十七 大将軍が暴れるとこうなる
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは君らの崇拝せし斉天大聖さまを完膚なきまでに蹂躙し、俺さまの『唯一畏れる怪物ってなあ紛れもなく』中略『おめえだ』とさえ言わしめた大和国大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」
「名乗った、だと」
碧は目玉をぱちくりする。麗亜に至っては自分の頬をつねっている。
「いざ我が首を取りて、生涯豪遊が財へ埋もれてみせい!」
「しかも、るんるんで」
武器も鎧も出さぬまま、無駄に派手に連続し宙返りし急降下し欠片も減速せず、か細い体で真正面から、武器を突き出す敵兵五〇〇〇のただ中へ、一人で。
「突っ込んだ」
そして生物兵器さながら徒手空拳のみで圧倒する。
「出たぞ猛虎だ!」
「大将軍の首ぞ!」
「それ討ち取れ!」
薙刀を振りかぶる大男が振り下ろすより早く、義虎はその懐へ踏み入る。鉄拳ねじ込み、巨体を遥かへ放り飛ばす。
大斧の唸りが視界を遮るや、地面と平行に身を回しやり過ごす。着地する軌道の中で顎を蹴り上げ、泡を吹かせる。
三方から、槍が同時に突き出される。すでに跳び、下へ見送りながら稲妻さながらに蹴り、三人まとめて鎧を砕く。
「おのれ、我らを侮るな!」
「囲い込め、数を活かせ!」
「奴とて人間、疲れるぞ!」
柄の先へ巨岩のごとき鉄球をもつ錘という武器がある。木端微塵に、その鉄球を殴り壊し、そのまま持ち手も殴り伏せる。
剣士が一・五メートルに及ぶ幅広い刀身で斬り付けてくる。それを踏み付けつつ腹を蹴り飛ばし、後ろを巻きぞえとする。
背後から襲いくる三股の矛を、横へ一足動くのみ、小脇へ抱え、首へ手刀を入れ奪い、弧を描いて投げ飛ばし敵を減らす。
「第三陣、猛攻を受け、被害甚大!」
「第二陣、修復が間にあいませぬ!」
「第三陣、と、突破されましたっ!」
弓隊の矢の雨を、さも遅いと言わんばかり、鋭く巧く、かわすと思えば直行からの直角へ突貫。瞬時に部隊を壊滅させる。
大きな、胴を両断するほどの手裏剣をよけると同時、中心の穴をわし掴む。風を巻いて投げ返し、十数人を宙へ投げ出す。
遠距離から鎖を伸ばし、隙を突く鎖分銅。と見るや、いなし絡め取り、逆に振り回し竜巻を生み、他の兵ごと屈服させる。
「ん、荒武者すぎ……」
妖美ですら口をあんぐりとし、麗亜に至っては自分の頬をつねっている。
「敵武官を引きずり出す挑発としては、美しいのかな」
「おぉー、でもでも! 鎧仗してないから肉体強化もないよね? 骨と皮のあんななのに、なんであんな馬鹿力なの?」
「うぃー、君それ粗相だよ、ちなみに馬鹿力は、本来は気体状の覇力を固体レベルにまで圧縮する高等戦技〈覇力甲〉を打撃とともに叩き込んどるってカラクリだ、上級武官であろうと使いこなせる者は稀有ね、初めて逢った日に地上数百メートルから落ちて無事だったんも、瞬時にこれを纏い鎧としたからだよ?」
「「え」」
今の今まで敵中深くで暴れていた義虎が、碧たちの上へ戻っていた。
「はい突撃」
「ん、やだよ冗談きついってぇ」
碧は泣きべそをかいてやった。
以前、四人で四〇〇〇人の中へ飛び込んだ。しかしあれは、あくまで一点突破する脱出劇である。義虎は今、四人で五〇〇〇人を討ち平らげ、その奥にある兵糧の山を一粒残らず消し炭とするまで、暴れ続けよと強要している。
「うぃー、むしろ喜ばんかい」
「もはや美しいほど楽しそう」
「だって、こんな贅沢な戦況めったにないよ?」
義虎は説いた。自分たちが琥玉城を去ったのち、悟空ら黄華軍は瞬く間に城を落とした。ろくに抗戦もせぬまま、城主・八丸丹毒斎は全軍を引っ立てて落ち延び、派遣されてきた山蛇陰滑からの援軍と合流し、山中へ身を隠した。
だが黄華軍は兵糧問題に悩み始めた。
「うぃー、石猿と別れた足で義虎が城へ潜入して一部を焼いてきたからね?」
「「え」」
「ん、そんな簡単にできるっけ?」
「うぃー。皆にもやってもらうよ」
「「え」」
ともかく大将・孫悟空が不在となった黄華軍では、丹毒斎を追い山へ入っても、地理に明るい彼らを滅するには時間を要する。それでは兵糧を使い果たしかねない。持ってきた兵糧に限りがある以上、占領した地で食糧を補充できないとなると、本国から補給してもらわねばならない。
「されど黄華軍は動けんよ」
さっそく遊撃の腕を見せ付けた義虎がいる。
補給部隊が来られないなら、侵攻を諦め帰国すべきである。
ところが悟空に謀反の嫌疑がある以上、帰れば黄華朝廷に捕縛されかねない。
副将・唐三蔵は迫られた。
「苦汁を呑んでお縄になるか、石猿の残した保険を信じ敵中に活路を見出すか……決断した。戦うと! うぃー、やばい羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経……保険というのは十中八九あの補給部隊だよ、すなわち潰せば戦は終いだよ、城から援軍が来ようと潜ませとる義虎の懐刀たちが絡め取るから無問題だよ」
「……美しい。美しい。美しい」
「ね、暴れたくなったでしょ?」
「新兵を大将軍と一緒にしないで下しゃい」
碧は麗亜を半泣きにさせ高笑いする義虎を蹴っ飛ばそうとし、かわされた。
「うぃー、引きずり出した敵武官は四人、一人削ってくるね?」
「「え」」
どっと、義虎は戦場へ馳せ戻る。
「鎧仗顕現『鉄刃』」
義虎の武器は、赤い偃月刀。なんの変哲もない、刃が大きく反った薙刀である。
義虎の甲冑は、赤い当世具足。大和国にて修練された覇玉は、横に長い小札板を縦に繋ぎ、機動性に優れるこの鎧を生む。
そこへ敵武官が四人。兵を退かせ、マントをなびかせ、胸部の楕円形プレートが光る頑強な鎧、明光鎧に身を固め進み出る。
「超魂顕現『万蘭嵐巻』!」
中級武官・季孫悟蘭。万にものぼる、蘇芳色の蘭の花弁を操る自然種を使う。槍の穂先やマントが花びらの形となる。
「超魂顕現『巨重刃戟』!」
初級武官・長孫賀停。二〇メートルに達する矛へ月牙を加えた方天画戟を生み出す召喚種を使う。武装はそのまま。
「超魂顕現『蛇毒九頭』!」
初級武官・孟孫大辛。九つの頭と毒をもつ巨大な蛇の召喚種を使う。甲冑に蛇をあしらい、矛の刃へ毒液がにじむ。
「超魂顕現『泥粘操演』!」
上級武官・叔孫盤毅。高い粘着性をもつ泥の自然種を使う。布で顔を隠す厚手の衣姿と化し、鎌槍を泥中へ手放す。
ぐっと、羊羹色の覇玉を腕輪へはめる手を掲げ、盤毅はまっすぐ義虎を指す。
「そなたが出現するは想定内、対策は万全だぞよ。さあ、偉大なる斉天大聖さまの顔へ泥を塗るなど不届き千万、わしらの連携覇術をもって、その報いを受けさせてくれるぞよ!」
「うぃー、言うことも喋り方もおもしろいね君?」
すっと、義虎は腕をかき眼を細める。
狙うは最も厄介そうな大辛の大蛇のみ、烈風と化し突貫する。
「旋風蘭花!」
その進路を悟蘭の放つ蘭の竜巻が妨げる。たかが花とは言え、膨大な数でたかられては動きを封じられ、さらに呼吸も妨げられる。そして一つ一つが軽く、機動性は比類ない。
「斬る」
斜めに回転しながら義虎は蘭を切り裂き、微々たる躊躇もなしで進路そのまま突貫する。
これと見た盤毅の号令一下、賀停が巨大な戟を動かし、大辛が大蛇の毒液を発射し義虎を狙う。常人ならとうに拘束されている竜巻の中でよけられるはずはなく、状況を視認できるはずもない。
「ふぁ⁉」
思わず麗亜が声を上げ、碧も目を疑う。
大蛇の九つの首のうち、二つが胴を離れていた。
「美しい戦技だ。毒で蘭の一部が朽ちるや、その隙間を、毒をかわしつつ、背後より迫る戟より速く抜け出して、そのまま前後へ重る首二つを斬った」
妖美が分析し碧が唸る。
盤毅も唸る。泥が、蘭が、戟が、毒が、義虎を潰しに突き進む。
__マジか。おったね、こんな幻獣。うぃー、そうヒュドラだ。
「山吹色の七芒星は語る 花霞 村雨 胡蝶 空寂 あばく 双角の油売り 三面の牛飼い 掘り出す六髯の戦車乗り 御空に堂々並べて記せ」
その義虎は巧みに大挙をかわしつつ念じ始めていた。
碧たちも気付いて驚いた。
大蛇の首が再生している。
戟を蹴り飛ばし泥を巻き込み、義虎は飛び回る。瞳が山吹色へ変色し鋭利な七芒星を浮かび上がらせたところで、大蛇を凝視し看破した。
__まことにヒュドラの召喚種とは……。
そして首をひねった。
__あり得るか? 遥かオリンポス国の神話体系が黄華人の覇術に現れるとか……とりま首八つは斬ってもすぐ生えてくる、仕留めるには鍵の一つを落とさねばだね、されど絞り込もうにも今斬ったんどれか忘れた。しかも……。
一閃する際にヒュドラに触れた偃月刀はその障毒をまともにくらい、煙を発して溶解している。毒の雫がかかった腕や肩も激痛にうめいている。
__うぃー、短期決戦にせんとだね?
碧は今にも飛び出さんばかりの鼓動を抑えるのに忙しかった。
陰山城で聴いた物議を思い出す。
麗亜が義虎へ叫んだ。命を大切にしろと。
義虎は麗亜を叱った。戦人なら甘ったれるなと。
__人間として正しいんは麗亜だよね、でも……正しくなれん環境がある。誰でもそこに陥るかもだし、我慢できるもんじゃないし我慢する必要なんかないけど……逃られんこともある。それでも腐らず己を保ってきたんが、義虎だ。だからこんなにまで……。
「強い」
「斬る」
苛烈な攻めをかい潜り、義虎は斜めに回転しながら一本、また一本と、俊敏なる刎頸を強いまくる。ヒュドラは憤慨し、大辛の命令を聞かず、九つの首や尾を唸らせ暴れ出す。無差別に致死毒がまき散らされる。地震が盛り、誰もが立っていられない。義虎に蹂躙された兵たちや、盤毅の泥がのたうち回る。
__すごい! 単に飛び回っとるだけなんに、あんな速さじゃ体も頭も息できんはずなんに、一つでも対処しくったら即死するんに……。
迷いがない。
焦りがない。
恐れがない。
碧は確信した。灼熱の死線を打破し続けた紅の戦人のみが立ち入ることを許される、不可侵の聖域にある戦闘慣れ。それが義虎の強さであると。