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百十八 遼東原の戦い

 クワガタムシの《甲虫王》マンディブラリスが鋭利な大顎を開き連続して挟みかかる。

 半人半竜の《鎮国武成王》黄飛虎(こう・ひこ)偃月刀(えんげつとう)金砕棒(かなさいぼう)と化した両腕を連続して叩き込む。

 大将軍の一騎討ちである。

「速力ではこのディブラリス大将軍が上回りますぞ」

「腕力ではしかしこの武成王大将軍が圧倒しとるぞ」

「でぃぶらっはっは!」

 まともに受ければ大顎を砕かれる攻撃をかわし、受け流し、さばききり、懐へ飛び込み斬り付けるマンディブラリスを、黄飛虎は右膝を掲げ短剣へ変え、脚力で踏ん張り受け止める。左足の大鎌に斬り上げられるより速く、マンディブラリスは身をひるがえす。

「ディブラリス・ビーム!」

「いいねえ、燃えるぜ!」

 マンディブラリスが十翼を振り込み、ルビーレッドに光る烈風を連射すれば、黄飛虎は両翼を合わせ雄黄(ゆうおう)に光る大剣へ変え、ことごとく真っ向から粉砕しつつ、尾を蛇腹剣(じゃばらけん)へ変え高速で伸ばし撃ち込んでいく。

「ディブラリス・フレイム!」

「色々できるじゃねえか!」

 マンディブラリスが十翼を振り込み、ルビーレッドに光る竜巻を掃射すれば、黄飛虎は蛇腹剣ごと引っ張り回される。とっさに武装を解き、どうにか体勢を固め、両腕、両翼を合わせ雄黄に光る巨大な鉄球を作り出し、風へ乗って回りつつ、巨大な質量と体積をもって竜巻を放逐する。

「ディブラリス・クラッシャー!」

「なぬっ⁉」

 そこへ突貫し、ルビーレッドに光る風圧の塊と化して狙い討つマンディブラリスに、黄飛虎は脇腹をかすめられる。

「おぉ痛え、かわしきれなかったぜ」

「でぃぶらっはっは! 次はどう攻めましょうかね」

 と言って盛り上がる大将に放置される軍勢がいる。

「将軍、どうしましょう」

「誰だ、恐竜王を運ぶ担当にブルマイスター軍師をもってったのは」

 時空の罠に呑まれ、空中停止せざるを得ないでいる甲虫軍である。

 副将のカブトムシ《甲虫卿》モーレンカンプはわりと困っていた。

 部将のクワガタムシ、セアカが律儀に答えてくる。

「ディブラリス大将軍しかいません」

「おのれ、我らが師といえど許せん」

「軍師の次に頭がいいのは将軍です」

「故にがんばって考えろと? 鋭意やっとるぞ、ちょっとお主の相手でもすれば気が晴れて何か思い浮かぶやもしれんと思ったが、何気に大正解であった」

 セアカに感激されつつ司令する。

「ゴンオニを呼ぶのだ。我ら三人で霧を蒸発させる」

「なるほど、霧が消えればこの変な罠も消えますね」



 そうした戦を見上げる黄華軍の陣。

「一大決戦となる。気を引き締めよ」

 総本陣で陣屋の前へ立つ総大将《雷帝》聞仲(ぶん・ちゅう)が髭をしごいた。

「ボロブジャヤの大将軍が前から攻めてきた。横からは大和の大将軍が迫っておる。そして背後から、高句麗(コグリョ)の大将軍が押し寄せるであろう」

 後ろへ居並ぶ諸将は耳を疑った。

「まず〈四神〉で恐竜王へ当たれ」

 《白虎》崇黒虎(すう・こくこ)らが拱手し走る。

 その場にいた大和軍総大将《鳳凰》鷲朧(わしおぼろ)は、しかし察していた。

 __やるようになったのう鉄よ。

 昨日、鉄こと義虎の腹心・勝助を拘束し、覇玉を取り上げた。おそらく、勝助は取り上げられる前に念話し、高句麗軍にいるもう一人の腹心・山忠(やまただ)へこう伝えただろう。

 義虎が仕込んでいた策が発動する。

 すなわち《恐竜王》音華(おとはな)と《甲虫王》マンディブラリスが黄華軍を奇襲する。

 高句麗軍大将《大武神》姜以式(カン・イシク)へこれを伝え、黄華軍が双王を迎撃しに戦力を割かれた機を見計らい、高句麗軍を出陣させるよう進言せよ。

 ここで敵を叩けるだけ叩きたい。

 真の敵たる《閻魔》毅臣(たけおみ)と《雨師(ウサ)劉炉祟(ユ・ロスー)の陰謀を潰すためにも。

 また黄華軍は、捕らえた高句麗将《牛頭(ごず)牟頭勇(モドゥ・ユン)を人質に出し脅してくるだろう。

 叶うなら、ある芝居をうっておきたい。

 嵌まれば、敵は高句麗軍を内部崩壊させんと目論むはず。

 その時こそ敵の密偵を利用し、義虎の罠が牙を剥く、と。

 __信ずるとも。わしは波風を立てぬよう立ち回ろうぞ。

「大和の方々にもご出馬をお願いする」

 そこへ聞仲が歩み寄ってきた。

「青龍、白虎、朱雀、玄武をもって防げぬとあらば、鳳凰、麒麟を加えたい」

「恐竜には神獣にござるな。かしこまった」

「だが恐竜王は大和の英雄。戦えますかな」

「あれは大和を捨てし浪人。たやすきこと」

 鷲朧は音華を敬愛している。

 だからこそ、音華が義虎の策を守り演技してくれると信じられる。

 自分も巧く演じられるよう、心を静めていく。

 __よもや、あの小童の策に乗せられるとは。

 思えば義虎とは腐れ縁である。

 彼は十三歳だった時、ある戦でどうにもしようのない危機へ瀕し、やむなく《雷神(いかづちのかみ)片信(かたのぶ)の鎧仗覇術を使い、後継者であるとばれた。

 片信を嵌めた高天原(たかまがはら)派を率いる毅臣は警戒した。

 片信と近しい八百万(やおよろず)派も知って、彼を今いる軍から引き抜こうと暗躍してきた。

 毅臣は鷲朧を呼んだ。

『仁義に満ち実直なるそなたの旗下へ移籍させれば、八百万派も難癖を付け引き抜くにあたうまい。そのうえで死地へ送り、討ち死にさせるかたちで公明正大に抹殺せよ』

 嫌々従ったが、義虎は生き残り続けた。

 どれだけ死にもの狂いで猛り狂い、鍛え、挑み、敗れ、心身ともに傷付き、また立ち向かい打ちひしがれ、それでも諦めずに強くなってきたか、よく知っている。

 本心から哀れに想った。

 幾度も修業してやった。

 鍛えきれぬ己を罵った。

 いよいよ強硬的に粛清しようとする毅臣を黙認できず、必死に考え訴えた。

『偶然を装いて、八百万派で最も情熱家とされる《火神(ほのかみ)》の旗下へ移籍させれば、気運は高まれりと謀反をけしかけ、公明正大に征伐することもかないましょう。簡単に始末してしまえば、これだけの利用価値を活かせますまい』

 毅臣に頷かれ、義虎を手放した。

 数年が経ち、彼はついに雌伏を終え雄飛を始め、鷲朧の階級すら抜いていった。

 悔しくはなかった。

 驚きもしなかった。

 ただ誇らしかった。

 今は見てみたい。そんな義虎が毅臣へ通用するのか。

 通用するのならば、戦国史は激しくうねりかねない。

 __よもや望んでおるのか、うねろと……変われと。

 ぎっと、鷲朧は眼を閉じた。

 どっと、大山が陥没するかのごとき轟音と振動に襲われたのはその時だった。



 本当に山が沈んでいた。

 天地人を司る《烏巫堂(ウムーダン)皇甫碧珠(ファンボ・ピョクス)が髄醒覇術を発動し、遼東(ヨドン)城をもち上げていた標高一〇〇〇メートルの天険をもとの平地へ造り変えていた。

 高句麗(コグリョ)軍が城を討って出るためである。

 八一歳の《大武神》姜以式(カン・イシク)が先頭を駆る。

 続いて太子(テジャ)高談徳(コ・タムドク)や《馬頭(めず)牟頭婁(モドゥ・ル)、そして《風の巫女》鳥居碧らが身を奮わせ疾走し、さらに一万の高句麗兵が喊声を上げ突き進む。

 黄華軍も迎え討ちに出る。

「おじいちゃま、一騎討ちするよ、ちゃい!」

 十八歳の《毘沙門(びしゃもん)天》李哪吒(り・なた)が最初に飛び出す。

 ポニーテールをなびかす哪吒が蜜柑(みかん)色のチーパオをはためかせ、燃えながら飛ぶ車輪、風火二輪に両の素足を立て、火を噴く槍、火尖槍(かせんそう)を突き出せば、純白の髭をたなびかす姜以式が青藍(せいらん)の鎧をきしませ、馬蹄を速め一気に迫り、偃月刀へ集める神威を一閃して打ち落とす。

「おわっ、置いてかないでよ!」

「むははは、付いてこれるかな」

「できるもん!」

 姜以式は振り向きざま、追いすがる哪吒をまた打ち落とす。

 そこへ《南伯侯(はくこう)鄂崇禹(がく・すうう)に《恵岸(えがん)護法》李木吒(り・もくた)、さらに《二郎真君》楊戩(よう・せん)とその配下たちが立ちはだかる。

「僭越ながら一騎討ちを所望する」

 まず楊戩が背から腕へまわす柳緑(りゅうりょく)の布をはためかせ、先を三つに尖らす槍、二郎刀をしごき突きかかる。姜以式は笑い、偃月刀を振りかぶり唸らせ、真正面から弾きのけるや突っきっていく。馬首を返し追おうとする楊戩へ、疾風怒濤、剛腕の槍が襲いかかる。

大高句麗(テェコグリョ)を邪魔するな!」

 談徳(タムドク)である。

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 手加減せず振り込み受け止める楊戩を、烏の濡羽(ぬれば)色に覇玉を輝かす談徳が銀色の鎧をきしませ、膂力を底上げして押しきり落馬させる。

 その間も進撃する姜以式へ、次は鄂崇禹が体高一〇メートルある朱い麒麟、炎駒(えんく)へまたがり躍りかかれば、アライグマの獣人、牟頭婁(モドゥ・ル)が分け入り向かっていく。

「超魂顕現『鬼空大力(グィゴンデリョク)』!」

 馬上を跳び下り五メートルへ巨大化し、一度の踏み切りで肉薄する。

勝速(スンソク)!」

 炎駒に炎上する隙を与えず、相手にだけ衝撃を与える技で殴り倒す。

 負けじと碧も馬腹を蹴る。

「よう来たのう風の巫女よ」

 白い侍が押し出してくる。

「ん、将軍《禍津日(まがつひ)嶺森樹呪(みねもりじゅじゅ)……」

「わらわを呼び捨てるとは、七つの大罪、傲慢(プライド)じゃな。呪うぞ」

 高句麗軍と黄華軍が衝突し入り乱れるなか、静かに大和人は向かい合う。

 碧が鎖鎌を掲げれば、樹呪は大鎌をぶら下げる。

 麗亜が太刀を抜き、妖美が偃月刀を引っさげ、山忠が大杵(おおきね)を構え、碧を守る。

 樹拳(じゅけん)大錘(だいすい)を担ぎ、みなみが蛇腹剣をつつき、髭ノ介(ひげのすけ)(なた)を握り、白苦無(しろくない)が鉤爪を鳴らし、三〇〇〇にのぼる兵が武器を用意し、樹呪へ従う。

「なんで裏切ったん」

 じっと、碧は睨む。

 ふっと、樹呪が妖狐の面を小刻みに揺らす。

「裏切ってはおらぬ。もとより偽の援軍じゃ」

「ん、それ名目でしょ、本音は」

 碧は眼を張り戦況を確認する。

 姜以式は止まり、信仰を操る李木吒を牽制している。

 談徳が最も信頼する《光剣士(クァンゴムサ)恍魅(ファン・メ)が仲間へ光線剣を与え、哪吒が撒き散らしてくる炎の盾にさせ立ち向かっている。黄天化(こう・てんか)ら敵武官にも阿石慨(ア・ソッケ)ら味方武官が対応し、兵同士の斬り合いも互角に展開している。

 しかし敵は兵力で大きく勝る。

 長引かせては危うい。だが訊かずにはいられなかった。

「トラとわーを消したいからでしょ」

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