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十四 策士、本気出す

 かっと、義虎は目を見開いた。

 __勝つまでは、万回殺されようが死なぬわあっ、いざっ!

 両の拳を太鼓へ掲げ、上から続け打ち鳴らす。人を表す左の人差し指を立て、仏を表す右の掌で包み、如来の境地へ踏み入る智拳(ちけん)印を結ぶ。

()けまくも(かしこ)建御雷神(タケミカヅチのかみ)大前(おほまへ)(かしこ)み恐みも(まを)さく

 (おこ)

 八十八(やそや)(たま)に 九十九(つくも)(たま)に 百百(どど)大王(おおきみ)()き立ち(のぼ)

 三八九(さばく)()(ぼし) 三九二(みくに)()(がね) 書きて(うた)いて(ひら)きて(むす)びて(いわ)いて(かえ)りて(こいねが)

 四十万(しじま)(むくろ)()ゆる(やなぎ) 八百万(やおよろず)(さむらい)は舞える(くろがね) ゆけ想うがまま塗ってみせよ

 百千万億(つもい)の赤を……」

(待ちたまえ)

 ぎっと、義虎は繋がれた念話に噛みかかる。

(なんの真似だ妖美いっ⁉)

灰荒野(はいあらや)御身(おんみ)は言った、斉天大聖(せいてんたいせい)を破る七つの策があると。まだ采配したい手が残っているはず。ならば願う、努めて冷静に。感情論で死は覆せない。そして)

 妖美が声を低める。

(三つの責務を全うしてほしい。御身は替えの効かぬ……大将軍なのだから)

「……石猿、続きはいずれね。新兵、荷物持ちなね!」

 ぱっと、辺りを灼き焦がしていた雷の全てが消えた。

「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 義虎は雷の覇術を解いた。速力の覇術へ転じ急降下、左腕で妖美を、尻尾で碧と麗亜を捕まえ、目にも止まらぬ速さで飛び去った。



 __今ので四手目か。

 覇術を解いた悟空が静かに降り立ち、八戒たちを振り向いた。

「追い討ちはやめだ。戻って仕事すっぞ」

「ええっ⁉ ちょ兄貴、あんないつでも落とせる小城より、今は猛虎の首じゃあないのかい? 悟浄の仇でもあるんだし」

「な訳ねえだろ。あの周到で執念深い骨虎が、ここまで追い詰められてまだ三手も温存してやがる。天下無双たる俺さまの勘がこう言ってんぜ。そんな奥の手だ、この先も無策で踏み込んでくってのぁ賢くねえ……だが何よりだ」

 悟空は本気で警戒している。

 四手目、雷の覇術の存在が大きすぎた。

 それは灰荒野の戦いで見せた、新兵を利用した勝助との連携、開発した連弩のいずれよりも遥かに強烈だった。

「きききっ、超絶にやべえぞ……覇玉の二つ持ちなんざ、古今東西ただの一人でも存在したか⁉」

 ぐっと、誰もが唾を飲み込んだ。

 誰もが自分の一つしか使えない覇玉を、二つ使う。

 これは、人類の歴史と原理を根底からくつがえす世界的な一大事である。現場判断のおよぶ次元の話ではない。ただちに本国へ報せ、朝廷へ諮り、軍力を挙げ、慎重に対処せねばならない。

 そもそも義虎の倒し方が分からない。

 __心臓貫いてもピンピンしてやがるし。回復するからくりも解けねえし。

 さらに、悟空は義虎の三手目に気付いている。

 __とっととこの里から出ねえと……全軍で飢え死にするし。

 悟空は語った。

 なぜ、琥珀里(こはくのさと)は廃れているのか。

 岩と土と草しかない。もはや食物の絶えた死の土地である。

「骨虎が作為的にそう仕上げたんだよ」

「「えっ⁉」」

 兵糧(ひょうろう)攻め。

 領内へ敵軍の侵攻を許した場合に、飢えさせ自滅へいざなう仕掛けである。

「あいつにしかできねえぜ」

 ふつう領主が領内を腐らせれば、領民の反発を招き朝廷より罰せられる。あえてそれをやれば、何か企んでいると敵に気取られる。

 だが義虎は、その朝廷からの嫌がらせにより、領民の税を持っていかれ、学校や市場の確保はもちろん、城塞の工事や田畑の保護すら施せぬうえ、国境ゆえに絶え間なく戦が続き、ついには領民に去られている。

「腐らせても怪しまれることはねえ」

 そして兵糧攻めをかけるには、敵の本国からの補給路を断ち、この腐った土地へ幽閉せねばならない。速さを覇術にもつ義虎にとって、遊撃戦は専売特許である。これまで何度も、補給線への奇襲を成功させてきた。義虎が今回それをやらない保証がどこにある。

「仇は悟浄本人が討ちゃあいい、行くぞ」

 __いったい何年前から仕込んでやがった。マジで得体の知れねえ化物だぜ……大将軍《猛虎》空柳義虎。



「うぃー、連れしょん行こ?」

 覇術を解いて着陸するなり、義虎が妖美へ笑いかけた。

「かまわないが、もう少し美しい表現はないのかな」

「花摘みに行こ?」

「……ええ行こう」

 ぽつんと取り残された碧と麗亜は、一〇秒ほど見詰め合った。

「ん、尻尾、器用だった」

「おぉー、そこなんだね」

 義虎の尻尾に巻き付かれ、音速で三〇キロほど空を運ばれながら、今後の動きを聞いた。

 三手目の策により、悟空は追ってこない。

 近くに肋骨を治してくれる仲間が住んでいるので、義虎はいったん別行動を取る。新兵たちはこのまま進み、里境(さとざかい)にある関所で馬を調達して瑪瑙里へ入っていく。その頃には飛べる義虎が追い付くだろう。それから八岐大蛇を訪ねる。刑の執行を延期させる算段があるので、その後、琥珀里へ戻り戦線復帰する。

 そして五手目の策が牙をむく。

 悟空は帰国させられる。

 悟空のいない残党は義虎の敵ではない。兵権はなくとも、六手目、七手目の策を起動させ一気に反転攻勢をかけ、この戦で取られた分のみならず、過去に失った分も含め大和国の土地を奪い返す。

 それは紛うことなき大手柄、減刑を勝ち取り生き残るには十分である。

「……上手くいくかな」

 ふっと、麗亜が呟いた。

「ね。いくらなんでも見通しが楽観的すぎじゃない? ところで」

 碧は姿勢を低くし前進し、小便小僧と化した二人をガン見する。

「ちょ男子のトイレ覗いて何が楽しいの⁉」

「気になるとこ、そこじゃないでしょ変態」

 義虎は暴走せんとした。

 妖美はどうやって、やめさせたのか。

麗亜により四人全てが念話で繋がれていたので、二人とも妖美の言葉を聴いていた。果たしてあの中に、義虎の激情を鎮め得る材料があっただろうか。

「三つの責務」

 麗亜はうつむき、妖美の言葉を思い出す。

「って何かな、碧ちゃん?」

「三回までボケていいよ?」

 と割り込み、麗亜に派手に驚かれ鼓膜を痛め付けられたのは、碧ではなく義虎だった。

「童顔なんとかする責務。わーに抹茶の飴ちゃん貢ぐ責務。麗亜の変顔に感激して鼻血ぶちまける責務」

 と、麗亜のボケる権利を没収し、義虎に寸止めで殴られるのが、碧である。

「おや、ずいぶんと仲よくなったじゃないか」

「ん、違うただのパワハラ」

「うぃー、そんな外来語どこで覚えてきたんだか」

 麗亜は妖美より、三つのうちの一つを教わった。

 受刑する責務。



 元気になった義虎と合流し、麗亜は瑪瑙里の山道を走っていた。

 口をきけないでいた。酷い顔になっているのか、碧や妖美も話しかけられないようだった。

 __不条理だ。

 義虎が見せた、重傷の大将軍の身で土下座する卑下。

 勝助の念話で聞いた、彼らの危機や義虎の狂いよう。

 妖美が悟空同様に考察した、朝廷の義虎への仕打ち。

 __させない。

 誓い直す。これ以上、こんな理不尽をまかり通させてなるものか。

 具体的な方策はない。熱意と正論で堂々闘う。

 後ろ盾たる九頭龍たちが備えてくれる。義虎にも鞭打ちを回避する算段がある。ならば自分は、全力で後押しすればいい。

「大将軍、算段ってどんなのですか」

「うぃー、大将軍の最大の責務たる」

 嗤う義虎を見て、麗亜は臓腑を掴まれたような寒気をおぼえた。戦略がどうのという次元ではない、凄まじい謀略を巡らせているのが分かる。妖美が考察した通り、勝つためだけに自らの里を腐らせたのだとして、それはあくまでこの一戦における策略に過ぎない。

 __もっと先の何かを狙って……それにしたって……。

 目を逸らさずにはいられなかった。

 __これは人間にできる表情なの⁉

「戦に勝つことだよ?」

挿絵(By みてみん)



「うぃー、飛べぬって辛いね、陰山(かげやま)城まで片道二日はかかってしまう故に戻れば琥珀は全域が征服されとるやもしれぬ、まあ関係なく絶大挽回するけどね、なんの脈絡もなく思い出したけど義虎の家さ、よもや床板ぶっ壊したりしとらんよね、さような咎人は首と胴を離れ離れとしてくれるわ、なははは」

 馬を休めるため池へ立ち寄るや、義虎が碧を見やった。

「なぜ、わー、をみて、おっしゃ、るか」

「おっしゃ、るか。切り方おもしろいから無罪放免、とでも言うと思ったか?」

「お願い待って、わーがやったって証拠はあるんか、そーだ証拠を出せ証拠を」

「残念ながら内部告発があったのじゃ」

「誰だー、無垢なる仲間を売ったのは」

 義虎が手をかき指を鳴らし歓喜した。

「なははは、勝ったぜ引っかかったな、カマかけてやったんだよ⁉ はい首ちょんぱ」

「わーん児童虐待ー」

「児童って歳じゃないよね?」

「チビだもん。偽れるもん!」

「オカビショ、記録したね?」

「ええ、地面にね。嗚呼どうだい、美しい身どもの美しい機転は」

「よくやった、あとは任せろ、わーが直々に記録を抹消してやる」

 碧が猛然と疾駆し、何も書かれていない土を見て立ち往生する。

 うるうる目玉で振り返る。

「ごめんなさい碧を許して」

 嗤う義虎がふんぞり返る。

「三べん回って、わんと言いなさい。それで手を打とう」

「ぐるぐるぐる、わん」

「もっとカワイく」

 碧が全身全霊を賭して注ぐジト目に笑い転げ、義虎がどこかへ突っ込んでいった。それを尻目に、麗亜はしゃがみ込んで水面を覗く。はっと、立ち上がり皆を振り向いた。

 映った少女は笑顔を見せていた。

 妖美がやって来て黒い薔薇を差し出してきた。

「身どもはこう想うんだ。ここは美しい世ではない。しかれども嗚呼、美しい心を捨て去る必要など断じてありはしない。屈さずに、その心を広めることこそ……美しいとね」

「……ありがと。ほんとにそうだね!」

 薔薇を受け取った。造花のはずだが、ほのかに芳醇な香りが漂う。

「うぃー、謎技術」

「おわっ、いたんですか、いつから⁉」

「身どもが薔薇を差し出した辺りだよ」

「うぃー、どっきり絶大成功だね相棒」

「美しいよ身ども」

 妖美が前髪をかき上げるのに笑い転げ、義虎が馬の方へ突っ込んでいった。麗亜の鞍に便乗させておいた自分の荷物が、碧にあさられるのを見とがめたらしい。麗亜は吹き出した。

「義虎軍って緩すぎじゃない?」

「軍の気質は率いる将の人柄に左右されるからね。おそらく義虎兵からの美しい支持も、こうして気さくに接して寝食と苦楽をともにし築き上げたものだと思うよ。その美しい絆は必ずや美しい武器となる……とても参考になるね」

「おぉー、ボクは妖美くんを参考にするよ」

「うぃー、やっと追い払ったぜ。ではお食事だ、誰か猪でも獲ってきて?」

「「え」」

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