百三 《大武神》対《雷帝》・《鎮国武成王》
八一歳の《大武神》姜以式は青藍にぎらつく神威の凝結する剣圧をほとばしらせ、空間を薙ぎ払うかのように、六七歳の《雷帝》聞仲を叩っ斬った。
防ぎきられた。
掲げた双鞭へ、鬱金色にぎらつく覇力甲を凝結されていた。
「高句麗飛鳥」
どっと、姜以式は神威の翼を生み出し、羽ばたき突っきり斬りかかる。
どっと、聞仲が光刃の翼を唸らせ、羽ばたき突っきり打ち込んでくる。
がっと、青藍に光る偃月刀と鬱金色に光る双鞭が激突し、しのぎ合う。
聞仲の眼が紅真虹覇力眼となっている。
黒目を真紅へ染め、中心を鬱金色に溶かし、そこから湾曲した二本と剣のような一本の角を掲げるように黒く紋を浮き出させ、鬱金色に縁取り、白目も鬱金色に薄め見据えてくる。
まっすぐ見返し、姜以式は有無を言わさず押し込んでいく。
だが押しきれない。
満身の力をはたき出し筋肉を沸騰させてなお、この黄華軍総大将を凌げない。
しかし相手も同じである。歯を喰いしばり汗を滴らせ骨を軋ませようとも、高句麗民族の大長老を押し返すには至らない。
否、至らせない。
「うぉおおおーっ!」
砕かんばかりに歯を噛みしめ汗を吹き出し骨を拷問し、姜以式は筋肉を炎上させ偃月刀を振り抜いた。すなわち、聞仲を転げ飛ばした。間、髪入れず、踏み込み振りかぶり叩き込み、起き上がるを許さず受けさせ地面へねじり込み、振り上げ振り下ろし炸裂させ、振り上げ振り下ろし炸裂させ、振り上げ振り下ろし炸裂させ、これでもかと叩き潰していく。
「雷霆よ、あれ」
はっと、姜以式は跳びすさる。
「雷帝よ、おとなしく打たれておると思えば、これを狙っておったか」
一瞬でも遅れていれば、落雷に撃たれ黒焦げとなっていた。
聞仲は、姜以式を打ち込みに集中させ三足烏から意識を逸らさせ、自身は三足烏と組み合う雷獣を操作することへ集中し、押しのけさせ呼び寄せて、落雷を撃たせることに成功していた。
(以式! 作戦成功した)
その時、白舞夢から念話が入った。
(碧ちゃんが《東伯侯》を討ち取ったよ、今は残党狩りしてる)
(……よおし! 直ちに各将へ伝達するのじゃ)
(壮勇!)
ふっと、息をついた。天を見上げれば、清々しく晴れ渡っていた。
聞仲を見据え、偃月刀を下ろし歩み寄る。
「そなたも聞いたか。黄華の策は潰えたぞ」
「ああ念話を受けた。かくなるうえは……」
かっと、聞仲が眼を見開いた。
「高句麗の希望たるそなたを討ち取るより他に、戦況と士気を取り戻す術はなし。武成王よ来い、もはや足止めするにとどまる必要はない、本気でやるぞ」
「いいね熱いぜ、どちらが討ち取るか勝負しましょうや!」
五四歳の《鎮国武成王》黄飛虎が飛び込んでくる。
開眼者でこそないが、人間離れした魁偉と膂力に加え、圧倒的な規模と手数と質量を併せもつ武装を無尽蔵にくり出してくる。将軍級の猛者ですら、まともに打ち合えば十合ともたず肉塊と血水へ変貌すると謳われる。
右腕が方天戟と化す。
左腕が狼牙棒と化す。
右脚が鈎鎌槍と化す。
左脚が九股叉と化す。
右翼が鳥亀圏と化す。
左翼が鋸歯刀と化す。
尻尾が多節鞭と化す。
大剣のような矛に敵を薙ぎ払う月牙を立て並べる、方天戟を叩き込んでくる。姜以式は神威を巻き上げ、打ち返すと見せかけ引き付ける。
びっと、一瞬にして飛び去り背後を取り、一閃する。
がっと、振り向きもせず打ちのけられる。刃を鋸状に尖らす幅広の湾刀、鋸歯刀を振り込まれていた。次の瞬間、刃が九股に枝分かれした矛、九股叉で振り向きざまに蹴り込まれ、受けた偃月刀の刃を枝に絡め拘束され、信じがたき怪力で引っ張られる。そこを、鋭く硬い棘が所狭しと突き出る棍棒、狼牙棒に強襲される。
姜以式は直感する。
極限を超して練達させた本能が言っている。掌底や蹴踏を突き出しても防げない。棘を避ける隙間はなく、何より重力を暴発させるように放り込まれる衝撃に抗えず、こちらの骨が砕け散る。ならばどうするか。
神威で殴り返せばいい。
大武神には回避も小細工もいらない。
どっと、鋼を超える高密度に神威を凝り固める。
神威とは何か。
神話の時代より幾星霜、民族とその精神を護らんと心身を燃やし、力尽きてなお血肉を大地へ沁み込ませ、護り遺した戦士の士魂を荘厳として紡ぎ続ける、数多の祖霊と同胞たちの想いを圧力として結晶化する現象である。開眼して纏う強度は金剛そのもの、束ねれば城が落ちてこようと鎧袖一触に消し飛ばし、ぶつければ天を貫く大山をも粉微塵に砕き割る。
ごっと、青藍に渦巻く拳を振り抜き、狼牙棒を撃砕する。
意にも介さず方天戟をねじ込まれ、兜の角で打ちのける。
その一瞬で、三六の棒を鎖で連ねる、多節鞭に縛られる。
巻き付かれたのは狼牙棒を砕いた左腕である。さらに、振りほどかせずに引っ張ることができるよう、鎌のごとき鉤を備える槍、鉤鎌槍で多節鞭を押さえ付けてくる。そして、砕けた狼牙棒を偃月刀へ生まれ変わらせ、斬り付けられる。
「真剣白刃取り」
神威の両翼を鋭く閉じ、合掌するように偃月刀を挟み止める。
「マジか⁉」
「マジじゃ」
挟んだまま翼を引いて反らし、刃を反転させ黄飛虎の手首をひねらせる。その隙に偃月刀も回し九股叉から解放し、神威を唸らせ纏わせ放り込み、受ける方天戟をへし折り押し込み、そのまま振り抜き多節鞭を粉砕する。
自由になるやいなや斬り込む。
がっと、五芒星のごとく尖刃を突き出す輪、鳥亀圏を打ち込まれる。
びっと、鳥亀圏に高圧電流が奔り、受け止めた偃月刀ごと炙られる。
どっと、離れるや振り向き、雷獣に電流を撃たせた聞仲へ斬撃する。
「雷霆よ、憑け」
かわされ、見失う。
直感的に飛びのくが、雷を纏う聞仲は目で追えぬ速力をもって翔け、死角から打ち込んでくる。反応しきれず、神威の翼を突き破られ脇腹を打ち抜かれ、吹き飛ばされて鎧が砕け飛んでいく。
痛みを堪え、神威を巻き起こし体勢を立て直そうとする。
立て直せない。回り込んでくる聞仲に打ち込まれ、偃月刀をへし折られ吹き飛ばされ、飛ばされる先へまた回り込まれ、無理やりに急降下させられる。しかし、やみくもに逃げ回りはしない。
神威の三足烏を呼び寄せつつ、そこを目指し飛んでいく。
聞仲が突っ込んでくる。迎え討ち鍔ぜり合い、並走する。
「読んでおったぞ」
何をじゃ、と聞く間もなく飛び去られ身構えた。
体高一〇〇メートルに達する雷獣に衝突された。
「ぐおっ……」
閃光と轟音が天地を引き裂く。
神威がなければ即死していた。
雷に蹂躙され突き飛ばされる。
黄飛虎が追ってくる。髭を引き抜き、鋭利な槍へ変え、さながら巌の筋力を振るい、一本ずつ投擲してくる。
かわしつつ、わし掴む。
掴んだ反動で身を回し、二本目を偃月刀で弾き、三本目を一本目で弾く。さらに回って一本目を投げ返しつつ、飛ばされる衝撃を振り払い、払うや翼をさばき滑空し、猛然たる雷獣の刺突をいなし、神威で圧し偃月刀を直しながら、一本目を払いのけたばかりの黄飛虎へ斬り込んでいく。
「来いや熱いぜ!」
黄飛虎は全ての武装へ雄黄にぎらつく覇力甲を凝結させてくる。
轟然と青藍を唸らせ、そんな方天戟をかち割り、捕らえにくる鉤鎌槍を弾きのけ、叩き込まれる偃月刀を跳ね上げ、振り上げる柄を左手で掴み直して止め、突き出し、かわされ、追い打ち、鋸歯刀に受けられるも身を回し込み押しきって、鋸歯刀の陰から回し蹴りにくる九股叉を柄で受け止めつつ、神威を固め、振り抜き剣圧を放り込み、受ける偃月刀を両断して血を噴かせる。
「痛えな熱いぜ!」
だが傷口もろとも胸を盾へ作り変えられ、剣圧は振り払われる。
どっと、二発目を撃ち込む。三、四、五、六、七と畳みかける。
方天戟を作り変えた巨大な剣を振り込み振り込み、抗ってくる。
「数で押しきるぞ。喝!」
大剣を木端微塵にし、電光石火に噴煙へ斬り込む。
いない。
煙を突っきり、直上より九股叉を突き込んでくる。
「そんなもんで高句麗を奪えるかい」
がっと、真っ向から偃月刀を叩き付ける。眩いばかりに神威を暴走させ咆哮させ爆発させ、遥か上空へ打ち上げる。
しかし鎮国武成王は、天から地を裂く巨神の剣をくり出してくる。
さらに雷帝が雷獣を動かし、雷雲を呼び天を覆い尽くし、目がくらみ耳が壊され心が折られんばかりの雷霆を群がらせ、大剣を黄色く染め上げてくる。
誰もが戦いをやめ立ち尽くす。
「……隕石か」
姜以式は呟いた。
「わしを引き立てるには十分じゃわい」
開眼、つまり自然エネルギーを己の覇力と同化させるには、極限たる集中状態へ入るに加え、覇術を使うことで覇力を噴き出し噴き上げ、それを辺りの大気や大地、温度や湿度、風力や引力、磁場などへ浸透させていかねばならない。前者を成す所要時間は後天的にいかようにも鍛えられるが、後者のそれは先天的な素養に左右される。
姜以式は凡才である。
義虎ばりの非才ではないにせよ、天才とはかけ離れている。
開眼して三〇年近く経つが、それでもすぐに発動できない。
すなわち、神威の最大出力をすぐさま放つことができない。
できれば韓殊を救えていた。
「じゃがもう放てる」
放てるならば、これ以上、同胞は一人として喪わない。
「喪ってなるものか」
傷付き、老いた体は悶絶している。しかし心が叫ぶ。勝利したいと。
ごっと、どこまでも青藍に眩く覇力を噴火させ、大音声に呼ばわる。
「気高き高句麗の戦士たちよ、誇らしき我が息子たちよ、諦めるな!」
誰もが戦いをやめ喰い入っている。
巨神の雷剣が落ちてくる。
巨鳥の神威を向かわせる。
青藍に光り輝かせ、ぐんぐん巨大化させていく。
「大武神大将軍!」
談徳が叫ぶ。
「「大武神大将軍‼」」
碧珠が叫ぶ。牟頭婁が叫ぶ。
「「大武神大将軍‼」」
恍魅が叫ぶ。舞夢が叫ぶ。李春晶が叫ぶ。将兵たちが叫ぶ。
「高句麗火烏おーっ!」
民族の長老、士気の源泉、大将軍《大武神》姜以式は叫び抜く。
翼開長、実に一〇〇〇メートル、尽きるを知らず青藍に光り輝く民族の象徴、神威の三足烏をまっすぐ進撃させ、天を灼き地を震わせ闇を余さず照らし出し、世界を揺るがせ雷剣を爆砕してみせた。
誰もが戦いをやめ動けないでいた。
雷帝だけは違った。
「雷霆よ、興れ」
雷雲が残らず黄色く光り輝く。拍動を断たれんばかりの轟音が響き渡る。
雷獣が煌々と黄色く光り輝く。姜以式は悟る。雷霆がことごとく雷獣へと集約されていっている。雷電のほとばしる轟音にやむ気配はまるでない。このままでは、義虎のそれとは比べようもない超然たる電力を錬成され、突進される。
姜以式も、遼東城も、そして息子たちも消し飛んでしまう。
これが《雷神》と並び称された《雷帝》かと、絶句する。
「諦めるな!」
ぐっと、拳を握りしめる。
気の遠くなる修羅の道行き、幾度となく唱え己を奮い立たせた言葉である。
黄華軍総大将、五龍神将、大将軍《雷帝》聞仲がいる。まっすぐ見据える。
これを阻めるのは己しかいない。
終わらぬ爆音と烈光に呑み込まれ、強く育てた息子たちが凍て付いている。
これを救えるのは己しかいない。
高句麗火烏を築き上げる暇はない。行くしかない。
「高句麗武鳳おーっ!」
老雄は叫び抜き、自ら三足烏となる奥義をもって突撃した。