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九 四人で四〇〇〇人を突破せよ

「うぃー、視認した石猿だ」

 義虎は新兵たちを城門前へ待機させ、上の櫓へ立って(ひじ)をついている。

「城を外周して罠がないか探っとるね、ないんだけどね、ないと分かったら城攻め始めてくるよ……されば義虎はそれに先んじて討って出る。義虎がおると分かれば石猿は城ほったらかして追ってくる、さすれば君たちの被害は激減する」

「「大将軍っ‼」」

 櫓へと見送りにきた、もと義虎兵たちが嘆き悲しんでいる。

「友よ。案ぜず覚えとけ、いずれ必ず」

 にっと、義虎は赤々と眼光を燃やす。

「肩を並べて乱世を斬り拓く時がくる」

「「……おう‼」」

 一人一人の肩をさすっていく。

御手洗(みたらい)成織(なるおり)くん、誰も暴動せんように調教しなね? 由田甲(ゆきだかぶと)丼井囲(どんぶりいもり)くん、糧食(りょうしょく)いき渡らせるよう支配しなね? 甲申由(きのえさるよし)己已巳(おのれすでみ)くん、軍馬を慈しむよう騎兵を脅迫しなね? 町園光遊(まちぞのみつあそび)くん、草履(ぞうり)を手入れするよう歩兵を洗脳しなね? 匚口回(はこくちまわる)凸凹(でこぼこ)くん、皆が家族へ手紙を出せるよう鎮護しなね? では残り三秒で異議の募集を締め切ります」

「「えー」」

「うぃー、(ウノ)(ドス)参。(トレス)ざまあ」

「「えー」」

「勝さん、山くん、あとは頼む」

「「えー」」

「うぃー、そこ、えー? さて」

 ばっと、赤地に黒襟の陣羽織をひるがえし、義虎は拳を固め心臓の前へ突き出した。

挿絵(By みてみん)


「うぃー、三人とも心定まった顔しとるね……闘うぞ。騎馬せよ奮起せよ超魂せよ!」

「「おう‼」」

 義虎が舞い降りる。城門が開かれる。敵軍に気付かれる。

「超魂顕現『碧巫飆舞あおいしかんなぎ・つむじかぜのまい』」

「超魂顕現『闇夜奈落(あんやならく)』」

「超魂顕現『空色彗星(そらいろほうきぼし)』!」

「いざ、出陣じゃあっ!」

 どっと、新兵たちは馬腹を蹴り馬蹄を鳴らし、大将軍へ続き討って出た。

 __戦うんじゃない、闘うんだ。

 麗亜は仰天していた。

 出陣する前、包帯を取る義虎を見て浮かんだ言葉は、亡霊だった。

 十歳は若く見える顔に似合わぬ、裂かれた左目、義眼へ化ける赤い覇玉。骨張る身を刻み尽くす、斬られた跡がむごたらしい。それを隠す黒一色のすり切れた着物には、幾重にも渇いた血がこべり付く。

 __違う!

 そんな男に告げられた。拷問してもらうため、折られて痛む肋骨の癒えぬまま、敵の海へ飛び込み逃げきり、数百キロに及ぶ道のりを走る。

 __こんなの大将軍じゃない。

 しかも四人でやる。怪我人に素人三人である。

 __これのどこが偉大な光輝の英雄なんだよ⁉

 びっと、麗亜は四〇〇〇キロの彼方へ念話を飛ばした。

 己を義虎のもとへ潜入させた主、反朝廷勢力を統べる《九頭龍(くずりゅう)》へ密告した。即答された。まずは義虎がこの窮状をどう処理するかを見極める、些細な動きでも逐一知らせよ、こちらも想定し得るあらゆる結末へ備えると。

「敵だ! 敵が出てきたぞ!」

「囲め! 敵は数人だけだ!」

「殺せ! 一人残らず殺せ!」

「きえーっ!」

 ごっと、眩く空色がほとばしり、麗亜の振り下ろす神剣・天之尾羽張(あめのおはばり)の噴く剣圧が炸裂し、黄華(おうが)兵の野へ道が奔る。奔らせて麗亜は我に返る。

「し、死んじゃって……」

「ないよ、たいした数は」

 さっと、義虎が飛び出し敵を蹴り倒す。麗亜は青ざめた。

 今、初めて人を殺めた。狼狽し、緩慢となった。剣圧をくらわなかった敵が怒り狂い、己の命を強奪しに襲ってくるのに気付かなかった。

 __大将軍がいなきゃ……今っ!

 すぐ右では、巫女姿の碧が疾風を放ち、敵兵を吹き飛ばしていく。

 すぐ左では、光る鎧の妖美が闇を広げ、中から敵の悲鳴を響かす。

 すぐ前では、ぼろ衣の義虎が殴る蹴る、絶え間ない敵の波を穿つ。

 義虎が言っていた。

 殲滅ではなく突破である。四人が揃って一騎当千と化す必要はない。一点集中で馬を駆り、ほとんどの敵を放置し切り抜ければそれでいい。

 用兵において、義虎が最も結果を残した技であると。

 だがもちろん、気を抜けばあの世へまっしぐらだと。

 __碧ちゃんも妖美くんも、しっかり戦ってる、大将軍は、まだ動くのも辛いはずなのに、ボクだけ……覚悟は決めたはずなのにっ!

「木村氏」

 はっと、麗亜はうつむけていた顔を上げる。義虎が笑いかけてくる。

「小振りで頻度重視してきえっ、きえってしてみ? 薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)だから大振りして一撃必殺したいかもだけど、今は一対一ではないので。大振りだけだと隙がでかくなるからね?」

「おぉー、あはい!」

 殺しにくる、大群の顔が恐い。

 殺しにくる、大群の声が恐い。

 殺しにくる、大群の熱が恐い。

「きえっ」

 __でも、だいじょぶ。な気がしちゃう……なんでかな。

 言われた通り剣圧を小規模に、三日月状に飛ばしていく。

「きえっ」

 ふっと、義虎を見る。馬代わりの飛ぶ覇能しか使わないまま、殺しにくる大群を徒手空拳のみで圧倒しつつ、麗亜の剣術を分析し、応用し、指導してくる。

 __やっぱ、超ベテランで優秀なんだ。付いててくれると、なんか……安心?

「きえっ」

 敵は多すぎる。撃っても、打っても、討っても、次々八方から湧いてくる。一人でも討ち損じ、接近を許せばもう危ない。そう神経を研ぎ澄ませ、進む道筋を見失わぬよう努め、しかも馬を走らせ続けねばならない。

 腕が重くなってきた。息も上がり、目も痛み、頭も疲れてきた。

 だが確実に進んでいる。

 __いける。まだ戦える、ボクにもできる、やってみせる!

 気付けば、周りに立てる敵はいない。

「うぃー、ぶっ放せ?」

「はい! きえーっ!」

 眩く空色が爆ぜ、鋭く轟く怒涛が空気をつんざき、割れるように地面が切り裂かれた。



 __うぃー、なんつう威力だよ……。

 槍をくり出され、いなすや首へ手刀を入れ倒しつつ、義虎は劣等感を募らせる。

 麗亜のもつ破壊力が自分にもあれば、遠距離にいながら大規模に蹂躙できる技が自分にも使えれば、灰荒野(はいあらや)の戦いは勝っていたかもしれない。もしそうなら。

 兵権も領地も奪われなかった。

 食料も寝床も奪われなかった。

 勝助も山忠も奪われなかった。

 __うぃー、無問題(もーまんたい)。どれだけの修羅の場数を生き抜いてきたと……。

『死ぬな』

 脳裏へ暖かい声が蘇る。

 打ち込まれる棍棒の上へ跳び、踏み台にし地面へ押し込みつつ顔面を膝蹴りし、その肩を踏み台にし後ろから狙ってくる敵へ跳び移り、その首を両の(すね)で挟んで逆さに回りへし折るや、横から刺しにくる敵の足もとへ落ちて脛を殴り折る。

 __雷さま……。

 この体で、鞭打ち一〇〇回など受ければ確実に死ぬ。

 だが義虎に、命令へ逆らうという思考は存在しない。

 故に減刑を狙う、そのためには破格の大手柄がいる。

 すなわち悟空に勝つ、それを成すには時間がほしい。

 よってこの旅の目的は、受刑の延期を勝ち取ること。

 眼を細めていく。

『生きておれば、いつか必ず幸せになれる。わしの遺志など継がずともよい、いかなる手を使ってもよい、ただ生き尽くせ……この《雷神(いかづちのかみ)》ただ一つの命令ぞ。他の何よりも優先するのじゃ……我が子よ』

 涙腺が悲鳴を上げる。

 __ご案じめさるな。

 かっと、義虎は眼を見開く。

 __主が下命へ永劫絶対服従す、そが奴隷の唯一存在理由。

 それに、とほくそ笑む。

 反時計回りに足をさばき、突き出される槍を右の小脇へ挟みつつ左の拳を振り込み、奪い取りながら回り周りを薙ぐ。縦に半円を奔らせ持ち替える動きで兜を砕き、刺突にくる槍を絡め軌道をずらし逆に刺突し、抜く動きで背後からくる敵の首を打ち抜く。軽く投げ上げ逆手に持ち直し、足腰を踏ん張り投擲し、二人を貫通させ馳せ違いながら抜き取る。

 麗亜を狙う敵へ撃ち込む。そうして新兵を守る。

 彼女らに密偵(スパイ)が混ざっているのは分かっている。

 ならば飼い馴らし利用し、戦力を整え叛逆する。

 __国も時も超えた陰謀と因縁が集わんとする今、天下分け目の謀反が勃発するまでもう幾ばくもないと確信せざるを得ぬでしょう……されど叛逆する主役はこの義虎がもぎ取るよ、さんざん仕込んで待ちに待った、何がなんでも成就させる。かような祭を愉しまず儚くなるとか言語道断だよ?

 戦いながら麗亜を眺める。

 __眼、キラキラさせちって。

 義虎が本当に鞭打ちを受けるとは思っていないのだろう。受けても止める算段があるのだろう。必ず止めると決意したのだろう。見ものではないか。

 戦いながら妖美を眺める。

 __義虎の嫌いな天才だよね。

 化けるだろう。帝国を燦然と照らし泰然と支える武威へと成長し、戦国の趨勢をも動かし得るかもしれない。対抗心が燃えてくるではないか。

 戦いながら碧を眺める。

 __〈三神(さんじん)同盟〉は復活する。

 義虎には人脈がある。

 その一人、かつて《雷神》《風神》と志を同じくした大和国の永久なる英雄。政争に敗れ孤島へ流されて久しいが、老齢ながら今なお絶大な戦力と人望を誇る〈生ける護国神〉。

 大将軍《海神(わだつみ)仙嶽雲海(せんがくうんかい)

 すでに勝助を介し念話し伝えてある。

『はーはっはっはっは! 世迷言が上手くなったのお!』

『ご褒美にラーメン手作りして下さりませ。うぃー、雷神ゆかりの義虎のもとへ、風神の血を引く子が現れた……作為的に引き合わされたと思われまする』

挿絵(By みてみん)

『……ぬわんじゃとぉ⁉ で、カワイイのか』

『……幼いよ』

 __あのエロじじいが鍵たる子をほっとくわけないんだよ、最強に興奮するではないか。

「さて新兵傾聴せよ、狙うは指揮と士気を担う破戒僧ただ一人、いざ我に続けい!」

 碧が早い。打てば響くように義虎へ続く。

 妖美は泰然自若、まず麗亜を助けにいく。

 麗亜も導かれ、懸命に義虎を追っていく。

「鎧仗顕現『鉄刃(くろがねやいば)』」

 偃月刀一閃、義虎は悟浄を斬り捨てる。

「ん」

「おや」

「はい⁉」

 覇術を解く義虎の身から、纏ったばかりの赤い甲冑が消えていく。

 悟浄の覇玉から、紺青(こんじょう)色の光が消えていく。血しぶきを上げ、宙を舞い、落ちて地面をはねる。敵兵たちが絶叫する。新兵たちは義虎を追うまま、置き去りにして走っていく。

「うぃー?」

「うぃー? じゃなくてですね⁉ や、あっさりすぎだよ!」

「まあまあ麗亜くん、美しく突破するに越したことはないさ」

「ん、それよか接近しとる破戒僧に気付かんだ、まずいよぉ」

 __うぃー、義虎とて気付とらんだよ?

 来るだろうと想定していただけである。

 悟浄は全身を液状化し地面へ染み込み、完全に姿を消していた。そして地中を進み、義虎の斜め後方より飛び出すや実体化し斬り付けてきた。

 これを逆に斬り伏せたのは、ただ言語に絶する修羅の場数を踏破し条件反射の域へ達するまでに体へ摺り込ませた、殺気を払う反応速度によるところである。

「ずらかるよ。討てとらんし増援も来る、すなわち君たち本番」

 __追手に石猿が加われば戦況は一瞬にして暴落するけどね?

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