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百二〇 碧は死神将軍へ立ち向かう

「トラとわーを消したいからでしょ」

 向こうでは恐竜と四神がぶつかり合い、周りでも将兵がしのぎ合うなか、碧は自国の将軍と向かい合い、ぎっと、幼い日々から使い込まされた鎖鎌を握りしめた。

「なんで消されんといけんのさ」

「それが呪われし大和へ預言されし天罰(ネメシス)、ひいては」

 妖狐を(かたど)る仮面を撫でながら《禍津日(まがつひ)》樹呪は微笑んでくる。

救世主(メシア)福音(エヴァゲリオ)じゃからのう」

「ん、横文字じゃ分かんない」

「戦国の勉強が足らぬとは、七つの大罪、怠惰(スロウス)じゃな。呪うぞ」

 びっと、一気に迫られ大鎌を刈り込まれ鎖鎌で受け流す。

 __痛っ⁉ 女のくせに怪力……。

 はっと、受け流した刃を返され後ろから刈り込まれるのを察し、伏せてやり過ごしつつ馬首を返す。本能的に察していた。

 __近距離で打ち合っても敵わん、とりま離れて中距離……ん⁉

 離れられない。手綱に大鎌のきっさきを絡められている。懐を侵されている。

 __いつの間に⁉

 きっさきが反転し首を刈り上げてくる。

 間一髪で鎖を盾にし防ぐも、横腹を蹴り抜かれ落馬し、硬い地面へ叩き付けられる。鎧があるとはいえ、臓物が肋骨へ喰い込み破裂するかのごとき衝撃に意識が痺れ、すでに目の前まで迫る大鎌へ抗えない。

 __え……くそおっ!

「きえーっ!」

 がっと、大鎌が弾け飛ぶ。

 __ん、生きとる。麗亜!

 駆け入って太刀を振り込んでくれていた。手を伸ばされる。

「ん、危ない!」

 大鎌が麗亜を狙い刈り込まれる。だが妖美が分け入り偃月刀一閃、ごっと、大鎌を打ち返しそのまま振り抜き、すばやく踏ん張りに切り替える樹呪を踏ん張らせず、馬ごと放り飛ばしてみせた。

 樹呪陣営をざわめかせ、妖美は前髪をかき上げる。

「美しい少女たちは美しい身どもが守る。嗚呼、なんと美しい身ども」

「結局は自分の方が美しいんかい」

 麗亜の手を取り、気張って起き上がり碧は笑う。

 __一騎討ちじゃ及ばんけど仲間が付いとるもん!

「おもしろき(わらべ)どもじゃ」

 樹呪が手をかざす。打てば響くように、ヒゲコノハズクの髭ノ介(ひげのすけ)が左へ、アナホリフクロウの白苦無(しろくない)が右へ、それぞれ直下兵を連れ展開していく。

「おぉー、指名されずに動くとは」

「担当あらかじめ決めてんだべよ」

「ん、呑気に鼻ほじっとる場合かい、囲まれるじゃん」

 山忠に小突かれつつ妖美へ顎をしゃくる。なぜか薔薇を取り出してくる。

「超魂顕現『闇夜奈落(あんやならく)』」

 妖美が片肌脱ぎに甲冑の鱗をあらわとするや、黒々と闇が広がり囲い込まれる。すなわち、囲い込んでくる敵兵がフクロウもろとも闇に呑み込まれる。その喊声はぴたりと聞こえなくなる。

「これで正面の軍勢だけに集中できるよ。嗚呼、美しい身どもの美しい闇の美しい貢献ぶりに嗚呼、見たまえ、赤い薔薇の美しさすら黒く陰りゆくようじゃないか嗚呼、いかんともしがたし罪な身どもよ、嗚呼……美しい」

「ん、見なさい、樹呪たち引いとるよ」

「身どもが美しすぎて妬いているのさ」

「……こいつヤバいべな」

「美しいほどヤバい眷属(けんぞく)を有する褒美じゃ、初めの問いへ答えてやろう。脳筋愚弟よ、暗黒の聖騎士と化せ。みいよ、邪悪の聖乙女と化せ。さあ、かつて〈緑な三人組〉として難行を共にした血族たちに調伏(ちょうぶく)される混沌(ケイオス)の楽園にあって、全知全能たる死神(ラ・モール)福音(ふくいん)へ傾聴し選ぶがよい。異端を認め堕天するか、認めず断頭台へ運ばれるかを」

 上には上がいると引きながら、碧は唾を飲み込む。

「超魂顕現『樹森拳宴たつきもり・こぶしのうたげ』!」

「超魂顕現『時機尺陽ときのからくり・ものさしみなみ』~」

 リーゼントをつやめかす樹拳が森の原住民と化し、みなみが黄緑のツインテールをなびかす魔法少女と化し、馬上を跳び下り突進してくる。

「筋肉・菩提樹(ぼだいじゅ)であーる!」

 樹拳が硬く太い根を何本も突き出し叩き込んでくる。

「超魂顕現『巌山殴亀いわおやまのなぐりがめ』!」

「超魂顕現『空色彗星(そらいろほうきぼし)』!」

 山忠が甲羅を模す鎧兜を纏い、麗亜が空色のマントをはためかす鎧を纏い、馬上を跳び下り突進していく。

「木はおいどんが潰すべ!」

 体高三〇メートル、体長一八〇メートルを誇る岩亀が体当たりし、菩提樹を薙ぎ倒す。

「女の子はボクが止める! きえーっ!」

「止めるのは~ ()れだよ~ どんぐり沼~」

 空色に眩く轟く剣圧が黄緑に光らされ、著しく減速する。

 ネコ口を保ったままで馳せ違われ、鋭く蛇腹剣で斬りかかられ、とっさに太刀で受けきりながらも麗亜は浮足立っている。鎖鎌を飛ばし、みなみを追い払いつつ碧は進み出る。

「時の魔女はね、時間いじくってスピード遅めたり速めたりしてくるよ。黄緑に光らされるだけで。二対一で守り合ってくぞ」

「時の魔女~? ()れの異名~?」

「風の巫女と音感似とっていいでしょ、採用してよ」

 垂れた目がきらきらした。

「我こそは~ 《時の魔女》(かなえ)みなみなり~!」

 蛇腹剣の刃が分裂する。鏃の(やじり)連なる鞭となり、うねりながら襲いくる。

 鎖鎌を回し螺旋を描く。鎖の連なる鞭として、うねりながら襲わせる。

 目まぐるしく火花が散り金属音が弾け飛ぶ。

「どんぐり沼~ どんぐり(つばめ)~」

 鎖鎌は遅くなり蛇腹剣は速くなり、突破してくる。

「きえーっ!」

 びっと、蛇腹剣を弾きみなみへ突き進む剣圧が、大鎌に両断された。

「わらわの愛する使徒に異名をありがとう。祝福を始めるぞ」

 山忠と樹拳が打ち合い、怪力をぶつけ合っている。妖美が敵兵と斬り結び、単身で圧倒している。刀身をかざし牽制し合う麗亜とみなみに寄り添われつつ、碧と樹呪は対峙する。

「そもそも戦は何故なくならぬと思う」

 んっと、手もとを緩まされた。

 大鎌を投げ付けられ、かわし、麗亜と分断され、疾駆する樹呪が大鎌を拾うや刈り込んでくる。鎖鎌を放り込み弾きのけ、合流せんと走るも、麗亜は黄緑に光らされ鈍重化させられている。

「超魂顕現『碧巫飆舞あおいしかんなぎ・つむじかぜのまい』」

 ほとばしる蛇腹剣を風へ巻いて飛ばせば、直上、大鎌を突き込まれる。

 すっと、一歩だけ横へ動き、かわしつつ妖狐の面へ掌をかざす。

「一つ目・疾風(はやて)の舞」

 ちっと、叫びかけた。ゼロ距離で撃ってかわされた。同時に蹴り付けられ跳びすさり、麗亜を背へ庇いながら、巫女姿に鎖鎌を現し身構える。

「その姿じゃ」

 樹呪が大鎌を降ろし、みなみも光を解いた。

「巫女とは八百万の神々を祀り声を聴くもの」

 麗亜を支え構えを緩め、再び唾を呑み込む。

「闘うものではないのじゃよ」

「戦わされるんだよ無理やり」

 かっと、碧は眼を見開いた。



「いかにも。故に問うておるのじゃ、巫女ですら闘わされるは何故じゃと」

 将軍の声も言葉も先ほどから一貫している。じっと、同様にさせられる。

「襲われるから。抗わんと生き残れん。でも襲う側も襲わんと生き残れん」

「そんなの獣と同じだよ」

 麗亜が呻き、みなみに頷かれ、樹呪に促される。

「人間社会がかように変じたは何故じゃ」

「ん、変じた?」

「いかにも。原始時代を考えてみよ、遺物やら壁画やら人骨やらを見れば分かる……戦がなかったのじゃ。巫女は巫女でしかない、狩人は狩人でしかない、首長は首長でしかない。人々がいらぬ欲も志も抱かず自然の中で調和しておったが故であろう……よいか、人類は農耕を知った時、天地人に生ずる格差を知った、すなわち激情を知ったのじゃ」

 __激情……。

「欲して、憎んで、愛して、妬んで、恐れて、悼んで、志すようになったのじゃ。故に襲い襲われる、獣のやり合うとは根本が異なる、各々理由があってのことじゃ……解せぬ許せぬと言うは自己を押し付けておるに過ぎぬ。まあ稀に襲うを好む故に襲うだけとか抜かす下衆も湧くがのう、それとて下衆へ変ずるだけの理由があってのことじゃ……されど倫理にもとるはならぬ。倫理とは途方もなき凄惨なる歴史を耐え忍びて培われし、最低限たる規範であるからのう」

 __倫理……だと⁉

 ぎっと、碧は歯を噛みしめる。

「なんの罪もない義虎や私をねじり殺すのは、倫理にもとらんのか⁉」

 じっと、将軍は見据えてくる。

「いかにも。断じてもとらぬ。何故もとらぬと思う」

「黙れ。もとらん訳がない。もとらんでたまるか!」

 想い出す。

 温かかった父が、優しかった村人たちが、どんな殺され方をしたか。

 理由も分からず、守ってくれる母も帰る場所も奪われ、どんな想いで生き抜かされてきたか。

 なぜ人を殺さねばならなかったか。

 なぜ義虎は奴隷とならねばならなかったか。

 なぜ弱かった義虎が大将軍とならねばならなかったか。

 義虎がどんな顔で叛逆すると誓ったか。

 なぜ心から義虎へ賛同するか。

『この腐りきった、権力やら財力やら武力やらをもぎ取った輩ばかりが、心優しき弱者をいたぶり搾取し嵌め倒し欲望と快楽を独占する、腐りに腐って腐り尽くしたこの人間社会をぶっ壊したくて、ぶっ壊したくて、ぶっ壊したくてたまらんから』

「答えろ! 納得いくように」

 ごっと、覇力を噴き上げる。

「どんな大義があって殺す⁉」

「〈民が強固で厳粛な世〉を害する悪魔は殺し尽くさねば戦がなくならぬからじゃ!」

 ごっと、覇力で覇力を潰された。

「ふざけるな! 馬鹿げたご託並べて、おぞましい凶行を正当化しようとする、貴様らこそが悪魔だろうが!」

「忘れたか、解せぬ許せぬと言うは自己を押し付けておるに過ぎぬ。そして倫理にもとるはならぬ。よいか、民が強固で厳粛な世のみが、自己という激情に溢れかえる人間社会を統制し得るのじゃ。戦なく導くことができるのじゃ。これが倫理じゃ」

「我らがそれを害すると⁉」

「害するとも。そなたらこそ〈民が平和で自由な世〉なぞという聞こえのいい夢物語へ現実逃避するにとどまらず、あろうことか民が強固で厳粛な世を葬り去らんと心血を注ぎおる究極の悪魔……風神雷神の遺志そのものであるが故じゃ」

 かっと、碧は眼を見開いた。

「んな遺志とか知ったことか」

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