二一 かわいい子には一騎討ちをさせよ
五月二日。
灰荒野から東へ二キロあまり、砂のみが舞う荒灰原へ、黄華軍の補給部隊が現れた。義虎は新兵を連れ、丘の中腹へ潜んで見下ろした。
「玩具箱の触角 縮緬の柘榴 絨毯の紙風船 いざ数えて掴み売ってみよう」
瞳を変えていく。
縁取りを黒め、中を白め、中心を黒める。
視力強化である。このように覇力により変化する瞳を〈覇力眼〉という。
「ん、大将軍ともあろう者が固有の覇能使うだけで覇能詞いるん?」
「うぃー、唱えた方が盛り上がるでしょ? そんなことより」
__策略臭いね?
予想へ反し、補給隊の戦力は昨日とさして変わらない。
__おもしろい! さあ真っ向から爆砕させてもらうよ、犠牲となった光有くんや雲峰くんらに何がなんでも報いてやる、そうしてこの一戦を機に一挙に圧倒的に決してくれるわ、教科書にも載せてくれるわ〈猿虎合戦〉! その結末は猛虎の大勝利なりと!
「君たちは予定通りに動きな、始めるよ」
「「おう‼」」
どっと、義虎は丘を飛び出し急降下、敵勢の横腹へ殴りかかる。
「「ぐわあっ‼」」
「出たぞ猛虎だ!」
「迎撃態勢を取れ!」
「超魂顕現『鉄刃戦紅』」
不意討ちし、名乗らず、出だしから超魂覇術をもって畳みかける。
兜の額に猛虎を象る前立をかかげ、後ろへ柳の房飾りを盛ってたなびかせ、赤糸縅に編み込む鎧を着込み、黄色く猛虎を描く赤い陣羽織をひるがえし、黒い袖をはためかせ、刃の反りを目立たす赤塗り柄の偃月刀を飆回させ、遮二無二、義虎は斬り進む。
補給隊長・盤毅が睨む。
「速い。それに尽きるが……」
ここまで当人の武力へ依存する覇術もあまりない。破壊力はなく、応用も効かず、有効範囲も極端に狭い。単なる鎧仗覇術の強化版に過ぎない。
「だが術者が猛虎である以上、一切の油断は許されぬ、行くぞよ!」
「「おう‼」」
__うぃー、来たね?
ばっと、叔孫盤毅、季孫悟蘭、長孫賀停が兵を退かせ、三方から義虎を囲う。
さっと、義虎は三将と斬り合いつつ、帯に吊るす合図の法螺貝を吹き鳴らす。
どっと、碧、麗亜、妖美が丘を跳び出し、義虎が築いた敵中の道へ走り込む。
「超魂顕現『万蘭嵐巻』!」
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
花には風。悟蘭の前へ、清浄なる巫女姿の碧が立ちふさがる。
「超魂顕現『巨重刃戟』!」
「超魂顕現『空色彗星』!」
戟には刀。賀停の前へ、俊敏なる鎧姿の麗亜が立ちふさがる。
「超魂顕現『泥粘操演』!」
「超魂顕現『闇夜奈落』」
泥には闇。盤毅の前へ、壮麗なる鎧姿の妖美が立ちふさがる。
「君らの相手はこの子たちだよ?」
「一つ目・疾風の舞」
びっと、碧色の風圧が奔り、万の蘭の壁をないも同然と突き抜ける。かわす悟蘭へ、碧は続けざまに疾風を撃ち込んでいく。蘭の渦に取り巻かれる。焦らず風へ巻いて吹き飛ばす。
「きえーっ!」
ごっと、空色の剣圧が奔り、巨大な戟の刃を押しのける。と、押しのけた軌道を逆用され、遠心力を得た巨大な鋼の柄尻が殴打しにくる。その迫力に麗亜は恐怖する。が、それも一瞬、逃げるように距離を取ってかわし、振り向きざま、賀停を狙い、横へ薙ぐ一閃を放つ。
「見たまえ、身どもの美しい闘技を」
ぼっと、黒色の闇夜が奔り、うごめく泥と盤毅を覆っていく。視界を失う前にと泥の弾を連射されるも、電光石火、妖美はかわしながら突入する。泥の波が寄せ、跳躍する。そこから高速で回転しつつ、流星と化しほとばしる。盤毅が立てる泥の壁を、偃月刀一閃、触れずに凹ませたところで、闇が回りきり周りからは見えなくなった。
__うぃー、奇異な現象。ま、いっか今は。
ふっと、義虎は微笑む。
重ねし錬磨。
積みし場数。
鍛えし心力。
その全てを叩き出し、その一点へ命を燃やし、そして永遠に認め合う。海内一帯あまねく武へ生きる者たちにとって、悠久の歴史が固める、断固不可侵たる神聖な儀礼。理屈を超えた戦人の本能。
それが一騎討ちである。
『一騎討ちこそ人類至高の祭典、これほど多くを学べるものはない。故に我がかわいい教え子たちよ、いざ猛り狂え、今こそ華の大舞台なるぞ!』
出陣前、碧たちへ贈った檄をくり返す。
『強い方が勝つのではない、戦って勝った方が強いんだよ。努々忘るるべからずぞ』
『ん、がんばる教え子、見とりなね』
『美しいと褒めざるを得なくなるよ』
『ボクも全力を尽くして戦います!』
教え子たちは真剣な眼を光らせ大きく頷いた。
__がんばれ。
おもむろに、義虎は自分の仕事へ向かい合う。
「初級武官・公孫驁広と申す」
「うぃー、臭い。泥使いらが素直に一騎討ちへ応じておる以上、残る君こそが義虎を止める切り札のはず、それが初級と?」
進み出てきた新たな武将が不敵に笑う。
「超魂顕現『滅離開扉』!」
驁広と義虎の間にある空間へ、亀裂が奔る。ガラスのように砕け散る。
唐三蔵、猪八戒、白竜馬、遠く琥玉城にいる三将が歩み出てきた。
「うぃー、空間転移とは」
義虎は舌打ちした。計算が狂った。
「超魂顕現『緑柱豚石』!」
紅梅色に光り、現れた豚の獣人、八戒が巨大化する。淡青色のベリルへ結晶し、アクアマリンの鉱物生命体と化す。
「超魂顕現『白玉聖龍』!」
白銅色に光り、現れた喋る白馬、竜馬が高く吼える。虚空より咆哮を響かせ、天翔ける白龍がうねり滑降してくる。
「超魂顕現『天上界開』」
銀密陀に光り、現れた聡き尼僧、三蔵が霧を広げる。人が輪廻転生する世界たる六道の最上位、天道が開いていく。
(うぃー、勝さん応答せよ)
今朝から受信している勝助の念話で密談する。
(かしこまった、四半時だけ粘ればいいね?)
敵が総力戦を仕掛けてくることは分かっていた。故にこちらも総戦力で迎え討つべく、下準備に抜かりはない。だがその計算は、敵味方の位置関係と移動に要する時間を考慮してのものである。
__うぃー、石猿! やはり凄まじいね君は。
公孫驁広は知らなかった。
遠くの場所と自分の場所を一つ扉で繋ぐ。距離も時間も関係なく、瞬時に味方を呼び寄せる覇術があるとは、盲点だった。
意図的に隠されていた。悟空は、いつか義虎に追い詰められた際の保険として驁広を抜擢し、義虎があらゆる場所へ忍び込ませる諜報員にも引っかからぬよう、徹底的に彼の存在を伏せていた。
__それでも勝つはこの義虎ぞ!
「斬る」
ごっと、八戒が砕け、白龍がのけぞる。
「なんという速さ……」
三蔵が唸る。雷轟電撃、義虎は目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら八戒の脚を斬り、白龍の顎を蹴り上げていた。硬化するのみの強化種や、獰猛なだけの獣の召喚種では、大将軍を脅かすには値しない。
ところが三蔵がいては話が違う。
世界種はその効果が及ぶ範囲〈覇術領域〉内で生じる法則を支配する。つまり、相手は思うように戦えなくなる。
義虎は三太刀目で三蔵を狙うが、エメラルド形態の八戒が盾となり、彼を砕くにとどまってしまう。そこへ白龍に喰らい付かれる。いなしつつ目玉を斬り付けにいく。
「天眼通」
途中で体が動かなくなる。
__うぃー、念動力……。
三蔵による神通力である。
相手や物質がどう動くかを予知することで、やめさせたり反対に動かしたりすることができる。
幾度か戦い、天道の効果は分析している。
霧の中、つまり覇術領域内にいる敵の覇術を封じ、代わりに、術者の三蔵と同じく神通力を用いた戦いを強制する。そして天眼通などの神通力を使いこなす術は、あらかじめ覇玉を登録した味方であれば瞬時に会得できるが、敵であれば自力で一から見出し磨き上げねばならない。
__義虎の適応力は極端に低い。
先天的なあらゆる素質が乏しすぎるからである。
確かに、義虎の戦技や眼力は今や、髄醒覇術なしでは太刀打ちできない領域へ達している。だがそれは、人も心も命も捨て、気の遠くなるような場数と研鑽と流血を積み重ね、十七年かけ、やっとの想いで体や頭へ染み込ませた技術である。
__もし石猿とかオカビショとかの天才が同じ積み方すれば……。
ちっと、舌打ちする。
__半月で抜かされる。
そんな義虎が、一戦のさなかに神通力へ適応するのは、不可能である。
それも今は、常に碧たちを気遣いながらの戦いとなる。彼女らが危うくなれば、たとえ絶好の好機を目前にしていようとも、投げ出し、駆け付けねばならない。
ならば速戦即決である。
力任せに天眼通の金縛りへ抗う。
__天道が牙をむく前に斬る!
通り過ぎようという白龍の肩へ、偃月刀をねじり込む。
強固な鱗と金縛りに邪魔され、傷一つ付けられない。白龍が進みながら足の爪で斬り付けてくる。縛られるまま紙一重でかわす。続く長い尾にしたたか打たれ、突き飛ばされる。
左の肩が外れた。
落下地点にはヘリオドール形態の八戒が待ち受け、金縛りも継続されている。
加速する。
覇術が使えずとも義虎は速い、八戒が鈀を叩き込んでくるより先にその懐へ突っ込み、爆ぜる。すでに使い物にならない左腕から衝突し、激痛と引き換えに三蔵を驚かせ、集中力を途切れさせる。
天眼通が消える。
その瞬間、目にも止まらぬ速さで上空へ消える。
いったん霧の外へ出て、大将軍は作戦を練った。