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九八 スパイは逆用するために飼う

 昨日、姜以式(カン・イシク)は義虎と将棋を指した。

『間者がおります』

 わざと悪手を連発しながら義虎は言った。

『味方なりと断言できぬ方々全てに、これより創る偽の情報を伝えるがよろしゅうござる』

 偽の情報。

 将校たちを集め、それを伝達する。

 そうすれば、黄華軍へ密告される。

 黄華軍は信じ、好機と狙ってくる。

 という義虎の読みは的中し、黄華軍は高句麗(コグリョ)軍の兵糧庫を襲いに行った。

 義虎が突き止め、泳がせているその密偵が、ただ者ではないからである。

 かつて黄華軍へ在籍し転戦し活躍し、上級武官まで昇進した実績をもつ。

『よう勘付いたのう』

 姜以式は王手をかけた。

『幸い、思い至れる機会に恵まれまして』

『じゃが、そなたが嘘つきならどうなる』

『黄華軍がどーでもいい所を攻めるだけ』

 義虎は角行(かくぎょう)を犠牲にした。

『なんと伝達すれば、そうなるかな』

 姜以式は義虎が詰む盤面を作った。

 義虎は飛車(ひしゃ)(けい)(きょう)ことごとく失っていた。王は断崖へ追い詰められ、守るは金銀一枚ずつに歩兵(ふひょう)が二枚のみ、持ち駒は金将(きんしょう)が一枚のみ、そして、あらゆる方向からあらゆる方法で連携して王手されるという苦境へ陥ってから、手番を迎えた。守備陣の内側に一つ、相手の成金(なりきん)があった。

 にっと、義虎は頭をかいた。

『兵糧庫を移した』

 金将をつまんだ。

『今宵、黄飛虎(こう・ひこ)が夜討ちにくると思われるが故に』

 敵の龍馬(りゅうめ)と成金の間を見据え、しゃがみ込んだ。

挿絵(By みてみん)

『安全のため兵糧は余さず、大武神さま直属の兵へ命じ、大武神さまのおわす役所の地下へ運ばせた。以後、食糧は役所へ取りに来るように。もとの兵糧庫は襲われようが死守せずともよい……と、晩飯を終えてから伝達するがよろしいかと。それで実際に運ぶは、明日(みょうにち)の朝飯分のみというのは、いかがにござろう』

 龍馬の横へ指した。

 はっと、姜以式は覗き込んだ。

 一見すると分からないが、実は盤上をひっくり返す一手であった。

『改めて、そなたを信用すると誓ったぞ』

 姜以式は興奮した。

 本ものの兵糧庫がどこにあるかは、姜以式が選りすぐった直下の将兵にしか知らせておらず、配給も彼らのみが行っている。義虎も知り得ない以上、敵であれば意味を成さない進言である。

 義虎は龍たちを取り大逆転し、背をかいた。

『スパイは逆用するために飼うものでしょ?』



「制圧せよ! 兵糧を守る敵に武官はほぼおらぬぞ!」

 城の中心に位置する役所を目指し、東壁を突破した《東伯侯(とうはくこう)姜桓楚(きょう・かんそ)が指揮を執り、続々と将兵を雪崩れ込ませていた。

 ここを攻めていたのは《央伯侯》鄧九公(とう・きゅうこう)だったが、談徳(タムドク)に貫かれた。とどめを刺される寸前で麒麟を操り、自らを咥えて跳ばせ部下の後ろへ逃れたものの、とても戦える状態ではない。部下たちも超魂覇術で攻めたてるが、木林森(モク・イムサム)木校梅(モク・キョメ)の兄妹が防ぎきっている。

 よって拮抗していた。

 談徳らはそれを確認し、危うい北壁を援護しに移動していた。

 守りに残る武官は五メートルある石の猿、阿石慨(ア・ソッケ)のみである。

 押し寄せる敵へ立ち塞がり、雄叫びを上げ殴りかかっていく。

「超魂顕現『金須鰲魚(きんすごうぎょ)』!」

「超魂顕現『白霊牙象(はくれいがぞう)』!」

 姜桓楚へ仕える上級武官・烏雲(う・うん)が駆け入り、金魚のような体に竜のような顔という怪魚を召喚し、全長二〇メートルへ及ぶ巨体で体当たりさせ、阿石慨を突き飛ばす。さらに初級武官・霊牙(れい・が)も来て体高一〇メートルへ及ぶ白象を召喚し、猛進しながら鋭い牙で貫かせる。

「ぐわあっ!」

「死守せよ!」

 膝を屈する阿石慨の横へ跳び出し、兵長・沙汰涼(サ・デリャン)高句麗(コグリョ)兵を鼓舞する。

「兵糧を焼かれれば遼東(ヨドン)城は落ちる、そうなれば高句麗を護れぬぞ!」

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

「想い出せ、突必(トル・ピル)武官はどうして死んだ、奈乃(ネ・ネ)浪江沢(ナン・ガンテク)らはどうして死んだ⁉」

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

「我らも同じ使命を有する! 何がなんでも守りきるぞ!」

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

攻撃せ(コンギョケ)……」

「超魂顕現『空間誤認』」

 芥子(からし)色の霧が広がるや、沙汰涼らはふらつき倒れだす。

「己がおる空間を認識できなくした。足掻いても無駄ぞ」

 野菜の罠を担って時間を誤認させる辛甲(しん・こう)の弟、中級武官・辛免(しん・めん)が進み出てくる。どこにどう立っているか分からなくし、方向感覚を麻痺させ、満足に戦えなくする覇術である。

「よくやった」

 姜桓楚も前へ出てくる。

「生け捕りにせよ。牛頭(ごず)を利用する策で使う」

 そして役所を見定めた。

「ここは烏雲と辛免へ任す、他は着いてこい!」

おのれえ(ネイノォン)っ、屈辱を与えるな、殺して行け!」

「だが忘れんなよ、高句麗は滅びねえからな!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ沙汰涼や阿石慨を無視し、姜桓楚らは役所へ到達する。白象が門を突き破り、将兵が敷地へ突入していく。覇玉を没収され無力化されていく沙汰涼らも、五龍神将に挟まれ自身の命が危うい姜以式(カン・イシク)も、なす術なく見逃すより他はない。

校梅(キョメ)、私が兵糧を守りに行く、ここはお前だけで守れ!」

はい(イェー)兄上(ヒョンニー)。命に代えても塞いどくから、早く!」

 鄧九公の強力な部下たちを二人がかりで防いでいた木林森(モク・イムサム)が、涙を振りきり、愛する妹を窮地へ置き去りにし駆け付けようとする。

 だが烏雲が怪魚を突進させ妨げる。

 木林森は跳躍して役所を見下ろす。

 敷地内のわずかな高句麗兵が叫ぶ。

「くそ、止めろおっ!」

「無理だ、多すぎる!」

「もう玉砕するしか!」

「ん、地下の階段前なら狭い、陣取れば時が稼げる」

「そだよ、きっと援軍が来てくれる、それまで……」

「建物へ入らせるな」

 姜桓楚が素早く司令し、高句麗兵は囲い込まれる。

 木林森が黄華兵の足もとから木々を発生させるも、高句麗兵はごく一部しか逃れられない。

 さらに空中にあって身動きの取れない木林森は、怪魚が吐き出す金箔の雲に呑まれ視界を奪われ、抗う間もなく剛烈な体当たりを喰らい地面へ叩き付けられ、周りを朱くし動かなくなった。

虯首(きゅう・しゅ)、ここを任す」

 姜桓楚らは建物へ入る。

 松明を用意させていく。

「よもや私になろうとは」

 階段を見付け、地下へ至り、広大な蔵を目前とする。

「常に父と比べられ、勝手に失望され、歯ぎしりし続けてきた私が……」

 踏み入り、整然と積み並べられた俵に出迎えられる。

「名高き遼東城をついに落とす一等功臣となろうとは」

 松明を持つ兵たちを蔵中に満たす。

「点火せよ!」

「ん、お待ち」

 姜桓楚らが振り向けば、入口に二人の少女兵が立っていた。

「木が現れた際に逃れた者か。せっかく逃れたというに、わざわざ……」

「鎧仗顕現『碧鎌(あおいしのかま)』」

「鎧仗顕現『彗星(ほうきぼし)』!」

 少女らは高句麗兵の甲冑を大和兵のそれへ変えた。

 黄華兵らが突きかかるも、ポニーアップの方が鎖鎌を投げ首を裂き、ミディアムヘアの方が太刀を奔らせ弾いて斬り捨て、加えてポニーアップが跳んで蹴り抜き突き飛ばし、ドヤ顔を見せ付けた。

「我こそは! 猛虎が教え子たる《風の巫女》鳥居碧(とりいみどり)なり!」



「「風の巫女だと⁉」」

「ちょ、碧ちゃん名乗る意味ある?」

「何を言っとるんだよ麗亜(れいあ)も名乗れ」

「茶番はやめい」

 ぬっと、碧は姜桓楚を睨む。睨み返される。

「騙されぬぞ偽者め。風の巫女には四神が迫っておるのだ」

 四神は進撃していた。

 うち《玄武》蘇護(そ・ご)は東壁へ残り、対する《馬頭(めず)牟頭婁(モドゥ・ル)を圧倒していた。

 残る《朱雀》火霊(か・れい)と《青龍》竜吉(りゅう・きつ)、そして《白虎》崇黒虎(すう・こくこ)は揃って南壁へ押し寄せ、高句麗軍の士気の源泉である碧を狙っていた。

 碧は母である碧珠(ピョクス)に守られていたが、猛攻する哪吒(なた)に引き離され、黄華兵に肉薄され逃げ回っている。火霊は南壁を攻める《南伯侯》鄂崇禹(がく・すうう)と念話し、以上のように確認したうえで、これより碧を討つと黄華将へ知らせていた。

「ん、そっちが偽者だもん」

 姜桓楚がたじろぎ、将兵も困惑する。

 __ん、迷っとる迷っとる。

 碧は薄く嗤う。義虎の気分が分かる気がする。

 __考えるよね。ここにおる碧が本者なら、兵糧と風の巫女、超絶にデカい武勲を独占できる、笑っちゃうレベルの大好機にある……上手くいきすぎじゃろって。だいたい風の巫女はせっかく逃れたってのに、わざわざ討ち取られに登場してくるかって……しかし我が子を護るおっかあがだよ、ちゃいちゃい哪吒ちゃんなんかに引き剥がされるわけないじゃん、そこから怪しみなさいよ。

 まずは本者であると信じさせる。

 麗亜が喋りたそうなので任せる。

楊輝和(ヤン・フィナ)武官が光学迷彩を使って、壁伝いにボクたちの幻を映し出してくれてるんです。壁に近付かれたらバレちゃうけど、そこは高句麗兵の皆さんが防いで……」

「こりゃ。ネタバレ禁止」

「ありゃ。ごめん、でも」

「もっと早く止めてほしかった? やだ」

「茶番はやめいと言っておる!」

 意を決した姜桓楚が司令する。

「我が隊よ聴けい、地下で召喚獣を出せば生き埋めとなるため我々は超魂を使えぬが、風の巫女とて毘沙門天と戦い覇力を使い果たしておる。私が風の巫女を討つ、霊牙は麗亜とやらを討て、金光(きん・こう)は我らの後ろへ付き不測の事態へ備えよ。その間に、兵士は蔵の奥から点火せよ、兵長らが指示するように。よいか、火に呑まれるより早く風の巫女らを突破し脱出する、さあ取りかか……」

「待って!」

 麗亜が一喝した。

「俵を開けてみて下さい」

 はっと、姜桓楚が兵に俵を貫かせる。瓶の割れる音がして液体が滲み出る。

「臭いをかげ、急げ!」

「あ……あ、油です!」

「……よもや全てがか」

 にっと、碧は激しく振り向いてくる姜桓楚を見据え、頷く。

「集団焼身自殺したいなら、点火すれば?」

「間者がいるって分かってました、だから」

 かっと、碧は眼を見開いた。

「うちの猛虎が謀ったんだよ」

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