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九七 伊達に奴隷兵やっとらんので

「うぃー、ぼっろぼろだね」

 義虎は勝助を抱え、対岸にある自陣へ飛んできた。

「動物たちが追って追われてすればこうなるのだな」

「されど でも けれども ところが ですが だが しかし⁉」

「……見付けたのだね」

 義虎は倒れた机の下敷きになっていた木箱を丁重に引っ張り出し、手水(ちょうず)作法を全うするパントマイムをし、勝助が注ぎまくってくるジト目を全力で無視し、うやうやしく二礼し、指先をずらして二拍手し、指先を合わせて祈り一礼し、おもむろに開封するや奪うように取り上げた。

「見なさい、お宝は無事だった」

 全力でカッコ付けて羽織った。

 襟と袖口を黒く織った赤い陣羽織である。

 複数の将軍が出陣するような大きな戦でしか用いない、戦場における大和武士の正装である。武官である証として、個人で色を選び特注して作り、同色の鉢巻と合わせて纏う。なお階級に関わらず、無地の袖なしと決まっている。

 勝助に預け運ばせていたが、これよりいつもの将軍羽織と交代させ、戦が終わるまでこちらを羽織る。ちなみに本来の将軍羽織は礼装であるが、義虎は昇進して新たに大将軍羽織を仕立て、余ってきたので普段着にしている。

「では行ってくる、ばさっ」

「ばさっ。は、ないのだな」

 義虎は軍艦へ飛んでいく。

 そこで鷲朧(わしおぼろ)煌丸(きらめきまる)、樹呪と軍議する。

 見張りを立て交代させ、残る兵を休ませ(かし)きをさせるのは勝助らへ任せてある。今、急を要する議題は、姜子牙らが遼東(ヨドン)城を攻める黄華本軍へ合流し待ち受けているであろう状況で、どうそこへ近付き、立て籠もる高句麗(コグリョ)軍を援けるかである。

「鎧仗顕現『鉄刃(くろがねやいば)』」

 重要な軍議は完全武装して行う。

 (しのび)などに聞かれたと分かった時、最速をもって抜刀するための用心である。

 __うぃー、船だ船だ!

 最上後甲板へ降り立つ。

 見張りは厳選されている。その樹拳にお辞儀される。

 緑糸(おどし)を付け、襟と袖口を茶色く織った緑の陣羽織を重ねている。

 向かって左に扉がある。みなみが開けてくれる。

 黄緑糸縅を付け、襟と袖口を桃色に織った白い陣羽織を重ねている。

 落陽に沸く船室へ入り、戸を固く閉ざし、右奥に設けられた床几(しょうぎ)へ向かう。

「お待たせした、して残存する軍装では」

「戦うに支障なし。されば」

 左奥に鷲朧が座している。

 弁柄糸縅を付け、襟と袖口を黄色く織った紫の陣羽織を重ねている。

「夜が明け次第、進軍する用意へ入る。備えるべきは」

「野菜の罠ですわな。俺さましか無効化できねえなら」

 右手前に煌丸が座している。

 薔薇糸縅を付け、襟と袖口を孔雀青に織った孔雀緑の陣羽織を重ねている。

「俺さまが超魂して先行するぜ」

「敵とてさように考えましょう」

 左手前に樹呪が座している。

 白糸縅を付け、襟と袖口を黒く織った白い陣羽織を重ねている。

 仮面は変え、右目に大きく焔をあしらう。

「孔雀どのを討ち取らんと、さながら黒魔術を集約せし魔導書(グリモワール)を読破し、七日先んじて身を清め、真新しきナイフを聖別し、文字から色まで正確無比に魔法円を描き、いまだ実を付けぬハシバミの枝を日が昇るに合わせて切り魔法杖をこしらえ、裾には子牛の皮をはぎて作りし六芒星(ヘクサグラム)をかけ胸には銀を練りて作りし五芒星(ペンタグラム)を下げ、血玉髄(ブラッドストーン)や処女に作らせし蝋燭といった魔法道具を揃えきりて儀式へ臨むがごとく、しかと(トラップ)を張りて、来るか来るかと邪視してござろう」

 義虎は着座する。

挿絵(By みてみん)

「うぃー、たとえが完璧」

「お褒めにあずかり光栄」

 そして将軍たちを見渡し、軍略家の眼を光らせる。

「されど心配ご無用になったよ、さっき吉報がきた」

 皆が驚き猛虎は笑う。

「二匹の王が来られる」

 皆が驚き猛虎は問う。

「畜生道に呑まれた際、いかような感覚があった?」

「わらわは己が四本足であることに違和感をもった」

 樹呪が指を開いて滑らせ仮面を隠す。

「じゃが何故に四本足となったか、何をしておったか、いかにして敵を討てばよいかは分からなんだ、分からぬことへ疑問も抱かなんだ。あたかもバベルの塔を築かんとしたニムロデの民が、話す言語をばらばらにされ断念するかのごとき感覚じゃ」

 鳥人である鷲朧も頷く。

「うぃー、了解……あれこれ考えぬ召喚獣なれば、あるいは……伝えとくね。両王がモヒカン極道を援護する。さようにして急ぎ遼東城を目指そう」

「やはり遼東城は危ういか。一〇人もの黄華将が攻めれば当然だろうが」

「被害は痛いかと。されど……策は施しました」



 数時間前。

 遼東(ヨドン)城では、韓殊(ハン・ス)が四神に囲まれ討ち死にした。

「四神は馬頭(めず)をも掌中に置いておるぞ」

 黄華軍総大将・聞仲(ぶん・ちゅう)に言われ、高句麗(コグリョ)軍大将・姜以式(カン・イシク)は眼光を細めた。

 __いいや、馬頭もわしも狙われまい。

 義虎が洞察した、敵の戦略を思い出す。

『力攻めする中で兵糧も狙ってくるかと』

 死闘となる。

 被害は痛いだろうが、断じて闇雲に喪う犠牲ではない。

 返り討ちとするためである。痛手を与えねばならない。

『そのうえ落城せしめられぬとあらば、明日は攻め手を変えてきましょう』

 こう謀略を仕掛けてくる。

 まずは馬頭・牟頭婁(モドゥ・ル)の兄である牛頭(ごず)牟頭勇(モドゥ・ユン)を人質として突き出し、助けたくば遼東城を平城へ戻せなどと脅す。そうすれば、遼東城を犠牲にしても兄を救いたい牟頭婁と、牟頭勇を犠牲にしても国を救わねばならぬ姜以式を反目させ、高句麗軍を内部崩壊させられる。

 成すには、牟頭婁と姜以式は生かしておかねばならない。

 __烏巫堂(ウムーダン)も狙うまい。

 高句麗界を侵略するなら、その主力軍が陣取る遼東城は見過ごせない。

 これを落としやすくし、落としたなら前線基地とするため大々的に修繕し、大軍を駐屯させ迅速に出征させ、膨大な兵糧を貯蔵させ運搬させねばならない。いずれも、今のような絶壁にそびえる山城ではままならない。

 地形を操る烏巫堂・碧珠(ピョクス)を生かしておかねば、絶壁を平野へ戻せない。

 __将軍は狙わぬ。なれば誰を狙う……。

 はっと、繋がせている念話で語気を張る。

(風の巫女を逃がせ!)

 念話する相手は、碧珠の腹心であった紅紫蒼(ホン・チャチャン)である。

 碧珠の娘にして、高句麗界の英霊《風神(プンシン)皇甫崇徳(ファンボ・スンドク)の力を受け継ぎ、いるだけで高句麗軍の士気を上げる《風の巫女》碧はそこにいる。

 姜以式は看破した。

(碧が狙われる、じゃが四神が来れば守りきれまい。敵は兵糧庫も狙うじゃろうが、そちらへ戦力を割いたとて、四神を割り当ててくれるとは限らぬからのう。高句麗将は五行侯を抑えるで手一杯、わしも大将軍二人に挟まれ身動きとれぬ。なんとかできるか、戦況は)

(できます。碧珠さまが戦況を変えます)

 南壁の戦い。

(イル)の段・天巫神風(チョンムーシンプン)

 三足烏(サムジョゴ)と化した碧珠は、哪吒(なた)が呼び出した九頭の火龍に巻き付かれていた。鄂崇禹(がく・すうう)の操る朱い麒麟、炎駒(えんく)は紅紫蒼と連携して崖下へ突き落としたが、彼女が操る熊たちも道連れにされた。紅紫蒼は鄂崇禹と斬り結んでおり、他の皆も手が塞がっている。

 かっと、碧珠は眼を見開いた。

 奇跡的な強運を生み出し、絶大なる季節風を呼び寄せた。

 火龍たちを引きはがし押し流し、碧を守りに飛び出した。

(イル)の段・天巫天運(チョンムーチョンウン)

 碧は麗亜と組んで哪吒と戦っていた。

 しかし碧珠が韓殊(ハン・ス)を助けに向かおうとした時、阻止せんとして本気を出した哪吒により、髄醒覇術の圧倒的な火力をもって瞬時に負かされた。とっさに啊呀風(あなじ)の舞を使い、己と麗亜を突風で巻いて逃れるだけで精一杯だった。

 それで覇力も尽き果てた。

 危うしと退却していった。

 だが敵兵に襲われていた。

 さらに四神まで来ると聞き、碧珠は我が子を守る鬼と化した。

 翼開長一〇〇メートルという巨体を飛ばし猛然と翔け抜けた。

 敵兵を吹き飛ばした。

 碧ら城中の味方には、韓殊による加護が消えるやいなや発動した天巫天運(チョンムーチョンウン)により、戦おうと動けば空気も動き、風が生じ、害毒を巻き上げ呑まれなくなるという幸運を与えてある。

 そこへ、碧珠が強風を起こしても目の前にいる敵が全て喰らい、防いでくれるという幸運を重ねがけした。よって碧らは無傷である。

「おっかあ……」

(サム)の段・人巫士気(インムーサギ)

 ばっと、陽が照らし出す蒼穹へと舞い上がる。

「気高き高句麗の戦士たちよ、それで足ると思いますか」

 ばっと、高句麗軍が顔を上げ、民族の象徴を凝視する。

「敵は《早衣監(チョイガム)》将軍を手にかけました、執拗に寄って集って……志高く、忠義に厚く、そして愛情深く、身を粉にして祖国と皆々へ尽くしてこられた将軍をです……赦すのですか。今のように戦うだけなら、それは赦しているに同義です! 悔しくないのですか、悔しいならば仇を討つのです! 気高き将軍が命を投げうち貫徹された、高句麗を護るという意志を護りたいのであれば、鬼と化して侵略者を突き落とすのです!」

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

 《早衣卿(チョイギョン)杜沙呉(トゥ・サオ)が叫ぶ。《早衣尉(チョイウィ)網切鍛極疾マンジョル・タングッチルが叫ぶ。早衣(チョイ)たちが叫ぶ。

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

 太子・談徳(タムドク)が叫ぶ。牟頭婁(モドゥ・ル)が叫ぶ。高句麗将兵が叫ぶ。

「「壮勇(チャンヨン)‼」」

 碧が叫ぶ。麗亜が叫ぶ。大和将が叫ぶ。

 かっと、碧珠は眼を見開く。

「全軍……攻撃せよお(コンギョッケラあ)ーっ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 がっと、姜以式(カン・イシク)は土を蹴立て疾駆し跳び、聞仲へ打ちかかる。

「どうじゃ、これでも戦力を削れると思うてか」

「削れるとは思うておらぬ」

 びっと、聞仲の構える鉄鞭(てつべん)に黄色い電撃が奔り、姜以式は跳びすさる。

「すでに削っておる」

 聞仲が北東を指す。

 そちらから伝令が走って来る。血相を変えている。

「兵糧庫が襲撃されております、援軍を願います!」

 姜以式は驚いた。

 __またも猛虎大将軍(テジャングン)の言った通りじゃ……。

 ここを発つ前の義虎と密議した終わりに、姜以式は尋ねていた。

 なぜ、そこまで読みきれるのか。そして、恐ろしくはないのか。

 義虎は目玉をぱちくりさせた。

『伊達に奴隷兵やっとらんので』

 __高句麗にとって最たる幸運は、彼を味方としたことやもしれぬ。

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