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五 《猛虎》対《斉天大聖》

 __勝つ。必ずや叛逆(はんぎゃく)を成し遂げる。

 義虎は深く息を吸い、静かに長く吐き出す。

 __なんとしても、(はらわた)煮えくり返るほど弱かったこの義虎の手で、この腐りきった大和をひっくり返す。ひっくり返さずになどおれるかよ⁉ ひっくり返すなら神かと疑う化物どもを討ち平らげねばならぬ、君のごとき天才に勝つんだよ、という名目で……。

 ぎっと、使いに使い込んだ偃月刀を握る指へ力を籠める。

 __義虎は悟空にこだわる。

 さっと、押し合う悟空の怪力に飛ばされるに先んじ、足をさばき、柄と柄を離し、刃の角度を変え斬り込む。だが毒蜂の、一撃で頭蓋を砕く矢のような突撃に一歩下がらされ、悟空が新たに毛を抜くのを止められない。

「五四番、変われ!」

 業火の盛る釜戸へ閉じ込められる。

「きききっ、こいつぁ太上老君(たいじょうろうくん)の宝で八卦炉(はっかろ)っつってな。その炎とくりゃ、どんな金属だろうが溶かしちまう高熱ぶり、おりょま」

「うぃー、これでも対応してくるとか」

 義虎は、悟空の後ろから斬りかかり、打ち返されていた。

 何がなんだか分からないという顔の麗亜の前へ、義虎は飛びすさる。そして悟空を睨む。彼は新兵の振り分けを見渡している。八戒には二人、怪僧には一人、だが義虎は四人来ると言っていた。

「きききっ、八卦炉ん中のおめえは幻だな」

「対応するに飽き足らず見抜いてくるとか」

「《幻君(まぼろしのきみ)》と連携してんだろ」

 悟空が暴き始めた。

 覇能の〈音声拡散〉を使い、戦場一帯へ声を響かせてくる。

 勝助はまず、対峙していた三蔵へ幻術をかけ、自分と戦っているよう錯覚させつつ、姿を消し離脱した。だがいつまでも騙せるものではない、そこで新兵の一人の姿を自分のそれへ変え、代わりに三蔵を抑えさせた。そして姿を消したまま義虎へ合流。悟空にも幻術をかけ、義虎の姿を消し、同時にその偽者を現した。義虎は、悟空が蜂と釜戸をもって偽の自分を攻める間に、その背後へ回り込んでいたと。

「「偽者と入れ替わったんは、そうだな、十文字から柄ぇ離した直後だろ。こいつぁ入念だぜ、俺さまに共闘してんのバレねえように、十文字までは本体でやって実体ありますよアピールか? なら」」

 ばっと、義虎は悟空へ斬りかかる。

 ごっと、雲雀が義虎へ襲いかかる。

 どっと、悟空が義虎へ打ちかかる。

「七二番、変われ!」

 雲雀は、激しい攻防で喉を裂かれ霧散しつつも、巨大な翼をいっぱいに広げ、義虎に死角を生んだ。悟空は、そこから義虎へ接近し如意棒を向け、一瞬で、天をも貫くばかりの鉄柱と変えた。義虎は、大地が突き上げるような衝撃をいなしきれず、自軍の天幕が並ぶ奥の台地まで突き飛ばされた。

 悟空は続ける。

「「そのアピールを自然なもんに見せる必要があんな。おめえに中遠距離の攻め手がねえ以上、俺さまが至近距離にいんなら大好機だ、躊躇なく斬り込んでも怪しまれねえ。なら」」

(いしゆみ)隊、出番近いよ)

 勝助を介し、義虎は台地へ潜ませておいた兵たちへ念話を巡らし、次なる策を整えていく。

「柳の硝子(がらす)細工は観音(かんのん)開き 東へ障子戸(しょうじど) 西へ格子戸(こうしど) ()るし門は北へと(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門(やぐらもん)はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ことほぐ厨子(ずし)にことほがん」

 悟空が新たに出した巨大な五体の黄龍が襲来する。

(勝さん、まだ石猿の近くで隠れとってね?)

(うむ、奴が動けば知らせるのだな)

 巨龍たちにつけ狙われ、悲鳴を上げる体へ鞭打ち天幕の間を逃げ回る。

 悟空は続ける。

「「俺さまを至近距離まで来させる必要があんな。そこで俺さまの仲間想いが利用できる。仲間の誰か斬ってその近くにいりゃ、俺さまぁそいつを守りにやって来る。なら」」

 にわかに義虎の動きが変わる。

 びっと、赤き彗星と化し疾風迅雷、あれよあれよと五龍を抹殺する。悟空は馬鹿なと唸り、毛を変化させて乗る高速の雲、觔斗雲(きんとうん)を飛ばし台地へ向かい、勝助が義虎へ知らせる。

 かっと、義虎は眼を見開く。

「放てえっ!」

「三番、変われ!」

 弩、台地中に散らばる岩陰からの一点掃射が轟く。

 とっさに悟空は三つの頭に六本の腕という三面六臂(さんめんろっぴ)変化(へんげ)し、六本の如意棒を振り回し防いでいく。

 __抗うとか天才はやっぱ生意気だね、されどこれは莫大な費用と五年の研鑽で開発せし猛虎特性連弩(れんど)。貫通力、飛距離、連射性、いずれも史上一たる精度、それを通常個体の三倍の太さと重さを誇る矢で実現、かつ一〇万本という数を量産、そして全ての矢じりに即効性の神経毒を付与、どうよ、これでもまだ笑っとれるなら笑ってみやがれ天才めがあっ!

 だが悟空は笑った。

 防ぎきれなくなる前に、天高く觔斗雲を飛ばし射程圏外へ昇る。押し戻そうと行く手を阻む義虎を毒蜂たちで足止めする間に、毛を抜いて吹く。

「四九番、変われ!」

「弩武隊、逃げよおっ!」

 出たのは、山である。堅牢で巨大な花果山(かかざん)が落ちていく。

 三番を解きながら悠々と前線へ戻っていく悟空を追い、轟音と絶叫を背にし、呆然とする麗亜らの上へ戻り、ぎっと、義虎は歯を噛み鳴らす。

 悟空は続ける。

「「俺さまとの一騎討ち中断して、俺さまの仲間を斬りにいく。こいつを自然なもんに見せる必要があんな。きききっ、つくづく血も涙もねえ野郎だ、そんために……ライオンの死を利用しやがった」」



 義虎が、猫三郎の死を利用した。

 つまり、新兵の誰かが死傷し、戦局が悪化するのを待っていた。

 うっと、麗亜は吐き気を覚える。碧や妖美も思わず手を止める。

 悟空は続ける。

「「おめえ、こっちの超魂使いこれ以上削られるわけにはいかん戦局だからね、つったな。信じちまったぜ、なんせライオンが陣没した直後だったもんでよぉ! 確かにおめえが八戒斬んなきゃ、そこの嬢ちゃんもやられて八戒の独擅場、大和軍の左は総崩れに違えねえ戦局になって……」」

「猛虎軍よ耳を貸すな!」

 睨み付け血を吐きながら、義虎は声を振りしぼる。

「我らの士気を下げんがため、かくもおぞましき世迷言をほざくなぞどこまで忌まわしき狡猾ぶりたることか、さあ友たちよ、かように血も涙もなき蛮族が祖国を侵せば、皆の家族はどうなるか! いざ奮え、こは愛する者を護る戦いぞ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 ここへ来て大和軍は士気絶頂。

 麗亜は胸をなで下ろし、碧や妖美は戦へ集中し直す。

 にっと、義虎は悟空へ冷笑を送り、苦笑を返される。

 __口では勝った。

 始めに睨んだのは、何もかも見抜かれたからではない。喋るのも辛いなか、士気が下がらぬよう叫ばされたからである。腹いせに、忌まわしいほど狡猾にののしってやり、ついでに、兵力差四倍程度はひっくり返せるほどの士気を導いてやった。八戒が覇術を切らした現状、左の戦線はこれで拮抗以上へもち込める。

 __うぃー、しかし自分の状況は腐っとる。

 義虎にはもう、今勝つための策は何もない。

 __昔ほざいとったね。神童ってのぁ俺さまのために用意された言葉だ、なんせ天までそびえる花果山の頂へ堂々鎮座し、万物の精気を万世吸って金色に光り輝く石から生まれし真の神仙だからな、だっけ? うぃー、信じたくなるわ。

「……天才爆発しろ」

 自分でも驚くほどに悲痛な声を吐き出し、半開きに睨み上げる。

 この乱戦で、金色に輝く毛並みや鎧姿を一切汚さぬ大猿がいる。

 常人ならば三度は息絶えるほどの苦痛と疲労でもうろうとする、義虎の視界には眩しすぎる。

 だが義虎には、自分こそが天下一だと信じて疑わぬものが一つだけある。もう、それしかない。

 __執念しかない。



(執念?)

 碧は、もうこの場の義虎にはそれしかない、という勝助の言葉をくり返す。

 見上げる先、大将軍は動かない。

 怒号と剣戟、熱と砂と汗の血煙。

 そこへ一人、異質な静寂を纏う。

(執念。良く言えば不撓不屈、悪く言えば倒れるまで猛り狂うしつこさ、なのだな)

 新兵たちへ念話を繋ぐ勝助の声は沈んでいた。

 碧は理解した。

 なぜ、誰よりも貧弱な素質に蝕まれるにもかかわらず。

 なぜ、誰よりも醜悪な戦歴に縛られるにもかかわらず。

 なぜ、誰よりも過酷な環境に嬲られるにもかかわらず。

 義虎は大将軍なのか。

 __誰にも真似できんからだ。

 ぼっと、義虎が眼を色薄めた。

蹴落虎(けおどら)



 蹴落虎(けおどら)

 聞こえるか聞こえぬか、一つ一つの音を噛みしめるような、それでいて地の底から毒の蒸気が沁み上がるような、怖気を強いる息吹が濁る。悟空が、これを漏らしたのは義虎だと気付いた時には、すでに真正面から斬られかけていた。

「きききっ、相変わらず……」

 間一髪で防ぐ。火花が飛び散る。

挿絵(By みてみん)

 しかし猛虎はすでに消えている。

「いかれてんな! 三番、変われ!」

 後方、左中段へくる斬撃を悟空は弾く。三つの頭で動きを追い、六本の腕を振り抜き、続く左上段、右中段、右下段も打ち返していく。

 誰もがどよめく。悟空は凄まじく動き対応している。

 それ以上に猛虎が速い。三面六臂たる相手へ新たに毛を抜く暇も与えず、あらゆる方向へ目まぐるしく切り替えし、斬り込み、突き出し、跳ね除け、打ち付け、薙ぎ払い、不規則に連撃し、陽動し、尾の鞭を混合し、こべり付くように紅蓮の光炎乱舞さながら畳みかける。

 __まだ遅い。

 猛虎は加速する。

 その汗は、あたかも滝へ打たれるかのごとく。

 その熱は、あたかも炉へ焼かれるかのごとく。

 その息は、あたかも巖へ乗られるかのごとく。

 そんな雑念は気にも留めない。

 __速く。

 体は尖刃。

 体は空洞。

 体は炎熱。

 __もっと速く。

 何一つ感じない。

 何一つ求めない。

 何一つ知らない。

 __速く、速く、速く。

 全身の血液が沸騰する。

 全身の筋肉が断絶する。

 全身の細胞が崩落する。

 わっと、心臓が爆発する。なけなしの覇術適応値を強引に補う代償としてただでさえ酷使されながら、いよいよ二〇〇を優に越える心拍数をもって悶絶し、極度の呼吸困難へ訴える。断固として無視する猛虎は今、内側から灼爛(しゃくらん)せしめられている。

 そんな雑念は気にも留めない。

 __速ク、速ク、ハヤク……。

 ついに、天才に血を流させる。

 そんな雑念は気にも留めない。

 __ハヤク、ハヤク、ハヤク……。

 吐いて、血を敵の一〇倍失う。

 そんな雑念は気にも留めない。

 __ハヤク、ハヤクハヤクハヤク……。

 目に見えて、動きが鈍りだす。

 そんな雑念は気にも留めない。

 __ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハ……。

「七二番、変われ!」

 天をも貫く如意棒をまともに喰らい、義虎は抗う間もなく遥かな地面へ叩き込まれ、そのまま直線上にかち割り盛り上げながら、戦場の最奥までえぐり込まれた。

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