百一 風の巫女、魅せる
__ん、目痛くない。怒りも消えとる……ん、分かった分かった!
碧は超魂覇術を使い風を纏う。
麗亜とざボ点が歓喜している。
舞夢や霊牙らが驚愕している。
「五臓情とかいう技、風で吹き飛ばせるんだね」
「あり得ぬ。そなたは覇力を涸らし、鎧仗するので精一杯ではなかったのか⁉」
わなわなと姜桓楚が震えだす。
「ん、そだよ。でも覇力どうやって回復したかは教えん」
つい先ほど、母の碧珠による万能治癒を受け回復した。
碧が考えた策である。
そもそも、ここ偽兵糧庫は狩場である。密偵に掴ませた偽情報により敵をおびき寄せ討ち取るため、警備する部隊にはしっかり武官が配置されていた。サボテンフクロウの豆梟ざボ点、カラフトフクロウの大梟樺太郎である。
さて、碧は四神に狙われ南壁を離脱するのに成功したが、満足していなかった。
瞬時に思い至った。満足するには、戦局を左右する強烈な狩りの主役となるしかない。そして姜桓楚が押し入ってくるより早く裏口から駆け付けた。
__もっと活躍したかったもん。
戦人の本能であった。
__ん、トラがいっつも出しゃばるんは、こんな気もちなんだ。
まさに大将軍たり得る気質であった。
心が決まれば驚くほど頭が旋回した。
ざボ点らへこう提案し意見を求めた。
まず、今いる地点とまっすぐ進んだ未来でいる地点を置換できるざボ点が、樺太郎を連れ、南壁で戦う碧珠のもとへ瞬間移動する。次いで、ざボ点は碧珠の覇玉を借り受け、再び瞬間移動して碧へ届ける。そして、麗亜が碧珠へ念話し受け取ったと報せ、万能治癒を発動してもらう。
大きな傷がない状態で万能治癒を受ければ、余った治癒力が体力や気力へ作用し、それにより覇力が蘇る。
__おっかあ、危うくなるけど……。
覇玉と離れれば離れるほど、術者は覇力を使いにくくなる。
なお、覇力の未熟な者であれば一〇メートル離れると覇能すら使えなくなる。しかし、練達する者であれば五〇〇メートル離れていても髄醒覇術を維持できるが、それでも力量を発揮しきれない。
よって樺太郎に碧珠を護衛してもらう。
__おっかあなら無問題って信じる。
よく考えられていると、ざボ点は了承してくれた。
もともと、よそ者のフクロウが指揮する高句麗兵だけで将軍を討てるか不安があったが、高句麗人の心へ深く根付いて支える伝説的英雄《風神》の血を引き、なおかつ将軍を相手に健闘した実績を周知される碧が要となれば、作戦成功率は格段に向上するとの判断であった。
そして策は成った。
__いざ、取るよ。
圧倒的有利な状況は築き上げた。だが義虎は言っていた。
『窮鼠に噛まれぬ猫こそ猛虎ぞ』
ふっと、碧は眼を細め、深く息をつき呼吸を落ち着ける。
麗亜ら見守る敵味方も、戦いをやめ静まり唾を呑み込む。
__一騎討ち。
姜桓楚が覇力を噴き上げてくる。
「髄醒顕現『青東魂風聳孤』!」
「二つ目・旋風の舞」
中庭にいる青い麒麟、聳孤が体高五〇メートルへと巨大化し、姜桓楚の念に導かれ、暴風を巻き上げ紐状に押し固め建物へ流し込み、ここ地下まで突き進ませ碧の背後を強襲させる。
碧色に眩く煌めき唸り上げ、碧を囲い旋風が高速回転する。
ごっと、爆ぜ合い相殺する。
しかし将軍の一撃はそれで終わらない。
姜桓楚は呼び込んだ暴風の余りを手もとへ集め、凝り固めていく。
「ん、五悪玉か!」
義虎の左腕を引きちぎった大技が襲ってくる。
「一つ目・疾風の舞」
間に合った。柱状に風圧を撃ち込み押し返す。
反応しきれぬ姜桓楚へ、五悪玉を衝突させる。
「風使いの真骨頂は吹き飛ばすことでしょうが」
絶叫がこだまする。
__トラの仇だっ!
急いで五悪玉をかき消す姜桓楚の左腕から、鎧の破片が朱くなって滴っていく。
「「我が君⁉」」
碧は振り返る。姜桓楚を案じる声は彼の周りのみならず、碧らを挟んだ地下の入り口からも聞こえた。中庭を制圧していた初級武官・虯首が異変を察し、兵長らへ後を任せ、一〇人ばかりを率い駆け付けてきていた。
ざボ点を追い払い、主を見詰め叫んでくる。
「烏雲どのも向かっておられます、もち堪えて下さい!」
「ああ無論だ、一騎討ちへこだわりもせぬ、囲い込め!」
「きえーっ!」
麗亜が剣圧を叩き込み、虯首らを蹴散らし五人を葬る。
霊牙らが雄叫びを挙げ、眼を血走らせ斬り込んでくる。
紙手裏剣と化す舞夢が、目を狙い飛び交い斬り付ける。
ぐっと、碧は覇力を集中させる。
「やはり私自ら……」
「一つ目・疾風の舞」
構える剣ごと、姜桓楚を撃ち抜き吹き飛ばす。
「五つ目・啊呀風の舞」
己を風に巻いて飛び出し、鎖鎌を握りしめ振りかぶり、肉薄する。
「斬る」
叩っ斬る。剣を掲げ受けきられる。
動じない。
振りかぶり斬り付け、払われ振りかぶり、斬り付け払われ、振りかぶり斬り付け、払われ振りかぶり、斬り付け払われ、振りかぶり斬り付け、払われ振りかぶり、斬り付け払われ、跳びすさり踏ん張り回転し突っ込み叩っ斬る。
打ち込まれる剣とぶつけ合い、鋭く、火花と衝撃を飛散させる。
鎌の刃が砕け散る。
動じない。
刃の破片を鷲掴む。
考えてなどいない。
瞳を薄めたぎらす。
手裏剣のごとく投げ付ける。かわされるがその隙を逸さず、踏み込み跳び抜き死角へ回り、鎖を奔らせ砲丸を唸らせる。かわそうと動いてくる、防ごうと剣も動かしてくる。
構わず叩き込む。鈍く、音と手応えが漏れ落ちていく。
脚を砕いた。膝を付かせる。
しかし万丈の気を噴き、怒涛さながら斬り上げてくる。
動じない。
素早く体勢を作り鎖をたゆませ、受け流す。流しつつ剣へ絡ませる。
はっと、旋風を巻いて盾とする。姜桓楚が暴風を鎌鼬にして呼び込んでいた。気付くのが遅れ旋風を集わせきれず、防ぎきれずに吹き飛ばされる。
だが眼を閉じない。
頑として鎖を離さない。
狙い的中、脚へ力を籠められぬ姜桓楚は自分の風に剣を引っ張られるかたちで投げ出され、うつ伏せに倒れ込み引きずられる。旋風を啊呀風にして自身を支え、碧は踏みとどまる。
「斬る」
ぐっと、風を束ね刃となす。
「四つ目・鎌鼬の舞」
偃月に斬り裂いた。
かつて、天下へ号令した英傑たち〈三大神〉がいた。
大和国大将軍《海神》仙嶽雲海。
瑞穂国大将軍《雷神》雷島片信。
倍達国大将軍《風神》皇甫崇徳。
民が平和で自由な世を志し、三国で手を取り合い〈三神同盟〉を発足させるも、民が強固で厳粛な世を志す、大和国の〈高天原派〉などに謀殺されていった。
しかし、大火は潰えようとも火種が残っている。
《海神》雲海は存命である。
《雷神》片信が誇った雷はそのまま義虎へ託された。
《風神》崇徳が誇った風は碧がもって生まれていた。
「三神同盟は復活するぞい」
大和国、豊玉島。
雲海は世界一豪快な白髭をしごき、黄ばんだ歯牙を剥き出し口角を上げた。
大海原の先へ臨むは、再臨せんと熱戦する風神雷神の羽ばたく蒼穹である。
待ちくたびれている。古の力を再び揃え、生涯を懸けた夢を成し遂げたい。
「早う飛んでこい」
義虎も碧も雲海にとって等しく、成長を見守る曾孫である。
もちろん碧は幼い。
武力も智力も心力も、一人前になろうと鍛えている。
それを導き、未熟なうちは守護するのが義虎である。
しかし義虎にも成長せねばならない欠点が存在する。
__底面、つまり愛情を封じとる。
強いのは疑いない。それこそ巨大な戦を支配するほどだろう。
圧倒的な武力を誇る。
超人的な智力を誇る。
絶対的な心力を誇る。
__側面、つまり技量はもはや完成されとる。
だが雲海は気の遠くなる戦人生を飛び悟った。
__愛なくば人は大成せん。孤立しちまうぞ。
愛情。
非情になれる者が勝ち残る人間社会にあって、拒むように存在する。
それは希望へ繋がり、おのずから大義を生み、あまねく信頼を築く。
そして、見返りなく人を信じる心がなければ、紡がれることはない。
義虎にはこれがない。
__なるほど戦う理由はあるがの。
『死ぬな』という片信の願いを叶えるため。
戦人の本能がたぎるため。
己や母、片信や仲間たちを苦しめた大和朝廷を、己が力で滅ぼすため。
__無味乾燥にの、命ぜられるまま壊れきるまでただ戦う、とか言わされとった昔に比べりゃ、一〇〇倍は人間らしくなったわい。じゃがの、それじゃあ悲しきかな……動機が弱いんじゃわい。
雲海は、崇高な志をもてとは言わない。
__愛するもんが見付かりゃいいのう。
にっと、英雄はのけぞった。
__そいつを促すが碧じゃ。
出陣する前の義虎と向かい合い、漢と漢で語らった。
『うぬがオナゴを連れとるとはのう。ホレたんじゃろ』
『うぃー、違うと言いきったら違う。ちょっともぉ、女人に関しては右へ出る者のおらぬ三代目さま、無性に吐露したいので暴露させて下さい、拒否ろうものなら不倫と逆心を万民へバラしまする、さて……かような気もちに満ちるは初めてにござる、否、存じてはおりましたが全身全霊を賭して忘れさせたアレやもしれませぬ。うぃー、風神雷神は関係ござらぬ、不可抗力にこう誓わされました』
かっと、義虎は眼を見開いた。
『みどは義虎が護りきる』
かっと、雲海は眼を見開いた。
『大爺ちゃんとして命ずる。耳の穴かっぽじって、よぉおぉく聴けい』
『うぃー、かっぽじりました』
『ゑ、もっと』
『エロじじい』
『……ぐうの音も出ぬこと言いよって。んじゃ発表するぞい』
雲海は義虎の頭をぽんと叩いた。
『誓いを全うせい。視野が煌めく』
義虎は動かなかった。だがじきに微笑んだ。
『必ずや』
__トラ、見て。やったよ、褒めて、ぎゅってして……。
誰もが静寂を破れない。碧は深く息をつき、片膝ついた。
__すっごい打ち込んで鍛えてくれたから、負けんだよ。
必死だった。
無我夢中で鎌鼬を練り上げ奔らせ、刎頸した。
姜桓楚、討ち死に。
「……将軍《東伯侯》姜桓楚、この《風の巫女》鳥居碧が討ち取ったりい!」