十二 骨虎おめえ、そこまでやんのか
絶途啊雷喩。
途は、道を指す。啊は、驚きの声を指す。喩は、告げることを指す。すなわち、逃げ道を絶ち驚呼させる雷霆のお告げという、落雷の豪雨である。
そんな百雷が三昧真火を踏みにじっていく間も、義虎は自在に操る光線群、懺悔之肖像で悟空を攻め続ける。
「十四番、変われ!」
悟空が毛を抜き、吹いて土へと変える。
その量の多いこと、全方位から撃ちかかる懺悔之肖像をまとめて防ぎ、逆に呑み込んでくる。さらに抜いてくる。
「十一番、変われ!」
津波である。
土の雪崩と混ざり合い、岩場も山道も知ったことかと大地を沈め尽くし、けたたましく怒涛を突き上げ咆哮を轟かせ、襲いかかってくる。
絶途啊雷喩で嬲り消し飛ばす。
爆ぜる衝撃が辺りを痛め付け、両軍もう目も開けていられない。
今だと、義虎は禁じ手を準備する。
同時に懺悔之肖像を回し、背後へ回り込んできた悟空を牽制しつつ、太鼓の二つを打つ。左の掌へ、右の拳を叩き込む。
「八卦・生ノ陣……堕嗚呼羅煮」
全身へ雷電をまとい、身体能力を底上げし電光石火、悟空の背後を取る。
合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。
「八卦・傷ノ陣……布都御魂剣」
布都御魂剣。
大和国に伝わる神話において、雷神・建御雷が振るう神剣である。
黄金色に、燦然と弾け輝く雷の太刀を握り振りかぶり、斬り付ける。如意棒を唸らせ防がれ、気付かれる。義虎はもう布都御魂を握っていない。懺悔之肖像を集め、疑似的に握らせている。空いた手はすでに次の印を結んでいた。
「雷剛・天無絶雷」
「さすが戦い慣れてやがる」
よけられる。撃ち続ける。
「柳の硝子細工は観音開き 東へ障子戸 西へ格子戸 吊るし門は北へと解け 埋門は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門はがれ 金 銀 銅 鉄 ことほぐ厨子にことほがん」
禁じ手を使う作業を平行しつつ、撃って撃って撃ちまくる。
数十発はよけられた。だがいかに悟空といえど、広範囲へ、絶え間なく、高速で突っ込んでくる雷剛をゼロ距離から連射され、回避し続けるのは無理がある。それも一撃一撃の威力が高い。
ついに一発くらわせ大きく体勢を崩させるや、立て直す暇など与えず畳みかけ、撃ち抜き、撃ち抜き、撃ち抜き、休まず撃ち抜いて撃ち抜きまくって遥かへ突き飛ばす。
「空雷牙」
そこには義虎がいる。
堕嗚呼羅煮の最大出力をもって先回りし、その猛烈なる勢いへ乗せ、かわせぬ間合いから、布都御魂剣を叩き込む合体技である。
「四九番、変われ!」
悟空は堅牢で巨大な花果山を盾とし、逆に押し潰しにくる。
今だと、義虎は禁じ手を断行する。
するやいなや、指を張る両掌を前へ向け、親指、人差し指を付け三角形。合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。
「布都御魂剣・自凝ヲ コヲロコヲロト 掻キ成ラス 天ノ沼矛ヲ 顕セ賜ヘ」
花果山がひび割れる。
天沼矛。
神話において、天より海をかき混ぜ最初の島を創った神器である。
その大いなる刀身を形作らんと、布都御魂剣の雷光が拡散する。ぐっと、義虎は力任せに花果山の岩壁を削り込んでいく。
「七二番、変われ!」
天沼矛が弾かれる。霧散する花果山を破り、天をも貫く如意棒が突き上がる。
「石猿うっ!」
「骨虎あっ!」
一振りにして一帯の地形をかち割る巨人の矛と棒が唸り合う、けたたましき殴り合いが勃発する。振りかぶり、放り込み、ぶつけ合うごとに災害そのものたる火花が踊り狂い、轟音が飛び散り、衝撃が翔け抜け、空気を沸騰させる双大将軍の気迫と雄叫びが猛り立ち、咲き乱れ、奔り抜け、辺りの全てをつんざいていく。
「一つ聴かせな」
満身をもって鍔ぜり合いながら、義虎は眼をぎらつかせる。
「天にも斉しき《斉天大聖》たる君には、並みの将軍たちが死力を尽くす戦も遊びとなんら変わるまい。されば今、かように地力を試される気分はいかに。新鮮か」
「ああ真新しいな、楽しいぞ、燃えてきやがるぜ」
如意棒を引かれ、つんのめる天沼矛を横から打ち据え飛ばされる。
「空雷牙」
飛ばされた距離を助走に使い突っ込み、迎撃しに如意棒を振りかぶらせる。
「斉天大聖が猛虎へ燃ゆる、すなわち天才が非才も強いと認めし証だよね?」
宙返りし、悟空の視界を消える。
「きききっ、至高なる俺さまが認めてやるぜ、おめえは真に強え侍よ。なら」
直上を取って斬り付ける。
かわしつつ打ち返される。
弾き合い舞い上がり合う。
「おめえも聴かせろ。いったい何に、ここまで支えられてやがる」
「うぃー?」
「しぶと過ぎんだよ」
悟空が笑っている。
「潰しても、潰しても、潰しても、どんだけ力の差を突き付けてやってもだ、クソみてえに鍛えまくって練り込みまくってまた挑んできやがる。なんでだ。生きねばならぬが故とか言うなよ、死にたくねえなら逃げりゃあいいだけだからな」
考えたこともなかった。
「勝ちたいから? 何故」
なんのために戦うかなら瞭然と自覚している。自覚してから強くなった。自覚するより前でも後でも、己の根底にあって突き動かすのは『死ぬな』という厳命である。では、なぜ逃げるでも縋るでもなく、戦うを選び続けるのか。
「強いて言えば、奴隷のアイデンティティとか?」
壊れきるまでただ戦う。命令されれば堅守する。
疑問はなかった。
三歳の時、大好きな母は自分をかばい嬲り殺された。八歳の時、母に代わり愛してくれた《雷神》も惨殺された。国が滅び、奴隷であり続けるなかで心は潰れ、二人の『死ぬな』という願いだけを死守しつつ、人から虎へ、虎から鉄へと堕ち続けた。十六歳で異国の王と友になり、鉄から虎へと戻った。十八歳で将軍《火神》の旗下へ入り、空柳義虎の名を授かった。戦に勝つようになったのはその頃だが、もはや戦うことは呼吸と変わらぬ不随意運動となっていた。
ふっと、悟空が眼を細めた。
「きききっ、黄華にゃ奴隷がいねえから分からんが……キレイじゃねえな」
「うぃー、上等」
打ち合うこと三〇合あまり。
膨大な血を吐き捨てながら。
かっと、義虎は眼を見開く。
鳴りを潜ませていた絶途啊雷喩を一挙に起動させ、悟空のいる一所のみへ、息も吐かせず、執拗に、一切合切の容赦なく撃ちまくり、如意棒をはたき落とし、背から胸へと撃ち抜き、一〇の雷を循環させ維持して五体を挟む。
両手の指で球を組む。
「絶途啊雷喩・帰命する 日輪 あまねく清めよ 成就あれ」
雷を五〇、隙間なく集め球状の鉄格子となし二重に拘束し、内側を飛び交う雷を四〇、敵のいる一所へ一斉掃射し灼き尽くしつつ、右の人差し指と中指を伸ばし、親指で他の爪を隠し刀を表し、左の掌を見せ親指を浮かせ鞘を表し、納刀する。
朱く吐き垂らしながら唱える。
「東海の神、名は阿明 西海の神、名は祝良 南海の神、名は巨乗 北海の神、名は愚強 四海の大神、百鬼を避け、凶災を蕩う 急々如律令」
布都御魂剣、堕嗚呼羅煮、懺悔之肖像、全てを手中へ凝縮し。
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
悟空を貫いた。
誰の目にも、信じがたき速さであった。
「雷霆の超魂状態で、速力の髄醒併用するか。骨虎おめえ、そこまでやんのか」
赤々と燃ゆる翼、長鞭とうねる尾、健脚を固める鱗、黄金色に輝く甲冑に円状へ八つ連なる太鼓といういでたちで、義虎は雷の日輪へ隙間を開けて飛び入り、煌々と高濃度へ圧縮する雷の猛威を刃へ束ね、偃月刀を突き出していた。
「うぃー、手応え皆無なんだけど」
「きききっ、その方が燃えんだろ」
悟空がかき消える。それより速く、義虎は日輪への突入口を塞ぐ。
「六番、戻れ! 七〇番、変われ!」
義虎は反転し、ねじ込まれる槍をわし掴む。
だがさすがに止めきれず、鎧を貫かれ胸へ突き立てられ、歯を喰いしばる。
「うぃー、上手いね」
察した。悟空は、始めに日輪に覆われ義虎からも見えなくなった瞬間、六番の変化をかけ体を気体化して備えておき、続く義虎の刺突をすり抜けた。そして義虎が来た突入口から脱出せんと試みたが、閉ざされたため瞬時に攻め手を変えた。実体化し、如意棒を鋭利な槍へ変え、人の心臓がある位置を刺突し返した。
「だがやっぱしだ。骨虎おめえ、そこまでやんのか」
「うぃー、人体改造して臓器の配置いじっとく程度」
灰荒野の戦いで、悟空は義虎の肋骨を折り、それが心臓へ刺さるよう仕向けた。その時も今も、のたうち回り悶絶したくなるはずの痛みのなか、義虎は倒れず戦い続ける。理由は単純だった。
心臓がそこにはないから。
そして痛みに慣れすぎているから。
「非才なら当然至極」
義虎は速力の覇術を解いて集中し、どっと、日輪を収縮させる。
指と掌を全て組む印を利用し、如意棒を掴んで離さない。意地でも悟空を逃がさない、それは、一点集中する雷撃爆破で自分ごと灼爛せしめる狂気の所業である。
「……骨虎おめえ、そこまでやんのか」
にっと、狂戦士はほくそ笑む。
「絶途啊雷喩・帰命する 散華 千の光明によりて 成就あれ」
「二番、変われ!」
その瞬間。日輪を突き破り、雷雲を薙いで大地を踏み割り、金色に輝く巨人が四肢を広げ、ぎっと、黄金色に輝く戦人は朱い塊を吐き捨てる。体表では無効化される電撃を傷口から体内へ突入させ、のたうちながら胸を焼いて止血しつつ、意を決する。
指を張る両掌を前へ向け、親指、人差し指を付け三角形。他の全て指を組み、親指、人差し指を立て合わせる。
「八卦・死ノ陣……猛虎建御雷」
雷が成す巨大な猛虎が、猿の巨人へ喰い付いた。