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百十五 叛逆した後どうするか聴いとらん

『空柳義虎、討ち死に』

 その報はたちどころに三国を駆け巡った。

(間違いないか。遺体を見た者はおるのか)

 大和国(やまとのくに)瑠璃里(るりのさと)

 義虎を滅さんと謀っていた《閻魔(えんま)富陸毅臣(とみおかたけおみ)は、直前まで悠々と御前試合を観戦していた。しかし倍達(ペダル)国へ潜ませていた間者から念話を受けたとたん、試合など目に入らなくなった。

 __あれだけの(おとこ)ぞ……。

 毅臣は長年にわたり義虎という存在を危険視してきた。

 最激戦地へ送り続け、事あるごとに嵌め殺さんとした。

 ことごとく生き延びられ、大将軍へと育ててしまった。

 __かような愚行を犯すはずは……。

 だが間者たちが遠目から見た状況を聴く限り、疑いなかった。

 骨羅道(ゴルラド)にぶら下げられた義虎は、首から下を朱く濡らし尽くし、骨羅道が運び出させた棺代わりの木箱へ収められ見えなくなるまで、ずっと微動だにしなかったという。

(その棺はいかがなった)

 高位の武官が敵地で討たれ、遺体を祖国へ送還される例は珍しくない。

 間者によれば、現時点では骨羅道ら開京(ケギョン)軍が所持しているらしいが、ふつう本格的な腐敗処理はしない。ほどなく返還されるとなれば、義虎の属する大和軍は二〇〇〇キロの彼方にいるため、大和軍の味方である近場の高句麗(コグリョ)軍が預かるかたちとなるだろう。

(棺が来れば、なんとしても中を(あらた)めよ)

 すっと、毅臣は席を立つ。

 居並ぶ要人たちに注視されるなか、ライオンの獣人《火之迦具土(ひのかぐつち)焔剛獅獣(えんごうしじゅう)だけを手招きする。客席から室内へ下がり、仔細を伝える。

「陣没が猛虎の偽装であれば、ことは深刻ぞ」

「考えすぎであろう。誠なれば、猛虎は《雲師(ウンサ)》《風伯(プンベク)》と密約し共謀しておる、すなわち《雨師(ウサ)》は気付かぬまま孤立しておるということ。みすみす援軍に行かば、いかに我らとて損失を出そうぞ」

 毅臣は頷き、そして加えた。

「その場合、猛虎は我が謀を(はかりごと)読みきっておる」

「……さように仮定し動くなら、いかがする」

「……雲隠れする猛虎を引きずり出せばよい」

「……人質か」

 毅臣は前線にいる大和軍へ念話を繋がせ、鷲朧(わしおぼろ)煌丸(きらめきまる)沙朝(さあさ)樹呪(じゅじゅ)の四将軍へ司令した。

 黄華軍へ寝返よと。

 勝助(かつすけ)ら義虎軍を捕縛せよと。

 遼東(ヨドン)城へ侵攻し鳥居碧(とりいみどり)を捕獲せよと。



 高句麗界、遼東城。

「誤報だ!」

 がっと、碧は机を殴り付けた。

 指が潰れ骨が割れたかと思った。そんなことはどうでもよかった。

「そうだべ! やっと、これからって時に、関係ないとこでとか!」

「大将軍は人類最速。危うくなれば、いかようにも逃げおおせます」

 山忠と妖美も否定してくれる。

 麗亜を見る。真っ青になっている。ひっ掴んで揺り動かす。

「いちいちすぐ信じるな! 冷静に考えて」

 __トラ死なんもん、わーを置いてはっ!

「でも……碧ちゃんこそ冷静になって……」

 麗亜の涙が溢れ出す。

「大勢が見たんだよ! 首、斬り裂かれたので間違いないじゃんかあっ!」

 姜以式(カン・イシク)も、碧珠(ピョクス)も、そして談徳(タムドク)もきつく身を震わせている。

 __ざけんな! まだ叛逆しとらん……叛逆した後どうするか聴いとらん!

 ぎっと、碧は砕かんばかりに歯を噛みしめる。

 大和軍総大将・義虎が討ち取られた。その大事件は、現地の恵美月(ヘ・ミウォル)から急報を受けた高句麗軍総大将・乙支文徳(ウルチ・ムンドク)により、すぐさま遼東戦線大将・姜以式へ伝えられた。姜以式は打てば響くように主だった者を招集し、厳重に警護させた軍議の間において詳細を語っていた。

 かっと、しかし碧は眼を見開く。

「すみません、しばし失礼します」

 麗亜を引っ張り、誰もいない所を探し、中庭の真ん中まで連れていく。

 言う決意は固まった。うすうす勘付いとると思うけど、と声を落とす。

「トラは大和朝廷に叛逆する気だ」

 言ってしまった。

 麗亜は凍結している。もう泣けなくなっている。

 どっと、麗亜がぐらついた。

「……言ってた。『義虎はただの奴隷では終わらん。奴隷を解放する奴隷となる』って……そういう意味だったんだね……やっぱり」

「ん、そのために風神雷神も再臨させた。だって」

 碧は義虎の心を代弁する。

『この腐りきった、権力やら財力やら武力やらをもぎ取った輩ばかりが、心優しき弱者をいたぶり搾取し嵌め倒し欲望と快楽を独占する、腐りに腐って腐り尽くしたこの人間社会をぶっ壊したくて、ぶっ壊したくて、ぶっ壊したくてたまらんから』

「この想い、わーたちの一〇倍強いと思う」

 瞼が熱い。麗亜も顔を覆っている。

「だから。大将軍《猛虎》は。くたばっとる場合じゃない」

 はっと、そう自分に言い聴かせてから気が付いた。

 ずっと、義虎は劉炉祟(ユ・ロスー)の謀反について考えていた。

 ぐっと、頷き、頷き、頷き、麗亜の肩を揺すった。

「これはトラの(はかりごと)だ」

「えっ⁉」

「前提がある。トラって風伯(プンベク)と友達になったじゃん、でもこれ知っとる人はどれだけおる? わーたちと大武神大将軍と、トラが絶対的に信用しとる開京(ケギョン)の友達だけなんだよ、おっかあとか太子殿下(テジャヂョナ)とか、オカビショとか、勝さん山さんにすら秘密にしとるもん。つまりだ、九割九分九厘の人が、風伯がトラを討ち取るって構図を怪しまん」

「そう、だった……てことは!」

「しーっ。そう、風伯と共謀して一芝居うてるもん」

 ぴょんぴょん跳びはね、麗亜に揺さぶり返される。

「生きてる、んだね」

「ん、なんで世界中を騙さんといけんかまでは分からんけどだ、そもそも大望あるし無駄に速いし、やられそうなったら恥も外聞もなく泣きべそかいて落ち武者になればいいんだから、くたばる方が頭おかしんだよ。でもそんなことより、くたばられたら……わーが困る。風神雷神、全然やりきっとらんし、それに……」

 すっと、声音が静まっていく。

「叛逆した後どうするか聴いとらん」

 気になっていた。

 義虎の叛逆へ懸ける想いは、不可能をも可能とせんばかりである。

 だがそれは、世直しを志すが故ではない。いわば私怨に過ぎない。

 高天原派を滅し激情を晴らしたなら、次は何のために生きるのか。

 抜け殻となるのではないか。

 それとも、命と引き換えにして叛逆を成すつもりでおり、初めから成した後のことなど考えてはいないのか。

 あるいは、一貫して奴隷であり続けるか。

 叛逆が成るか成らぬかを問わず、超大国である大和国が巨大な内乱により初めて弱体化すれば、様々な敵国がここぞとばかりに攻め込んでくるのは明々白々、革命戦争を生き延びた将兵は休む間もなく対外戦争へ駆り出されるだろう。

 この時、すでに生きる目的を消失しながら、軍人としてしか生きてこなかった義虎は、自動的に無味乾燥に戦い続けるのだろうか。そして最大の強みである執念の源を消失した心では、気張りきれずに討ち死にするのではなかろうか。

 __全部だめ、絶対。

 麗亜も真剣に頷いている。

 __猛虎ほどの大人物が埋もれるとか許さんよ。

 武勇に優れ叡智に長け、精神の折れるを知らぬ。

 なるほど名将であろうが、男性としてはどうか。

 __好きだもん。

 恋愛対象かと問われれば、申し訳ないが色々と足りていない。顔かたち、身だしなみ、振る舞い、話し方、声、特技、趣味趣向、幼子に好かれても大人には相手にされぬだろう。

 __でも家族は恋人と違う。

 好かれようと気張らねばならぬ要素などどうでもいい。

 __いてくれればいいもん。

 なぜ碧にとって義虎はそうなったか。

 (えにし)があるからでも、能力が高いからでもないと思う。

 __人柄!

 年齢や立場にこだわらず、口調や言葉は緩く、さして気高くなく気難しくもなく、あっけらかんと本音を見せてくれるため、子供へ戻り遊んでいるかのように笑い合える。とにかく気張らなくていい、つまり腹の底を見せてもいい。

 __とっつきやすい!

 そういう相手こそ安心できるのかもしれない。

 そういう存在こそ大人物というべきだと思う。

 万人が敬う英雄ではなく、自分を癒す家族を。

「ん、抜け殻になられたら、命燃やし尽くされたら、奴隷でい続けられたら、わーの方が鬱なってしまう。どしたらいい?」

 ふっと、麗亜は即答してくれた。

「ボクたちがなろうよ。大将軍の、新しい生きる目的に」

「……セリフが臭い」

「えぇえっ」

「ん、ウソ」

 んっと、麗亜の言葉を心中くり返して首を傾げた。

「ところでさ、ボクたち? トラのこと好きなん?」

「ちょ⁉ なんで⁉ あんな頭いいだけの野獣を⁉」

 はっと、固まった。

 __獣……そう、実はトラまだ人じゃない。

 だからこそ、恋をしたいとか、楽をしたいとか、金がほしいとか、危ない目に遭いたくないとか、力量を認められたいとか、虐げられたくないとか、満ち足りて心安らかに暮らしたいとか、人間らしい社会的欲求をほとんど有さない。

 これでは、より高次な精神的欲求、すなわち民が平和で自由な世を実現しそれを護っていくという志を築き、成し遂げんと努力することに生きる価値を見出さんとする麗亜から、原初的な生理的欲求しかない虎と思われて当然だろう。

 __ん、逆に言えば……。

 もし、この虎を人へ昇華させることができたなら。

 義虎は言っていた。昔は虎ですらない鉄だったと。

 一度は昇華できたなら、再びさせることもできる。

 麗亜の手を引っ張る。

「トラが人間らしくなったら、麗亜は愛しちゃうん?」

「いやいやいや、なんでそんな話になるの……でもね」

 はっと、見入ってしまった。

 __こんな顔もできるんだ。

 誓うように麗亜に言われた。

「人間らしくしてあげるのが、ボクたちの使命だと思う」

 ふっと、空を見上げた。

「だね。そしたら叛逆した後することも、いっぱいできるし、その動機になるんが、わーたちです、とかさ……」

 そして大将軍の口調を真似た。

「面白くなるよ」

「……似てない」

「んーっ」

 と、山忠と妖美が現れた。こちらに気付き急ぎ足でやって来る。

「ん、演技の下手な子はうつむいとって」

 悲壮な表情を作り、指を噛んで待ち受ける。

「方針が決まったべ、落ち着いて聴くべよ……棺だべ。向こうの高句麗軍に棺が届けられるはずだべ、その中身が確認されるまで、てっちゃん様が生きとる可能性、捨てずに構えとくんだべよ。士気に関わるから城兵には秘密にしとくべが、もし黄華軍が、猛虎はもうおらん諦めろ、とか言ってきやがっても、でたらめ言って士気を乱そうとするんじゃねえ、とか言ってやるんだべよ」

 山忠が空を見上げる。皆で倣う。

「おっても、おらんでも、大将軍の大軍略、おいどんたちで成就させんだべ!」

「「おう‼」」

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