七 が、学園生活だと⁉
「義虎は歓喜した。必ず、かの邪知暴虐の朝廷を讃えねばならぬと決意した」
__なぜなら、それが義虎を誅殺する編み込まれし陰謀の一環だとしてもだ、ついに、ついにこの義虎に……。
「麗しの学園生活を与えたもうたが故に!」
「外まで聞こえて新兵ドン引きしとるべよ」
二五日。琥玉城の片隅に苔むし壊れかけた納屋がある。義虎はそこで養生し起きられるようになったので、山忠へ碧たちを呼んでくるよう頼んでいた。
戸が開けられ義虎は居ずまいを正す。
「うぃー、穴がなくとも掘って入りたい気分だ、かくなるうえは逆にもはや清々しいほどに開き直りてデキる上官を気取りて誤魔化すしかあるまいて、勝さんご苦労さん、弩については作戦通りらしいね誤魔化せぬようだね、楽に座って待っとられませ今義虎を立ち直らせるから羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」
碧は口をあんぐりする。
妖美は石像になりきる。
麗亜は頭が笑い転げる。
「ん、大将軍が学園生活するんですかぁ」
碧がふつうに笑い出し、そこまでの謎の間は何なのだなと勝助が呟いた。
「うぃー、教官も含めて学園でしょ? ではさっそく戦後整理を教えます」
ぐっと、義虎は数珠を揉んで合掌する。
「南無阿弥陀仏……町園光有兵長、仙嶽雲峰兵長、焔剛猫三郎兵士、そして数知れぬ兵士たち……立派であった。絶対に忘れぬ。何がなんでも報いてやる……約束したんに、生き残って語らうと……ごめんね、こればかりは断じて慣れたくないもので。君たちも初めて戦場へ臨むだけでも大変だったろうに、辛いね……さればこそ、よく覚えときな」
かっと、義虎は眼を見開く。
「生き残りし我らは彼らの分まで生きて、生きて、生き尽くさねばならぬ。まずは全力をもって心身を回復しませう、よって、ウェルカムらっしゃい新兵諸君!」
義虎は左目と額まで包帯ぐるぐる巻きで言っている。
「君たちは即戦力だと思っとるよ?」
__叛逆するため戦力となってもらわねば困る、故に仕方ない。
「育てまくるから覚悟しな⁉ これぞ世に言う学園生活、実は密かに憧れとったんだよ、ほらだいたいの将校は覇校出身でしょ、学生時代の話も出るからね? うぃー、とりま義虎をなんと呼ぶか選んでもらおうか、先生? 師匠? 教官?」
碧は口をあんぐりする。
妖美は石像になりきる。
麗亜は頭が笑い転げる。
「ん、義虎!」
だからこの謎の間は何なんだべと山忠が呟いた。
「うぃー、いきなり呼び捨てられるとは」
「ん、じゃあ鬼教官? 狂戦士? 分かりましたぞ童顔ガイコツ猫背」
「うぃー、よく見抜いたね、義虎にはそんだけ粗相しても無問題だと」
「すごいでしょ!」
「すごいすごい、すごすぎて他の二人が困り果てとるよ? さながら場を仕切り直すを丸投げされる勝さんのごとくに」
妖美が麗亜と勝助へすがる。
「はぁ。もっと面倒な重責もわんさか丸投げされておるのだな。さて二人はこう言いたいのだね。猛虎の情けなき姿形よりも、瀕死の重体のくせしてこうも元気でおりよる理由へ着目すべきと」
「ええ、美しい胆力に敬服します。して何故」
「最高機密。こと美しいほどの天才にはね?」
碧は口をあんぐりする。
妖美は石像になりきる。
麗亜は頭が笑い転げる。
「ん、無駄にかっこ付けて発音したわりに、戦へ臨むみたいな笑みですね」
急に核心へ迫る指摘をするまでの謎の間は何なのだろうと妖美が呟いた。
「うぃー、ほれ自己紹介」
新兵の疑念を押し流しにいく義虎の目力は、まず麗亜を襲った。
「えとボク、木村麗亜です、七月で十七歳になっちゃいます」
身長一五六センチ。真珠里の覇術学校へ入り七年目となる。
覇玉は空色。覇能は念話通信。
「覇術は、剣圧を撃つ強化種です」
活気あふれるな平和な里で、領主へ仕える万年一兵卒の父、小さなケーキ屋を営む母に慈しまれ、六つ下の妹と笑い合って育った。だが、ここ琥珀里のような戦で焼けただれた世界もあることを知り、救いたいと願い、戦人を志した。
__うぃー、んな奇跡は有史以来ただの一度もねえよ……ところで。
「けーき? とは何ぞ?」
「ふぁ⁉ 大将軍さんて、ケーキ知んないの⁉ ですか」
「んだべ。この人、兵糧と残飯しか食べたことないべよ」
「えっ……」
「うぃー、信じたら首ちょんぱ」
海へ面する内地にある真珠里など、遠い諸外国と盛んに交易する里は、衣食住、世界共通の単位、そして言語といった様々な文化や知識を吸収し、独自に調合し活用している。だが、荒廃した国境にある琥珀里などはこの限りではなく、義虎が外来語を常用するのも、単に国外遠征が多く自動的に覚えたが故にすぎない。
__この不平等がおかしいと学んだ?
首ちょんぱを真に受け戦慄している麗亜に辟易しつつ、義虎は眼を細める。
__あの最重要人物に。うぃー、絶大賛成すれど……同胞にはなれんかな。
勝助へ目配せし喋ってもらう。
「真珠を治める《九頭龍》皇叔殿下は〈民が平和で自由な世〉をお志しと聞くのだな。相違ないかね」
「あはい! 天皇陛下の叔父上ですけど、ボクみたいな平民にもすごく優しい、立派なおじさんですよ」
「で知っとるべか? 空柳義虎って名前は、殿下がくださったんだべよ。二人が会ったことはないべが」
「えっ⁉」
「次は美しい身どもかい、胈又妖美さ、桜の美しい日和に十八となったよ」
身長一八七センチ。玻璃里の覇術学校へ入り二年目となる。
覇玉は黒色。覇能は覇力吸収。
「覇術は、美しい闇を広げる自然種さ」
琥珀里が南西の国境を担うなら、玻璃里は北西の国境を占める。その西部、八年前まで黄華国であった地に妖美は生まれた。
「父は美しい文官でね、美しい世を築くべく闘っていたけれど……戦で落命したよ。しかれども嗚呼、その美しい信念と美しい教養はこの美しい身どもが受け継いだのさ。故郷が大和となって以降は、父が欠いた美しい武力を得ようとね、領主の家老を務めるフクロウ武官の美しい弟子となっていたよ」
「うぃー、十回言ったね、美しいと」
発音を真似しつつ義虎は詰め寄る。
「しかれども嗚呼、あの覇術えげつない三蔵法師を足止めしきるとは何事じゃ許しがたいほど美しいね男の嫉妬は醜いとかどーでもいいから嫉妬してやる、美しいでしょ?」
「息継ぎしないのが美しいね。しかれども嗚呼、大将軍に嫉妬される身どもこそが」
酔いしれたとばかりに妖美が前髪をかき上げる。
「美しい」
「爺さんフクロウとは、ずっと玻璃で修行しとった?」
「美しいほど華麗に流すね。美しい修行として黄華へ潜伏したこともあるよ」
「美しい経験したね。苗字も美しい、胈って黄華伝説が語る人類の祖でしょ」
「ええ、美しいでしょう」
「はい鳥居碧だよ、たぶん十四」
身長一四二センチ。瑪瑙里の覇術学校へ入り三年目となる。
覇玉は碧色。覇能は覇力感知。
「覇術は、風の自然種。碧いよ」
八歳から各地を流浪していた。十歳で瑪瑙里へ来たが、義虎のことを知り軍人へ惹かれ、女中へ就いて学費を貯めて十二歳で入学した。
青ざめる麗亜をよそに義虎はうち奮える。
「なんでチビが放浪すんだべ⁉」
「だって村が人ごと焼かれて……一揆企てたらしいよ」
「らしい、なのだね。どこの里のいかなる所なのだね」
「ん、翡翠かな。ちっちゃい農村だったんは覚えとる」
__六年前の翡翠、根絶やしとされし農民一揆、そして碧い風……確定した。
「居残ってね君」
「やだ。ごめんなさい睨まないで下さい碧を許して」
「吾輩は藤村勝助、今年で三六なのだな」
身長一七七センチ。瑠璃里に生まれた上級武官、軍属十八年目となる。
覇玉は藤色。覇能は念話通信。覇術は幻術をかける世界種。
「おいどんは嶺森山忠、今年で三〇だべ」
身長二〇二センチ。水晶里に生まれた中級武官、軍属九年目となる。
覇玉は茶色。覇能は神経強化。覇術は岩亀を動かす召喚種。
「うぃー、空柳義虎は二七のはずだよ?」
身長一七八センチ。瑞穂里に生まれた超級武官、軍属十七年目となる。
覇玉は赤色。覇能は視力強化。覇術は速力を上げる強化種。
「……ん、以上かい」
「……勝さんある?」
「……武官の階級は」
下から順に初級、中級、上級、超級となっている。なお将軍および大将軍とは、超級武官の別称である。
昇格は世界に四七ある国家の多くで採用される〈完全武功制〉による。
初級武官の首級一人分を一〇点として基準とし、討った敵将、取った城地、勝った戦闘、そうした武功へいかに貢献したかを換算し、各人の持ち点へ加算していく仕組みである。超魂覇術を会得せねば武官となれず、髄醒覇術を会得せねば将軍となれないが、会得していても点数が足りなければ昇進できない。出自や人格は問われず、戦が終わってから複数の監察官が出向いて複数の将兵へ聴取したものが朝廷で審議され、論功行賞にて発表される。
「例えば大将軍昇格には、一〇万点いるのだな」
「おぉー、って、そんなの覇校で習いますよ!」
「おいどんたち覇校行っとらんから知らんべよ」
「えっ……」
「さて鳥居氏は内密に進路相談せねばなりません」
「ん、堂々と言っちゃうよね」
頷き、義虎は瞳を煮沸する。
「木村氏はちゃんと休みなね? オカビショはご飯運んでおやり」
「何ですか、オカビショとは? 身どもを見ながらおっしゃるが」
「うぃー、犯したいほどの美少年。妬いて殴りたいって意味ね?」
「おや美しい身どもにぴったりだ」
頷き、無理に笑う麗亜を見やる。
覚悟ある猫三郎や光有たちが、ふがいない自分を守って無惨に消えた。そう自責する苦痛の癒えぬなか、周りに心配をかけまいとしている。
「知っときな、生き残ったなら本気で笑わねばならん。立ち直って報いるためだよ」
「……はい」
__報いる、すなわち叛逆するだよ。それに。
ほくそ笑む。
__九頭龍殿下と繋がる君には働いてもらうよ、回復しときなね?
山忠が麗亜と妖美を連れ兵舎へ行き、勝助は屋外に見張りへ出た。
__さて苦労人だがチビだし、巨大な宿命を告げられ耐えれるか?
じっと、碧を見詰める。
__この宿命、朝廷は知っておる。故にこの子を生かして義虎と邂逅させた、義虎にも九頭龍殿下にも三代目さまにも墓穴を掘らせるために……ざまあ! 墓穴を掘りしはそなたらぞ、国も時も超えし陰謀と因縁、戦と謀の鬼たる《猛虎》が灼き斬ってしんぜよう⁉
ばっと、義虎は宙へ浮かび上がる。
さっと、壁と床に天井を点検する。
んっと、碧に小首をかしげられる。
「なんで飛べるん?」
「単なる覇能だよ?」
「なんで居残り……」
「風神雷神の縁で結ばれとるからだよ?」
__ちんぷんかんぷんって顔しとるね。
「ん、さっき覇能は視力強化って言った」
ふっと、義虎は息をつく。
ゆっくりと碧の正面へ降り立ち、座り、姿勢を正す。そして顔の包帯を外す。
ほのかに紅い、ロウソクが切り取る小さな世界、二人だけの神域へ、義虎は左目と額をあらわとする。
はっと、息を呑まれた。
「……覇玉……が二つ⁉」
「目に埋め込んどる赤いやつが義虎固有のだよ、頭に埋め込んだ黄金色のは瑞穂国の英雄《雷神》大将軍の形見、空中浮遊はこっちの覇能ね。そして君にとって肝心なるは、この雷神に、倍達国の英雄《風神》大将軍という無二の友がおったこと」
かっと、義虎は眼を見開いた。
「君の祖父だよ」