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百二七 傷付け続けた、今頼る

「髄醒顕現『万象天気祚仙マンサンチョンギジョソン』」

 神風が轟いた。

 黄華・大和連合軍のみが雷雨の台風に襲われた。

 高句麗(コグリョ)軍を敗走させ猛追し、遼東(ヨドン)城ごと一気に征服せんと大地を埋め尽くしていたところへ、にわかに強風が吹き乱雲が沸き豪雨が奔り、たちどころに昼を夜へ変え唸り上げる天変地異が炸裂した。

 遼東城へ先行しモーレンカンプ軍と戦う姫昌(き・しょう)軍、高句麗軍を助けにきた音華(おとはな)を妨害する四神軍、高句麗軍と絡み合う哪吒(なた)ら先頭集団、そして反対側でマンディブラリス軍とぶつかる黄飛虎(こう・ひこ)軍を除き、一〇万を超す黄華・大和将兵が天災の餌食となっていた。

 高句麗軍を率いる《大武神》姜以式(カン・イシク)は叫び上げた。

「皆喜べ! 三火烏(サムファヲ)早衣仙(チョイソン)淵太祚(ヨン・テジョ)じゃ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 姜以式のもとへ談徳(タムドク)が馬を寄せた。

「私が念話しご協力を請いました。独断をお許し下さい」

「とんでもない、最高のご判断じゃ。太祚(テジョ)も大喜びしとるじゃろう! 遠く離れながらも愛する同胞たちの危機を救えたのじゃ、士気も新たに臨めるというもの……これより成す大事へのう」

「いよいよですな。さて我らも」

 敵の一〇万が動けぬとなれば兵力は逆転する。

 大武神、恐竜王、甲虫王という大戦力もいる。

 高句麗軍は奮い、勢いを逆転させ敵を退ける。

「じゃが土流(トリュ)道の戦いがあったのじゃ、早衣仙が介入してくるなど常に想定しておるわ」

 黄華軍の大軍師・姜子牙(きょう・しが)が笑い、呼応して総大将・聞仲(ぶん・ちゅう)が動く。いずれも黄華国〈五龍神将〉である。

 聞仲の操る巨大な雷獣が天へと昇る。

「雷霆よ、興れ」

 轟々と雷霆を集束させ、大気を灼爛せしめんばかりに黄色く纏わせ、突き進ませて辺りの豪雨を蒸発させていく。そして乱雲へ突っ込み一気に放電し爆音を連続させ、灼き爛れさせ掻き消していく。

「髄醒顕現『天孫烏(チョンソン・ウ)天地人(チョンヂイン)』」

 だがこの隙に、もと三火烏《風神(プンシン)》の娘である皇甫碧珠(ファンボ・ピョクス)は意識の途切れかけるのを堪え、自らへ万能治癒をかけつつ再び天地人を司る三足烏(サムジョゴ)と化した。

(イー)の段・地巫(チムー)城塞(ソンセ)

 大地鳴動。地形を変える神の御業。

 高句麗軍のいる地面ごと遼東城を突き上げ、再び山城へと造り変えてみせた。

 哪吒や姫昌らが懸命に叫び、まとめて突き上げられる黄華将兵を退却させた。

 ここに、碧らを含む高句麗軍は城へ逃げきることに成功し、合戦は終わった。



 沙朝は大和軍の使者として《雲師(ウンサ)桓龍開雲(ファン・リョンケウン)の率いる開京(ケギョン)軍を訪ね、かくまわれていた義虎と再会した。そして密談し、恵美月(ヘ・ミウォル)の率いる高句麗(コグリョ)軍へと帰還した。

「猛虎の遺体を確認いたした」

 目を伏せ抑揚なく報告した。

「ただし、ここの高句麗軍が降伏せねば返さぬと」

「なにっ……誠に申し訳ない。降伏はできかねる」

 目を伏せたまま頷いた。

「猛虎は捨て置きまする。大将軍とは申せ、国家の意向へ背きし罪人にござれば」

 ばっと、恵美月が手を掲げ空気を動かした。

「……なんの余興にござろう」

 沙朝は腹心の藍冴(あいさ)ともども、高句麗兵の突き出す槍衾に囲まれていた。

「失言であったな、裏切り者」

 恵美月の声が低く変わる。兎の女獣人でありながら、(たてがみ)をざわめかす獅子のごとく見据えてくる。その傍らへ出てくる武官は、沙朝らをここへ連れてきたサボテンフクロウ、ざボ点(ざぼてん)を縛り上げ吊るし持っている。

「失言などしてござらぬが」

「猛虎が意向へ背いたと申したな。であれば、そなたは遼東(ヨドン)戦線にいる大和軍が大和朝廷よりいかなる決定を下されたかを存じておることとなる……我ら高句麗軍を裏切り、黄華・開京連合軍へ味方せよという決定をな」

「もちろん存じてござる」

 悪びれもなく言い放つ。気でも触れたかという視線を全方位に感じる。

「密偵ではないと申すか。では何故、敵である我らのもとへ堂々と来た」

「《雨師(ウサ)》が謀反にしくじるが故にござる」

 ざボ点も高句麗兵もざわめいた。恵美月さえもが狼狽している。気分がいい。

 義虎の入れ知恵である。

 沙朝は熱い眼をきらきらさせる。

「何故しくじると断ずるかは最高機密にござる。ともかく、これにより大和朝廷が出陣することはなくなり申した。雨師はいかに玉璽と大軍を保持しようとも、大和の援軍なしでは雲師(ウンサ)へ抗いきれますまい。雨師が《風伯(プンベク)》を従わせるとあらば抗うこともかないましょうが、それがしが観たところ、風伯は雲師とこそ固き信頼関係にあるようにござる。されば大和はじきに……」

 場の空気を一身に吸い集める。

 かっと、沙朝は眼を見開いた。

「雨師を見放し開京と絶縁する」



「誠によかったのか。あの者は大和を支配する《閻魔》の娘なのじゃろう」

 沙朝が去った洞穴で、義虎は桓龍開雲(ファン・リョンケウン)に尋ねられた。骨羅道(ゴルラド)も頷き、義虎が生きていると知られたことを案じている。

無問題(もーまんたい)にござる。我ら三人が組んどると、閻魔さえ勘付けば十分にござるし、それに」

 笑ってやった。

「あの子は友情を優先しますれば」

 義虎は確信している。沙朝は敵である。叛逆する日に本気で戦う。

 しかし沙朝との間に隠し事などいらない。駆け引きすらいらない。

 義虎が沙朝を傷付け続けてきたからである。過去形だからである。

 今、義虎が沙朝を頼るからであると。

 __さーさ……ありがと。



 沙朝は暴露した。

 富陸毅臣(とみおかたけおみ)劉炉祟(ユ・ロスー)を見捨てると。

 __否、見捨てさせられる……お鉄によって。あの弱かった奴隷兵によって。嵌め殺そうと謀られて逆に嵌め返しちゃう眼力によって。

 この衝撃に支配され誰も何もできないでいるなか、沙朝は熱い瞼を閉じる。

 __ほんとに強くなったね。

 一分あまりかけ、どうにか恵美月(ヘ・ミウォル)が口を開いた。

「では大和は高句麗へ味方して下さるか」

「誠に申し訳ござらぬ。できかねまする」

 沙朝は遠く遼東(ヨドン)戦線の方角を向いてみせる。人払いするよう願い出るため言葉を探すが、それより早く恵美月が察してくれた。

「申し訳ないが、味方とならぬならば人質とさせてもらう。本当に味方せぬか否か、腹を割って話し合おう。皆は下がるのだ」

「「……はい(イェー)将軍(チャングン)」」

 恵美月が陣幕の覗き穴を確かめてまわり、全員が離れてから戻ってくる。

「かたじけのう存じまする」

「黄華や雨師(ウサ)の間者がどこに潜んでいるやもしれぬ故。しかし難しいお立場におられるな。遼東には大和軍を遥かに凌ぐ規模の黄華軍がいる。下手に我らへ味方すれば、大和軍の命が危うくなると」

「ええ、そこでご相談がござりまする」

 __お鉄、待ってろ。

 沙朝は分かっている。

 自分は毅臣を裏切っていると。

 __ごめん父上、でも分かって。あのお鉄がやっと……頼ってくれたんだよっ。

 ぐっと、沙朝は熱い瞳を定める。

「猛虎は生きています」

「なっ⁉」

「先ほどは間者を警戒して噓をつき、ご無礼をいたしました。すなわち猛虎は雲師(ウンサ)風伯(プンベク)両大将軍と結び、討ち死にを装い身を隠しているのです。隠れる理由は……高句麗(コグリョ)軍を統べる《地獄仏》大将軍、反雨師勢力を率いる《雲師》大将軍、そして両者を取りもつ《猛虎》大将軍、三人して密会するを目指すこと」

 沙朝はかつてなく堂々と語っていた。

「地獄仏大将軍へお伝えいただけるか」

「……了解した。ちょうどこの陣へ向かっておられる。明日にでも密かに席を設けよう」

 礼を言い、間者対策として自分を捕らえ人質に見せかけるよう勧めた。恵美月は従い兵を呼び、交渉は決裂したとして縄をかけさせた。捕虜を閉じ込める木造の檻へ押し込まれながら、沙朝は虚ろな表情を作り保っておくのに苦労していた。



 この世界には四七の国がある。

 その多くが世界中に諜報員を住まわせ、自国を生き残らせるため情報をかき集めている。列強諸国にあっても抜きん出て強大な軍事力を誇る黄華国、倍達(ペダル)国、そして大和国の動静は、そうした情報の中でも最も重要であると目される。

 そんな大和国が最高武官の義虎を喪った。

 この急報は水面下で世界中を駆け巡った。

 マハラーマ国。

 大和国から見て南西近くにある、壮麗な寺院が立ち並ぶ超大国である。

 その宮殿で玉座に横たわり、酒を飲み干す巨漢がいる。

 大王(マハラジャ)偉大なる帝(マヘーンドラ)》インドラ。

「許さん。猛虎を討ち取るのは朕でなくてはならん」

「その通りです。故に討ち取る日へ備えるべきです」

 インドラは身を起こした。断じたのは、傍らに座し瞑想する重鎮である。

 大将軍《維持神》ビシュヌ。

「討ち取られたのは芝居であると言うか」

「はい。猛虎ほどの策士がみすみす命を投げ出さねばならぬ戦況などなかったからです。おそらく猛虎は察したのです、雨師(ウサ)が謀反したのは閻魔と連携してのこと、すなわち、戦場へ先行させられ雨師の仲間である黄華軍を殺傷させられた自分は、すでに閻魔の罠へ落ちており粛清されると」

「ほう。確かに奴ならば……そなたはどう見る」

 インドラは逆側の傍らを振り向いた。寝そべり蛇と戯れる重鎮がいる。

 大将軍《破壊神》シヴァ。

「決まっておる、その通りだ。故に猛虎は閻魔を牽制したのだ、もとより高句麗(コグリョ)ともボロブジャヤとも組んでおるに加え、雨師と対立する雲師(ウンサ)と結び風伯(プンベク)まで引き入れることでな」

「ほう。だが一つ腑に落ちぬ。それならば雲師らと結んだと公表するだけで事足りよう。なぜ討ち死にを装う必要まであった」

 ヴァルハラ国。

 大和国から見て北西遠くにある、寒さに耐え戦闘を誇る超大国である。

 その宮殿の玉座で前のめり、情報を書きまとめる老爺がいる。

 皇帝《戦争神》オーディン。

「おもしろいのう。猛虎の真意を見抜き得る知恵者はごくごく限られる。すなわち大衆ことごとく討ち死にを信じたままでおれば、猛虎はいかに動くと思う」

「ややこしい。俺に任せよ、討ち取って弟たちの仇を取ってやる」

 そう笑うのは、食卓を彩る美食を猛然と平らげる皇太子である。

 大将軍《偉大なる雷(アーサソール)》トール。

「その意気やよし。じゃが当分は、這い回る猛虎を太公望らがいかに捉えるか、お手並み拝見といこうではないか」

 エジムト国。

 大和国から見て真東に海を挟む、砂漠で死後を重んじる超大国である。

 その宮殿の玉座を跳び出し、生気を失う少年がいた。

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