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百二四 《風の巫女》対《時の魔女》

 がら空きの遼東(ヨドン)城が髄醒使い率いる大軍に迫られている。

 談徳(タムドク)高句麗(コグリョ)将らも、そして碧らも滴る冷汗に体温を奪われていく。姜以式(カン・イシク)でさえも同じである。泣いてすがる牟頭婁(モドゥ・ル)を叱り付け、牟頭勇(モドゥ・ユン)を犠牲にしてでも守らねばならぬと断じた城である。

「でぃぶらっはっは! 大丈夫ですぞ」

 しかし高句麗軍の援軍にきたクワガタムシの《甲虫王》マンディブラリスは目玉を細める。

「猛虎が見抜いとらん訳ないでしょう」

「なぁるほど、高句麗軍に城を討って出よと策を遺したは、奴だわな」

 甲虫軍と黄華軍が入り乱れ打ち合うなか、黄飛虎の斬撃を挟み割って頷く。

「モレカン将軍、お行きなさい!」

「お略しなさるな、行くぞおっ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 カブトムシ、モーレンカンプが半数の甲虫軍を率い飛び去っていく。

「あんたらか、城を救うのは。だが間に合うかな」

「間に合いますぞ。そちらが距離を縮めて高速移動できることは、猛虎に聞いとりましたからな。とくとご覧あれ、うちのブルマイ軍師が立てし妙策を」

 堂々と黄華軍上空を渡っていくモーレンカンプ軍へ、西方面からクワガタムシ、ブルマイスターが飛び発ち合流する。そしてマンディブラリスへ念話する。

(いつでもどうぞ)

「ディブラリス・フレイム!」

 ばっと、マンディブラリスが飛び上がり、大顎を開きに開いてのけぞり十翼を振り込み、ルビーレッドに光り逆巻き唸り上げる巨大な竜巻を発射する。

 そして遼東城までモーレンカンプ軍を吹っ飛ばす。

「ええ⁉ 妙策ってこれかい」

「ええ! これぞ甲虫軍です」

「……いいねえ、熱いぜっ!」



「ん、どぉやら遼東城は無問題(もーまんたい)みたいぞ」

 碧は前へ向き直る。談徳(タムドク)らが士気を取り戻し姜子牙へ向かっていくのが見える。白鶴が結晶させられた部位を軽くし振りほどいて脱出し、宋異人や辛兄弟とともに迎え討っているが、数も質も談徳らが勝っている。

 このまま押しきれるかもしれない。

「これで一騎討ち~ 集中できるね~」

「ん、二対一だけどね~」

 碧は麗亜と頷き合い、汗を拭い視界と呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませていく。

 《時の魔女》叶みなみ。義虎が名指しで警戒した、とてつもない難敵である。

 碧の手数と麗亜の威力を合わせ攻めたてて、隙を作ることすらできていない。

 みなみが蛇腹剣を伸ばしてくる。

 __どう攻めてくる……。

 渦を巻き上から刺しにくる。碧は本能的に察する。

「目くらましだ、任せる」

 麗亜に剣圧を乱射し防いでもらい、みなみから目を離さず脱力して構える。

「むむ~ 隙生んでくれないね~」

 みなみは霞ではなく光で覇術領域を生み出す。つまり、いきなり光らされ動きを愚鈍化させられる。防ぎようがない。しかし碧は焼行道(やけぎょうどう)で共闘した際に勘付いていた。みなみは光らせてから対象の時間を支配するに至るまで、一秒ほど時を擁する。また対象自身を光らせるのではなく、対象がいる空間の座標を光らせている。

 __防げんでも、一秒以内に逃げれば無問題(もーまんたい)

 そして、最大でも直径三メートルほどしか光らせられない。

 つまり、どうにか隙を作り大規模攻撃を撃てば勝機はある。

 だっと、みなみが蛇腹剣を伸ばしたままで斬り込んでくる。

「どんぐり燕~」

 巻き上げ機能を仕込む蛇腹剣の(つば)ごと、自らを光らせ動きを鋭敏化させ、一瞬にして蛇腹剣を縮め接近される。だが麗亜が間に合ってくれる。

 がっと、刀と剣が鍔ぜり合う。

「ん、そういや蛇腹剣って打ち合いに向いとらんよね。伸縮するため分裂しとる刀身だもん、ひび入りまくっとるようなもんでしょ。麗亜、力技でばらしてやれ」

 碧は鎖を投げ、蛇腹剣へ巻き付け拘束する。

「任せて、きえーっ!」

 麗亜が太刀を放し振りかぶり、得意の打ち込みを叩き付ける。

 ばらせなかった。

 みなみは蛇腹剣を手放した。そして、鎖にぶら下がるだけの蛇腹剣を思いきり打ってしまい、慌てて踏みとどまるのに精一杯で防御に移れない麗亜の懐へ踏み入り、どっと、首筋へ掌底を突き出し打ち抜いた。

 麗亜が崩れていく。

 __失神しとる……くそっ強い。しかも涼しい顔して。

 抱き止めて寝かせる間に、みなみに蛇腹剣を拾われた。

 __相棒なしで、剣と光の両方から逃げきれるか……。

「逃げきれんよ~」

「だよねー、オカビショ! 麗亜やられたから守って! 五つ目・啊呀風(あなじ)の舞」

 がっと、みなみに斬り付けられ鎌を刈り上げ受け止める。

挿絵(By みてみん)

 跳び入ってくる妖美へ説明する暇もくれない。鍔ぜり合うまま蛇腹剣を伸ばし、死角から突き刺しにくる。死角の全てへ突風を回し軌道を逸らすも、逸れたのを逆用され、手もとの鎖へ巻き付け鎖鎌を拘束してくる。

「なに企んでんの~ どんぐり沼~」

「とっさに浮かんだ付け焼き刃よっ」

 光らされるや鎖鎌を手放し、身を風に巻き一目散に飛び上がる。

(とき)はある 筆を上げよ 花霞(はながすみ) 村雨(むらさめ) 胡蝶(こちょう) 空寂(くうじゃく) (じょう)もて響かし ()ゆらば(にお)え ()ますに震えて(しるべ)()かん」

 唱える間も光らされ、気張って逃げ、また光らされ逃げ続ける。

 __いけるかぁ、でももう賭けるっきゃない。

 懸命に加速する。目が痛む。寒くなってきた。

 光らされなくなっていた。

 振り向いて減速し見下ろせば、蟻の大群が入り乱れていた。かろうじて陸亀や小魚、麒麟が暴れているのが判別できる。気付けば遥か上空へ昇り戦場を俯瞰していた。

 __ん、トラの見とる景色だ。

 みなみは見えない。つまり、みなみからも碧は見えない。

 だがおおよそ居どころは分かる。亀と木々の近くである。

「一つ目・疾風(はやて)の舞」

 見えない相手を感覚で撃つ。碧色は吸い込まれるように消えていく。

 __ん、いけた!

 的をやや修正するや次弾を撃つ。にっと、連射していく。

 覇力感知していて大正解だった。初撃の直後、にわかに誰かが覇力を噴き上げた。

 __見落とさんだぞ。

 超魂覇術を使っている者なら複数いるが、その中でしばし鳴りを潜ませており、かつ碧の動向を注視していたのは、みなみしかいないだろう。的はややずれていたが、おそらく味方を守ろうと愚鈍化させたのだろう。

 __居どころは割れた、なら惰性の罠だ。

 撃つたびに覇力を使われるのが分かる。見えないが、みなみは一つ一つを遅くし、そよ風へ変えて止め続けていることだろう。このまま撃ち続け、みなみが疾風しか来ないと錯覚したであろう頃に山颪(やまおろし)を撃つ。

 撃ちながらも傍らに山颪を築いていく。できた。一〇発は撃っている。

「三つ目・山颪の舞」

 ごっと、煌々と碧色に輝き咆哮する暴風を叩き込む。

 どっと、碧色が破裂し、蟻の大群に一点、穴を穿つ。

 すっと、一気に消費され、みなみの覇力が消失する。

 __やった⁉

 倒せたか、確認しに下降していく。混戦中にもかかわらず、多くの敵味方に見上げられる。構わず、穿った付近を探す。いた。狩衣(かりぎぬ)を実用化した水干(すいかん)を着て半袴をはく姿へ戻り、うずくまっている。

 つまり覇術が切れている。

 __やった! 勝った! あの黄緑ツインテに!

 とどめは刺さない。意識はありそうなので、刺しにいけば最期の抵抗を受けるだろう。身をもって知っている。みなみのような苦労人が命懸けになれば、凄まじい。士気で勝ろうとも兵力で大きく劣る以上、刻一刻と劣勢化は進んでいる。時間を掛けてはいられない。

 よって決着を付けるため、姜子牙を狙う談徳(タムドク)らへ加勢しにいく。

 そうして背を見せた次の瞬間。

「鎧仗顕現『陽機(みなみからくり)』~」

「鎧仗顕現『碧鎌(あおいしのかま)』っ」

 斬りかかられ振り返り受け止めた。火花を散らし、鎖鎌と蛇腹剣がしのぎ合う。

挿絵(By みてみん)

「ん、やられたのは、お芝居かい」

「そだけど~ 反応するんかい~」

「ん、猛虎が『窮鼠に嚙まれぬ猫こそ猛虎ぞ』って言っとったもん、念には念を入れ警戒してもおったもん。そっちこそ、山颪どぉやって回避したんだよぉ」

 しのぎ合いながら地団駄を踏む。

「わぁカワイイ~ えとね~ 激突される前に自分の直上だけ~ どんぐり沼して~ とにかく直撃せんよくして~ 周りが激突されても自分ごと自分の周り~ どんぐり沼すれば~ 爆風の巻き添えにもならんよ~ 覇術は普通に使えば自分には効かんから動けるし~ ちなみに爆風でオカビショたちからは見えんから~ やられたお芝居するんも楽勝~」

「あっさりオカビショとか言っとる……」

 どこへ感心すればいいかが分からない。

 とりあえず腹を蹴っ飛ばし跳びすさる。

「童顔をさ~ 喪った直後で~ よくこんだけ戦えるね~」

 __え……。

「ん、童顔? トラか……だって消沈して戦えんくなって負けたら、死ぬじゃん……顔向けできんじゃん! 育ててくれたんに……あんなに闘ってくれたんに……一人で吐くなって言ってくれたんに! ん、うっかり挑発に乗って熱くなるとこだった」

「それは意図してなかったけど~ 納得した~」

 笑い返し、心を冷まし頭を唸らす。

 __お互い残る覇力は少ない。

 みなみの緩んだネコ口は変わらない。碧も釣り目へ広がる瞳を動かさない。

 __武力勝負になる。

 蛇腹剣を伸ばし不規則に渦巻かせ、あらゆる方向から斬り付けてくる。

 鎖を舞わせ縦横無尽に弾き落とし、落としながら鎖の先の砲丸を放る。

 かわされ鎖に刃節を巻き付けられ、引かれる前に片足を出して備える。

 __でも有利なんはこっちだよ。

 蛇腹剣は、柄から切っ先まで通る芯を伸ばし、刀身を分け複数の刃節にして、触れれば斬れる鞭へと変わる。鞭なので、拘束具として使えば次なる攻撃をくり出すのは難しい。対して鎖鎌では、鞭となるのは鎌と砲丸を繋ぐ鎖だけである。

 碧の手もとには鎌が残っている。

「斬り込むぞ~ って片足浮かせた瞬間に鎖引っ張って~ 転ばすよ~」

「でしょうね、故にこうする」

 鎌を投げ付ける。よけられる。だが引っ張られるより早く接近するには十分な隙である。

 武器を捨て殴りかかる。武器を捨て抑え込まれる。

「強いね~ もう風神雷神~ 片っぽだけなんに~」

「わーは護られるだけの雛鳥じゃないもん、それに」

 頭突きして振りほどく。

「誰かに依存してちゃ、強くなれんくて生き残れんよ」

「……()れは~ 依存してても強くなれると思うな~」

「……いかなる想いで」

「……な~ んでも~」

 どっと、強烈な閃光が奔り爆音が轟き地面が震え、周りの敵味方ともども二人は振り向いた。碧は青ざめ、歯ぎしりしながら悟った。

 逃げねばならぬと。

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