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百二三 タムドク、太公望を討ち取れるか

「死なせるな」

 姜子牙(きょう・しが)が命じるや、白鶴(はっ・かく)牟頭勇(モドゥ・ユン)を押さえ付け猿ぐつわを噛ませる。だが牟頭勇は布ごと舌を噛みちぎらんと必死になって暴れる。姜子牙が動く。後頭部を打ち抜き失神させ、姜以式(カン・イシク)牟頭婁(モドゥ・ル)を見据えて嗤う。

 姜以式が大喝する。

「なぜ逝かせてやらぬ、英雄を辱めるな!」

「即決せよとは申しておらぬでな。迷うことではなかろうが国家の大事には他ならぬ、いったん戻りて総大将や太子らの総意を得ねばなるまいて」

「いらぬ。全軍(チョングン)攻撃せよ(コンギョッケラ)!」

「「壮勇(チャンユン)‼」」

 壮勇と応えた声が少ない。姜子牙がほくそ笑む。

「仇討ちを許すぞ《毘沙門天》よ、ただし《二郎真君》と組み戦うのじゃ。それでも危うくなれば、わしも出る。残る全軍、太子と風の巫女を討ち取るのじゃ」

「「御意‼」」

 哪吒(なた)楊戩(よう・せん)が突撃し、姜以式へ打ちかかる。

 樹呪は再び碧珠(ピョクス)と斬り結ぶ。娘を狙われ、わずかに集中力を削がれる相手を押し込んでいく。鄂崇禹(がく・すうう)は背を見せる牟頭婁を襲撃する。兄を想い狼狽し、戦意の定まらぬ相手を圧倒していく。

 だが太子(テジャ)談徳(タムドク)は咆哮する。

「臆するな、高句麗の誓いを想い出せ!」

 心を定め力を籠め気を噴いて、主君の仇を討たんと意気込む薛悪虎(せつ・あくこ)黄天禄(こう・てんろく)をまとめて打ち負かす。これを見て恍魅(ファン・メ)らも士気を定め、喊声を上げて斬り込んでいく。

 姜子牙の配下が立ちはだかる。

 洪錦(こう・きん)が巨大な古代鳥、孔子鳥を召喚し、武吉(ぶ・きち)が巨大な甲冑魚、ダンクルオステウスを召喚し、魏賁(ぎ・ほん)が巨大な肉食獣、イノストランケビアを召喚する。韋護(い・ご)も鏡のごとき盾を召喚していき立て並べ、日光を集め強烈に反射し、談徳らの視力を痛め付ける。そこへ陸海空の古生物が躍りかかる。

 高句麗軍の武官が馬を駆り込む。

 手をかざし目を守りつつ、杜祠呉(トゥ・サオ)が因果を破綻させ、日光があるのに反射できなくさせる。光攻めが打ち消されたところで、紅紫蒼(ホン・チャチャン)が紅、紫、蒼の熊を召喚し、イノストランケビアを囲んで跳びかからせ捕獲する。竹竹(チュク・チュク)竹竹矛刺(チュクチュクぼうし)と叫び、巨大な竹林を生み出しダンクルオステウスを突き上げ捕獲する。網切鍛極疾マンジョル・タングッチルが全身をばねと化し空中へ跳び、孔子鳥にかわされるや人体へ戻り四肢を長大なばねへ変え捕獲する。

 そこを七二歳の李春晶(イ・チュンジョン)が駆け抜ける。

「今です太子殿下(テジャヂョナ)、付いて来られませ」

壮勇(チャンユン)!」

 太く応え、談徳は馬腹を蹴る。目指すは姜子牙である。

 その息子、碧に討たれた姜桓楚(きょう・かんそ)の遺臣たちが立ちはだかる。

 禹雲(う・うん)が金箔の雲を吐き広める巨大な怪魚を召喚し、霊牙(れい・が)が大きさを変えられる白象を召喚し、虯首(きゅう・しゅ)が俊敏に暴れる青い獅子を召喚する。

 談徳の戦友が馬を駆り込む。

 淵傑多(ヨン・コルタ)が雲を吐いてくる怪魚の感覚を操り、おかしな方角を狙わせ皆の視界を確保するや、阿石慨(ア・ソッケ)が五メートルの石巨人と化し体当たりする。怪魚は白象へ衝突しふらつき合い、すかさず阿石慨が殴りかかる。残る獅子には、超魂覇術は使えないながら沙汰涼(サ・デリャン)が精鋭を率いて突きかかり、押さえ込んでいく。

「これで太公望を守るは四人です」

はい(イェー)春晶さま(チュンジョンマーマー)。対して……」

 談徳は戦場を見渡す。

 残る味方のうち、楊輝和(ヤン・フィナ)趙璃玉(チョ・リオク)木林森(モク・イムサム)木校梅(モク・キョメ)、そして妖美は広範囲へ覇術を及ぼし、哪吒へ仕える黄天化(こう・てんか)鄧嬋玉(とう・せんぎょく)竜鬚虎(りゅう・しゅこ)に加え、楊戩へ仕える姚公麟(よう・こうりん)ら、さらに鄂崇禹(がく・すうう)へ仕える常昊(じょう・こう)ら、多くの超魂使いをどうにか足止めしている。

 しかし、対価を求めず護国へ尽くす山岳修行者、早衣(チョイ)を束ねる杜祠呉(トゥ・サオ)は彼らに命を懸けて韋護を囲ませ、こちらへ駆け付けてくる。碧珠(ピョクス)の旧臣である紅紫蒼(ホン・チャチャン)も、三頭の熊を操りながら三体の古生物を引き受け、竹竹(チュク・チュク)網切鍛極疾マンジョル・タングッチルをこちらへ向かわせている。

「こちらは七人います」

 談徳は左の恍魅(ファン・メ)、右の白舞夢(ペク・ムモン)と頷き合う。

 立ちはだかるのは辛甲(しん・こう)辛免(しん・めん)、時空の罠をくり出してくる。

「危うい。お任せあれ」

 本能的に察した杜祠呉が疾駆し、敵の霧へ己の霧を混ぜ合わせる。それと見るや李春晶が迷わず霧へ駆け入り、打てば響くように談徳らも続く。

 時空の罠は発動しなかった。

「危うい。下がられよ」

 言うが早いか白鶴が跳躍し、辛兄弟と入れ替わり前進してくる。速い。重量がないかのごとくである。李春晶が雪の結晶を生み出し手裏剣として奔らすが、跳び越え、掻いくぐり、打ち払い、肉薄して打ち込んでくる。槍を唸らせ、談徳は覇術で強化する腕力をもって打ち返しにいく。

 打ち落とされた。

 重い。白鶴の一撃も重ければ、接触したとたん、自身の体も重くなった。

「気を付けよ、重量を操作できるのやもしれぬ」

「接れたもののみ、やもしれませぬ」

 びっと、恍魅が光線剣を舞わせ攻めたて、棒で受けさせ半分に熔断する。

「よし飛ばすぞ、華夏(ファハ)の鎧」

 談徳は鎧の効果を変え、覇力噴を撃ち出す。合わせて、恍魅もあらかじめ発動していた覇力引斥で斥力を撃ち出す。見えない力を同時に喰らい吹き飛ぶ白鶴へ、李春晶が手をかざす。白鶴は着地するや地面ごと鉱石のように結晶し、動けなくなる。

 騎乗し、談徳は昂った。

「選べ。牛頭将軍を返すか、それとも首を渡すか」

 姜子牙を守る最後の一人、宋異人(そう・いじん)は世界種使いである。そして姜子牙自身も世界種使いである。杜祠呉がいる限り無力化できる。

 すなわち、五龍神将を討ち取るまたとない好機であった。



 姜子牙は宋異人と談笑している。

「おい、聞いておるのか」

「おお、すまぬのう。そなたらが滑稽すぎて返事してやるを忘れておったわ……始めよ」

 宋異人が太鼓を打つ。地響きが湧き起こる。はっと、談徳は直感する。

 嵌められたと。

 敵兵を斬り伏せながら恍魅が振り向いてくる。

「援軍を呼ばれたようです、来る前に太公望を討ち……」

「待て。あの足音、ここへ向かってきてはおらぬ」

 李春晶も察している。談徳は頷く。

 世界第一位たる軍事帝国、その最も高位にある大軍師が、覇術を封じられ喉もとまで迫られてから出してくる一手である。単に数を打つだけの援軍であるはずがない。しかし自分たちは狙われていない。

「では何が狙われるか。猛虎が生きておれば見抜いたじゃろうに」

 姜子牙に心中を見抜かれ談徳は歯ぎしりする。一つずつ考える。

 地響きはどこから生じたか。

 ここから見て敵陣の奥、すなわち甲虫軍と戦っている南方面である。

 そこから動くなら誰の軍か。

 ここにいない敵将のうち、四神は東方面で戦っているのが見える。一〇〇メートル級の巨獣を召喚しているので間違いない。大和軍は西方面に固められているのが目視できる。黒地に赤い日輪の浮かぶ国旗〈()(てらす)〉を立て並べるさまは遠目にも目立つ。残りが南にいるとして、マンディブラリスを止め得る黄飛虎、全軍を指揮する聞仲は動けないだろう。

 ならば鄧九公(とう・きゅうこう)姫昌(き・しょう)崇侯虎(すう・こうこ)のいずれかであると絞り込める。

 彼らに成せる逆転劇は何か。

 騎馬隊の足をもってすれば、西方面を駆け抜け、高句麗軍の背後へ回り込むことは難しくない。兵力で劣る高句麗軍はすでにほぼ全兵で黄華軍と斬り結んでおり、新手を防ぐ陣形を組みに兵力を割く余裕はほとんどない。加えて姜子牙を狙うため、談徳ら武官は揃って混戦の奥深くへ入り込んでおり、背後へ戻る時間がない。

「まずい、挟み討たれるぞ!」

「な、なんじゃっと」

 姜子牙に声を裏返して驚かれ、談徳は喋れなくなった。

「そなたらは挟み討たれれば必ず全滅してくれるのか。否、死にもの狂いで抗うじゃろう。おるだけで高句麗軍の士気を暴発させ得る大武神もおるのじゃぞ、挟み討つ側も相当な被害を出すうえに決定打となる保証もない。よいか、ただの軍師ならばいざ知らず、大軍師はその程度の戦果で満足しては務まらぬのじゃ。そしてのう」

 談徳は戦慄する。姜子牙が進み出てくる。

「鎧仗顕現『堕鞭(だべん)』」

 竹のような節で打ち、覇力を無効化する打神鞭(だしんべん)を引っさげ、跳びかかってくる。恍魅が跳び出し光線剣で熔断しにいく。

 どっと、打神鞭と光線剣が交錯する。

 光刃が単なる光と化しかき消される。

 危ないと叫び、談徳らは馬腹を蹴る。

 鋭く、姜子牙が着地しつつ続けて打ち込み、間一髪、恍魅は手もとへ残る柄で受け流すが、覇力を揺らがされ馬上を吹き飛ばされる。舞夢(ムモン)が受け止めるが早いか、李春晶が薙刀を唸らせ、杜祠呉(トゥ・サオ)が大刀を唸らせ、打神鞭に受け止めさせ踏ん張るところへ、談徳は槍をしごき突きかかる。跳びすさられ空振りする。

「わしに武勇がないと思うは間違いじゃ」

「くっ、それよりあの軍だ。どこへ……」

 西方面を駆け抜けていく騎馬隊が見える。

 はっと、次の瞬間、談徳らは武器を取り落としかけた。

「なんの現象だ……なぜ軍が丸ごと超加速する⁉」

 にっと、姜子牙が指を掲げてくる。

「あの軍を率いるは《西伯侯》姫昌、その腹心には距離を伸び縮みさせる散宜生(さん・ぎせい)がおる。速くなったように見えるは、走るべき距離を縮ませることで実質的な高速移動を成し遂げておるからじゃ。では問おう、西伯軍はいずこを目指し走っておる」

 ぶっと、談徳は冷や汗にまみれていく。

「よもや……おのれえ(ネイノォーン)っ!」

 姜子牙の指は、彼らの後ろを指していた。

遼東(ヨドン)城じゃ。がら空きののう」

 がら空き。

 その通りである。残してきた城兵は一〇〇〇に満たない。髄醒使い率いる万の軍勢を前にして、平城へ戻った武官すらおらぬ遼東城では、八半時ともたないだろう。

 びっと、談徳は姜以式(カン・イシク)へ念話を奔らす。姜以式が叫ぶ。

烏巫堂(ウムーダン)! 遼東城を山城へ変えよ、大至急じゃあっ!」

「髄醒顕げ……ぐっ」

 だが樹呪に激しく妨害される。

「手遅れじゃよ」

 姜子牙に嗤われ、談徳らは砕かんばかりに歯を噛みしめた。

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