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百十一 《猛虎》対《雲師》

 ウサギとコモドドラゴンが決闘せんとしていた。

 大和国(やまとのくに)で御前試合が佳境を迎える時分、高句麗(コグリョ)界と開京(ケギョン)界との界境(かいざかい)、その中央を固める烏骨(ウゴル)城で向かい合っていた。

 界境の南端には攻防の要たる関弥(クァンミ)城がある。《風伯(プンベク)骨羅道(ゴルラド)ほど神かがった武人さえいなければ、そうそう陥落しないと言われている。

「逆に見ればじゃ。ひとたび陥落すればじゃな」

 コモドドラゴンの獣人が枝を咥え、側近の開京将らへ念押しする。

 立派な白髭と韓服を整え、金色の鱗を並べる魚鱗甲(ぎょりんこう)を纏っている。

 大将軍《雲師(ウンサ)桓龍開雲(ファン・リョンケウン)である。

「開京軍は南を気にせず一挙に雪崩れ込んでいける訳じゃし、攻めがたく守りやすきが仇となって高句麗軍には取り返すも至難となる訳じゃ。何より骨羅道じゃ、あ奴を退け得る猛虎が黄華軍と戦いに戻った今、あ奴が再来してくるおそれもある訳じゃしな。すなわち、高句麗軍は関弥城を守る戦力を割いたままでおらざるを得んのじゃ」

 《大地神》姜義建(カン・ウィゴン)と《天夜叉》高武(コ・ム)のことである。両人を欠いた高句麗軍において、桓龍開雲を止め得るとすれば二人しかいない。

 熟練したウサギの獣人、女将軍《月精(ウォルジョン)恵美月(ヘ・ミウォル)

 そして高句麗軍総大将、大将軍《地獄仏》乙支文徳(ウルチ・ムンドク)

「地獄仏を討ち取れば戦もしまいじゃ」

 桓龍開雲は昨日一日にして前線を突破し、恵美月が守る烏骨(ウゴル)城まで進軍してきた。ここを落として進めば、乙支文徳のいる国内(クンネ)城、すなわち高句麗界の都城へ到達する。受けて、乙支文徳も烏骨城へ向け出陣した。

 だがまだ来ていない。

 来るまで踏ん張ってみせると、恵美月が一騎で進み出てくる。

「うむ、被害少なく勝つが肝じゃ。全軍、待機しとくのじゃぞ」

 桓龍開雲は枝を放し、鞍へくくり付けた巾着袋へ丁寧にしまい、馬を進める。

「超魂顕現『緑仙雲龍(ロクソンウンリョン)』」

「超魂顕現『月精陰蛙(ウォルジョンウンア)』」

 桓龍開雲が体長七〇メートルの緑龍を召喚する。

 恵美月が体高七メートルの大蛙を召喚する。

 大蛙は受ける重力を六分の一へ軽減できる。天より舞い降りてくる緑龍を見定め踏ん張り、畳んだ強靭な脚を一気にうち伸ばし、軽々と緑龍まで跳躍するや口を開く。

 闇を吐き付け、視界を奪う。

「その手順は昨日見たのじゃ」

 桓龍開雲は緑龍に角を振り込ませ、闇の中から打ち込まれる大蛙の平手打ちを弾かせる。そして長大なる尾を唸らせ、横面へ叩き込ませ吹き飛ばし、遥かな地面をかち割った。噴煙と瓦礫に埋もれる大蛙へと、城兵たちが絶叫する。

「案ずるな! 蛙は覇力甲で守った、まだ戦える!」

 恵美月が叫び返すが早いか、桓龍開雲は緑龍に口を開かせる。

 雲を吐き付け、戦場を覆う。

「雷雲咲き乱れ荒ぶるのじゃ」

「髄醒顕現『月精陰陽蛙兎ウォルジョン・ウンヤンアウ』」

 大蛙が三〇メートルまで巨大化し跳躍し、雷の乱れ弾ける雲を突き抜けていく。同時に恵美月も三メートルの白兎へ姿を変え、受ける重力を六分の一へ軽減し跳躍し、大蛙と挟み討つように緑龍へ打ちかかる。

 泰然自若として緑龍は濃硫酸の雲を吐き広める。

「酸雲沁み喰い荒ぶるのじゃ」

 大蛙、白兎、ともに焼かれて悶絶しつつも跳びきって、雲を突き抜ける。

 緑龍がいない。

 どっと、後ろへ回り込んでいた緑龍の奔らす尾にしたたか打たれ、抗いようもなく吹き飛び地面をかち割り突き抜けるように盛り上げた。

 ほとんど動かなくなった。

月精(ウォルジョン)はわしとは相性が悪いのじゃ、勝負あった、投降するのじゃ!」

 必死に恵美月を励ます城兵たちへ、桓龍開雲が呼ばわった。

 恵美月がもがき、城兵たちが唸り、そして義虎が大喝した。

「投降する暇あらば猛虎を応援せよ!」

 誰もが耳目を疑った。

 ばっと、赤き翼を雄々しく広げ、空へ舞い上がり大音声(だいおんじょう)、竜人が偃月刀を掲げ上げる。

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは烏骨城を救いて親愛なる大高句麗(テェコグリョ)を独立させんと誓いし大和軍大将、大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」

「……よくもまあ、こうも早う来たものじゃ」

 緑龍が蛇体をくねらせ躍りかかり、義虎に喉を斬り裂かれた。

 誰もが言葉を失った。



「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 義虎はマッハで二時間かけ急行してきた。唱え直さねば髄醒状態を維持できないほどに消耗している。今のように、瞬間的に爆発的に加速して斬り込んでいたのでは、心臓や筋肉へ過度な負担を強いる以上に、体力がもたない。偃月刀を掲げ上げたのも、掲げるふりをして、滝のように滴り視界を奪う汗を拭い取るためだった。

 だが桓龍開雲(ファン・リョンケウン)は容赦ない。

「髄醒顕現『太泰仙緑雲龍テェテェソンロク・ウンリョン』」

「うぃー、でか過ぎでしょ……」

 天に座す雲が渦巻き中心が開き、たくましい双角を立て神々しい白髭をなびかす頭が、整然として堅固な鱗を連ねる胴が、鋭く爪を光らせ節々の隆起する腕が、鮮緑にたなびく雲を纏い悠然と滑り出してくる。

 体長、実に二四〇〇メートル、緑龍である。

 両軍揃って息を呑み、何も話せないでいる。

 義虎は頭をかき腕をかき、舌舐めずりする。

 巨龍がくる。

 中段に構え翼をうち下ろし、強烈な風圧を正面から切り裂き突撃し目を狙う。

 一気に口を開かれ牙をえぐり込まれ、突撃する勢いを余さず籠めて斬撃する。

 __焼かれた⁉

 そう錯覚するほどに腕がしびれた。

 反射的に飛びすさる。遅れていれば噛みちぎられていた。

 今斬った牙を見る。傷付けこそしたが砕ける気配もない。

 __でか過ぎるんだよ……。

 そこへ下半身を緑龍とし、上半身は晒し鱗で固める翼を広げ、刃に緑龍を描く偃月刀を引っさげ、双角を生やす桓龍開雲が舞い上がってくる。

 がっと、二本の偃月刀が交錯する。

「何故いまだ高句麗と」

「故あってのことじゃ」

 どっと、緑龍が噛みかかってくる。

「斬る」

 目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら、義虎は牙をかわしその目を斬り付ける。緑龍はそのまま加速し突っきり、義虎の狙いはわずかに逸れる。構わず、逸れる先、角の付け根を目がけ叩き斬る。

 弾かれた。傷は付けた。

 __されど気にも留めんのね、うぃー、あまりにでか過ぎる。

 爪が襲ってくる。かわすが、凄まじい風圧に体勢を崩される。

 そこを桓龍開雲に斬り込まれ、翼をさばき急降下し振り返る。

 緑龍が雲を吐き出してくる。

「斬る」

 目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら、一瞬にして雲を迂回し緑龍の死角へ回り後頭部を強襲する。山のような雲により相手から姿が隠れたのを逆手に取り、心臓や筋肉を鞭打ち瞬間的な最速をうち出し斬り込む、必殺の一撃である。

 角を振り込まれ打ち落とされた。

 一瞬でも覇力甲を固めるのが遅れていれば、右半身を潰されていた。

 __されど衝撃は体中に……いや、たかが角振っただけでこんなに⁉

 巨大な蛇体を放り込んでくる。

 痛みに耐えつつかわしても、長い糸が躍るように殴撃が続く。かわし、かわし、かわしながら突入口を探るが、一つでも喰らえば即死する大質量攻撃は絶え間なく、まずいと分かっていながら後退させられる。

 義虎は接近しなければ何一つできない。

 緑龍は接近されても巨体で圧倒できる。

 そして敵が離れれば天災たる雲を吐く。

「雷雲咲き乱れ荒ぶるのじゃ」

 桓龍開雲の覇玉が煌々と鮮緑に光り輝き、緑龍が高々と首をもたげる。

 義虎は目を疑った。先ほど吐いてきた雲など準備運動に過ぎなかった。

 __うぃー、積乱雲……。

 分厚い雲が吐き出される。後から後から吐き出され、延々と広がり湧き上がり立ち昇っていく。みるみるうちに見果てぬ天空をも埋め尽くし、高句麗軍に何もかも諦めさせ、開京軍に神よと崇めさせ、そうそうたる〈三壁上(サムピョクサン)〉の最強たる《雲師(ウンサ)》は自然現象そのものを築き上げる。

 水平方向に直径五キロ。

 そして高さ、実に十五キロ。

 雨を降らし雷を落とす雲である。

 烏骨城周辺はほとんど夜中と化し、轟々と冷たい大雨に打ち付けられ、雷光にほとばしられ雷鳴に怒鳴り散らされていく。

 誰もが思う。ただの悪天候ならましだった。これは人の起こす業である。

 そんな人を果たして人と呼ぶべきか、これをこそ神と呼ぶべきだろうと。

「なははは、うち奮えるよ限りなく!」

 故にこそ脆弱なる大将軍《猛虎》は突き進む。

 桓龍開雲も緑龍も積乱雲の中心で待っている。

 積乱雲を周回して加速し音速へ近付いていく。

 __中は雷と氷の嵐……。

 赤々と覇力甲をうち固め、結界のように纏い込む。

 __そこを突貫し世へ見せる、さすれば策は成る。

 びっと、閻魔を出し抜く地獄へ猛虎は斬り込んだ。



 義虎は秒速三四〇メートルで向かっていく。二五〇〇メートル離れた桓龍開雲へ到達するのに、七・五秒もかからぬ計算となる。

 __うぃー、ここまで酷いかっ、十倍は時間かかるぞ⁉

 まず、雲の中は一寸先も見えない。

 さらに、一瞬にして身が凍て付く。

 そして、めちゃくちゃに流される。

 灰色がかった白に濁り、夜中にいきなり灯りを消されたように自分の体すら見えぬなか、吹きすさぶ雪に打たれ、暴れ回る霰にぶたれ、怒鳴り散らす雹に殴られながら、とんでもない上昇気流に突き上げられ揉みしだかれ蹴り交わされる。

 __まずい。

 速度はそのまま力となる。だが音速ですら意味を成さない。

 的を定め目指すなど夢のまた夢、軌道も感覚も強奪された。

 四肢を引き裂かれるがごとく覇力甲を引き剝がされていく。

 __だめだ脱出するしかない。

 しかし前後左右どころか上下すら分からない。

 光った。

 目を閉じていても克明に分かった。強烈な光であった。

 そう感じた時にはすでに、白い雷に撃ち抜かれていた。

 __おの、れ……。

 覇力甲はまだ残っている。それでも、泣きたくとも泣けないほどの衝撃であった。どうしようもなく全身の細胞を蹂躙された。

 煙霧と冷気と気流の拷問は続く。

 意識が遠のいていく。

 かっと、猛虎は目を見開く。

 気力を喰いしばり拷問にたてつきながら、命という覇力を加熱する。

 __必ずや成し遂げる。成し遂げろ。成し遂げずになどおられるか。

 赤々と覇力甲を蘇らせる。

 __叛逆するんだよおっ!

 ごっと、雷霆に貫かれた。

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