二二 撃て麗亜! 天之尾羽張!
義虎は瞳を白め、視力強化し一帯を観察する。
__うぃー、逃げてばっかだと昇進できんよ?
公孫驁広がいない。三蔵たちと交代するかたちで琥玉城へ転移したのだろう。
城には今、義虎に斬られた傷で動けない沙悟浄の他、指揮を執る武官がいない。それを知る義虎が知らせて八丸丹毒斎が奇襲をかければ、城はじきに落とされる。この事態へ備え遣わすべきは、戦闘力からして義虎と戦えば討たれる可能性が最も高い、初級武官の驁広となる。
__戦闘にも役立つ厄介な覇術もっとるくせに?
ともかく驁広がいないなら、空間転移は警戒しなくていい。
あとは三蔵が強いる天道をどうするか。
覇術領域内にあって、天道の法則を誰に強制するかは三蔵が自由に選べるが、選ぶには視認する必要がある。相手が覇術領域外へ出れば支配できなくなる。
今、義虎は三蔵の術中にない。
__髄醒して視認される前に斬り伏せるか?
義虎の覇能は視力強化、覇術は速力強化である。
遠巻きに敵の目の動きを凝視しながら、その視界の外より一気に斬り込むのは十八番である。ただし霧に遮られ、中の三蔵が見えない。見付けないまま霧中へ突入し、こちらが見付かる前に見付け、近付き、斬り付ける。突入後も目にも止まらぬ速さで旋回し続ければ、あるいは可能かもしれない。
しかし竜馬が覇力感知を使う。
智将の三蔵ならば義虎の手を読むだろう。硬い八戒に背を守られながら、義虎の位置を感知する竜馬と動きを合わせれば、義虎を見付けることは難しくない。
__さて勝負すべきか。
しくじり天眼通の虜となれば、教え子たちを守れない。
__いっそ逃げ回るか。
無理だろう。三蔵が義虎を逃がすまいと霧を広げ始めた。碧たちがこの場で戦っている以上、離れられない。
__鳥居氏? うぃー、いいね共闘するか。
碧には覇力感知がある。一騎討ちへ水を差して悪いが、三蔵の位置を感知し教えるだけなら、やってくれるだろう。他力本願に後ろめたさなど欠片もない。
ばっと、義虎は霧を迂回し飛び去った。
ぐっと、目に入りかける汗を払い、碧は覇力を集中する。
「二つ目・旋風の舞」
最大瞬間風速五〇メートル。轟々と碧色にぎらつく暴風の壁が碧を囲って旋回し、赤紫がかった蘭の壁をむしり取り、巻き上げ、引き千切っていく。薄まる蘭の奥に人影が見える。
「一つ目・疾風の舞」
柱状に風圧を固め発射し、命中させる。
蘭の塊が吹き飛んだ。
__ん、また分身、いらつくぅ!
びょんびょん地団駄を踏みたいが、浮いているので踏めない。
『分身蘭花!』
初めに疾風を連射してから、悟蘭は自身の形に蘭を集め、変色させ分身を作り、それを一〇体動かして碧の目を欺いてきた。
今の碧が撃てる疾風は二〇発が限界であり、それ以上は覇力がもたない。すでに一〇発撃ったが、分身を潰すか空ぶるかで、本体に当てられない。
一体だけ、かわす個体がいた。
おそらく本体だと畳みかけると、案の定、無数の蘭を集結させ壁を築かれた。逃がさぬと、すぐさま壁を剥ぎ撃ち抜いたが、結果はこれだった。大技を連発させ碧を消耗させるため、分身に本体のふりをさせていたのだろう。
__もおっ。旋風は疾風の五発分も覇力使うんに。
これ以上もてあそばれてはいけない。
ごっと、全方位へ旋風を拡散させる。
「尖刃蘭花!」
そのとたん、残り三体の分身が解体され、花弁一つ一つが手裏剣さながら高速で回り、穴を掘り、地中へ消え、旋風をやり過ごし、その内側、碧の足もとから飛び出し襲いかかった。
「なっ……」
電光一閃、義虎がそれを切り裂いた。
決まった、と義虎はにやける。偶然にも危機を救った。
「ん、イカした登場できるように待っとったな」
「うぃー、そこへ言及するとか満点だね? で」
碧へ一騎討ちを中断するよう申請し、悟蘭の戦術を暴くことを条件にし受諾された。
「鬨はある 筆を上げよ 花霞 村雨 胡蝶 空寂 仗もて響かし 超ゆらば匂え 醒ますに震えて標を描かん」
「おのれ猛虎め、尖刃蘭花!」
__誰が助けに来たかは分かるんだね。
義虎は推理する。
__そしてこの技、穴も掘れるんだね。
霧中へ潜む三蔵を感知してもらう間、上下にだけ風の守りを張れない碧を守り、片腕しか使えないまま偃月刀を振り、下から猛進してくる蘭を弾きつつ、話を聴く。
「うぃー、蘭で壁作って君から見えんくなった時だろうね。分身、新たに作っといてだ、本体は手裏剣で掘った穴にでも入って、地面へ偽装させた蘭で蓋して隠れとるんじゃない? 今も潜みながら、目で見て狙っとる」
「ん、おけ。あっち」
碧が霧の奥、三蔵の位置を指さした。
__うぃー、この憶測だけで十分なん?
悟蘭が三蔵へ念話して知らせたのだろう、義虎を追う天道の霧が押し寄せてきているが、余力も少ないなか、碧はまるで臆していない。
そんな教え子が頼ってきた。
__うぃー、かわいい奴め。
がんばれと笑顔を交わし、いよいよ覇力を噴火させる。
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
「神足通」
ごっと、飛び出し羽ばたき加速していく。空へ赤く線を引き、急加速、急旋回、急停止、霧も感知も置いてけぼりに振り回し、急降下、霧を突き抜け疾風迅雷、寸分違わず白刃一閃、敵の胸を叩っ斬る。
八戒が砕け散った。
馬鹿なと、そのまま踏みきり突っきって、霧を飛び出し振り向いた。
__手応えなかった……。
間違いなく三蔵を斬った。
確かに、まとめて後ろの八戒も粉砕したが、なぜ八戒だけがやられたのか。
__実体を消した⁉ そんな神通力もあるんかよ……されど斬り込みには気付かれとらん、されば義虎が髄醒すると察した時点で備えて発動しとったか?
苦く笑う。
__うぃー、斬れん敵をどぉやって倒せと。
霧が押し寄せる。うっとうしいと強靭な翼を一扇ぎし、霧だけに霧散させてやる。
一つだけ手を思い付いた。
だが機会は一瞬なうえ、通じなければ他に打つ手はない。
__新兵の苦戦ぶり次第では一時退散し……。
ばっと、麗亜の一騎討ちを見るや飛び出した。
横目でだが、麗亜や碧の戦況は頻繫に確認していた。今の今まで、麗亜は武官である賀停を相手にむしろ攻勢だった。ところが武装が消えている。
__覇力切れか。指摘してやるべきだった。
昨日の夜討ちで分かっていた。戦に不慣れな麗亜には、やるんだという衝動が先走り、余力を考慮し加減すす理性を覆してしまう傾向がある。だが昨夜で懲りただろうと放置していた。
分かっていてもくり返してしまうのが新人だと失念していた。
音速を目指し義虎は加速した。
恐い。巨大な遠心力を纏う巨戟の鋼鉄の柄が殴打にくる。当たれば死ぬ。恐い。とにかく逃げる。否、逃げるように距離を取ってかわす。いける。振り向きざま、麗亜は賀停を狙い、横へ薙ぐ一閃を放つ。
「きえーっ!」
「甘いわ小娘」
剣圧の矢は、しかし巨戟の刃に潰された。
__威力が弱い……。
昨日の夜討ちでも、気迫を込めた一撃を義虎の偃月刀一本に弾かれた。
__空色彗星はこんなものじゃない!
「きえーっ!」
思いきり神剣を振り下ろし、渾身の一刀をほとばしらす。
賀停が巨戟で切り上げる。剣圧の飛弾はそれを打ち返す。
__もっと強く!
「きえーっ!」
畳みかける剣圧が、巨戟を地面へ叩き付ける。
「きえ……」
「調子に乗るな!」
戟の刃は、槍状の矛の側面に三日月型の戈、月牙を取り付けたものである。巨戟の月牙が分離する。ブーメランのごとく唸り飛んでくる。恐い。
__これ危ない、撃ち落とさなきゃ!
「きえーっ!」
だが大振りの剣圧は、月牙に軽くかわされる。
巨大な飛ぶ刃物はもう目の前。恐い。
「やだっ!」
間一髪、うずくまってやり過ごす。すぐさま月牙を目で追えば、弧を描き、再びこちらへ向かってきている。恐い。
__速い、どうすれば……あっ。
「きえっ!」
義虎に教わった新たな戦法、素早い小振りの剣圧を撃つ。かわされる。だが惜しい。
__もっと速く!
細切れに、小さな剣圧を連射する。
「きえっ! きえっ! きえっ!」
直撃し月牙が墜落する。同時に巨戟の矛が突っ込んでくる。
__大丈夫、間に合える!
「きえーっ! きえーっ!」
一撃必殺、大きな剣圧を発射する。
爆音が弾け、矛を払いのけるや、飛来しようという月牙へも追撃し、遠くへ吹き飛ばす。と、飛ばされる月牙が軌道を変え、賀停のもとへと戻り、待ち受ける矛と合体する。
「やるな、だがこれで終わりだ!」
「終わりなのは、そっちだから!」
__もっと強く……もっと速く……もっと大きく!
「きええーっ!」
万丈の気を吐き、腹の底から力を焚き上げ、激しく、空色輝く霊気を渦巻かせ、大上段、神剣・天之尾羽張を叩き下ろす。眩く、音響と振動をうち広げ、空色彗星が猛進する。
対する賀停も、ドリル状に高速回転し唸る巨戟へうんと助走を加え、真っ向から撃ち出す。
「えぁあああーっ!」
「うぉおおおーっ!」
炸裂する。
がっと、轟音が鳴動する。
びっと、閃光が飛散する。
ぶっと、火風が乱舞する。
「えぁあああーっ!」
「うぉおおおーっ!」
霊気逆巻く神太刀の剣圧。
重厚固める巨戟のドリル。
威力は拮抗している。互いに覇力を、心力をはたき出す。
「えぁあああーっ!」
「うぉおおおーっ!」
「あっ⁉」
びっと、麗亜の体が痙攣する。苦しい。力が抜ける。
剣圧が弱まる。突破される。烈風切り裂き、巨戟のドリルが突っ込んでくる。
__うそ……。
「うぉおおおーっ!」
ぎゅっと、麗亜は目を閉じた。
赤い彗星がほとばしり巨戟を横からへし折った。