十 ベリルの豚退治!
出陣して四半時が経つ。義虎一行は士気の乱れた敵陣を斬り進んで奔り抜け、両脇に崖の切り立つ荒山道へ入っていた。背後からは、弟弟子を斬られ激昂する八戒が一〇〇〇にものぼる追手を率い迫ってきている。
「うぃー、この辺りにしよ。武運を祈る」
「ん、勝てたら抹茶の飴ちゃん買って!」
「今から財布を紛失する予定なんだよね」
新兵たちは荷物をくくり付けた馬から下り、押し寄せてくる敵勢へ向かい立つ。
麗亜は顔面蒼白となっていく。八戒が来る。思い出すだけで心臓が潰れかける。
また自分のせいで友達が傷付いたら。碧が、妖美が、猫三郎のようになったら。
__恐い……帰りたい……。
「無問題」
知らずに下がった顔を上げれば、義虎に微笑まれていた。
「気もち切り替えねばって努めとるよね? 義虎も昔ずっと君と同じだったから分かる。今度は上手くいく。だって切り替えるんは、是が非でも、くり返したくないからでしょ」
「……はい!」
__そうだよ、帰るわけない。ここを勝ち抜いてかないと……民が平和で自由な世は実現しないんだから! ていうか見透かされてた? ずっと同じだった? ……ボクを勇気付けるため……わっ、来る、集中しなきゃ。
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
「超魂顕現『闇夜奈落』」
「超魂顕現『空色彗星』!」
麗亜は拳を握りしめる。胸を反らす碧、前髪をかき上げる妖美へ並び待ち受ける。
義虎が出陣する前に授業したことを確認し、後ろの岩陰へ下がり、ふんぞり返る。
八戒に到達される。下馬し、目は怒ったまま舌なめずりし、紅梅色に光ってくる。
「超魂顕現『緑柱豚石』!」
「美しく連携するよ」
漢服を肩肌脱ぎ黒い歩人甲に身を固め、妖美が敵勢を闇へ呑んで視界を奪う。
「一つ目・疾風の舞」
巫女装束を纏う碧が浮かび、妖美が八戒の上部だけ闇を晴らすや風圧を撃つ。
「よし、きえーっ!」
麗亜は身軽な鎧にマントを流し、風圧をかわす八戒へ横薙ぎに剣圧を飛ばす。
唾を飲み込む。闇に遮られ敵は見えない。
割れる音が響く。みごと的中し粉砕した。
「やった!」
「美しいよ麗亜くん」
「ん、わーの作戦のおかげだぞ」
横に広範囲を薙ぐ斬撃ならば、八戒の巨体へ当てるのは難しくない。そして彼に剣圧は見えない。麗亜の猿叫を聞いて反応しようと、直前の疾風に体勢を崩され、回避し難い。
「ん、もう再生しとる……一回目」
「いやあ、ベリル状態のおいらを一撃で割っちゃう嬢ちゃんの神剣。厄介だねえ」
アクアマリンの淡青色からエメラルドの淡緑色へ変色し、結合した八戒が笑う。
「でもま、超魂使い三人はおいらが引き受けるよ、みんなは……猛虎を仕留めな」
__ばれた⁉
麗亜が冷や汗を流すが早いか、黄華兵が駆け出し闇を突き抜ける。打てば響くように妖美が飛び出し、紫電一閃、先頭三人を斬って捨てる。
__妖美くん、すごい!
だが四桁にのぼる敵兵である。
二〇人ほどが妖美を囲い、残りは迂回していく。
碧は風を連撃し、八戒を足止めするのに手一杯。
敵兵はもう、傷癒えず座す義虎へ迫りつつある。
__ボクがやらなきゃ。
ばっと、麗亜は二閃する。義虎へ辿り着きかける兵を吹き飛ばし、妖美を攻めたてる兵を薙ぎ払う。残った兵に振り向かれ顔が引きつるが、妖美が鮮やかに斬り込み葬ってくれる。その隙に彼へ走り寄っていく。
考えていた。
義虎が先ほどの突破で覇術を使わなかったのは、正体を隠すためだろうと。
黄華軍大将の悟空へ対抗し得る唯一の戦力である義虎が、城を去った。黄華軍がこれを覚れば、もはや躊躇はいらぬと城へ攻め入りひねり潰し、その勢いで琥珀里を征服するだろうと。
「妖美くん、どうしよ……」
「ひとまず兵たちは身どもへ任せたまえ。闇は維持するから、麗亜くんは碧くんと協力して八戒さんを頼むよ」
ぼっと、妖美が妖艶に舞う。
巧みに隙間をぬって足を運び、敵同士がぶつかり合うように釣り、いなし、脚を払い、柄で柄を絡める。それぞれの動作を終える頃には、すでに相手は斬られている。これが流れるように続いていく。
__美しい……だめだ集中しなきゃ、あっ。
にわかに妖美が疾風怒濤、疾駆する。一踏み一踏みに大力を籠め、敵という敵を蹴散らしながら義虎の前へ駆け入る。隘路へ陣取り、義虎さながら、武術一つで一〇〇〇を迎え討つ。
__すごい。いいな……ボクだって!
「紐付けよ こきりこの閑古鳥 東河を諾い 西都を鳴らす 南冥をたゆたい 北陸を運ぶ 時よ空よこれ欄間と知るがいい」
岩陰でふんぞり返る義虎へ念話する。
(大将軍の正体、敵にばれてます。まずいですよね)
(うぃー? ばれていいから破戒僧も斬った、とりま自分の仕事がんばれ。念話は、鳥居氏とも繋いで秘密裏に連携しなね)
(……あはい!)
「二つ目・旋風の舞」
上空から見張る碧が風の渦で八戒を囲い込む。
(豚さん、闇から出ようかしとる。すぐ撃って)
「きえーっ!」
碧が剣圧方向の旋風を解く。
麗亜は横薙ぎに剣圧を放つ。
八戒が地へ伏せやり過ごす。
空色の剣圧はかわされたが、一部が碧色の旋風に巻き取られ混ざり合っていく。
「おりょま。こりゃあ旋風に乗って上へ跳ぶって回避、しなくて正解だったねえ」
(ん、おかげで合体技という妙案が)
(おぉー、じゃさっそく、いくよ!)
だが合体技をやるまでもなく、八戒が旋風へ突っ込み欠け始めた。
(ん、急いで、今エメラルド)
「きえーっ!」
八戒が砕ける。麗亜は義虎の言葉を思い出す。
「……おぉー、やるなぁ」
黄色のヘリオドールへ再生し、八戒は闇を抜け仁王立ちする。
隣へ降り立つ碧と並び、冷や汗ごと、麗亜は太刀を構え直す。
仲間との念話通信を維持しつつ、手強い敵と戦うのは、辛い。
どっと、八戒が突っ込んできた。
出陣する前、義虎はこう授業した。
「とりまベリルは、いろんな色見たいよね?」
「ん、なんか示唆した?」
「美しい勘ぐりだ碧くん、そして美しい身どもには正答すらも分かったよ。八戒さんを退治する鍵は、ベリル状態で美しい体色を変化させた回数、およびその契機だね」
「先越されたぁ」
碧がびょんびょん地団駄を踏んだ。
「いかにも、美しいね君たち。では木村氏、色はどんな時に変わった?」
「え⁉ えと……きえーってした時?」
碧がきえーっを真似してからかった。
義虎が全然似ていないとからかった。
「でもそうだね、つまり動けんくらい割れて、結晶し直さねばとなった時。うぃー、最も硬いとか言われるダイヤでも、実は金槌でぶん殴ればあっさり割れます。この割れやすさを靭性と言います。ダイヤの靭性は七半、そしてベリルの靭性も七半、同じなんだよ? されど目算で体高五メートルというデカさが問題だ、これを動けんくらいに割るには?」
三人が揃って麗亜を見た。
「ボクの剣圧ですね!」
早く回数の話して、と碧がびょんびょんした。
「うぃー、四回目だね。五色目はないから覇術が消えるはず」
灰荒野の戦いで、八戒はレッドベリルの形態で義虎に割られ、もとの体へ戻った。これは義虎の斬撃がとりわけ強かったからではなく、たまたま再生限界がきたからだろう。この時の色は朱、四回目の変色であった。
「ちなみに二色目のエメラルドだけ他のベリルと異なり靭性が低いので。黒豚が何か狙うなら、その形態を犠牲に使うやもしれません。例えば剣圧の降るなか闇を脱するためとか」
「これで二回目。脱出されはしたけど、あと二回、麗亜の当てれば勝てる」
碧は疾風を連射し、突っ込んでくる八戒を牽制する。
悔しいが、今の碧には八戒を動けないほどに割る破壊力がない。柱状に風圧をぶつける疾風の舞も、着弾面の直径は約二メートル、一点集中の圧力が不足している。改良しようにも、この戦闘中だけでは時間が足りない。
__わーが天才だったら、足りるんかな……義虎の前で言ったらだめ! 今できることに徹さんと。
(妖美、麗亜を援護して)
碧の疾風は、妖美と戦う敵兵も的とする。
(いいね、美しい連携だ)
手が空いた隙に、妖美が闇で八戒を覆う。
(二人とも、ありがと!)
大上段、麗亜は空色逆巻く神剣を輝かす。
「きえーっ!」
「三六番、変われ!」
巨大な鉄柱が大地をえぐる。
麗亜の全身全霊の剣圧は踏み潰され、八戒は闇を脱して勝ちほこり、碧たちは愕然とする。
「柳の硝子細工は観音開き 東へ障子戸 西へ格子戸 吊るし門は北へと解け 埋門は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門はがれ 金 銀 銅 鉄 ことほぐ厨子にことほがん」
義虎が唱える声が聞こえた。碧は察した。自分たちは勝てなかったと。
大将軍《斉天大聖》孫悟空、見参す。
大将軍《猛虎》空柳義虎が踏み出した。