二五 文字通りの反撃の狼煙!
「うぃー、総攻め開始ぞおっ!」
「「うぉおおおーっ!」」
碧はおったまげた。麗亜や妖美と、お口あんぐり目玉ぱちくりを揃わせた。
雄叫びの群体が、義虎の号令に打てば響くように突っ込んできた。
しゅっぽ、しゅっぽと。
__ん、でっかい鉛の塊が……走っとる⁉
ピンクに光る、丸太のような円筒形。その頭へ立つ煙突からの黒煙こそ、近付いてくる狼煙の正体である。足を成すのは幾つも並ぶ車輪、それを連結する枠が前後と上下の運動にせわしない。ぷぃー、ぷぃーと蒸気の咆哮を噴き上げ、正面下部へ装着する、中央を尖らす鋼鉄のシールドから白龍へ正面衝突、断末魔をまき散らし消滅させる。
「うきゃきゃきゃ! 見たか、おいらの超魂『夢運汽車』の威光!」
「ん、あのチビいの喋るよ!」
「美しい飾り像かと思ったよ」
「おぉー、カワイイ生き物!」
などと碧たちが騒ぐ先には、煙突の前へ仁王立ちして不釣り合いな制帽を振る、身長二五センチのぬいぐるみ、ではなく援軍の一柱が派手なピンクの躑躅色に覇玉を光らせている。
盤毅が泥を動かし、衝突で勢いの弱まる夢運汽車を絡め取る。
二五センチは気にしない。そして名乗る。
「我こそは! 泣く子も黙る〈大顎山賊団〉が幹部たる、コビトキツネザルの鯨小僧なり!」
「ん、狐? 猿? 鯨?」
「猿だべよ。元気しとったべか」
「おぉー、山忠さんだ!」
実は碧たちは、敵兵五〇〇〇に迫られていた。
ここまで、鎧仗覇術しか使えぬ兵たちは超魂覇術の戦いを見守っていたが、碧と麗亜が覇力を切らしたことで、三蔵の指示により追い討ちへ加勢していた。妖美の闇が新兵たちの視界も遮っていること、覇力感知には一般に超魂覇術以上に使う覇力しか引っかからないことを利用し、迂回して進路を塞ぎにきた。
「鎧仗顕現『殴丸』!」
そこへ夢運汽車から飛び降りた、毛深い大男が立ちはだかった。柄の両端に棘だらけな楕円形の鉄球をもつ棍棒、大杵の一撃で、敵の先頭集団を粉砕する。
「山忠兄さんに続け!」
「おら降りろ降りろ!」
「獲物だやっちまえ!」
そんな馬鹿なと、碧は妖美と顔を見合わす。
いかつい身なりに荒くれた顔、見るからにアウトローな男たちがわんさか、わんさか、七両の夢運汽車から飛び出してくる。
ぽんぽんと、麗亜の頭を叩いて山忠が笑う。
「兵権とられちゃ、てっちゃん様にゃもう仲間はいねえと思ったべか? 大間違いだべ! 官軍を恨みまくる大顎山賊団が逆に義兄弟の盃交わした奇跡の軍人、それが大将軍《猛虎》空柳てっちゃん様だべよ!」
大顎山賊団。
三〇〇人は超えている。超魂覇術が使える幹部までいる。
それが敵へ飛びかかり、力任せに押し込んでいく。少なくとも初動では、正規の軍隊を相手に負けていない。
「おぉー、すごいすごい、こんな人たちがいたなんて!」
「いや麗亜くん、その存在は政府の美しくない失態だよ」
__ん、やばいね、やばいし、やばいぞ。
つい先日まで正規軍を率いていた義虎が、裏で賊徒と通じていた。国家反逆罪へ問われても文句の言えない大問題である。
__八岐大蛇にどぉー説明する気なのさぁ。
碧がジト目を注ぐ先で、義虎はいよいよ暴れ出している。
霧も泥も蘭もかいくぐり、巨戟を蹴り付け、超魂覇術を唱え直したアクアマリンの八戒を攻め立てている。敵将たちは、びゅんびゅん飛び回る猛虎の凶刃を防ぐのに手一杯で、山賊たちへ対処する余裕がない。
「とは申せ、天道には手が出せぬ猛虎なのだな」
「勝助さんも!」
麗亜の声に碧が振り向くと、羽織のダンディに紙を渡された。
「猛虎と考えた作戦書なのだな」
「弓隊構え、放て!」
「ん、あの馬がいた」
「鎧仗顕現『藤杖』」
唯一、義虎よりこちら側にいた敵将・竜馬が敵兵へ合流して指揮を執り、遠距離攻撃へ切り替えてきた。
それを見抜いた勝助が長十手を構え、碧たちへ迫る矢を打ち落としていく。山忠の指示で、盾を持つ山賊たちが防壁を作ると、勝助は義虎のもとへ歩き出す。
「超魂顕現『白玉聖龍』!」
竜馬が虚空へいななけば、巨大なる白龍が再来し、勝助へ襲いかかる。
危ない、と麗亜が叫ぶが、大丈夫だと山忠が豪快に笑う。碧は見た。また何か夢運汽車から飛び出した。
「わにゃにゃにゃ、待ちくたびれたぜチクショー」
毛皮の羽織を脱ぎ捨てる、大きく長い、獣の影。
「超魂顕現『鰐鎧暴車』!」
「ん、ワニちゃん!」
がっと、巨大化するワニが白龍の喉もとへと喰らい付く。
白龍の絶叫が響き渡る。黄色い目玉を爛々と光らせ、獰猛そのもの、異様に発達した大きく長い顎の筋肉で、鋭利な牙を突き刺し鱗をかち割り肉を貫き、鰐は龍へ暴虐を尽くす。
「……カッコイ」
「ちょ碧ちゃん、グロいから!」
「許さぬ、やくざ者の分際で!」
竜馬は白龍に首をうねらせ、ワニの脇腹へと噛み付かせる。ごっと、白龍の牙が折れる。ワニが丸まり、白龍はその背を覆う装甲に弾かれていた。
喰らい付いたまま、ワニが器用に叫ぶ。
「我こそは! 泣く子も黙る大顎山賊団が頭領たる、世界一イケメンなワニちゃんこと大牙顎なり! 石猿の犬ども、耳の穴かっぽじってよぉく聞いとけ、愛する猛虎の旦那にゃあ、わしらが死ぬまで付いとるんだよ、わにゃにゃにゃーっ!」
大牙顎が白龍をえぐり込み、地面を震わす。
「お頭の覇術はアルマジロ化だべ」
敵兵を追い払った山忠が、碧たちのもとへ戻ってくる。
「てっちゃん様と同じで肉弾接近戦したすぎるから、龍がまた出てくんの待っとったんだべよ」
「ん、なぜに義虎をてっちゃん様と」
「あー昔の名前が鉄なんだべ。んじゃ、おいどんも作戦書どおり暴れるべよ」
山忠が茶色く覇玉を輝かす。
「超魂顕現『巌山殴亀』!」
鎧の胴当てが亀の甲羅と化す。そして出現する、体高三〇メートル、甲長一〇〇メートル、体長一八〇メートル、総重量四〇万トンという岩山のごとき大亀が首をもたげる。険しい巌が連なる甲羅はもちろん、厚さ七〇センチの頭蓋を有する首、五〇メートルに及ぶ尾、直径十〇メートルの太い脚、全てが強固な岩肌である。
戦場が、どよめく。
「ん、いやデッカすぎよ⁉」
「近くで見て改めて思うね、美しい才だ」
「おぉー、これもう勝ったんじゃない?」
「戦場で安直な判断は禁物だべが、今は麗亜どんが正しいべ!」
山忠が頭へ飛び乗るや、岩亀が進み出す。地響きが、けたたましい。
「鯨どん、このはどん、いくべよ!」
碧は思った。本当に勝ちだと。
岩亀が後ろから、泥に捕まる夢運汽車の後尾を蹴る。破竹、泥がはち切れ、ピンク列車が走り出す。
「うきゃきゃきゃ、おいら豚ちゃんもらうぞ」
「なら女には女だよ、山ちゃんは戟の子ね?」
疾走する夢運汽車ごと、鯨小僧が八戒へ突っ込んでいく。エメラルドの八戒も踊りかかり、激突する。
「超魂顕現『木葉万嵐』!」
その直前に、最後の乗客がピンク列車を飛び出した。
「我こそは! 泣く子も黙る大顎山賊団が幹部たる、ゾウ耳娘のこのはなり!」
ド派手なリボンかという大きな耳、黒髪サイドテールをひらめかせ、半袴の上に風呂敷状の布、カンガを一枚巻くだけの少女である。
悟蘭が操る万の蘭へ、このはが万の木の葉をぶつけていく。
そして山忠の岩亀の体当たりが、賀停の巨戟をぶっ飛ばす。
「うぃー、形は」
「成ったのだな」
降り立つ義虎と笑みを交わし、勝助が三蔵の前へと進み出る。
「超魂顕現『藤霞幻誘』」
烏帽子に藤色の狩衣を着こなし、扇をあおぐ勝助の後ろで、身を覆うばかりに咲きゆく藤の花房の園が花弁を散らし、悠然と、藤色の霞を吹き広める。
「おぉー、キレイ……」
「天道を封じられるなら彼も美しい。ところで作戦書にはなんと」
碧は妖美と麗亜へ伝えた。
まず、各々一騎討ちへもち込む。一対一なら、髄醒使いである義虎の相手は瞬殺される。手の空いた義虎が他の援護へ回れば、その相手もまた討たれる。
これをくり返せば敵は退却せざるを得ない。
そして敵の逃げ道には、伏せ勢を配置済み。
「荒灰原にて敵を滅せしのちは兵を四隊へ分け、昼夜を問わぬ電撃戦をもって旧領回復、および敵領侵略へ没頭すべし。だとさ」
碧の見詰める先で、義虎の刃が盤毅を指した。
__見せてしんぜよう。
すっと、はやる心を義虎は撫でる。
碧が、麗亜が、妖美が、自分を見ている。食い入るように。息も忘れて。
この子たちを育てるのは、自分の背である。
戦、謀、それは神や妖が荒れ狂い、紅涙さかまく修羅の牢獄。足を踏み入れたばかりで、この奈落を生き抜く術のなんたるかなど知るよしもない、まだ幼い、かわいい教え子たちをどう護り導くか。
戦国の大先輩として。
__何人たりとも一切合切の文句を叩けぬ勝ち方を……古今東西の名だたる英雄たちをも戦慄させる驚天動地の不朽が勲を……非才なる奴隷の底より虎将たる戦人の頂まで這い上がりし冷たきほどの烈火の御業を……大将軍《猛虎》空柳義虎の力を。見せびらかしてあげるよ?
追いたくさせる。
並びたくさせる。
抜きたくさせる。
こう育てると義虎は決めた。自分も盗んで強くなった。
様々な武人を見てきた。同じ道をいく以上、本能的に、勝ちたくてたまらなくなった。観察し、研究し、吸収し、合成し、実験し、反省し、改良してきた。さんざん利用し、失敗と研鑽を繰り返して熟成させた。
__うぃー、強くならねば人間社会は生き抜けんもんね。
ぐっと、教え子たちを見詰め返す。
__刮目せよ。