍……押し出せえーっ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
気炎万丈。刀を閃かせ、槍で突き崩し、矢の餌食とし、かつて黄華軍に吸収され今も城兵として動員されたもと義虎軍が誇りを取り戻し、溜めに溜めた雌伏をことごとく雄飛へ変えて噴きに噴き、内側から黄華軍を攻めまくる。
「斬る」
義虎も城内へ飛び降り、斜めに回転しながら城門前の敵へ斬り込み、一掃して城門の閂を蹴り上げる。
「うぃー、じゃんじゃん雪崩込めい!」
「「うぉおおおーっ‼」」
城郭で戦いながら、八戒が悟浄に泣きついた。
「黄華の城兵たちは何してんだい、城内が敵で溢れてるじゃないか!」
「猛虎が内側から守りを崩しておる、奴を止めねば防線を維持できぬ」
「なこと言っても、そこまで手が回んないよお!」
「おのれ……退くぞ二師兄、他と合流し立て直す」
義虎隊一つ目の城は四半時とかからず陥落した。
義虎は櫓へ飛び乗り、瞳を白める。敵が落ち延びていく方向を見定め、仲間たちを振り向く。
「勝ち鬨じゃあ! えい、えい、おおっ!」
「「えい、えい、おおっ‼」」
「出陣じゃあ!」
「「もう⁉」」
理性を保ったまま興奮し、大音声に義虎は呼ばわる。
「とくと見よ、これぞ莫大な費用と五年の研鑽で開発せし猛虎特性連弩。貫通力、飛距離、連射性、いずれも史上一たる精度、それを通常個体の三倍の太さと重さを誇る矢で実現、かつ一〇万本という数を量産、そして全ての矢じりに即効性の神経毒を付与、どーだイカすだろう存分に味わうがよい放てえ!」
「「お、おう‼」」
矢の雨どころではない、砲弾の豪雨である。
それが逃げる八戒たちの背へ殴りかかった。
灰荒野の戦いで披露した弩である。そこから落ち延びる際、兵たちに回収させ琥玉城にある特大の武器庫へまとめて置かせたものを、勝助と山忠が丹毒斎から逃げる際、岩亀に武器庫ごと引っぺがし持って行かせていた。そして山賊、海賊の非戦闘員を総動員し、夜な夜な四隊それぞれのもとへ運ばせていた。
敵の絶叫がこだまする。
城内にいた兵と合わせ、逃げ走る八戒隊は三〇〇〇となっていた。義虎はこの驟雨をもって、その三分の一を脱落させた。
「脱落者になど目もくれるな、黒豚と怪僧を討ち取れい!」
「「うぉおおおーっ‼」」
「超魂顕現『鉄刃戦紅』」
獲物に酔う虎たちの追撃はすさまじい。八戒たちは馬に泡を吐かせ走りに走り、なんとか次の城へたどり着き、駆け込み、大急ぎで城門を閉めようとした。
「斬る」
閉められなかった。
「空柳義虎、一番乗りい!」
高速で斜めに回転しながら追い付き薙ぎ払い、城門を取り戻しに向かってくる敵の大群へ逆に飛びかかり、義虎は偃月刀一閃、悟浄の鏟をへし折り、八戒の鈀を地面へねじ込ませ、二人まとめて蹴り飛ばし、後ろの兵たちを下敷きとし、到着する味方を雪崩れ込ませた。
もと義虎兵はここにもいる。
熱雷の弾けるがごとく声を張り、もと義虎兵を引き抜いていく。
「まずい下がるよ、城内の石垣を防衛線に……」
「させる暇なぞ与えるな、いざ猛り狂えーっ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
士気の爆発する山賊、海賊、そして義虎兵、その誰よりも猛り狂う大将軍が噴く疾風迅雷の進撃が城内を撃ち抜く。敵の城で増兵する義虎隊に斬り崩され、八戒隊は味方の城で増兵することすらできず、また次の城へと走らされた。
「全軍、今のうちに腹満たしときな、義虎は他の三隊が攻める城々へ飛んでくる、そこにも待ちわびとるからね、もと義虎兵が! 我ら荒灰原より討って出た時点で五〇〇しかおらなんだ、されど今日明日のみで二〇倍まで膨らもうぞ! 碧、つまり何人?」
「一万だよ、一万だぞ、一万だぜ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
敵に連携されぬよう、義虎隊、大牙顎隊、リーベルタース隊、山忠隊が散らばり電撃戦を同時進行し、本陣へ座す勝助が全体を見て統制していく。その勝助から義虎へ念話がきた。三隊とも優勢であると。もと義虎兵が寝返ってくれれば一挙に落城させられる。
「皆も義虎が戻るやすぐ出陣するから準備しときな!」
「「おう‼」」
義虎は窓から飛び発とうとし、碧に羽織を掴まれ脱げかけた。
「……わー、人見知りなんだけど」
「……無問題、三時間もしたら戻るから。城でも探検しとく?」
「……あざす。ん、破戒僧の件は」
にっと、義虎は腕をかいて説く。
琥玉城に取り残された悟浄が八戒のもとにいた。これは空間転移を使う驁広が暗躍し、悟浄を瞬間移動させたことを意味している。
持続して空間転移を使えば、長蛇の列に門をくぐらせていくようにして、大人数を別所へ飛ばすことができるだろう。すなわち、琥玉城にいた八〇〇〇の黄華兵はことごとく消え、昴星州の各城にいる味方へ合流していると見るべきである。
ならば、琥玉城を囲んだ丹毒斎は何をしていたか。
「報告せんとか嫌がらせ?」
「うぃー、むしろ敵がこっちへ転移するを喜んで見逃しまくった説が」
「うわー。これで敵は、出征した一万三〇〇〇に留守番合わせて二万以上、倍はおるね」
「いと小事。実は琥玉のを人質にし戦わずして城々を明け渡してもらう奸計もあったけど、消し飛んだので。もう容赦してあげれんね?」
義虎は碧を笑わせ飛び発った。
__うぃー、楽しいな。
身を粉にし、何年も費やし練りに練った業が結実する。
一身に大勢の士気を担い指揮する、喩えようなき快感。
純粋に没頭し、勲を競い合い首位をいくのも心地よい。
__まさに生きとるって感じがする。
だが明瞭に分かる。本能が言っている。最たる楽しい由縁は別にある。
__碧がおる。
これまではずっと、悶絶し、慟哭し、咆哮し、血戦して血戦して血戦して、頭脳を酷使し頭痛を怒号し、大軍略を成就させ大殊勲を獲得して大将軍たり得てきた。
もちろん嬉しかった。
しかし命がけだった。
兵に信頼されるよう振る舞い、怯えさせぬよう自らの不安をおし隠しつつ、朝廷に付け入る隙を与えぬよう一挙手一投足に留意し続けねばならない。
戦と謀の鬼。
そう己を教唆し洗脳し呪縛し、決壊せぬよう殻を築いて守ってきた。
そう強がっていても、経年劣化しどこかに穴が生じているのだろう。
そう摩耗し瓦解するのを阻止せねば、再び心を失い鉄となり果てる。
だが安らげる支えに出逢った。
__殻を新たに厚く、熱く錬磨してくれる……うぃー、しくじる気がしてこぬわ。当初は無謀を極めると見えた叛逆さえも、お祭以外の何ものでもない!
義虎は飛び回って仕事を完遂した。
帰還するや碧らを率い猛進撃した。
一日で実に五つもの城を落とした。
電撃戦である。
三つ目でも増兵しつつ先頭を切って暴れ、特性連弩で力攻めをかけ押しきった。
四つ目へ逃げる敵を猛追し、二つ目と全く同じ要領でそこも占拠した。同じでも通用する。対策を練り実行する暇を与えないからである。
五つ目にはしかし急行しなかった。
連戦しては移動して味方も疲れている。
加えて、義虎隊だけが深く入りすぎれば包囲されるため、他の三隊と足並みが揃うよう前ではなく横へ攻めているが、それでもこの辺りからは義虎の旧領ではない地域が入り組んでおり、もと義虎兵のいない城が増えてくる。五つ目がそうである。
ようやく終わりかと、八戒たちは一安心して入城し、心身を癒そうとした。
癒せなかった。
夜討ちは義虎の大好物である。
単身、義虎は夜闇にまぎれ城へ忍び込み、見張りを気絶させ城門を開き、城外で待機していた味方を突入させた。油断していた八戒たちは、噛み砕かんばかりに歯を噛みしめながら、六つ目の城へと落ちていった。
「うぃー、他三隊いずれも城を落としたって」
「ん、とりま風呂入れー」