九九 取れるか、将軍首
__取れるか、将軍首。
碧は鎖鎌を握りしめる。
義虎の言葉を思い出す。
『強い方が勝つのではない、戦って勝った方が強いんだよ』
姜桓楚が双剣を鞘走らせてくる。
今いる地下は狭い。彼は青い麒麟・聳孤を使役するが、ここへ呼び込んだりはしないだろう。それでも超魂状態であることに変わりはない。聳孤の纏う風害の力を、姜桓楚自身も扱えるかもしれない。そもそも将軍である。単純に斬り合うだけでも次元が違うかもしれない。
ぎっと、碧は奥歯を噛みしめ唸らせる。
__それでも討ち取る。
鎖を掴み鎌を投げ込む。
義虎の言葉を思い出す。
『腕まえで負けるは恥ずかしくない、気もちで負けるは恥ずかしすぎる。だから戦え、そして闘え』
__討ち取らんと、逝った仲間に報いれん。誓っとるもん、やられたまま泣き寝入りしたりせん、そんなん人生の負け犬じゃん。それにこんな千載一遇の機会に恵まれて討ち取れんとか、風神雷神伝説再誕もへったくれもないでしょが。
姜桓楚が鎌を跳ね上げ、鎖を絡め取ってくる。
__げ、のっけからヤバい。
引っ張りながら叫んでくる。
「兵糧は諦める、だが風の巫女は飛んで火にいる夏の虫、討ち取るぞ!」
「ん、こっちの台詞だし。そっちが点火せんでも、この子が超魂すれば」
麗亜を振り向けば、頷かれる。
「俵を割って火花も散らせます」
大量の俵は油瓶で満ちている。
「くっ、念のため松明を消せ!」
__ん、念のため?
碧は看破した。敵は麗亜を蔵から遠ざける前提で話している。
__どうやって遠ざける、麗亜の気を逸らすには……わーか。
思った通り、まず碧を追い詰めようと姜桓楚が向かってきた。
鎖鎌は左の剣に絡められている。
それを強く引かれ、つんのめる。
そこを右の剣で斬り付けてくる。
そのまま転がる。
前進してかわし、さらに姜桓楚の横をすり抜けたことで鎖をその脚へ絡め、ふらつかせるのに成功する。
「鎧仗顕現『碧鎌』」
鎖を捨て立ちながら新たな鎖鎌を現し、斬りかかる。
「かはっ」
「碧ちゃん⁉」
鋭く、柄尻で腹を打ち抜かれ、突き飛ばされる。
平衡感覚の狂う衝撃に刻まれ、視界がぼやける。
気張って鎖を構えるも蹴られ、ねじ伏せられる。
「させない!」
麗亜が斬り込んできて、碧を仕留めようとする姜桓楚の剣を弾きのける。
__ん、やられた⁉
霊牙が動いた。麗亜へ突進し押し込み、通路へ突き出した。
金光も動いた。兵を動かし、蔵から通路へ脱出させようとする。その奔流に呑み込み、碧たちを討ち取るつもりである。
__くそおっ!
やけくそに、姜桓楚の斬撃を払いのける。
__なんで⁉ 待って、どこでしくった⁉
敵兵に囲まれる。
よもや、ここまであっさり敵の思うつぼとなるとは思わなかった。
義虎が考えに考え、皆が大変な思いをし準備した作戦を、潰した。
しかも打つ手がない。嵌め込んだはずが、逆に危機へ瀕している。
義虎の言葉を思い出す。
『窮鼠に噛まれぬ猫こそ猛虎ぞ』
__わーは猛虎の域に達しとらんだ……そりゃそうなんに。
経験を積んだことで、その域へ近付いたと思ってしまった。
麗亜が必死に自分を呼んでいる。なんと応えればいいのか。
__くそ……くそ……くそ……。
「もう終わりか」
姜桓楚に剣を突き付けられる。
「あれだけ大口を叩いたのだ、まだまだ何かあると思ったが、このざまではどうしようもあるまい……恥を知れ。偉大な親や師の顔へ泥を塗りおって。何かを言い残すことも許さぬ、惨めに泣きわめき失禁しながら命乞いしたと吹聴してくれるわ」
__くそったれ……。
義虎の言葉を思い出す。
『失敗せん子はほぼおらんよ?』
はっと、猛省する。猛火のごとく、猛烈に奮えてくる。
『腕まえで負けるは恥ずかしくない、気もちで負けるは恥ずかしすぎる。だから戦え、そして闘え』
__猛虎の弟子なら絶対したらダメな過ち侵すとこだった。
『才能は素質かける努力なり』
「ん、うんこ野郎! さらっと下ネタぶっ込んでんじゃねえよ鼻ったれ悪臭ブサイクめ、自分が失禁して尿瓶に集めて裸でラッパ飲みしとればいいよ気色悪ぅ」
「「な、な、なっ⁉」」
誰もが仰天している。
姜桓楚の構えが緩む。
機を逸さず、猛然と鎖鎌を打ち込み剣を弾き上げ、逃亡を図る。
「風神の孫なら上品だと思った? 吐き溜めで生き抜いてきたわ」
掃き溜めではない。吐き溜めは、実体験から生んだ造語である。
鎖鎌を飆回させる。
__ん、超魂しとるみたい……。
浮足立つ兵たちを圧倒し、朱くなって斬り抜ける。
「逃がすな斬れ! 金光は通路を塞げ、超魂せよ!」
「超魂顕現『金毛獅子』!」
「超魂顕現『空色彗星』!」
通路に詰まるようにして金色の獅子が現れる。
「きえーっ!」
現れたとたん、空色に光り兵を蹴散らす剣圧を横面に喰らい、断末魔とともに鋭く飛び散らす朱い水で、通路中を直視し難く変貌させる。撃った麗亜も震え怖じる。
__いける、逃すな。
しかし微塵も震え怖じない少女がいる。
闘魂、沸々と煮え極限まで研ぎ澄ます。
両手で持ち刃を定め、加速し跳び込む。
「斬る」
すれ違いざま、鎖鎌一閃、敵将の頸動脈を両断する。
金光、討ち死に。
奪った命の朱を拒まず頭からかぶり、碧は着地するや方向転換する。
初首級である。だが浮かれずにいる。思考も視界も冴え渡っている。
__ん、まだ敵を地下に留めとることに変わりはない、勝機はある。
「麗亜、合流するよ援護して!」
「任せて、きえっ、きえっ、きえっ!」
前にはまだ霊牙と数人の兵がいる。後ろでは獅子が消え道が開け、姜桓楚が大勢の兵を率い追いかけてくる。ことごとく怒り狂い、次々と迫ってくる。
麗亜が一人ずつ撃ち抜いてくれる。
と、その破壊力を警戒し攻めあぐねていた霊牙が、意を決し走り出す。
「麗亜、自分守って!」
「超魂顕現『白霊牙象』!」
さらに碧へ向け白象を召喚し、座らせ道を塞いでくる。
なお白象は三メートルから八メートルまで体高を調節できる。
__え……まずった⁉
はっと、すぐさま首を横へ振る。
__焦るな、考えろ……そうだ!
振り向けば、追い付かれ槍衾を築かれている。中央に姜桓楚がいる。
「東伯侯、一騎討ちで決着付け……」
「いらぬ。全員でかかり確実に仕留めるぞ!」
「「おう‼」」
__ダメか、どうしよ……試すか。
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
「「なにいっ⁉」」
暴風がくるかと恐れ、敵が後退する。
すかさず碧は反転し、白象の脳天を目がけ、鎖の先の砲丸を叩き込む。
__よし卒倒した! これで反撃してこん、喉かき斬って消滅させる。
「下がるな、偽りだ! まんまと乗せられるな、超魂してこぬだろう!」
姜桓楚が斬り込んでくる。
振り向きざま鎖を飛ばし、脚を打って転ばせる。
再び反転し白象へ向かった時、麗亜に呼ばれた。
「伏せて、きえーっ!」
轟音と絶叫がこだまし白象が破裂し、また見るもおぞましい光景が飛び散った。
生温い朱に背を打たれながら全てを察し、跳ね起き走り込みつつ前を見定める。
紙吹雪が集結している。霊牙ら敵を囲い視界を遮り、麗亜に余裕を与えていた。
__ん、霊牙も討てる。
ざっと、鎖鎌を光らせ跳びかかる。
剣が飛んできて間一髪で跳びのく。
姜桓楚が投げてきた。その間に霊牙らが武器を振り回し紙吹雪を突っきり、襲いかかってくる。猿叫し、麗亜が剣圧を叩き込んで薙ぎ払う。寸ででかわした霊牙へ姜桓楚が並び立ってくる。
「しかし合流は果たしたぞ。それからほんと、ありがと」
援軍に来てくれた紙吹雪が固まり、人型になっていく。
白舞夢である。
姜以式へ仕え高談徳に慕われる少女武官である。
「ん、談徳太子と北壁で戦っとったんじゃ?」
「うん以式に教えられてね、ここ危ういって」
「ん、八〇代の大将軍さまを呼び捨てる……」
「おぉー、トラって言う碧ちゃんが言うの?」
「ん、茶番はやめいとか言われる前に本題を」
碧は舞夢を指した。右半身しかできていないが、材料である紙が残っていない。
「左半身は太子殿下のとこに残してきたよ。私はね、同時に二ヶ所で戦えるのだ」
ばっと、舞夢が再び数えきれぬほどの紙と化し分裂し、二枚一組で折り合い紙手裏剣となり飛んでいき、霊牙と兵たちを攻めたてる。攻めたてながら碧たちへ、今のうちに姜桓楚を討つよう呼びかける。
「ボクが陽動するから仕留めて。きえーっ!」
剣圧が突撃する。碧は頷き鎖鎌を構える。
呉須色に覇力甲の固まる剣が振り抜かれ、剣圧が粉砕される。
「舐めるな。そして悔いよ、茶番を演じ私に時を与えたことを」
はっと、碧は麗亜を抱き飛ばす。
ちっと、姜桓楚を舌打ちさせる。
「ん、甘いわ。風の巫女に向かって風で斬り付けて、気付かれんとでも思ったか。外におる麒麟に風害出させてここまで流し込んだんだろうけど、小間切れにしか撃てんでしょ。そんなん何べんでもかわしてやるよ」
「甘いのはどちらかな」
うっと、碧は目に激痛を感じ押さえ込む。
「ん、何したん、風害と関係ないよね……」
麗亜も同じく目をやられ、二人とも開けていられない。
「冥土の土産に教えてやろう。私は五行侯。五行は臓器とも関わっておる」
碧は剣を振り込まれる風を感じた。