二四 ちょっと遊んでます
「うぃー、こんちけしょう」
八つ当たりしたい義虎は、尻尾で八戒をぶっ飛ばす。
「ひどいじゃないかい!」
「おいらもう、再結晶する限界でベリル化が解け生身なんだぞ、と?」
「その通り大正解さ! ってありゃま」
「うぃー、貴重な情報提供に感謝感激」
__なんぞすると思うたか⁉ ほぼ解析済みな君の覇術に今さら確証が得られたところで、そこな法師のチート覇術への憤りを慰むるには足らんのだよ、まあ君を精神攻撃するための有益な会話だったと自己欺瞞しとくけど?
おくびにしか出さないが、義虎はぷんすか状態である。
三蔵が斬れない。
己の実体をなくす神通力、神足通であらゆる物理攻撃をすり抜けてくるからである。
だが義虎は考えた。神通力が使えるのは、覇術領域、つまり天道の霧の中にいる時だけではなかろうか。霧を吹き飛ばし、三蔵がその外にいる形を作れば、実体は消えなくなり、斬ることができるかもしれない。
一縷の望みへかけ突貫した。
ぷんすかさせられた。
実体はしっかり消えていた。
__うぃー、聖人面してセコい尼さんめ、これだから天才爆発しろなんぜ、霧はあくまで他人へ天道を強制するための外枠、天道そのものたる自身には無関係だってか。
斬れぬなら打つ手は三択となる。
壱、相手の覇力が尽き覇術が消えるよう持久戦へもち込む。
弐、人質を取るなどして脅し覇術を解かせ騙し討ちにする。
参、実体がない相手とも戦える味方へ無責任に丸投げする。
__参でしょう。
幻術を使う勝助へ任せる。
よって彼と合流しにいく。
新兵たちはと見れば、すでに妖美が闇を広げて煙幕とし、その奥の逃走を隠している。三蔵が霧を呼び戻す前に自分もずらかろうと、義虎は離陸する。
「逃がさぬぞよ」
盤毅の泥の濁流が、悟蘭の蘭の大渦が、賀停の戟の旋回が、大挙して義虎を囲い込む。八戒をいじめ、三蔵にぷんすかし、つい先ほどまでの超特急ぶりはどこへやらと遊んでいれば、追い付かれるのは至極当然の摂理である。
__そんなん全力で嘲笑したげるよ?
そしてその摂理がまさに成立しようというところで刹那に淘汰してやってこそ、義虎が愛する精神攻撃は成立する。
蘭と戟に挟撃される瞬間、急降下して消える。
戟は蘭にまとわり付かれ、蘭は戟に切り刻まれる。
「檻泥兜」
だがその間に、あえて一歩遅れた盤毅が濁流を津波とし、巨大な泥の兜へ義虎を閉じ込める。兜なのでかまくら状ではなく、地面と合わせ、義虎の上下左右、前のみを塞いでいる。
「君については調べ直したよ? 上級武官《泥塑師》叔孫盤毅、重たく粘つく泥は遅けれど、その弱点を逆用する妙技で傑作たる戦果を創る芸術家だと」
後ろに天道の霧が迫っていた。
速さを武器とする義虎を、遅い泥で幽閉しきるのは不可能である。故に、泥は後ろまで回さず開け放ち、逆に、義虎が最も嫌がる三蔵の霧を流し込む。
「うぃー、異名に違わず巧い、されど残念」
義虎はメモ帳〈敵状見聞録〉を家宝にしている。
昨夜は〈猛虎の秘密基地〉で遅くまで、長年にわたり溜め込んだ三〇冊もの敵状見聞録をひっくり返しまくっていた。
そこには、自国や敵国の歴史、風土、信仰、内政、外交、人事、派閥から、味方や敵将の覇術、覇能、素性、血縁、戦歴、思想、性格まで、戦に勝つため利用できる可能性が一欠片でもあるならばと記録してきた、珠玉の情報が蓄積されている。
盤毅の泥もしかり。
__粘度がうざったいけど……。
強い粘度をもつ泥は、攻撃してきた武器や手足を絡め取る。抜けなくする。
しかし大将軍たる義虎の、全神経をその一点のみへ集中させた斬撃ならば、絡め取られる前に裂け目を作れるだろう。だが線状に口が開いたところで、人体はそこから抜け出せない。
__なら斬らんにゃいいだけね?
今にも霧に追い付かれる。
ぐっと、右翼を盾に構える、左翼を引き上げる。
ばっと、左翼を振り下ろす、急上昇し突っ込む。
どっと、泥の兜を突き破る、重みで軌道を失う。
盾にした右翼には、どっぺりと、泥がこべり付いている。急激に、それを重力に引っ張られ、義虎は墜落する。背後には兜の穴から追ってくる霧が迫る。
「超魂顕現『鉄刃戦紅』」
鎧武者へ戻る。翼がなくなる。
へばり付くものに突然消えられ、泥が独りでに落ちていく。義虎は軌道を取り戻し、霧も泥も突き放し、逃げる新兵のもとへ飛ぶ。
「さっきからおらんと思ったら君」
ごっと、義虎は白龍の頭を蹴り飛ばす。
「いまだ力の一〇分の一も出さん大将軍を足止めるよか、力を使い果たす新兵を追い討つ方を選ぶとは、戦人として心底……」
弓なりに蛇体を歪ませ、白龍が地面へ突っ込む。振動がまき散らされ、碧や麗亜が転ばされる。その時すでに、白龍を操り疾走していた竜馬は憤慨していた。
義虎に乗られていた。
「好感しか覚えんよ?」
碧は疲れていた。
「ん、もぉ、ついに、稀少な稀少な稀少な、人類遺伝子のまるでない知的生命体に出逢えたと思って喜んであげたんに、敵かよ、ふつーに厄介かよ、突然変異なんだっけ」
「という学説はあるね。意外と余裕がおありかい」
「ないよ、自己欺瞞しとるん」
碧と麗亜を走らせるため、妖美は前面に闇を張れない。すると白龍にそこへ回り込まれ、白龍と心を繋ぐ竜馬に捕捉される。白龍が牙をむき、突っ込んでくる。
「美しい少女たちは美しい身どもが守る」
妖美が跳躍し牙を打ち、巨体の軌道を逸らす。だが長い尾が湾曲し麗亜を狙う。
「きゃっ!」
__ん、びびっとる暇あったら逃げなさいよ。
引っ張って掻いくぐらせる。
すぐに巨大な爪が襲いくる。
かわす体勢へ入る。だが驚倒する。麗亜は頭上へやり過ごそうと、うずくまっている。
__なんでこの角度でそう判断するん⁉ くそっ、間に合わな……。
流星のごとく、妖美が白龍の腹を踏み台にして馳せ戻り、爪を弾く。
「あ、ありがと、危なかった……」
「大丈夫だよ、身どもが付いている。さあ、こちらへ」
__もぉ! 戦場で甘ったれちゃって。
妖美が回し込む闇へ身を隠し、彼が別方向の闇を開けるやそこへ走り込み、だがまた白龍に見付けられる。獰猛なる巨獣である。一撃でも当たれば即死する。
恐怖以外の何ものでもない。
__妖美は攻撃力ないし頼れんのにぃ。
敵の視界を遮るのはありがたいが、決定打がなければ白龍相手に頼れない。
思えば、妖美が三蔵や盤毅との一騎討ちで具体的にどう戦い、義虎と悟空の戦へどんな手段で介入したのか、訊いていなかった。ひっきりなしに動きながらでは使えないのかもしれない。
こんな調子で、あと何分しのげばよいのか。
__早く来てよ……義虎っ。
というところへ、闇の向こうから聞こえてきた。
「やめるのだ狼藉者、なんという辱しめを!」
「うぃー? 白馬なら誰しも赤備えの武士に騎馬されるんが夢でしょう?」
「どういう偏見であるか愚か者、私が乗せるのは三蔵法師ただ一人!」
「おのれ裏切り者、好感もたせときながら許し難き美意識しやがって」
「いかなる思考回路で喋っておるのだ大うつけ者、ええい降りぬか!」
__ん、空気読めや。
「仕方ないなぁ、エス・ケー・ワイめ」
直後、義虎が片脚を引っ掛けたまま横へ飛んだのであろう、竜馬が横倒しに投げ出され、派手に地面を転がる音がした。と思えば、隣に義虎が浮いていた。
麗亜も妖美も開口していた。
碧は、ときめいた。
「ん、世話の・強烈に焼ける・野暮馬でエス・ケー・ワイ?」
「うぃー、スーパー・空気・読めないね、もちろん君もね、変顔おやめね?」
「泣きべそかいただけなんに」
すると義虎が東を指さした。
__ん、しのぎきった……。
狼煙である。
援軍がそこまで来ている合図である。反撃開始である。
すなわち、ようやく、特等席にて、大将軍《猛虎》空柳義虎の大将軍たる由縁を目の当たりにできる。血沸き肉躍らずにはいられなかった。
「うぃー、予定より三分の一も巻いてくれたわ……うぃー?」
義虎が視力強化している。その手をわし掴んで引っ張り、こら義虎をセクハラにする気かと慌てて離れようとする大人の心配ごとは全力で無視し、何がうぃー? なのかとせがむ。
「狼煙が近付いてきとる」
「狼煙は動かんよ頭無問題? あと逃げんでよぉ」
「密。で目医者紹介してあげよっか? エイチ・エス・エス・ケー・ワイ」
「ん、針・一〇〇〇本・窃盗罪・警軍・呼ばれやがれ?」
「うぃー、ハイパー・スーパー・スペシャル・空気・読めないね? エイチ・エス・エス・ユー・エイ・ケー・ワイ」
「ん、骨虎・最低……」
「うぃー」
「まいりました指の力強すぎ碧を許して」
大将軍の万力の指に挟まれた少女の哀れな指をふーふーしながら、碧も目を凝らしてみる。もう並の視力でも分かる。どんどん狼煙が近付いてくる。
否、爆走してくる。
「うぃー、あのコビトキツネザル、修得したな超魂を」
びっと、彗星のごとく義虎が飛び出す。
「刮目せよ、猛虎が大軍略の六手目ぞ!」
追いすがる白龍の喉を一蹴りし、次の蹴りで放り飛ばし、泥の砲撃へぶつけ盾とする。突撃する巨戟へ正面から突っ込み、直撃する寸前でわずかに横へ体をさばき、通過していく柄を蹴り付け、同じく向かってくる蘭の渦へと突き飛ばす。
__ん、これ援軍いらんのでは。
「うぃー、総攻め開始ぞおっ!」