四 初陣に血と散る夢はかなく
「超魂顕現『空色彗星』!」
「超魂顕現『火岩猫又』!」
麗亜が空色の覇玉を光らせ、空色の霊気を放つ神剣〈天之尾羽張〉を構える。
猫三郎が柿色の覇玉を光らせ、柿色の溶岩を放つ巨大な岩の猫又を召喚する。
八戒の巨体が突っ込んでくる。
「この中級武官・猪八戒さんの超魂『緑柱豚石』はね、素人二人にゃ破れんよ」
体と同様にアクアマリンで固まる熊手状の長物、鈀を叩き込んでくる。
「ただの素人じゃねえぞ、努力に努力を重ねて選ばれた戦場実習生だ!」
猫又が前足を振り上げ、その岩肌を裂きマグマを滲み出し、鈀を弾く。
「今だ麗亜!」
「きえーっ!」
裂帛の猿叫、麗亜は天之尾羽張を一閃し、空色に眩く輝き空間をも切り裂く剣圧をまっすぐ飛ばす。
八戒を割った。
敵も味方もどよめいた。どっと、麗亜は汗を噴いた。
__やったんだ。とうとう人を……殺したんだ。
ついに戦人の道へ踏み込んだ。
もう平和な日々へは戻れない。
死ぬまで血の業に蝕まれいく。
__でもこれでいいんだ。だってこの生き方じゃないと、殿下とボクの夢、叶えらんないんだから……絶対〈民が平和で自由な世〉は叶えなきゃなんだから!
「麗亜、まだだ!」
はっと、麗亜は猫三郎の指さす先へ顔を上げ、驚愕する。
「ぶひぇい、なんつう剣圧だい。おいらじゃないとお陀仏だったよ」
エメラルド。割られたアクアマリンの体を変色させ結合させ、八戒は再生した。
「……おぉー、きれい」
妖美の余裕をまねしてみる。効果は薄い。
麗亜の学んだ剣術は一撃必殺の威力を重んじる。飛ばす剣圧とて同じ、そして今放った一太刀は自分史上最高のできだった。現に、暴れ放題だった八戒の巨体を一瞬にして両断してみせた。
しかし相手は斬っても再生する。
__ボクの力、通じないの……。
八戒が突進してくる。
「しっかりしろ!」
はっと、麗亜は自分の肩を必死に揺さぶる、猫三郎の眼を見つめる。
猫又を操り、八戒と取っ組み合わせながら、猫三郎が励ましてくる。
「信じろよ自分の努力を。信じられねえなら帰れ、そんで二度と努力すんな」
ぐっと、麗亜は口もとを結ぶ。
「いいか、自分で信じらんねえ努力なんか努力じゃねえんだ。でも違うだろ。お前は今までずっと、めちゃくちゃ努力してきたんだろ」
「……うん、自分を信じる。ありがと」
だっと、麗亜は疾駆する。猫又が脇腹を蹴り上げられ、怯んだところを放り投げられる。地響きとともに砂煙が舞い上がり、八戒の視界が塞がる、その刹那。
「きえーっ!」
電光一閃、天之尾羽張を振り下ろす。
麗亜が至近距離から放つ剣圧は、かわす八戒へ無理な体勢を強いる。すかさず猫又が飛びかかり、地響きもろとも押し倒す。猫又の背から飛び出す猫三郎が、八戒の目へ槍をくり出す。八戒はかわさず頭突き、槍がエメラルドの額へ突き立つや、ぶんと首を振り、猫三郎を払い落として武器を奪う。
「残念、俺は囮だ!」
マグマが噴射する。
のしかかる猫又に、四肢や腹部を一斉に開き噴火され、八戒はかわせない。焼かれながらも、手首だけで鈀の柄を振り上げ叩き付け、猫又を絶叫まみれに突き飛ばし、エメラルドの色を失いつつ立ち上がる。
「きえ……色?」
「ちょ麗亜、なんでやめる⁉」
「待って、たぶん畳みかけても意味ないんだ」
麗亜はやめていない、遅らせただけである。
ヘリオドール。八戒が水色、緑色ときての黄色のベリルへその身を変えた、次の瞬間。
「きえーっ!」
天之尾羽張の剣圧がほとばしる。
かわして八戒が猛然と突っ込む。
麗亜をかばい猫三郎が宙を舞う。
ずっと、鈍いような、不気味な音をこもらせ、朱い、生温かい水を落ちた周りへ広げながら、若い命は無気力に、少女の悲鳴を聞いていた。
「剣圧使いどの、気を確かにもて!」
麗亜は立ち尽くしていた。しかし騎馬隊を束ねる兵長・町園光有に揺り動かされ、歪んだ瞳をこすり叱り付けた。
弓隊が集まり必死に連射し、八戒を近付けまいと努めている。
「我らが防ぐ間に、猫又使いどのを介抱されよ。皆の者っ! 牽制でよい、ベリル使いを囲め!」
「「おう‼」」
「……ありがとうございます!」
麗亜は後ろへと走る。
鼓動を無視して走る。
死にもの狂いで走る。
自分の身代わりとなり凶刃に穿たれた戦友のもとへ疾駆する。
「猫三郎くんっ!」
「……れ、いあ……無事、か……」
ざっと、麗亜は血の池へ飛び込んで、猫三郎の手を握りしめる。
「うん、うんっ……ごめん、ごめんね、ボクのせいで……こんなあっ!」
無残。
駆け付けた救護兵らも思わず目を背けていく。
体の原型が分からない。手の施しようがない。
猫三郎は、助からない。
「泣く、な……これが俺の、努力の、成果だ……悔いはない」
そっと、青年は少女の目を見詰める。
「麗亜を、守れたし」
「猫三郎くんっ! やだ、やだよ、逝っちゃだめ、これからなのに、今までずっと、がんばってきたんでしょおっ!」
今までずっと、がんばってきた。
わっと、青年の涙があふれ出す。
「俺は、伯父上、みたいな……英雄に、なりた、かった!」
ぐっと、青年は少女の手を握りしめる。
ふっと、青年は少女へ微笑む。
かっと、青年は眼を見開く。
柿色の覇玉が眩いばかりに光り輝き、大地を震わす雄叫びを轟かせ、燃え上がる猫又が八戒へ飛びかかり、噴火した。
少女は、もう動かない青年を、全身をもって抱きしめた。
巨大な四霊獣に追われつつ、義虎は七芒星の浮かぶ瞳を保ち滑空する。
四散し追ってくる。地面すれすれに飛ぶ。雲雀に追い付かれ地面へねじ込まれる、と見せかけ急上昇し、逆に地面へぶつけ転げ出す。天馬と霊亀に挟み込まれる、と見せかけ急加速し、空ぶりさせ衝突させる。黄龍に先回りされ喰い付かれる、と見せかけ急旋回し、背後を取って蹴り落とす。
だが強靭なる四霊獣は即座に切り替えし追いすがってくる。倒しても悟空が再び出現させてくる。高速で飛び突き放し翻弄しながら、戦場一帯を飛び回る。
妖美が戦っているのが見える。
__いや新兵が副将を相手に⁉
黄華軍副将である女法師の三蔵は、霧を広げ、呑み込んだ敵味方を天道の住人へ変える。
こうして相手を支配するのが世界種の覇術である。
天道とは、大和国や黄華国などで信仰される〈仏法教〉における概念であり、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と合わせ、人が輪廻転生する六道、つまり死んでから生まれ変わる世界の候補とされる。天道に生きる者は神通力を有するが、覇力を有し覇術を使えるのは人間道に生きる者のみである。
三蔵の霧に呑まれれば、覇術をほとんど使えなくなる。
そして、慣れない神通力を一から身に付け戦わされる。
呑まれぬよう、妖美は距離を取って外縁を駆け抜けつつ、漆黒にたゆたう闇を流し込む。神通力で止められる。
と、三蔵が兵たちへ神通力を授け突撃させた。
__錯覚しとるね、彼が霧中におると。
霧を出れば神通力は消え、奏功しない。
勝助がこの場へ残していった幻術は、義虎など、あらかじめ覇玉と覇玉を近付け登録した味方には作用しない。しかし敵である三蔵らには、戦っている妖美が、何らかの手段を用い天道に支配されず霧中を浮遊し見え隠れする、勝助であるものと思えている。
そんな援護があるとは言え、妖美はよく足止めしている。
__うぃー、美しい。妬ましい。
十七年前、自分が初陣した時と比べてしまう。
__かまわんよ、才能は素質かける努力なり。
続いて麗亜らを見下ろしにきて、頭をかいた。
__出逢ったばっかだよね? そんな泣きじゃくるほど大事にするんだ……。
どっと、巨大な霊亀がのしかかってきた。
麗亜は見た。猫三郎の命を燃やし尽くした噴火に呑まれながら、それでもレッドベリルへ結晶し再生し、怒気をむき出し大和兵を蹴散らし、八戒が突進してくる。
__戦わなきゃ……。
だが少女は動けない。
初めて、人が殺し合う光景を見た。
初めて、人に殺されそうになった。
初めて、人を殺そうと刀を振った。
一杯一杯だった。どっと、そんな上へ落ちてきたのは、自分の代わりに残虐に壊された友、歯を喰いしばり努力し続け、ついに夢への道を歩み始めたばかりの純真な命であった。
涙が止まらない。
頭が上がらない。
心が定まらない。
憤怒する敵が潰しにくる。友を砕き割った強大な凶器は、もう、すぐそこである。それでも、小さな十六の少女は立ち上がれない。
「……ごめんね」
ぎっと、少女は目を閉じた。
「斬る」
はっと、目を見開いた。
目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら八戒のうなじを斬り裂き、色を奪い、最後の再生をもって覇術を解かせ人体の豚へ戻らせて、赤い翼の戦人が降り立ってくる。うなだれる八戒から目を逸らさず、戦人は少女へ言った。
「下がりなね」
少女は凍て付いた。
いたわるでもない、責めるでもない、さげすむでもない。声になんの心も有さない。
__これが空柳義虎……こんなのが、ボクらの夢の切り札だっての……。
「うぃー、光有くんは黒豚を警戒しつつ隊列を復旧してね?」
「かしこまった。大将軍も、ご武運を」
「君たちも。後で語らうよ生き残りな」
「おう!」
そこへ悟空が舞い降りてくる。
「おい骨虎、よくも俺さまの師弟をいじめやがったな」
「こっちの超魂使い、これ以上削られるわけには……」
がっと、義虎の偃月刀が奔り、悟空の如意棒と十文字にぶつかり合う。
「いかん戦局だからね?」
「だから翼捨ててまで、霊亀ちゃんかわしきらずに急行しましたってか」
麗亜は義虎の左翼を見て呻く。見て気もち悪くなる形に曲がっている。
義虎は笑い、赤々と覇力を湧かし翼を覆い、無理やりに直してみせた。