百二六 トラ坊めっちゃ頭いいね!
雷に蹂躙され、意識を保つだけでやっとの碧珠を馬上に背負い、紅紫蒼が血相を変えて疾走する。
そこへ樹呪や哪吒が追いすがる。
さらに雷獣が向きを変え、姜以式が生み出した神威の三足烏へ躍りかかって引き受け、水晶の巨人と化し三足烏と押し合っていた楊戩を追い討ちへ加わらせる。
哪吒が巨人の肩へ飛び乗る。
「二郎真くん、いつもより弱かったけど、もういつも通りいけるよね? お仲間も変化させて連携して戦うのが真骨頂なのに、大武神が相手じゃお仲間やられちゃうから参戦させらんなかったんでしょ、それに何か封じれば有利になるとか、全っ然ない相手だったし」
「お見通しだな。ああ、ここからは他の背を討つだけだ、いつも通りやれる」
「よく言った! んじゃ合作いくよ!」
哪吒が火尖槍を振り烈火を奔らせ、李春晶が結晶を連射し止めんとする。
「「火遁、変われ‼」」
しかし哪吒と楊戩の配下たちが一斉に烈火へ変化する。
地獄の業火とはこのことかと、談徳らは絶望しかけた。
四方八方どこへ走ろうと炎、炎、炎、助かる道がない。
「諦めるな!」
跳躍し一閃し雷獣をのけ反らせ、姜以式が声を張り上げる。
「馬頭よ、嵐の拳で突破口を開け! 全超魂使いは覇術を駆使し、馬頭の作る道が閉じぬよう炎を防げ! 兵たちは己が命を最優先にそこへ逃げよ、口惜しいが炎ばかりは鎧仗ではどうにもならぬ、武官らにすまなく思うなら、一人でも多く生き延び城を守りて報いることじゃ! 分かったか⁉」
談徳は拳を握りしめ、恍魅ら戦友たちと頷き合う。
「「壮勇‼」」
「大高句麗の気高き戦士たちよ、生き残れえーっ‼」
「「うぉおおおーっ‼」」
この少しばかり前。
恐竜と四神の戦いは、恐竜が押し込んでいた。
体高二四〇メートル、体長一四四〇メートル、まさに人の手に余るブラキオサウルスと玄武が唸り合い、長大なる首をぶつけ合い、長鞭たる尾を叩き付け合う。玄武が仕掛ける。湖そのものたる水と化し、戦場ごと水没させにいく。
「ばあちゃんも仕掛けるよ!」
暗くなる。四神を動かす蘇護らも、遠巻きに見守る黄華兵も凍える。
ぐっと、ブラキオが後ろ肢で立ち上がっていた。
桁がおかしい。羽織袴のスティラコサウルスと化し、一人で十体もの恐竜を動かす音華は戦う前にそう宣言した。もはや誰も反論しようとは思わない。棹立ちとなったブラキオの高さ巨大さは、日を隠し天をも揺るがす恐怖を強いていた。
ぎっと、掲げる前脚へ覇力甲が練り上がる。
ぎらつくばかりの苺色である。濃ければ濃いほど硬い。
「ブラキオ隕石! からの」
ごっと、そんな硬度が天変地異のごとき質量をもって振り下ろされ炸裂する。大地が一瞬にして爆発し震動し崩落し、湖は地底へ呑み込まれていく。
玄武は慌てて踏みとどまらんと実体化し、一瞬にして首を噛みちぎられた。
「ティラノ万力だよ」
体高一〇〇メートル、体長二五〇メートル、進化の頂点を極めし咬合力、ティラノサウルスが躍りかかっていた。朱雀に続き玄武までをも一撃で仕留め、かき消してみせた。
「おははは、残るは虎だけだね」
青龍も消滅していた。
木像と化して割られれば、破片それぞれが伸び新たな青龍となる。
それでも超魂覇術にすぎぬこともあり、俊敏なデイノニクス、剣竜のステゴサウルス、鎧竜のアンキロサウルスに攻めたてられ、伸びる間もなく割りに割られて力尽きていた。
白虎を動かす黒虎は汗を拭った。
体高一〇〇メートル、体長二五〇メートルある白虎は体を金属へ変える。
いつもなら、次元が違うとばかりに戦場を席巻している。
しかし今は、同等に巨大な角竜のトリケラトプス、石頭のパキケファロサウルス、水竜のスピノサウルス、爪長きテリジノサウルス、音撃つパラサウロロフスに取り囲まれ、嬲り倒されるかのごとく突き込まれ、打ち抜かれ、殴り倒され、斬り付けられ、鼓膜を撃ちのめされるところへ、ティラノらまでが加わってくる。
音華は嗤い、黒虎は眼を閉ざした。
「髄醒顕現『天翔翼水晶鳳』」
「髄醒顕現『黄央意湿麒麟』!」
音華は笑い、黒虎は目を見開いた。
鳳凰が現れた。体高一〇〇メートル、翼開長三五〇メートル、水晶の巨鳥である。
麒麟が現れた。体高五〇メートル、体長一〇〇メートル、意識を奪う湿気を纏う。
「来たか、かわいいワシ坊や」
「ばば様。お久しゅうござる」
「えらく、苦労しとるんだね」
大和国将軍《鳳凰》棘帯鷲朧が霊鳥と化し、恐竜と化すもと大和国大将軍《恐竜王》大襟巻音華の前へと降り立っていく。
その間に《央伯侯》鄧九公が黒虎らのもとへ駆け付け、麒麟を動かし、白虎を囲う恐竜たちを湿気まみれにしていく。蘇護らは今のうちにと覇力を練り直していく。
静かに、恐竜と霊獣とが睨み合う。
そして鷲朧は音華へ念話を繋いだ。
(鉄は生きておりますか)
(生きとればいいねえ。正直言って、討ち取られたとか誤報だって信じとる)
(果てたと見せかけ大和朝廷より逃れ暗躍する策、など聞いておりませぬか)
鷲朧は単刀直入に訊いた。音華は全てを理解してくれていると信じている。
「紅水晶・桜吹雪よ盛り舞わん」
周りに怪しまれぬよう音華を攻撃する。
(聞いとらんねえ。まあそんな策なら誰にも言わんわな)
ローズクォーツの驟雨を撃ち、ブラキオに尾を打ち込まれ相殺される。
「紫水晶・御稜威に群ら咲かん」
(さような策と仮定し考えてみるに、妙に回りくどうござる。総大将の任を解かれ捕らえられるを見破ったとて、あのまま風の巫女らと同じく高句麗軍におれば済む話。ちょうど所領もなくなり大和に残す人はおらぬでしょうに)
重みを生むアメジストの翼で打ちかかる。
ティラノに体当たりされ押しのけられる。
待ち受けるスピノに喰い付かれ翼で守る。
(唯一、信頼する幻君が大和軍に残されてござったが、鉄なれば、忍び込みて彼一人を抱え飛び去るなど容易きこと。何故、開京の《雲師》《風伯》両大将軍と入念に、それも隠密に打ち合わせたうえで、見ておる万の人間ことごとく欺かねばならぬ策など入り用となったか……)
(ぬっ、今いい発言した気がするよ!)
ティラノに上の左翼を噛み砕かれる。
だが翼は四枚ある。下の左翼を唸らせ巨大なアメジストの羽を叩き込み、スピノを巻き込み突き飛ばす。そこを背後から長大なる質量に打ち抜かれ突き飛ばされる。
ブラキオの頭突きであった。
(ワシ坊! ひらめいたよ!)
音華はミルクセーキをがぶ飲みし空にしている。
(朝廷もさ、討たれたとか策じゃろうと疑うわな、されば! トラ坊は開京〈三壁上〉のうち二人も懐柔しとると断ずるわな、されば! もとよりトラ坊の盟友となっとる高句麗も、甲虫軍のおるボロブジャヤも、そしてこの《恐竜王》もことごとく連盟しとると察するわな、されば!)
凄まじい速力でパキケファが突進してくる。
「幽霊水晶・生めや檸檬」
パキケファの進路には、先ほど降らせたローズクォーツが散らばり突き立っている。それらを囲いアベンチュリンクォーツを結晶させる。
「檸檬水晶、硫黄を撒き清めん」
蹴散らし割らせ、内包する硫黄を吸わせる。
失速するが倒れてくれない。ティラノらも吸ったが動じてくれない。
(朝廷は動けぬ!)
ブラキオの首がしなりパキケファを打ち加速させ、その石頭に翼を粉砕される。
(大武神も早衣仙も地獄仏も雲師も風伯も甲虫王そして恐竜王もちろん猛虎! まとめて敵に回すことになるからねえ! いくら閻魔を擁して黄華とも結ぶ朝廷でもさ、これだけ膨れ上がった大勢力とどんぱちは博打になるわな)
(……なんということぞ)
獰猛なる二大肉食獣が咆哮し襲いくる。
「黄水晶・稲交接と閃き奔らん」
疾風迅雷、ことごとく斬り捨てた。
黄華軍を驚呼させる。鋭く、《鳳凰》は四枚の翼へシトリンを結晶させ電光石火で巨体を飛ばし、ティラノ、スピノ、パキケファ、一気に首を裂き消滅させていた。
(おははは、やっと本領発揮したね。すっきりしたかい)
(ぼははは、ばば様さすがにござる。すっきりいたした)
向こうで高句麗軍が退却しだした。
(いい頃合いだ。最後に《雨師》の謀反だけどね、これも成るか怪しいわな)
(ええ。前線にいる雲師どのが高句麗と積年の遺恨を拭い去りて和睦し、鎮圧しに戻って来たとして、大和が援軍に来ると思いて実行した謀反にござろう。されど頼みの大和が、出陣すれば四国八人もの大将軍と戦わねばならぬ故、すまぬ行けぬ、にござれば)
(これ全部を謀ってやったんなら、あの閻魔と張り合えとるよ……トラ坊めっちゃ頭いいね!)
ふっと、鷲朧は眼を閉じた。
(んじゃ、ばあちゃんは行くよ、高句麗軍やられまくるから助けてやらにゃ。置き土産かましとくけどね! あの麒麟なかなかの湿気でさ、意識もってこうとするんだよ、だから恐竜たち下がらせとるんだけど……もういい暴れるわ!)
音華は覇力甲で恐竜たちの頭部を包み、湿気を突っきらす。
パラサの体当たりをかわす麒麟へデイノが跳びかかり、肢をよじ登り喉を斬り付け、怯んだところをテリジノの爪が斬り倒す。パラサは止まらず白虎とぶつかり合い、殴られるところをアンキロが尾のハンマーで相殺し、ステゴが尾のスパイクを突き込み陽動し、逆側から突進するトリケラの角が苺色に光り輝き、ついに白虎を貫いた。
ここに、恐竜たちは麒麟ごと四神を討滅し尽くした。
(ぼははは、いつまでもお元気で)
音華はブラキオに鷲朧を牽制させ、トリケラたちを率い走っていった。