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十八 大和国十六将軍

  __麗亜よ……すまぬっ!

 真珠里(しんじゅのさと)、麗亜が生まれ育った活気あふれる土地である。その城下町を見渡す天守閣の露台へたたずみ、里を治める将軍《九頭龍(くずりゅう)天龍義海(あまたつよしうみ)は眉をひそめていた。

  義海には悲願がある。

 革命を成し朝廷を刷新し、民を救うことである。

 そのために、志を同じくする麗亜を送り出した。

 彼女から念話が入り、陰山(かげやま)城での模様を聴いた。

 __こうも深刻だとは。

 空柳義虎は、想定していたより根深く戦国を患っていた。

 大和朝廷は、想定していたより手酷く仁義を欠いていた。

 木村麗亜は、想定していたより色濃く心労を重ねていた。

 麗亜は泣き出しそうだった。

 愛おしい、大切な教え子が苦しんでいる。今すぐにでも飛んでいき、抱きしめ、連れて帰りたくなった。

 __行かせるべきではなかったのじゃ……。

 空柳義虎を調べる。

 これは義海らの率いる派閥〈八百万(やおよろず)派〉の急務である。

 宰相〈大納言(だいなごん)〉の座にある大将軍《閻魔(えんま)富陸毅臣(とみおかたけおみ)ら率いる、帝国主義をもって朝廷と軍部を統べる〈高天原(たかまがはら)派〉を滅ぼし、大和国を〈民が平和で自由な世〉へと返り咲かせる。

 この志を遂げるためには、戦力的にも、戦略的にも、義虎を仲間へ引き込むことが必要不可欠となっていた。彼は現役の大将軍のなかで唯一、高天原派へ属していない。

 何より、八百万派が最も救いたいと熱望とする、奴隷である。

 しかし、彼は戦の絶えぬ荒廃した最前線にいる。そして、大和国が天下へ誇る武士道精神とはかけ離れた、勝つためならば手段を選ばぬ狂戦士と噂される。

 その武力、知力、心力は当てにできるか。

 その思想は味方としても問題ないか。

 そもそも味方となってくれるか。

 義虎へ近侍し、これらを見極める。正体を隠し、戦場で生き残りながら。

 辛い任務となるだろう。

 だが麗亜は、全て心得たうえで志願した。

 義海はその熱意に打たれ、純真無垢な幼い少女を送り出してしまった。

 阿鼻叫喚がこだまし、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が這いずり、流汗淋漓(りゅうかんりんり)が吹き荒れる、九夏三伏(きゅうかさんぷく)の紅蓮地獄へと。

 もう十分だ。帰ってきてくれ。

 義海は念話で訴えた。よじれる胸を押さえ叫んだ。

『投げ出したくないんです!』

 麗亜は拒んだ。

『殿下のお役に立ちたいんです。民が平和で自由な世、ボクの夢でもあるんです。それに大将軍は、死を顧みない……放っておけません!』

 少女はこぼした。

『ここに来てやっと分かりました。この世は残酷なんですね。残酷なのに、そこで生きる人は助けを求めようともしない。助けようとすれば振り払ってくる……残酷なのを変えるべきだって思ってない、ううん、変えたいって思えなくなるまで、心が壊れてしまってます。そんなの……』

 少女は絞り出した。

『許せない』

 義海は目頭が熱くなった。

『殿下、ボク、闘います。こんな残酷なの、変えなきゃだめなんだって……大将軍に心を取り戻させてみせます!』

 悲壮に吐き出す少女の決意を前にして、義海は首を縦に振らざるを得なかった。

 __もう後には引けぬなら、せめて無事でいてくれ。心身ともに……。

 いま一つ、義虎の在りようも気にかかってならない。

 いったい、どれだけの死地を乗り越えてきたのか。麗亜の報告から垣間見た彼の戦技と智謀と執念は、およそ血の通った人間のものとは思えなかった。



 義虎は翔ける。

 __うぃー、ヒュドラ面倒くさい。

 よって術者の大辛(だいしん)を仕留め消滅させる。

 賀停(がてい)が叩き込む(げき)をいなし、覇力甲を固め蹴り飛ばし、ヒュドラの首の分かれ目へ激突させる。怪物、逆上す。にやりと笑い、怒り狂う首が戟や蘭、泥へ衝突するよう誘って飛ぶ。賀停が慌てて戟を引っ込め、盤毅(ばんき)が舌打ちしながら悟蘭(ごらん)へ命じる。

「濃くではない、広くだぞよ。一時でも減速させれば泥で捕らえる、急ぐぞよ!」

「心得た、結界蘭花(けっかいらんか)!」

 ヒュドラを囲い蘭が拡散するが、やはり各部は薄い。

 __大将軍《猛虎》を減速せしめるなど、一時たりとも不可能と知りな?

「斬る」

 泥も戟も引き離し、斜めに回転しながら蘭の壁を突き抜け、ヒュドラの頭へ乗る大辛を目がけ姿勢を固め、突貫する。

「う、うわあっ、来るな来るなあーっ!」

 至近距離でヒュドラが毒を撃ってくる。かわす。

「来るな……」

 かすれて声を作れない大辛の最後の抵抗、毒の蛇矛を受け流し、右脇腹から左肩までを一刀両断するその刹那、猛虎は囁いた。

挿絵(By みてみん)

窮鼠(きゅうそ)に噛まれぬ猫こそ猛虎ぞ」



 孟孫大辛(もうそんだいしん)、討ち死に。

「勝ったね、鎧仗のみで」

 ぼそりと妖美が呟き、こくりと麗亜が頷いた。ヒュドラが消えていく。

 碧は釘付けとなっていた。

 __これが大将軍の実力……地味だけど。

 義虎は速かった。確かに、彼の覇術は速力の強化種だが、それは超魂(ちょうごん)覇術を使わなければ発動しない。また鎧仗状態では肉体強化がなされるが、碧の八分の一しかない義虎の覇術適応値で得られるそれなど、雀の涙ほどにすら達しない。

 義虎が今見せた速さは、日常的な動きのそれだった。

 __これが、わーの先生……地味だけど。

「おのれ猛虎! 収縮蘭(しゅうしゅくらん)……」

「全軍、退却するぞよ!」

 同胞の仇を討たんとする悟蘭を、盤毅が止めた。砕かんばかりに歯を噛みしめながらも、隊長として《斉天大聖(せいてんたいせい)》の策と威光を預かる責務を疎かにはしなかった。

「重体であろうと侮ったことが悔やまれるぞよ。だが次は力も策も万全に整え、必ずやそなたを醜悪なる土塊(つちくれ)と化してくれるぞよ」

「うぃー、やっぱ偽装ってことね?」

 __ん、やっぱ?

 碧は義虎が目をやる先を見る。兵糧の輜重(しちょう)車がある。

 盤毅らが置き去りにしていく無数の俵の中身は、全てただの土であった。

 碧は察した。義虎はこれを読んでいた。

 故に、ただの一人で奇襲を済ませ、手札をまるで見せなかった。戦の下準備をすると別行動を取った二日と半日の間に、義虎が何らかの策を仕込んだのは間違いない。それを温存したのは、近いうちに必ずやって来る本物の補給隊を確実に滅するためだろう。

 __眼力魔(がんりきま)か。

 碧は唸る。そこへ義虎が、逃げていく盤毅隊を背に舞い降りてきた。

「さすが石猿、まずは囮で義虎の反応と状況を探らせたね。本命は次に来る、じきに総力戦を仕かけるよ?」

 総力戦。心中、碧はその言葉をくり返した。

 __わーも、暴れてやるからな。



 大将軍《閻魔(えんま)富陸毅臣(とみおかたけおみ)黄泉(よみ)の召喚種を使う、現人神(あらひとがみ)たる絶対権力者。

 大将軍《火之迦具土(ひのかぐつち)焔剛獅獣(えんごうしじゅう)。熔岩の自然種を使う、無双の武を誇る獅子人(ししびと)

 大将軍《九尾(きゅうび)九鬼鎮子(くきしずこ)。空間の世界種を使う、権謀術数の権化たる鬼女。

 大将軍《猛虎(もうこ)空柳義虎(そらやなぎよしとら)。速力の強化種を使う、身も心も捨てた狂戦士。

 将軍《土蜘蛛(つちぐも)嶺森樹封(みねもりじゅほう)(むし)の召喚種を使う、武士道を貫く巨漢の猛将。

 将軍《雪鬼(ゆきおに)夷傑晩露(いけつばんろ)。雪の自然種を使う、朝廷へ抗い護国へ尽くす老雄。

 将軍《鳳凰(ほうおう)棘帯鷲朧(いばらおびわしおぼろ)。水晶の強化種を使う、仁義と信頼を重んじる鷲人(わしびと)

 将軍《九頭龍(くずりゅう)天龍義海(あまたつよしうみ)。九頭龍の召喚種を使う、民を想う慈愛の皇叔(こうしゅく)

 将軍《孔雀明王(くじゃくみょうおう)彩扇煌丸いろどりおうぎきらめきまる。色の世界種を使う、モヒカンの風流やくざ。

 将軍《皇神(すめらぎのかみ)山吹陽波(やまぶきひなみ)。光の自然種を使う、雷神(いかづちのかみ)の血を引く志士。

 将軍《八岐大蛇(やまたのおろち)山蛇陰滑やまくちなわかげなめり。影の自然種を使う、陰湿なる不気味な蛇人(へびびと)

 将軍《浄玻璃(じょうはり)武道沙朝(ぶどうさあさ)。鏡の召喚種を使う、心優しくも幸薄き戦乙女。

 将軍《阿修羅(あしゅら)仙嶽羅陣(せんがくらじん)修羅道(しゅらどう)の世界種を使う、国を愛する裏切りの武士。

 将軍《狂骨(きょうこつ)花魁美錦(はながしらみにしき)。骨の自然種を使う、妓楼を支配する妖艶なる毒婦。

 将軍《月詠(つくよみ)月宮晴清(つきみやはるきよ)。迷宮の世界種を使う、奥ゆかしく一途な美青年。

 将軍《禍津日(まがつひ)嶺森樹呪(みねもりじゅじゅ)。死神の召喚種を使う、中二病をこじらす仮面の女傑。

「うぃー、以上が」

 ドヤ顔で板書を終え、講師は三人並ぶ生徒を振り向いた。

 ここは盤毅隊が捨てていった物資の転がる道なかである。

「世界第二位の軍事大国たる大和国、現職の超級武官です」

「はい、義虎先生」

「はい、鳥居さん」

「自分で言っちゃいますか、身も心も捨てた狂戦士とか」

「お黙りあそばせ、では問題です。なぜ先生は、チョークと右腕の労力を笑っちゃうレベルで消耗させてまで、フルネーム十六を同じ高さから書き始めかつ横へ羅列したのでしょう」

 麗亜が妖美と顔を見合わせた。

「うーん全員同じ、漢字四文字だから?」

 冗談で言った麗亜も、碧も妖美も、それ以外思い付きそうにない。義虎は優越感に酔いしれた。

「木村さん大正解だよ?」

 焔剛猫三郎(えんごうねこざぶろう)

 静かに、義虎は麗亜の辛い記憶を揺さぶる名を出した。

「ここ三〇年、朝廷には漢字四字の名を由緒正しきものと見なす風習があります。その中でわざわざ、最たる重鎮である焔剛一族の子を五字となるよう、それもライオンでありながら力の劣る猫の字を用い名付けしこと……そして実際、努力のすえに初陣にして儚くなったことから、この憶測が現実味を帯びます。彼は初めから」

 かっと、義虎は眼を見開いた。

「政敵を消す(はかりごと)のための捨て駒として育てられた」

挿絵(By みてみん)

 うっと、麗亜が口を押さえて青ざめた。

 そっと、妖美が麗亜の肩へ手を置いた。

 はっと、碧が眉をひそめ義虎へ尋ねた。

「つまり義虎は、火之迦具土(ひのかぐつち)の甥を儚くした罪で罰せられると」

 なっと、麗亜がますます青ざめ顔を上げたが、義虎は微笑みかけた。

「当分は無問題(もーまんたい)、それ単体だと弱いから」

 __風神雷神の(えにし)もあるし。いやむしろ朝廷が一番待っとるのは、君を使った謀が成就するその時かもね?

 にっと、義虎は冷笑した。

 __密偵(スパイ)紅家(べにや)麗亜。

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