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参 これが大将軍の戦

「斬る」

 紅の電光一閃。高速で斜めに回転しながら炸裂する義虎の刃が、寸前で防いだ応龍を一挙に遥かへ吹き飛ばす。ばっと、義虎は追っていく。

 応龍は近付けまいと惑星を撃ち出す。

 がっと、大上段から、鬼爪が金剛力の大斧を放り込み打ち砕く。

 応龍は熱いプロミネンスをねじ込む。

 ごっと、火の鳥と化し、きららが燃ゆる炎の翼ではたき落とす。

 応龍は高速で走る疾走星を奔らせる。

 どっと、高速で走り込み、銀露が辺りの銀河ごと氷漬けとする。

「君の負けだよ」

 ざっと、応龍の間合いへ踏み入り、前進しながら迎撃の尖刃をかわす義虎が、真紅の気に輝く一太刀をほとばしらせた。

 碧は思う。

 義虎は大軍師の称号をもつ。

 五対一である。勝って当然だろう。そう考える者は戦を分かっていない。

 真の軍師とは、勝って当然の状況を築いて開戦する眼力魔のことを指す。

 そして、これは義虎の一側面に過ぎない。

 __これだから《猛虎》は恐ろしい。創造神も正しいこと言うじゃん。

 将軍の爵位をつかみ取る者は、一人一人が天変地異たる破壊力を誇る。あるいは事象の法則を支配し文字通りの神と化す。

 __トラは違う。

 速いだけ。

 手が届くまで接近して斬る、他には何もできない。一兵卒と変わらない。

 碧は思う。

 そんな義虎を大将軍《猛虎》たらしめる三つの側面がある。

 想像を絶する経験と執念。

 人知を隔する智謀と暗躍。

 常軌を逸する統率と人脈。

 初めて逢った五年前、義虎はすでに大将軍であった。

 それは、有無を言わさず鞭打たれ奴隷兵にされ、どれだけ努力して努力して努力しようとまるで強くなれず、友に抜かされ敵に打ちのめされ喉を裂いて泣きぬれながら、人を捨て、命を捨て、心を捨て、悪意と殺意の吹き溜まりのただ中をありとあらゆる卑劣を尽くし生き抜いてきた、狂気の将器の顕現であった。

 碧は想う。

 そんな技量をもつ〈戦と謀の鬼〉が今、人の心という底面を取り戻している。

 __その強さは計り知れんぞ。

 __今こそ討ち取る。

 猛虎は眼をたぎらす。

 応龍が朱い水を噴く。

 一人で将軍十人分の戦力を有すると謳われる応龍が、今初めて負傷した。

 関係ない。断じて刃を緩めはしない。小惑星を撃つ暇など与えない。ダークマターを動かす暇など生ませない。自らを超新星爆発させ伝承に聞く応龍そのものへ変じる暇など許しはしない。

蹴落虎(けおどら)

 猛虎がこれを唱える時、狂気の剣舞が開幕する。

 上段から斬る、受けられる、右中段、と思わせ左下段、防がれる、蹴り、右上段、かわされる、先回りし右中段を狙う。

 目も喉も乾き張り付き脳も肺も沸騰してくる。

 腹の底より熱く不味い液体がこみ上げてくる。

 悶絶する骨肉がもうやめてくれと訴えてくる。

 __黙れ。

 ただ速く、荒々しく猛りに猛り、斬り込み、斬り上げ、斬り付ける。

 斬り結ぶこと三〇合あまり、いよいよ応龍は防戦一方となっている。

 ばっと、猛虎は血を吐き付け視界を奪い、ぎらつく刃を振りかぶる。

「「いけえーっ‼」」

「いかせんのであーる!」

 にわかに義虎が黄緑色に光らされ、いちじるしく減速する。そこへ、銀露らの叫びをかき消さんばかりの大音声(だいおんじょう)もろとも、巨大な木の根が叩き込まれた。



「やったであーるか⁉」

「やってないんだな~」

 輝くスキンヘッドに硬い髭を整え、岩肌のような筋肉に強靭なバッタの下半身で緑の木々を操る大男へ並び、二股帽子と黄緑のツインテールをなびかせ、大きなのっぽの古時計で時間の流れをいじる、小柄な乙女が舌を出した。

 碧がぴょんぴょんした。

「うぃー、かつての〈緑な三人組〉が揃っとる」

「ん、故に出し抜かれんからね、将軍《句句廼馳(くぐのち)嶺森樹拳(みねもりじゅけん)に武官《時の魔女》(かなえ)みなみ」

 碧が乱入してくる二人を感知し、風を撃ち義虎を突き飛ばし、巨木を空振りさせていた。

「うぃー、仕切り直すよ」

 もともと彼らを相手取っていた、きららと鬼爪が向かっていく。

 義虎も応龍へ斬りかかるが、雄大な天の川を流し込み阻まれる。

 碧が銀露と迂回すれば、彼の退けた敵が再臨し立ちふさがった。

「ん、将軍《禍津日(まがつひ)嶺森樹呪(みねもりじゅじゅ)……」

「わらわを呼び捨てるとは、七つの大罪、傲慢(プライド)じゃな。呪うぞ」

 白骨化し、ぼろぼろとたなびくマントを纏い、留め具に骸骨をかたどる大鎌をぶら下げ、なぜか(ファラオ)の黄金マスクを装着し、そこへ指を開いて滑らせていくこの女武者は、三種の呪術をふり撒く巨大な死神たちを使役する。

 碧らは鉛のごとき唾を呑み込む。

「休戦するぞ」

 はっと、碧らが停止するが早いか、樹呪は天を仰ぎ大音声に呼ばわった。

黄華(おうが)軍全将兵へ告ぐ、退()き陣じゃ! 速やかに魔の聖域(サンクチュアリ)へ帰還せよ!」

 敵味方、誰もが一様に驚愕する。

 だが一人、義虎だけは狂喜乱舞していた。

「姉上仮面よ、何が起きたのであーるか⁉」

「脳筋愚弟よ、応龍よ、まんまと猛虎に嵌められたぞ……兵糧(ひょうりょう)が焼かれたのじゃ」

 樹呪は聖域こと本陣から受けた急報を詳しく語った。

 ふっと、応龍は目を閉じた。

 宇宙が消えていく。陽の光が差し込んでくる。戦人たちは和服や漢服の人型へ戻り、砦前の地面へ降り立っていく。

「焼いたのは武官《心の魔女》蒼泉咲(あおいずみさき)だそうだね」

 二人の大将軍が向かい合い、応龍が問う。

「いつからかい」

 兵の食糧は軍の心臓である。喪失すれば決定的な痛手となる。

 そして奇襲や遊撃は速さで戦う義虎にとって専売特許である。

 応龍らは十重二十重に警戒していた。

 碧らも策があるとしか聞いていない。

 開戦するに先んじ、応龍らは砦を守る面々を調べた。大和軍に残る義虎の教え子のうち、咲だけがいなかった。違和感を覚えた。そこでその足跡を追い、傷を癒せる彼女が看護兵となり、海へ逃げる帝や民、負傷兵を警護していることも確認した。

「うぃー、いかにして確認した?」

 にっと、猛虎は快く笑う。

 ふっと、応龍は苦く笑う。

「情報操作か……いま一つ尋ねよう。なぜ彼女があれを使えるのかい」

 あれ。もう、この世から消えたはずの力である。

 咲はそれを放ち、速戦即決で焼却を成し遂げた。

「三年前、あの娘が咲にあれを遺した時から、この策は始まったんだよ?」

 ドヤ顔をかまし猛虎は言いきった。

 応龍らも、銀露らも言葉を失った。

 碧だけは三年前から予感していた。

 そして思った。兵糧焼きの効果はもってあと二日である。応龍らは陣を引き払うが、他の味方と合流し兵糧を補充すれば、すぐまた攻めてくるだろう。この三年がけの大一番を、猛虎はわずか二日の時間稼ぎのために使いきってみせた。

「それだけ価値ある二日なんだよ?」

 げっと、碧は思考看破してくる師匠へジト目を射出した。

「おいみんな! お出ましだぜ、今日のヒーローがよお!」

「ふぇ、わ、わたし女だよ?」

 月桂冠を乗せるミディアムな髪と犬耳、大きすぎる犬しっぽを揺らし、一桁の年齢にも見える妖精が桃色に光る矢を携え、敵陣から大回りして歩いてきた。

「では、また来るよ」

 応龍が去っていく。

「来んでもいいよ?」

「その時こそ大和は暗黒の魔導書(グリモワール)にのっとり、(かわや)の一つも残さず聖水と化すであろう」

「そして恨めしき仇・空柳義虎、おんしの首級(しるし)を必ずや挙げ、愛しきリーゼントを封印せし臥薪嘗胆を終わらすのであーる」

 樹呪、樹拳も去った。がんばんなと、義虎は呑気に手を振った。

 ビクつきながら見送る咲の頭を、ぺちんと、みなみが小突いた。

「強くなったね~」

「ありがと……これから、だしね」



「す、すごいね、あの応龍さんを追い詰めたんだ」

「だろお! しっかし上手えこと、あいつらだけで来てくれたもんだぜ!」

 砦の中央には本陣の置かれる社がある。

 まじめ組の咲と銀露に夕飯の支度を押し付け、鬼爪が愛する筋トレにいそしむ社へ、じゃんけんに負け卵をパシりに行った碧が戻ってきた。

「ん、それがトラの(はかりごと)だもん」

 じゃんけんに負けた碧が卵をパシってきた。

「どーゆーこったあ⁉ よお義兄弟、解説の時間だぜ!」

「兄者は木曽(きそ)どの率いる遊撃隊を張り巡らせ道を塞ぎつつ、偽の情報を流しておったのだ。どこどこへ大和への援軍が密かに迫っておるとか、列国それぞれが他国を大和と共倒れにさせんと企み鈍足になっておるとかな」

「で解説ぁまだか⁉」

「兄貴よ……だから」

 碧が下手くそに卵を割るのを監視しながら、銀露が懸命に説いているところへ、きららが愛想を安売りして兵たちを元気付ける活動を終え走ってきた。くるやいなや台所へスライディングする。

「らめっ、みどちゃにクッキンさせちゃ!」

「らめはダメ、ダメって言えるようなったでしょ?」

「ん、いつからおったし」

 義虎も次の策を仕込み終わり帰参していた。そして碧から卵のボウルを奪取するや醤油と砂糖を注入するも、あとは笑顔で咲へ押し付ける。

 ばっと、碧が咲を押しのけ卵を焼かんと試みる。

 はっと、きららが逆から咲を押し込んで妨げる。

 ぱっと、咲が間をすり抜け安全に調理を進める。

「で、できたよ」

 六人はちゃぶ台へたかり、卵焼き定食へあり付いた。

「ったく兄者よお、なんで卵焼きだけは上手えんだ⁉」

「だけとは失敬だね? うぃー、あれは今を遡ること十三年前、マハラーマ国にて密偵をこなす間の生計を立てんと煮卵売りに扮していた時のこと……」

「ん、その話もう十回目」

 外国の話題が出たので、銀露は頬を赤らめながら想い人へ話しかけた。

「碧は高句麗(コグリョ)へ駐屯していたが、食事はどうしていたのだ」

「ん、ただ飯ざんまいだよ、そこじゃ英雄だもん。讃えよ」

「高句麗と言えば!」

 きららに話を逸らされ、銀露は凛々しい眉をハの字にして義虎に慰められた。

「もう援軍はサンジョってくんないの? エジムトも、マヤテカも、ボロブジャヤも」

「うぃー、来れんね、敵は黄華以外もわんさかおるけど」

挿絵(By みてみん)

 マハラーマ国の《維持神》ビシュヌ、《破壊神》シヴァ、《創造神》ブラフマー。

 ヴァルハラ国の《戦争神》オーディン。

 オリンポス国の《天空神》ゼウス。

 バッビニア国の《英雄王》ギルガメシュ。

 〈八雷神〉たる《偉大なる帝(マヘーンドラ)》インドラ、《偉大なる力(アアト・ウアス)》セト、《偉大なる雷(アーサソール)》トール。

 されど、と義虎は立ち上がる。

「それでも大和魂(やまとだま)はとこしえに不朽」

 紅い羽織をなびかせ、紅い鳥居をくぐり、紅い心力を感じ、義虎は大和国へ広がる空の紅へ笑う。銀露が、きららが、鬼爪が、咲が、そして碧が、その背へと付いてきた。

挿絵(By みてみん)

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