百八 風神雷神、凱旋す
義虎は熱砂のような息を吐く。
__間に合った。
麗亜から念話を受け、碧が沙朝に襲われたと知り飛び出してきた。
息もできなかった。沙朝がどれだけ強いかは誰よりも心得ている。
近いうちに来るとは思っていた。備えていたが、異様に早すぎた。
「トラぁ」
だが腕の中に碧が生きている。
「がんばった。もう無問題だよ」
覇術を解いて刺客を見据える。
かつて慕い、胸中を吐露し合い、離れてなお案じてくれる沙朝である。
青ざめている。
「……ごめん、殺意はなかった」
「……されど、傷付けたでしょ」
自分が《雷神》を継ぐ《建御雷》を名乗り、碧に《風神》を継ぐ《風の巫女》を名乗らせると決めた時点で、まだ未熟な碧の方へ刺客を送られることは想定していた。送られるなら、義虎を除けば大和国で最も暗殺に長ける沙朝であろうと予想していた。故に碧、麗亜、山忠、妖美にはこう指示しておいた。
碧を一人にさせないこと。
碧珠と同じ兵舎をもらい警備してもらうこと。
鳴子を作り天井裏や雨戸へ設置しておくこと。
刺客が来れば壁を強打し隣室へ知らせること。
そして速やかに自分へ念話すること。
「皆、誠によくやった」
義虎は碧を抱えて飛び、山忠のもとへ下ろす。麗亜と妖美も向かってくる。
そっと、碧に手を握られ、すがるように見詰められる。
そっと、微笑みかけて握り返し、手を離し立ち上がる。
ゆっくり眼を閉じ、ゆっくり息を整え、ゆっくり振り向き呼びかける。
「さーさ」
うっと、たじろがせる。
「本気でいくよ、本気できな」
「……安心して、分かってる」
どっと、瞳を薄め飛び出し覇力を噴き、狂戦士たる闘気を叩き付ける。
「鎧仗顕現『鉄刃』」
「鎧仗顕現『鏡刃』」
がっと、赤い偃月刀と御空色の薙刀をぶつけ合う。
稲妻が轟き奔り抜けるかのごとき衝撃を弾け飛ばせ、力任せに押しきり踏み込み刃を返し、容赦なく斬り上げ打ち込み受けきられ反転して薙ぎ払い、息も吐かせず斬りかかり受け流され回し斬りに迫られ、鋭く、しゃがんでかわし回し斬りに空気を唸らせ、立てる柄に受け止められ、火花を散らし削り上げ柄を握る指を狙い、跳びのかれ柄を長く持ち変え身を回し込む。
切り裂くも届かない。構わずもう一回転し、柄を手離す。
目を見開かれる。偃月刀が飛んでいく。明後日の方向へ。
だが飛びきる前に柄尻を掴み、間合いを長くし叩き込む。
意表を突いた。
斬撃は寸前で防がれるも、長物の最大出力をうち出す衝撃をまともに喰らわせた。放り飛ばし、柄を持ち直し、斬り込み斬り付け斬りかかり、体勢を整える暇など与えず畳みかけ、跳びすさられ跳びかかり切っ先を突き出し、重く、打ち落とされつつも懐を侵す。
左足で足を踏み付け拘束し、反撃にくる一閃を打ち伏せ、拘束する脚を右脚で蹴り込みよろめかせ、反応されるより速く柄を叩き込み、背の鎧を砕き割るや膝蹴りを突き刺し、腹の鎧を砕き割って呻かせる。
「「すごい⁉」」
「さあちゃん⁉」
初めて声を上げる藍冴をよそに、この間合いでは威力を出せぬ偃月刀を離し拳を握り、赤々と波打つ覇力甲を瞬時に押し固め、砲撃のごとく叩き込む。とっさに掌で受けられるも肉を潰し骨を割り腕を痺れさせ、ごっと、抗いようもない風圧に巻き吹き飛ばす。
「「いけえっ‼」」
偃月刀を拾うや電光石火で追いすがり、叩っ斬る。
「さあちゃん負けるな!」
ぎっと、吹き飛びながらも歯を喰いしばり斬り返してくる。
がっと、夜をつんざく金属音でねじ伏せ地面へ叩き付ける。
ごっと、背へ覇力甲を噴き固め耐えられ胸を蹴り抜かれる。
動じない。
鎧を砕き割られつつ着地し跨ぎ、斬り付け防がれ斬り上げられ、上げられる幅を遠心力へ変え刃鳴りも鋭くまっすぐ振り抜き、鼓膜を破らん金属音で打ち抜き薙刀を放り飛ばす。蹴り付けられ、偃月刀を捨て受け流し馬乗りに踏み潰し、右膝を突き出し左肘を押さえ付け、左手を突き出し右手を押さえ付け、右手で抜刀し首筋へ突き付ける。
じっと、沙朝と見詰め合う。
義虎は瞳を濃く戻していく。沙朝の眼が潤んでいる。
だが微笑んでくれる。故に十年ぶりに微笑みかけた。
「うぃー、初めて勝った」
碧たちは固唾を飲んで見守っている。逆に藍冴がふらつき向かってくる。
「待って……やめろ! さあちゃんを斬れば、四代目さまが黙っては……」
「斬るわけないでしょ」
手を離さず引き上げながら、義虎は立ち上がる。
「いずれ本気で戦ってみたいからね?」
「ごめん、今は……これが本気だった」
「……分かっとるよ……全て、ずっと」
そっと、眼を伏せさせた。
「超魂顕現『滅離開扉』!」
「超魂顕現『鉄刃戦紅』」
ばっと、土を蹴立て加速し突っきり藍冴の後ろへ太刀をくり出す。
はっと、沙朝と藍冴が振り向き、碧らが驚き、義虎はほくそ笑む。
覇玉を貫き破壊した。
「うぃー、その覇術名は覚えとったよ、公孫驁広くん」
へたり込む驁広ではなく沙朝を見やり、苦笑させる。
「うぃー、だって不自然に早すぎる来訪だからね? 風の巫女が名乗ったと大和へ伝わり刺客が選ばれ馬と舟を乗り継ぎ飛ばしてくるとして、行軍の二・五倍速と考え一日一〇〇キロで単純計算しても十三・六日はかかる……いかなるカラクリであれば二週間近くも短縮することかなうのか。彼がおる、それは鷲王さま配下のサボテンフクロウの次に思い至ったよ?」
驁広は、常に自分へ短剣を突き付けていた藍冴が離れたことで自由となり、空間転移して逃げ帰ろうと試みた。義虎は、その覇術名を聞くやいなやカラクリを確信し、野放しにすればまた利用され奇襲されかねぬと、逃げられる前に無力化した。
「はぁ。やけくそ少年が眼力魔になっちゃって」
沙朝が歩み寄ってくる。
「次はお鉄が暴かれてよ、不自然に速すぎる到着だからね?」
「うぃー、仕方ないなー、実は畜生道を攻略せんとモヒカン極道に暴露してしまったから、どーせ朝廷にも知られるもんね……義虎が千里眼視できることは」
場が沈黙した。
「「はあっ⁉」」
「なははは、山くん見た⁉ 君を除く全員が異口同音に開口したよ?」
「いや当然の反応だべよ、おいどんだって知った時ぁおったまげたべ」
すっと、沙朝に正対される。
「……ほんとに人体改造してたんだ」
「実は左目手術した時、合わせてね」
ふっと、声を低め明かした。
沙朝は苦笑し、頷いてくれた。
それから麗亜を指さした。
「あの子がやたらと霊気を光らせてたのは、そういう覇術だからってのじゃなくて、千里眼視する君に見付けてもらうためだったのね……つまり私は決行時間と決行場所を選び間違えたと」
にっと、義虎は頷いてやった。
夜に激しく点滅する光は遠目にも目立つ。
またここはまだ遼天半島の内部であった。
「うぃー、まあ何時間も飛ばねば行けぬ場所だったとて、まず遼東城へ飛んでサボテンフクロウに置換してもらえば一瞬で行けたけどね? されど」
義虎は振り向き、沙朝も振り向く。
見詰められた碧がきょとんとする。
沙朝が優しく微笑んだ。
「一番すごいのは君だよ」
義虎は眼が潤んできた。
「よくぞ義虎が来るまで粘りきったね」
「うん、諦めないで皆を鼓舞してたね」
「ん、さーさ将軍も励ましてくれたよ」
碧も微笑んだ。
毅臣は義虎を過小評価していない。
よって、沙朝をもってしても暗殺を阻まれた場合の動静も考慮していた。すなわち、沙朝は大和軍へ合流し、義虎や碧へ、またいつ襲われるかしれないという緊張感を与え続ける。
「従うけど、碧ちゃんを再び襲撃する意思はないよ」
「うぃー、信ずる」
沙朝は頷き、藍冴を連れ去っていった。
義虎は碧たちへ指示した。
高句麗独立戦争が終わるまで、沙朝に襲撃されたことは秘匿する。
魂を懸け決戦へ臨む高句麗軍へ、いらぬ心労をかけぬためである。
碧珠たちには、驁広ら黄華本国から来た刺客を撃退したと伝える。
「驁広は黄華軍へ亡命させるよ?」
覇玉は、割れたままでは終生使えない。
ただし欠片さえあれば、覇力を練ることだけはできる。
欠片を合わせ、覇力を研ぎ澄ませ瞑想し、覇玉を再結晶させることができる。
これに要する期間には個人差がある。だが知られている最短記録でさえ、一日も欠かさず試みて一年を費やしたという。成功すれば覇能が使える。しかし覇術は一から修業し直し、各段階ごとに習得していかねばならない。
「とっとと行きな、じゃまくらしい」
義虎は驁広の尻を蹴っ飛ばし追い払った。
義虎隊のみが残り、遼東城からの迎えを待つ間、妖美に訊かれた。
「驁広さんは黄華軍へことの真相を話すだろうね。一方で高句麗軍は、大切な碧くんを卑劣な手段で襲ったという黄華朝廷を憎むだろうね。であれば両軍が戦う時、高句麗将兵がこたびの件をもち出し罵ったなら、真の襲撃犯が誰であるかは発覚するのではないかな」
「うぃー、ところが驁広は謀反の容疑者たる石猿の部下なのさ」
「ん、黄華軍はそ奴の話を信じぬと」
そこへ疾風怒濤、巨大な三足烏が飛び込んできた。碧珠であった。
碧珠は夜通し姜以式や木林盛ら傷付いた将兵を治療しており、碧が襲撃された際は留守にしていた。兵舎から知らされ真っ青になり、城中を捜索させ、紅紫蒼を介し義虎へも急報を入れた。急行している義虎が麗亜より聴いた状況を知らされ、自分も飛び出してきたという。
「おっかあ!」
「うぃー、言っときな? 心配かけてごめん、でもがんばったって」
義虎は遼河江の戦いで傷付き疲弊し、回復していなかった。碧たちはそれ以上にぼろぼろだった。しかし遼東城へ着く頃には、碧珠の万能治癒に恵まれ全員が快癒していた。
そして城中が沸いた。
姜以式、牟頭婁、そして談徳が代表して出迎えた。
「わしらの碧は生き延びた! 義虎大将軍たちが救ってくれたぞ!」
「風の巫女、風神孫娘、万歳!」
「建御雷、猛虎大将軍、万歳!」
「「万歳‼ 万歳‼ 万々歳‼」」
碧たちが顔を見合わせ喜び合った。
ばっと、義虎は右腕を地面と平行に上げ直角を作り鎖骨の前へ固定した。高句麗民族に伝わる倍達国の礼法である。
「偉大なる高句麗将兵諸兄には、絶大なる敵より城を堅守せし苦闘の疲れも癒えぬ夜分遅くにも関わらず、かくも心燃えたぎる声援をいただき誠に感無量に存ずる! さればこの場をお借りし改めて宣誓させていただく!」
かっと、義虎は眼を見開いた。
「我らは高句麗とともにある! 魂の絆はとこしえに不滅!」
「「うぉおおおーっ‼」」
そして碧を促した。にっと、大きく息を吸い込んでくれた。
「大高句麗、万歳! 万歳! 万々歳!」
「「万歳‼ 万歳‼ 万々歳‼ うぉおおおーっ‼」」